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2017-07

見滝原帝都探偵局  紺碧荘殺人事件(解決編)  *改訂

【十三】

 福田栄夫人への疑惑が晴らせないまま、志筑署長は「時間が時間ですので、一先ずは失礼致します」と辞去されました。
 杏 子「なんだか目が覚めてしまったわね」
 さやか「ええ」
 杏 子「あれでよかったの?」
 マ ミ「えッ、何が?」
 杏 子「あの女が犯人に間違いないって事だけでも署長に伝えておいた方がよくはなかったんじゃない」
 まどか「やっぱり、マミ局長も杏子さんも栄夫人が浪尾氏を殺害した犯人だと看破されていたんですか」
 杏 子「ええ。あのサロンから出入りした唯一の人物は福田栄だけなら、彼女を犯人と断定しても問題ないわ」
 まどか「ほむらちゃんの言った通りね」
 マ ミ「やっぱり、暁美さんも気付いていたようね」
 ほむら「はい。この現状で福田栄夫人を犯人と考えなければ、それこそ不可能犯罪が成立してしまいます」
 さやか「あ~あ、まだまだ勉強不足だわ。時間の事ばかり気にして彼女が犯人ではないと思い込んでしまうなんて。杏子さんの言う通り、目の前の事しか見えてないんだな、わたしは……」
 まどか「わたしも」
 マ ミ「そんなに落ち込まないで、美樹さん。鹿目さんもよ。経験を積めば自然に観察眼は鍛えられるわ。わたしも杏子も最初は失敗ばかりだったのよ。焦らず慌てず、今の失敗を次の成功の糧にするんだと考えて」
 杏 子「そうそう。常識的に考えれば、あの女が犯人であり得る筈はないんだ。そう気にする事はないさ。あたし達だって福田栄犯人説を唱えているけど、万分の一の確率で殺人狂の宿泊者が浪尾則助を殺したのかも知れないからね。素直に考える事も大切だ」
 まどか「はい」
 さやら「でも、ほむらは凄いわね。わたしたちと同時期に採用されながら、マミ局長や杏子さんと同じ犯人像を指摘したんだもの」
 杏 子「あれッ。二人とも知らなかったのかい。ほむらの両親は岩井探偵事務所の調査員なのよ。祖父は岩井三郎の部下として一緒にシーメンス事件の捜査に関わっていたそうだ。つまり筋金入りの探偵淑女ってわけさ」
 ほむら「そ、そんな大袈裟なものでは……」
 さやか「それは初耳だわ」
 まどか「わたしも」
 ほむら「ごめんなさい。隠すつもりはなかったんだけど。自分から言うような事でもないと思って……」
 まどか「謝る必要ないわよ、ほむらちゃん。ねえ、さやかちゃん」
 さやか「そうよ。こんな心強い同僚がいれば競争心を煽られてヤル気が出てくるわ」
 ほむら「(小声で)ありがとう。二人とも」
 まどか「何か言った、ほむらちゃん」
 ほむら「ううん、何でもないわ」
 杏 子「それにしても、あの女の計略を何とかして暴露してやりたいもんだわ。何だか馬鹿にされているようで気分が悪い」
 マ ミ「馬鹿にされているとは思っていないけれど……。このまま袋小路に迷い込んでいるわけにもいかないわね」
 さやか「さしあたって、何をどうするんですか」
 杏 子「午後九時五分に別館のサロンを出た女が午後九時に本館の寝室で人を殺す事が物理的に可能だった事を証明するんだ。その検証から始めよう」
 ほむら「福田栄夫人が犯行可能であった事を言い逃れさせずに証明するわけですね」
 マ ミ「そういう事よ」
 杏 子「考える事なら、この部屋でもできる。どうせ二度寝はできそうもないし、どうだい、あの女が用いた詭計について意見を出し合ってみない」
 マ ミ「それは良い考えね。一応の事は志筑署長から伺ったし、必要な情報も揃っている。みんなで知恵を出し合って犯人の詭計を解き明かしましょう」
 杏 子「それじゃ、マミ。仕切り役を頼むよ」
 マ ミ「分かったわ」

