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2017-10

一冊の書物から……(吉川英治「やまどり文庫」より)

 古本の世界には【稀覯本】と言われるアイテムが存在します。
 発禁によって書店から回収された雑誌、発行部数の少ない単行本、作者の都合によっては復刊されない作品集、極一部の関係者にのみ配布される限定資料……等々。
 入手困難のレベルが高ければ高い程、その古書価は天井知らずの値上がりをみせます。

 吉川英治氏が『少女の友』へ連載した「やまどり文庫」では、ひょんな事から屑屋へ払い下げられた稀覯書『古今和歌集』を手に入れようとする人々の思惑が交差し、この本を巡る様々な人間模様が綴られています。
 養親を失った二人の若い男女は艱難辛苦の末に大義を果たしますが、雑誌連載用の見せ場を無理に作ろうとする作者の苦労が随所に見られ、物語が進むにつれ御都合主義で処理されてしまう場面が多くなっていました。
 今から80年近く前の少年少女向け小説なので、現代人の感覚から作品にケチをつける訳ではありませんが……。このように感じたのも事実です。

 本作のヒロインは正直者の屑屋に育てられた環(たまき)という16歳の少女です。
 どのような顔立ちかは説明されていませんが、山口将吉郎画伯の挿絵では小町娘とも言える可愛らしい容貌に描かれていました。

 この環ですが、ある屋敷から父親が回収してきた屑物に紛れていた稀覯書を手にした事から恐ろしい目にあわされます。
 貧しくても幸せな日々を過ごしていた頃とは一転。運命の荒波は環に容赦なく試練を与えました。
 あまり過激な場面はありませんが、ヒロイン受難と言える場面は幾つか見られます。


『じゃ、さっそく、仲間にはいったしるしをいれてやろう。そのままうごかずに、じっとしているんだぞ』
 一人の男は、そういうが早いか、部屋の小机の上においてあった、刺青針をつかむと、彼女の二の腕へ、――
『あッ!』
『えい。ほんのしばらくのしんぼうだ。がまんしていろ』
 雪より白い環の皮膚には、みるみるむごたらしい鮮血がにじんでくるのでした。

≪講談社『吉川英治全集別巻4 左近右近』P332≫

『これ娘、あす、わしが、糺明いたすから、こんや一晩、逃がれぬように、あの椿の樹へしばりつけておきなさい』
 家にかえると、老武家は、用人に命じて、環を、納屋の横手の椿の幹へ、かたくしばりつけさせました。

【中略】
 そのうちに日が落ちて、宵闇が濃くせまって来ました。けれど環は、椿の木にしばられたまま、ひとりでにあふれて来る泪をふくことさえゆるされません。
【中略】
 身もだえすればするほど、縛めの縄は、いよいよ皮膚に喰いこむ。
【中略】
 すでに、環の泪はかれそうでした。夜目にはわかりませんがぎりぎりと巻きつけられた荒縄のために、環の皮膚は、血がにじみそうになっているはずです。十六の少女にとって、あまりにも苛酷な、いましめの縄でした。いやあまりにも無残な、無慈悲な運命でありました。
 神や仏があるとすれば、なにゆえに、環のように清い美しい心の少女を、これほどまでに苦しめるのでしょうか?

≪講談社『吉川英治全集別巻4 左近右近』P334~335≫

『眼がさめたな』
 一人が、いいました。あたりをはばかる低い声です。
『環。――しずかにするんだぞ』
 も一人の男(ママ)がいいます、陰にこもってするどい声でした。

【中略】
『あ、さそり組!』
『シッ! 大きな声を出すんじゃねえというのに』
 いきなり、大きな掌(て)が、環の顔いっぱいにおおいかぶせられてしまいました。
『う、うッ』と、息のつまる苦しさに、ばたばた身をもがきましたが、相手は、まるで、鋼鉄のようなつよい腕の持ち主なので、いくらさからっても、すこしの甲斐もありません。
 それっきり、環は、意識をうしなってしまいました。

≪講談社『吉川英治全集別巻4 左近右近』P368≫

 お菊は、環を捕えておいたら、それを囮にかならず、山鳥の巻の手がかりがつく、と悪知恵を働かして檻禁(かんきん)していたのですが、すでに、こうして、山鳥の巻が手に入って見ると、もう、環を捕えておく必要はありませんし、かえって、足手まといになります。
【中略】
『環』
 かえるなり、お菊は、こわい眼をして、
『すぐに出かけるんだよ。用意をおし』
 と、どなるように、命ずるのです。
『はい』
 環は、しばられた縄目の跡を、さする間もなく、せきたてられて、身じたくもそこそこに、お菊のあとにしたがいました。

≪講談社『吉川英治全集別巻4 左近右近』P401~402≫
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