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2017-08

真夜中のキャットファイト(尾崎紅葉「金色夜叉」シリーズより)

 尾崎紅葉氏の名作「金色夜叉」は明治30年から明治35年まで『読売新聞』に長期連載された未完の大作として知られています。
 読書が娯楽の中心だった世代の方は「ダイヤモンドに目が眩み」や「貫一お宮の松」と聞いただけで、即座に「金色夜叉」のタイトルを挙げられる事でしょう。
 恋する女性に裏切られて高利貸となった間貫一の生き様を描きつつ、彼を取り巻く人々、そして一時期の物欲で好きな男性を捨ててしまった鴨沢宮の復縁を求める女心の揺れ動きにまで筆が及び、大河小説に相応しい複雑な内容となっています。
 作者の病気による休載があったとは言え、足掛け6年に亙って書き継がれた大作という点に本作へ傾けた作者の情熱が感じられました。

 正確に言えば「金色夜叉」は6部構成となっており、「金色夜叉」,「後編 金色夜叉」,「続金色夜叉」,「続々金色夜叉」,「続々金色夜叉 後編」に分けられます。
 初出時と初刊本でタイトルが違う為、書誌的にはもっと細かい分類となりますが、その辺の相違については煩わしくなるので書きません。気になる方は各自で調べてみて下さい(同じく「6部構成なのに初出タイトルが5編なのは何故か」と言う疑問についても各自でお調べ下さい)。

 物語冒頭、月光に照らされる熱海の海岸で貫一が宮を足蹴にする場面はよく知られており、ダイヤモンドの誘惑に負けて好きな男を捨てた女性の哀れな姿はイラストとしても有名です。
 自業自得の仕打ちではありますが、艶めかしい太腿を露わにして倒れる宮のポーズには背徳的な色気が見られます。
 武内桂舟氏による挿絵を脳裏に思い描きながら該当場面を読んでみると、私が受けた印象を分かって頂けると思います。


其声と与(とも)に貫一は脚を挙げて宮の弱腰を礑(はた)と踢(けり)たり。地響して横様に転(まろ)びしが、なかなか声をも立てず苦痛を忍びて、彼はそのまま砂の上に泣き伏したり。貫一は猛獣などを撃ちたるやうに、彼の身動も得為ず弱々と僵(たお)れたるを、なほ憎さげに見遣りつつ、
「【中略】宮(みい)さん、お前から好(よ)く然(そ)う言っておくれ、よ、若(も)し貫一は如何したとお訊ねなすったら、あの大馬鹿者は一月十七日の晩に気が違って、熱海の浜辺から行方知れずになって了ったと……。」
宮は矢庭に蹶(はね)起きて、立たんと為(す)れば足の痛に脆くも倒れて効無きを、漸く這寄りて貫一の脚に縋付き、声と涙とを争ひて、
「貫一さん、ま……ま……待って下さい。貴方これから何(ど)……何処へ行くのよ。」
貫一は有繁(さすが)に驚けり、宮が衣(きぬ)の披(はだ)けて雪可羞(はずかし)く露せる膝頭は、夥く血に染みて顫(ふる)ふなりき。
「や、怪我をしたか。」
【中略】
「ええ、何の話が有るものか。さあ此を放さないか。」
「私は放さない。」
「強情張ると蹴飛すぞ。」
「蹴られても可(い)いわ。」
貫一は力を極めて振断(ふりちぎ)れば、宮は無残に伏転(ふじまろ)びぬ。
「貫一さん。」
貫一ははや幾間を急行きたり。宮は見るより必死と起上りて、脚の傷(いたみ)に幾度か仆(たお)れんとしつつも後を慕ひて、
「貫一さん、それぢゃもう留めないから、もう一度、もう一度……私は言遺した事がある。」
≪角川ソフィア文庫『ビギナーズ・クラシック近代文学編 尾崎紅葉の「金色夜叉」』P45~48≫


 話は飛んで物語終盤。
 ある夜、鴨沢宮と女性高利貸しの赤樫満枝が貫一を巡って激しい肉弾戦を展開します。
 白刃まで飛び出す壮絶な女性同士の戦い。
 牽強付会の見方かも知れませんが、この二人の争いは明治時代のキャットファットと言えるのではないでしょうか。