【十四】

 マ ミ「繰り返しになるけど、まずは事件の詳細を時系列に追いながら要点を抑えてみるわね」
 杏 子「何か書く物があると便利だな。ちょっと待って、鞄から出すわね」
 杏子事務局長が寝台の下のスペースに収納した鞄を漁ります。転落防止の低い柵から体を乗り出す格好で鞄の中を探している為、こちらからお尻と下着が丸見えです。
 胸の発育具合はわたしたちと同じでしたが、肉付きのよいお尻には大人の魅力が感じられました。
 マ ミ「杏子ったら……。横着しないで降りなさい。下着が見えているわよ」
 杏 子「いいじゃない、見知らぬ他人が見ているわけでもないし。おッ、あった。ほら、筆記帳と鉛筆」
 マ ミ「ありがとう。ええと、まずは……。わたしたちがサロンへ入ってから出るまでを時系列で書いてみるわね」
 小さな円形テーブルの上に筆記帳を広げたマミ局長は、そこへサロンでの出来事を書きこんでいきました。


 午後七時五十分頃:巴マミ以下五名が紺碧荘別館1階のサロンへ入室。
  ⇒紅茶の準備、談笑。

 午後八時頃:「和竿必釣会」の六名がサロンに現れる。
  ⇒佐倉杏子が花林糖を取りに一時退席、福田松雄氏より栗饅頭の差し入れ。

 午後八時十分過ぎ:浪尾則助氏が仮眠の為、本館の寝室へ戻る。
  ⇒美樹さやかと佐倉杏子が将棋を三局指す。「和竿必釣会」同人による釣り竿自慢。
  ⇒佐倉杏子と巴マミが将棋を指す。

