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2017-10

究極のリアリティ(芥川龍之介「地獄変」より)

 芥川龍之介氏の王朝物は『宇治拾遺物語』や『今昔物語集』から材を求めた作品が多く、高慢な天才絵仏師が芸術の為に娘を死に追いやってしまう「地獄変」も『宇治拾遺物語』に収められた説話が出典となっています。
 この短編は大正7年に『大阪日日新聞』へ発表されましたが、その当時から高い評価を得ていたと言われ、芥川氏の代表作となりました。
 現在でも芥川作品を収録している複数の文庫本で読む事ができ、時代を超えて読み継がれる作品である事を実証しています。

 大殿に才能を買われた天才絵仏師の良秀は「地獄変」の屏風絵を描く大役を与えられましたが、自分の目で見た物しか描けない良秀の創作精神は狂気に近く、真夜中に弟子を鎖で縛りあげたり、獰猛な耳木兎(みみずく)をけしかけたり、常軌を逸した行動を取ります。
 弟子たちから恐れられながらも順調に絵を仕上げていく良秀でしたが、最後の仕上げに行き詰まり、遂に「檳榔毛の車の中で女が焼け死ぬ光景を見たい」と人命軽視の願いを大殿へ申し出ました。
 高慢な良秀の態度は大殿の心象を悪くしていき、この頃になると大殿も良秀を苦々しく思うようになっていましたが、何故か彼は異常な天才絵仏師の訴えに快く応じます。

 ある晩、大殿は洛北の山荘へ良秀を呼び出し、御庭に檳榔毛の車を引き据えました。
 準備万端に整った時、大殿は仕丁へ簾を上げるよう命じます。
 車の中に乗っていたのは良秀の愛する娘でした。彼女は鎖に縛られて自由を奪われた惨らしい姿で恐怖に怯えています。
 やがて大殿の命令で車に火が点けられ、美しい娘は生きながらにして火葬されました……。
 自分の娘を目の前で焼き殺された良秀ですが、この無残な光景に取り乱す事もなく、一ヶ月後に約束の絵を仕上げて大殿に献上しました。


 大殿様は又言を御止めになって、御側の者たちに眴(めくば)せをなさいました。それから急に苦々しい御調子で、「その内には罪人の女房が一人、縛めた儘、乗せてある。されば車に火をかけたら、必定その女めは肉を焼き骨を焦して、四苦八苦の最期を遂げるであろう。その方が屏風を仕上げるには、又とないよい手本ぢや。雪のような肌が燃え爛れるのを見のがすな。黒髪が火の粉になって、舞い上るさまもよう見て置け。」
【中略】
 仰を聞くと仕丁の一人は、片手に松明(まつ)の火を高くかざしながら、つかつかと車に近づくと、矢庭に片手をさし伸ばして、簾をさらりと揚げて見せました。けたたましく音を立てて燃える松明の光は、一しきり赤くゆらぎながら、忽ち狭い車非(※はこ)の中を鮮かに照し出しましたが、車因(※とこ)の上に惨らしく、鎖にかけられた女房は――ああ、誰か見違えを致しましょう。きらびやかな繍(ぬひ)のある桜の唐衣(からぎぬ)にすべらかし黒髪が艶やかに垂れて、うちかたむいた黄金の釵子(さいし)も美しく輝いて見えましたが、身なりこそ違え、小造りな体つきは、色の白い頸(うなじ)のあたりは、そうしてあの寂しい位つつましやかな横顔は、良秀の娘に相違ございません。【後略】
【中略】
 火は見る見る中に、車蓋(やかた)をつつみました。庇(ひさし)についた紫の流蘇(ふさ)が、煽られたやうにさっと靡くと、その下から濛々と夜目にも白い煙が渦を巻いて、或は簾(すだれ)、或は袖、或は棟の金物(かなもの)が、一時に砕けて飛んだかと思う程、火の粉が雨のように舞い上る――その凄じさと云ったらございません。いや、それよりもめらめらと舌を吐いて袖格子(そでがうし)に搦(から)みながら、半空(なかぞら)までも立ち昇る烈々とした炎の色は、まるで日輪が地に落ちて、天火(てんか)が迸(ほとばし)ったようだとでも申しましょうか。前に危く叫ばうとした私も、今は全く魂を消して、唯茫然と口を開きながら、この恐ろしい光景を見守るより外はございませんでした。しかし親の良秀は――
【中略】
【前略】そうしてその車の中には――ああ、私はその時、その車にどんな娘の姿を眺めたか、それを詳しく申し上げる勇気は、到底あろうとも思われません。あの煙に咽(むせ)んで仰向(あふむ)けた顔の白さ、焔を掃(はら)ってふり乱れた髪の長さ、それから又見る間に火と変って行く、桜の唐衣の美しさ、――何と云う惨たら(ママ)しい景色でございましたろう。殊に夜風が一下(ひとおろ)しして、煙が向うへ靡いた時、赤い上に金粉を撒いたような、焔の中から浮き上って、髪を口に噛みながら、縛の鎖も切れるばかり身悶えをした有様は、地獄の業苦を目のあたりへ写し出したかと疑われて、私始め強力の侍までおのずと身の毛がよだちました。
 するとその夜風が又一渡り、御庭の木々の梢にさっ通う――と誰でも、思いましたろう。そう云う音が暗い空を、どことも知らず走ったと思ふと、忽ち何か黒いものが、地にもつかず宙にも飛ばず、鞠のように躍りながら、御所の屋根から火の燃えさかる車の中へ、一文字にとびこみました。そうして朱塗のよな袖格子が、ばらばらと焼け落ちる中に、のけ反った娘の肩を抱いて、帛(きぬ)を裂くやうな鋭い声を、何とも云えず苦しそうに、長く煙の外へ飛ばせました。
【後略】
≪ランダムハウス講談社『王朝小説集』P256~260≫
(※)このシステムでは第4水準漢字を表示できない為、「偏+旁」で表記しました。


 この後、物語は急転直下し意外な結末を迎えますが、ネタバレになってしまうので触れません。
 ただ、究極のリアリティを求めた男が悲惨な末路を辿ったとだけ書いておきます。

 CGの普及と高性能化に伴い、現在は表現方法の過激化が進む一方です。
 そんな今こそ、表現方法の過激化が極端に描かれた「地獄変」を読み返してみるのも一興かも知れません。


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芥川 龍之介

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地獄変 (集英社文庫)地獄変 (集英社文庫)
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コメント

色付きの文字v-12新京京史朗さん今晩は
読んでませんよおやすみなさい

「地獄変」を読むにあたって

 国語の授業で習わされた印象が強くて敬遠されるかも知れませんが、この「地獄変」は分量も短く読み易いので挑戦してみて下さい。
 資料としての評価は人によって異なりますが、角川文庫から出ている「古典ビギナーズ」シリーズの芥川本が最良のテキストかも知れません。

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