 「さあ、私恁(こう)して抑へて居りますから、吭(のど)なり胸なり、ぐつと一突遣ってお了ひ遊ばせ。ええ、もう貴方は何を遅々(ぐずぐず)して被居(いらっしゃ)るのです。刀の持様(もちよう)さへ御存じ無いのですか、恁して抜いて!」
【中略】
「之で突けば可いのです。」
【中略】
言下に忽焉(こつえん)と消えし刃の光は、早くも宮が乱鬢(らんびん)を掠めて顕(あらわ)れぬ。啊呀(あなや)と貫一の号(さけ)ぶ時、妙(いし)くも彼は跂起(はねお)きざまに突来る鋩(きっさき)を危うく外して、
「あれ、貫一さん!」
と満枝の手首に縋れるまま、一心不乱の力を極めて捩伏せ捩伏せ、仰様(のけざま)に推重(おしかさな)りて仆(たお)したり。
【中略】
「貫一さん、貴方は私を見殺になさるのですか。奈何(どう)でも此女の手に掛けて殺すのですか!私は命は惜くはないが、此女に殺されるのは悔い!悔い!!私は悔い!!!」
彼は乱せる髪を夜叉の如く打振り打振り、五体を揉みて、唇の血を噴きぬ。
彼も殺さじ、是を傷(きずつ)けじと、貫一が胸は車輪の廻(めぐ)るが若(ごと)くなれど、如何にせん、其身は内よりも不思議の力に緊縛せられたるやうにて、逸(はや)れど、躁(あせ)れど、寸分の微揺(ゆるぎ)を得ず、せめては声を立てんと為(す)れば、吭を又塞(ふさが)りて、銕丸(てつがん)を啣(ふく)める想(おもい)
力も今は絶々に、はや危しと宮は血声を揚げて、
「貴方が殺して下さらなければ、私は自害して死にますから、貫一さん、此刀を取つて、私の手に持せて下さい。さ、早く、貫一さん、後生です、さ、さ、さあ取つて下さい。」
又激く捩合(ねじあ)う郤含(はずみ)に、短刀は戞然(からり)と落ちて、貫一が前なる畳に突立つたり。宮は虚(すか)さず躍り被(かか)りて、我物得つと手に為れば、遣らじと満枝の組付くを、推隔(おしへだ)つる腋の下より後突に、欛(つか)も透(とお)れと刺したる急所、一声号(さけ)びて仰反る満枝。鮮血! 兇器! 殺傷! 死体! 乱心! 重罪! 貫一は目も眩(く)れ、心も消ゆるばかりなり。
≪角川ソフィア文庫『ビギナーズ・クラシック近代文学編 尾崎紅葉の「金色夜叉」』P170~172≫


 今では使用されない漢字が多く、文体も独特なので具体的な場面をイメージし難いかも知れません。
 ここでは原文からの引用としましたが、底本に使用した『ビギナーズ・クラシック近代文学編 尾崎紅葉の「金色夜叉」』には山田有策氏の現代語訳が掲載されているので、宮と満枝の戦いを分かり易い文章で読みたい方には本書の活用をお薦めします。
 かく言う私も山田氏の現代語訳のお世話になりましたので……。
 生足を見せて倒れる宮の姿や深夜の決闘場面をビジュアル的に思い描けたのも山田訳のおかげです。

 邪道な読書方法かも知れませんが、アブノーマル趣味やフェチシズム要素を探しながら格調高い文豪の名作を読んでみるのも面白いです。
 学校の授業で習わされるような受動的な読書ではなく、自分の好みの場面が見つかる事を期待しながらの能動的な読書となり、日本文学を楽しく読めるようになるかも知れません。

 今回の引用文ですが、斜体にすると読み辛くなってしまう為、例外として通常の字体にしました。


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 ※原文と訳文を同時に読めるうえ、作品解説や書誌データーも充実しているガイドブックです。物語をダイジェストで読みながら作品背景が理解できる推薦図書です。
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