 午後九時五分:福田栄夫人が腹痛を訴え、お手洗いへ向かう。

 午後九時十分:「和竿必釣会」同人が本館へ戻る。美樹さやかが佐倉杏子,巴マミ,暁美ほむら,鹿目まどかと将棋を指す(計四局)。

 午後九時三十分:巴マミ以下五名が本館へ戻る。数分後、浪尾則助氏の死亡報告を聞く。


 マ ミ「こんなところかしら」
 さやか「こうして一覧にすると時間の流れが分かり易いですね」
 杏 子「そうね。これを検証すれば、わたしたちが見落としている『何か』が見つかるかもしれないわ」
 まどか「八時十分過ぎから九時五分までの間、ここが気になりませんか?」
 ほむら「ええ、わたしも同じ事を思ったわ。数分で勝負がつく将棋を四局指しただけにしては時間の経過が長すぎる」
 さやか「そう言われれば……。自分で言うのも恥ずかしいけど、杏子さんとの対局は数分で勝負がついたわ」
 ほむら「美樹さやかさんと佐倉杏子さんの対局時間が一局あたり七分から八分として最大でも約二十五分。巴マミ局長と佐倉杏子さんの対局が長くみても十五分。合計しても四十分です。浪尾則助氏がサロンを出た時間を八時十五分としても四十分を加算して午後八時五十五分。大雑把な計算でも十分の誤差が生じます」
 マ ミ「ちょっと待ってね、今の計算を余白に書いておくから」
 マミ局長の綺麗な文字と数字が筆記帳に並び、新たな情報が追加されました。
 杏 子「この計算が正しいかどうかは別として、なかなか興味深い考え方ね。確かに時間の経過がおかしい。何か違和感を感じさせるわ」
 マ ミ「それじゃ、午後八時十分から午後九時五分の間に何かがあったを考えてみましょう。この五十五分間に福田栄夫人が『何をした』のか」
 さやか「的外れな考えかも知れないけど、思いついた事を言っても構いませんか」
 マ ミ「もちろんよ。どんどん意見を出して頂戴」
 さやか「浪尾則助氏の死は他殺ではなく、自殺と考えれば何の不思議もないと思うんです」
 マ ミ「なるほど」
 杏 子「そんな事なら……」
 マ ミ「杏子、静かに。今は美樹さんの意見を聞きましょう」
 杏 子「分かった。すまなかったな、さやか。先を続けて」
 さやか「活動写真上映会までの仮眠を口実に寝室へ戻った則助氏は、自分の鞄を適度に漁って物色されたように見せ、もともと空だった財布を用意してから刺身包丁で胸を突き刺します。そして、絶命する前に財布を床へ落とす。こうして自らの死を他殺に見せかける劇的な演出を施したのです。他殺と決めるつけるから謎が生じるのであって、自殺であれば何の疑問も生じません」
 マ ミ「その可能性は考えたわ。でも、同人の方々への聞き込みからは則助氏が自ら命を断つ理由は見つからないそうだし、活動写真を見たがっていた事からも彼に死のうという意思があったとは考えられないのよ」
 杏 子「それだけじゃないわ。取り調べにあたった早乙女主任の報告では、あの男、来年が結婚十周年とかで帝国ホテルに食事と宿泊の予約を入れていたって言うじゃない。こんな所で死ぬような理由が見当たらないわよ」
 さやか「そうなんだった……。やっぱり見当外れの意見だったなぁ。ごめんなさい」
 マ ミ「謝る事はないわ。これは意見交換会ですもの。明確な事実を確実に消去していけば、必ず真相に辿りつける。その意味では美樹さんの発言も無駄ではないわ」
 杏 子「そうそう。無駄な意見、見当外れな意見なんてないさ。一つ一つの可能性を検討していくのが大切なんだから、ガッカリしないの」
 ほむら「自殺の可能性が排除されるのであれば、後は死体発見時間の誤認でしょうか。例えば、何らかの理由で本館の時計が遅れており、実際に浪尾則助氏が殺害されたのは午後九時五分以降であった。こう考えれば時間的矛盾は解消されますが……」
 杏 子「その可能性もない。美智子という女中は則助の死体を見つけた後、穴子支配人に急報した際、彼の支持で支配人室の時計を見て正確な時刻を控えている。美智子が則助の死体を見つけた時、たまたま壁際の柱時計に目がいったそうだが、その時の時刻と一分程度の誤差しかない。しかも、この一分は401号室から支配人室への移動時間だ。犯人が事前に二つの時計を細工していたとは考えにくい。可能性が無いとは断言できないが、まず不可能だろう」
 まどか「もしかしたら、サロンの柱時計に細工がされていたのではないでしょうか」
 さやか「そうだわ。栄夫人は夕食後、わたしたちよりも先にサロンへ来て、時計の針を進めておいたのよ。そうすれば、同席者がいても時計の細工に心配する必要はないわ」
 ほむら「その可能性は高いわね。時刻操作の出発点を午後八時前と考えれば衆人環視の中で時計に細工する必要もないし」
 さやか「どうです、マミ局長、杏子さん。この可能性もあり得ませんか?」
 杏 子「否定ばかりで悪いけど、九時半からの活動写真上映を知らせに穴子支配人がサロンへ顔を見せたのを覚えているでしょう。志筑署長の話では、午後八時に本館の遊戯室や撞球室を廻った後、すぐにサロンへ来たと穴子支配人は証言しているそうよ。サロンの入り口からも時計は見えるから、あの時点で時計の針が不自然な時刻を示していたら穴子支配人が気付いていた筈だわ」
 さやか「この考えも駄目か」
 マ ミ「ちょっと待って、杏子。分かりかけてきたわ。暁美さん、美樹さん、鹿目さんの発言で閃いたの。やはり、細工はサロンの時計に施されていたのよ、きっと」
 杏 子「まさか……」
 マ ミ「サロンにあった柱時計への細工が時刻誤認の詭計だったのよ」
 まどか「そうすると、犯人は……」
 さやか「わざとらしく「もう九時過ぎか」と話した甚六氏って事ですか」
 マ ミ「ちょっと待って。考えを整理してみるわ」
 マミ局長は口元に手を当て、目を閉じながら何かを一生懸命に考えていらっしゃいます。
 どのくらいの時間が経ったでしょうか。マミ局長は目を開き、開口一番、
 マ ミ「間違いないわ。杏子、やはり則助氏を殺害した犯人は福田栄夫人よ。彼女による時刻誤認の姦計も見当がついたわ」
 杏 子「あたしにも何となく分かったよ。あの女、無邪気に釣り竿なんか振り回していたけど、なかなかの食わせ者だったようね」
 マ ミ「あら、あなたも時刻を誤認させた方法が分かったのね」
 杏 子「あんたの片腕を何年やってると思う。この一覧を見てサロンの時計に細工する方法は予測がついたわ。ただ、あたしには解せない点もあるのよ。あまりにも偶然に頼り過ぎているわ」
 マ ミ「ええ。則助氏や甚六氏の行動を事前に予測していなければ、綿密な計画を立てても砂上の楼閣になってしまうわね」
 杏 子「どうする。とりあえず、志筑署長に知らせるかい」
 マ ミ「そうね。どんな些細な手掛かりでも欲しいと仰っていたから、知らせるだけは知らせましょうか」

