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2017-07

心優しく気高い姉娘(森鴎外「山椒大夫」より)

 人買いの奸計によって不幸のドン底へ落された姉妹の艱難辛苦を綴った森鴎外氏の短編「山椒大夫」は、中世芸能「五説経」の演目より「さんせう大夫」を原話に執筆されたそうです。
 後に民話として日本各地へ伝えられ、子供向けにアレンジされた「安寿と厨子王」として広く普及しているので内容を御存知の方も多い事でしょう。

 鴎外氏の「山椒大夫」に登場する安寿は14歳ですが、弟の厨子王を助ける為に自分の身を犠牲にし、この若さで世を去ります。
 厨子王との年齢差は僅か2歳。大して年の変わらない弟を生き延びさせようと自ら死を覚悟する姿に神々しいまでの優しさを感じました。
 まさに悲劇のヒロインと言える健気な少女です。

 父親へ会いに行く長旅の道中、人買いに騙されて母子バラバラにされてしまったのが悲劇の発端でした。
 主従4人の旅人は2艘の船に分散して乗り込む事になりましたが、これは人買いの罠であり、安寿と厨子王は海の上で母親と離れ離れになってしまいます。
 騙された事を知った女中は絶望のあまり海へ身を投げ自殺、安寿たちの母親も後追いを考えますが人買いに阻止されてしまいました。
 この時の描写が少しエロチックなので以下に紹介します。
 ちなみに母親の詳しい容姿は不明ですが、年齢については「三十歳を踰(こ)えたばかりの女」と冒頭で書かれていました。


 母親は袿(うちぎ)を脱いで佐渡が前へ出した。「これは粗末な物でございますが、お世話になったお礼に差し上げます。わたくしはもうこれでお暇(いとま)を申します。」こう云って舷に手を掛けた。
「たわけが」と、佐渡は髪を掴んで引き倒した。「うぬまで死なせてなるものか。大事な貨(しろもの)じゃ。」
 佐渡の二郎は牽絨(つなで)を引き出して、母親をくるくる巻にして転がした。そして北へ北へと漕いで行った。

≪筑摩書房『ちくま日本文学17 森鴎外』P262~263≫


 注釈によれば袿とは「貴婦人用の服。単」とあります。
 袿は単独で着用する場合もあるそうなので、これを脱いだ下には小袖を着ていたかも知れません。
 小袖姿の若妻が縄で縛られ船の上に転がされる姿は想像すると少しエロチックです(そう感じるのは私だけかも知れませんが……)。
 屈辱的な仕打ちを受けた母親の胸中を思い描きながら読むと、この短い文章の中にも僅かなエロスを感じ取れると思います。

 一方の安寿と厨子王ですが、幼い姉弟を買おうとする奇特な者がいなかった為、石浦の山椒大夫という分限者に買い取られます。
 そこで2人は奴隷のように酷使されますが、こうなったのも運命と思い必死に働き続けました。
 ある日の事、父のいる筑紫へ逃亡しようと相談する所を山椒大夫の息子に聞かれてしまいます。必死に「これは嘘です」と弁解するものの訴えは一蹴され、安寿は焼けた火箸で拷問されます。
 この残酷な仕打ちは姉弟が同時に見た悪夢でしたが、現実世界では正視できないような拷問描写は生々しく鬼気迫る描写でした。


【前略】初め透き通るように赤くなっていた鉄が、次第に黒ずんで来る。そこで三郎は安寿を引き寄せて、火筋を顔に当てようとする。厨子王はその肘に絡み附く。三郎はそれを蹴倒して右の膝に敷く。とうとう火筋を安寿の額に十文字に当てる。安寿の悲鳴が一座の沈黙を破って響き渡る。【中略】安寿はすぐに起き直って、肌の守袋を取り出した。わななく手に紐を解いて、袋から出した仏像を枕元に据えた。二人は左右にぬかずいた。その時歯をくいじばってもこらえられぬ額の痛が、掻き消すように失せた。【後略】
≪筑摩書房『ちくま日本文学17 森鴎外』P274~275≫


 悪夢から覚めた安寿は厨子王一人だけでも山椒大夫の屋敷から逃亡させようと覚悟を決めます。
 彼女の計画とは、自分も弟と一緒に山へ柴苅りに行き、二人きりになった隙をみて厨子王を山から逃がそうというものでした。
 長く美しい髪を鎌で切り落とし、大童(おおわらし)となった安寿は厨子王と一緒に柴苅りへ行く事を許されます。
 山中で安寿から逃亡計画を聞かされた厨子王は強く反対しますが、結局は姉の言葉に従い、一人で山を下りて行きます。
 その後ろ姿を見送った安寿。その後、彼女は坂道の下にある沼へ入水して自害しました。

 丹後の国守となった厨子王が年老いて盲(めしい)た母親と再会する場面で物語は終わりますが、ここに至るまでの経緯を考えると決してハッピーエンドとは言えません。
 政(まつりごと)で人の売買が禁止されたにも関わらず、山椒大夫の一家が結局は今まで以上に富み栄える点にも不条理さを感じさせます。

 幾つかの資料を調べてみたところ、小説のベースとなった「さんせう大夫」では厨子王を逃亡させた安寿が拷問され悲惨な死を遂げるそうです。
 死に至らしめる凄惨な責め場らしいので、この場面を鴎外氏が省いたのは納得できます。
 救いのない物語ですから、弟を思いながら安寿が自らの意思で死んでいっただけでも良かったと思うしかありません。


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