【十五】

 間もなく午前六時になろうとしております。
 志筑署長に起こされてからは一睡もできませんでしたが、わたしたちは身支度を整え、五人揃って臨時の捜査本部にされた大広間へ向かいました。
 マ ミ「お早うございます、志筑署長」
 マミ局長に続き、わたしたちも順番に志筑署長以下の捜査員へ挨拶を致しました。
 志 筑「これはマミお嬢さん、婦人探偵の皆様。お早うございます。先程は熟睡されているところを申し訳ございませんでした。改めてお詫び申し上げます」
 志筑署長は椅子から立ち上がって深々と頭を下げて詫びます。
 マ ミ「あら、そんな事をなさらないで下さい。志筑さんの方も夜遅くまでの捜査、御苦労様でした」
 相手の丁寧な挨拶に恐縮しながらも、マミ局長は優しく労(ねぎら)いの言葉をかけます。
 志 筑「おそれいります。皆様お揃いのようですが、何か?」
 マ ミ「わたくしたちの想像に過ぎませんが、浪尾則助氏を殺害した人物をお知らせしようと思いまして……。出しゃばったマネとは存じますが、こうして罷り出た次第でございます」
 早乙女「な、なんですと。浪尾氏を殺したのが誰だか分かったのですか。あッ、これは失礼致しました。わたくし、捜査の指揮を執る早乙女和夫と申します」
 マ ミ「初めまして。巴マミと申します。見滝原帝都探偵局を代表して御挨拶申し上げます」
 志 筑「こちらの御婦人は美しいだけでなく頭脳明晰でな。最近では「郵便行嚢爆破事件」の犯人検挙に協力されておる」
 早乙女「ほお。なんとも頼もしい御婦人連ですな」
 マ ミ「おそれいります」
 早乙女「本題に戻りますが、浪尾氏を殺した人物がお分かりになったそうですな。して、その犯人は誰なのでしょう」
 マ ミ「福田栄夫人ではないかと思います」
 志 筑「な、なんですと」
 早乙女「あの女性ですか」
 志筑署長と早乙女司法主任は二人同時に驚きの声をあげました。
 早乙女「しかし、彼女は午後九時過ぎまでサロンを出なかったと同人の方々が証言しておりますし、あなた方も同様の証言をされたと署長から伺いました。それでも彼女が犯人だと申されるのですか」
 どことなく挑戦するような口調です。地元警察としては他人(よそもの)が事件に介入する事に抵抗があるものの、署長への手前もあって遠廻しに嫌悪感を現しているのでしょう。
 杏 子「(小声で)なあ、なんか言葉の端々に棘を感じないか」
 さやか「(小声で)仕方ないわ。他人に口出しされたうえ、犯人まで指摘されたんですもの」
 志 筑「まあまあ、早乙女くん。とりあえず、話だけでも聞かせて頂こうじゃないか。捜査も行き詰っておる事だし、何か突破口が掴めるかも知れんからな」
 早乙女「はい」
 マ ミ「それでは御足労ですが別館サロンまでお越し頂けますか。そこで実演をしながら時間操作の真相を御説明致します」
 杏 子「ちょっと、マミ」
 マ ミ「なに?」
 杏 子「(小声で)実演なんて気軽に言うけれど大丈夫なの? 口で言うほど簡単にいかないと思うけど……」
 マ ミ「(小声で)仕方がないわ。成功しても失敗しても、実演して見せた方が説得力があるもの。当たって砕けろよ」
 杏 子「(小声で)あんたも大胆だね。いつもはノンビリしているくせに、思わぬところで度胸が据わるんだから。長い付き合いだけど、あんたの性格は未だに掴みきれないわ」
 マ ミ「(小声で)何を言っているの。(ここから普段の声で)それでは参りましょう」
 窓から差し込む朝日に見送られ、わたしたち五名と志筑署長、早乙女司法主任、捜査員三名の合計十名は大広間を出ました。
 渡り廊下を通って別館へ移動し、廊下を左手に曲がりサロンへ入ります。柱時計は昨夜と変わらず時を刻み続け、わたしたちを嘲笑するかのように振り子を揺らしておりました。
 早乙女「それでは福田栄夫人の犯行について、お話を伺いましょう」
 サロンの奥へ全員が集合すると、早乙女司法主任がマミ局長に向かって挑むような口調で言いました。
 マ ミ「腹痛を訴えた栄夫人は午後九時五分にサロンを退出されましたが、サロンの時計に細工をしていた為、そのように錯覚してしまったのです」
 志 筑「時計に細工ですと?」
 マ ミ「左様です。事前に時計の針を進めていたのでサロンの時計は九時過ぎを示しておりましたが、実際は九時前だったのです」
 早乙女「すると福田栄は前もってサロンの時計を何分か進めていたというのですか」
 マ ミ「そう考えると彼女の犯行も不可能ではございません」
 早乙女「しかし、穴子氏の証言によれば、活動写真の上映をサロンに集う人々へ知らせたのは午後八時十分少し前だったとの事でしたぞ。見るとはなしに時計を見たそうですが、その時間に間違いはありません」
 志 筑「待ちたまえ、早乙女くん。穴子氏だって時間を計りながら行動していたわけではなかろう。どうして詳しい時間が分かったのだね」
 早乙女「その点について穴子氏は次のように証言されております」
 早乙女司法主任は手帖を取り出し、そこに書かれているであろう穴子氏の証言を読みあげました。
 早乙女「『わたしがサロンに着いた時刻は午後八時十分に間違いございません。午後八時に本館の遊戯室や撞球室の方々、自室で休まれているO男爵夫妻へ活動写真の上映を通知したのでございますが、その時点で午後八時十分少し前でした。諸々の準備がございますので、八時十五分には支配人室へ戻ろうと思い時刻を気にしながら行動しておりました。ですので、サロンへ入ると同時に柱時計に目をやって現時刻を確認致しました』。時計の細工については我々も考慮しておりましたので、時間の確認だけは念入りに行っています」
 志 筑「そうすると、必然的に時計の針を細工する機会は午後八時十分以降になるわけか」
 早乙女「はい」
 志 筑「ちょっと待ってくれ。そうなるとだ。「和竿必釣会」の同人が見守る中、福田栄は時計の針を細工した事になるぞ」
 早乙女「柱時計は床から約八尺(約2m40cm)あります。この位置にある時計の針を大勢の視線から逃れて細工する事は常識的に考えても不可能です。巴マミさん……でしたな。この点はどう解決されます」
 マ ミ「その点を今から御説明させて頂こうと思います」
 早乙女「それでは拝聴させて頂きましょう」
 マ ミ「杏子。悪いけれど、椅子の足を押さえてくれる」
 杏 子「了解」
 マミ局長が柱時計の真下まで椅子を移動させて位置を決めると、杏子事務局長が片膝を立てながら椅子の足を動かないように押さえます。
 マ ミ「志筑さんに参考資料としてお渡しした事件当夜の「和竿必釣会」同人座席表を見て頂ければ分かりますが、福田栄夫人は柱時計に最も近い場所へ座っています」
 志 筑「これですかな」
 そう言うと志筑署長はポケットから四つ折りにした紙を取り出し、テーブルの上へ広げました。そこには事件当夜の座席表(【図3】を参照して下さい)が書かれています。
 早乙女「なるほど。確かに仰る通りですな。福田栄の座っている場所が柱時計から一番近い」
 マ ミ「八時十分過ぎに浪尾則助氏がサロンを出た後、残った「和竿必釣会」同人は釣り竿や釣りの腕前を自慢し合っておりました。福田栄夫人は持ち込んだ竿を振り回しながら性能について語った後、竿を分解して継ぎ方の説明を始めたのです」
 早乙女「その事は勝男氏からも聞いております」
 マ ミ「福田栄夫人の身長は目測で五尺二寸(約160cm)。分解された竿の長さは見ておりませんので分かりませんが約二尺三寸(約70cm)と仮定し、合わせて七尺五寸(約230cm)となります。腕を伸ばした長さも加算するので竿の長さに多少の誤差があっても問題なく、仮に二尺三寸としておきました。詳しい計算は早乙女主任にお任せ致します」
 早乙女「分かりました。後で福田栄の身長を確認し、竿も詳しく調べて分解した際の部品別長さと全長を控えておきます」
 マ ミ「お願い致します。さて、最低限の基礎情報は御説明致しましたので、これより人目を惹かずに時計の針を動かす方法を披露させて頂きます」

【十六】

 マ ミ「先には実演と申しましたが、証拠採取の事を考えますと針に触れない方が良いでしょうから、実際には針を動かさずに御説明致します」
 早乙女「そこまで御配慮頂き、なんとも恐縮ですなぁ」
 さやか「(小声で)やっぱり感じ悪いわ」
 ほむら「(小声で)敵愾心が剥き出しね」
 まどか「(小声で)仕方ないわよ。相手にも面子があるんだから」
 マ ミ「栄夫人は分解した竿を動かしながら構造について自慢しておりましたが、その時、実は竿の先端を時計の長針に触れさせながら押し上げていたのです。この時計の長針は短針の上に重なっており、文字盤から少し浮いております。栄夫人は時計の真下に陣取っておりましたので、竿を見せびらかせる事で同席者の視線を手許に集めながら針を進めるのは不可能ではありません」【図4参照】

【図4】時計の針を動かした方法

 マミ局長は椅子の上に立って背伸びをしながら、長針を指して説明します。
 志 筑「そんな方法があったのですか。これは気付かんかったです」
 マ ミ「わたしの予想では時計が八時四十分を示した際、このような小細工を行っている筈です。腕を伸ばせば十五分は針を進められるでしょう」
 早乙女「すると、実際は八時四十分でありながら、この柱時計は八時五十五分を示していた事になるわけですか」
 マ ミ「その通りでございます。ここで十五分の余裕が生じた事で栄夫人に不在証明が成立したのです。つまり、お手洗いに行くと言ってサロンを出た実際の時間は八時五十五分だったのです」
 杏 子「実際には手洗いへ行かず、本館401号室へ行って浪尾則助を刺殺したわけです。鞄を適当に漁り、強盗に見せかける小細工として空の財布、または中身を失敬した財布を遺体の脇に捨て、午後九時丁度に女中が死体を発見できるようドアを開けたまま逃走したのですわ。もちろん、女中より先に宿泊客が死体を見つけてくれても自分に嫌疑はかからず、その点でも算盤は弾いていたわけです」
 杏子事務局長が椅子を押さえながら早乙女司法主任に解説をされました。
 早乙女「しかし、その後はどうしたのです。まさか針を進めたままサロンを出たわけではないでしょう」
 マ ミ「もちろんですわ。今度は竿の片づけを口実に分解した穂先部分で針を押し上げたのです。鹿目まどかさんが時計を見ると午後九時十分だったそうですから、九時二十五分の位置にきていた長針を右斜め上方向へ押し上げたものと思われます。片付けの際、同人三名はサロンから出ておりましたし、松雄氏は我々のテーブルへ来ておりましたので穂先を利用して針を押し戻すのは造作ない事だったと思いますわ」
 志 筑「時計の針を細工して時間を錯覚させるとは驚きました。しかし、それを裏付ける証拠はあるのでしょうか。理屈としては納得できても、福田栄夫人が時計の針を動かした事の証明にはなりません」
 マ ミ「わたくしも詳しい知識はございませんが、和竿は竹に漆を塗って作られるそうですので、長針を押した際に竿の先端が削れて針に漆が付着しているかも知れません。万が一にも付着した漆が剥がれる事を避ける為、先程は口上による説明とさせて頂きました」
 杏 子「それだけではございません。手洗いのドアノブに福田栄夫人の指紋があるかを調べ、検出されなければ彼女の証言が嘘だという間接的な証明になります」
 マ ミ「いずれにしろ、栄夫人の釣り竿を調べてみて下さいませ。竿の穂先に傷がついていれば時計の針を動かした事の傍証になると思いますわ」
 志 筑「ふむ。竿の傷は言い逃れできても、時計の針に付着した漆と栄夫人の竿に塗られた漆が同じ種類だと証明されれば重要な証拠にはなりますな」
 早乙女「無駄だとは思いますが、念の為に時計の長針を調べてみましょう。手洗いのドアノブの方も」
 マ ミ「お手数をおかけ致しますが、よろしくお願い申し上げます」

【エピローグ】

 その日の夕方、福田栄夫人は浪尾則助氏を殺害した犯人として早乙女司法主任に検挙されました。
 志筑署長のお話によれば、サロンにある柱時計の長針に付着していた僅かな量の漆と栄夫人の竿に塗られていた漆の成分が同一であると確認され、さらに竿の穂先についた擦り傷の幅が長針の幅と一致したそうです。
 「和竿必釣会」同人の証言により、栄夫人の竿には光沢を出す独特の薬を漆と配合して竿全体に塗装されていた事が分かりました。薬品の検出が決め手となり、早乙女司法主任は福田栄夫人を厳しく追及したところ、ついに犯行を自供したのだと言う事でした(拷問の事実はなかったようですが……。なかなか激しい性格の方らしいので、あるいはと誰もが一抹の不安を感じました)。
 婦人用お手洗いのドアノブからはO男爵夫人の指紋しか検出されず、この事実も栄夫人が腹痛を口実にサロンを出て本館へ向かった事の傍証になったとの事です。
 犯行動機については頑なに口を閉ざしたまま黙して語るのを拒んでいたそうですが、粘り強い説得の末、不倫関係の清算だと分かったそうです。好奇心から夫の知り合いと肉体関係を結んだものの、その後もしつこく密会を申し込まれ、遂には栄夫人御自身が全裸で熟睡している姿を撮影した写真を脅迫の道具に利用して強引に体を求めるようになったので殺害するに至ったとの事でした。
 栄夫人の自供によれば、海で泳いでいる時に沖まで誘い出して溺死させようと目論んでいたそうですが、あのサロンで時刻誤認を利用して則助氏を殺害する方法を思い付き、それを実行にうつしたのだと言います。
 漁られた鞄や空の財布は物盗りに見せかける為の細工であり、寝室のドアを半開きにしておいたのも杏子事務局長のお考え通りだったそうです。
 杏 子「それにしても綱渡り的な犯行だったわね。行き当たりばったりの幸運が重なり合った結果とは言え、こう見事に犯罪が成立するとは驚きだわ」
 さやか「わたしとしては運頼りの犯行に踏み切った事の方が驚きよ。それも旅先で犯行に及ぶなんて」
 マ ミ「則助氏が仮眠をとりにサロンを出た事、その際に起こす時間を指定しておいた事、栄夫人が分解可能な釣り竿を持っていた事、そして柱時計の下に座していた事。この四つの偶然が杜撰な思い付きの犯行を奇蹟的に成功させたのね」
 ほむら「偶然に思い付いた姦計を後先考えず実行する度胸、精神的に病んでいたのかも知れませんね」
 まどか「井坂甚六氏が時間の事を言い出さなかったら、栄夫人はどう対応するつもりだったんでしょう」
 マ ミ「理由は何とでもつけられると思ったんじゃないかしら。自慢したい釣り道具を寝室に忘れてきたとか、柱時計が見える位置に座っている方に時刻を尋ねるとか、何か考えはあったかも知れないわね。今となっては分からないけれど」
 杏 子「いずれにしろ、軽々しく男に肌を許すなっていう事ね。この教訓を他山の石にして、あたしたちも気をつけましょう」
 さやか「大丈夫よ。この五人の誰からも男っ気(おとこっけ)は感じられないもの。わたしたちには縁のない教訓よ」
 まどか「それはそれで寂しいような……」
 ほむら「(小声で)わたしには鹿目まどかさんがいれば充分だわ」
 杏 子「(小声で)さやかがいれば男なんて……」
 マ ミ「とんだ慰安旅行になってしまったけれど、残りの四日は存分に楽しみましょう」
 杏 子「そうね。茸狩りに海水浴、山歩き。雨と事件で台無しにされた二日間を取り戻さないと」
 波乱の幕開けとなった慰安旅行ですが、これはこれで「見滝原帝都探偵局」らしい二日間だったと言えます。
 時に昭和八年八月、ある療養地での出来事でした。


≪「紺碧荘殺人事件」完結≫


【あとがき】
 見切り発車でスタートした二次創作小説ですが、どうにか完結させる事ができました。
 論理的な謎解きよりも物語で読ませる構成を重視した為、手掛かりの提示に不手際があったり、解決編の謎解きに欠陥があるかも知れません……。
 普段は何気なく読み流していますが、実際に謎解き物の創作小説を自分で書いてみると大変な労力を消費する事が分かりました。ある意味では良い体験です。
 時計のトリックはエディソン・マーシャルの短編「リンウッド倶楽部事件」(原作未見 昭和4年・横溝正史=訳)から拝借し、若干のアレンジをして使用しました。相違点については原作のネタバレとなるので書きませんが、興味のある方はチェックしてみて下さい(図書館を利用して復刻版『新青年』昭和4年5月号を借りれば手軽に読めます)。
 物語中盤で時間トリックに関する致命的な矛盾事項が見つかり慌てて修正をしましたが、その影響もあって解決編は駆け足になってしまいました。
 福田栄を犯人とする証拠も弱く、評価の厳しい推理小説ファンの方から見れば不燃焼気味の謎解きかも知れませんが、軽く読み流して頂ければ幸いです(^-^;) 。
 最後になりましたが、作中に散りばめたくすぐりネタの元ネタと補足説明を以下に併せて記します。


【発端】
 ・貴族院議員:40歳の若さで亡くなった作家・濱尾四郎氏も貴族院議員でした。
 ・婦人探偵:昭和初期の『淑女画報』には婦人探偵からの寄稿文が掲載されており、少なくとも婦人探偵の存在を読者が受け入れるだけの下地があった事を伺わせます。
 ・Negligee:お色気描写の小道具として使用しました。昭和8年当時における婦人用寝具としての日本国内普及率は調べきれず、時代考証を無視しているかも知れません。
 ・饅頭が苦手:「饅頭怖い」と題する落語がありますが、特に関係はありません。何となく挿入したエピソードです……。

【事件編】
 ・トーキー映画「MAGICA」:言うまでもなく「魔法少女まどか☆マギカ」よりタイトルを借りました。
 ・シャルロッテ探偵:マミさんと深い因縁のある「お菓子の魔女」より。
 ・『新生青年』:戦前期の探偵小説史を語るうえで外せない探偵小説専門誌『新青年』より。
 ・中島のコラム:大正15年に横溝正史氏が「探偵映画蝙蝠を観る」と題する小文を『新青年』へ発表しています。映画紹介繋がりのパロティとして用いました。
 ・博文社:かつて雑誌王国と言われていた博文館がモデルです。終戦直後に複数の出版社へ解体されました。現在は博文館新社として日記帳の販売に力を入れています。
 ・森下天渓社長:長谷川天渓氏と森下雨村氏に名前を借りています。どちらも博文館の社員として『太陽』や『新青年』の編集主幹を務めました。
 ・ハイエナ社:アニメ版「サザエさん」におけるノリスケの蔑称より。

【介入編】
 ・警視庁嘱託:草野唯雄氏の長編に登場する尾高一幸は警視庁嘱託の私立探偵として刑事事件に介入する事が許され、民間人ながら殺人事件の捜査に加わっています。

【解決編】
 ・岩井探偵事務所:明治28年に創設された日本で最も古い探偵事務所。株式会社ミリオン資料サービスと改名し、現在も営業しています。
 ・シーメンス事件:大正時代初期の一大疑獄事件。この事件によって第1次山本内閣は大正3年3月に内閣総辞職へ追い込まれました(事件解決に岩井三郎氏も寄与しています)。
 ・結婚十周年:無駄知識となりますが、アニメ版「サザエさん」放送一周年記念として「謎のパーティー」が1970年に放送されました。脚本は辻真先氏。舟の日記に書かれていた「一周年記念」の謎を巡るドタバタを描いたエピソードです。
 ・郵便行嚢爆破事件:横溝正史「爆発手紙」より。



【追記】エピローグ部分にミスがあったので修正し、それに関する前後の文章も若干ですが修正致しました。タイトルに「改訂」とありますが、些細な部分修正なので内容全体には変更がありません。また、過去3回分の矛盾項目を訂正し、見つかった限りの誤記・誤植を修正しました。(2011年8月30日・記)
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