行く年、来る年
今年は春の大震災に始まり、円高問題、タイの大洪水、ギリシャ危機と世界規模の暗い話題が多い一年でした。
まさに「一寸先は闇」と言うに相応しい激動の現代。こんな時代だからこそ、一日一日を大切に生きていきたいと思います。
……と、偉そうな事を書きましたが、今年も惰性で日々を過ごしておりました。数時間後に迫った2012年こそ上記のように高潔な志で一年を過ごしたいと思います。
今年は「魔法少女まどか☆マギカ」及び「スイートプリキュア」という名作アニメに出会え、pixivでの創作活動に大きな影響を受けました。
特に前者はリョナ一辺倒だった当ブログへ二次創作の「健全SS」をアップするキッカケとなった歴史的名作であり、キャラクターの個性を尊重しながらキャラ萌えに頼らない異色の魔法少女アニメとして高く評価しています。
言い訳に聞こえるかも知れませんが、周辺環境の変化によって今夏からブログの更新停滞が多くなり、年内に消化しきれなかった企画が出てしまいました。
予定では、晩秋にウルトラクイーン(らすP氏の「ウルトラレディ」シリーズに登場するウルトラ戦姫)が強敵との戦いに苦戦する内容のSSを全3回でアップし、12月初旬に「ゴージャス・アイリン」の短編SSをアップ、年末までにクリスマスがテーマの「魔法少女まどか☆マギカ」&「スイートプリキュア」&「魔法少女おりこ☆マギカ」のコラボSSを完結させる筈だったのですが……。
来年は計画に余裕を持つよう心掛け、持ち越しとなった企画を自分の納得がいくクオリティで完成させます。
まとまりのない御挨拶となってしまいましたが、これをもって2011年最後のブログ更新にしたいと思います。
定期的にアクセスして下さる方、気の向いた時にアクセスして下さる方、諸々のキーワード検索からアクセスされた方。
2012年も「黄昏タイムス」をよろしくお願い申し上げます。
最後になりましたが、去り行く2011年を見送る年越しイラストを掲載させて頂きます。
お題は「魔法少女まどか☆マギカ」。イラスト執筆者はパリパリみょうが氏、パリジャン氏の御二方です。
突然の事にも関わらず新作イラストを描き下して御提供下さいました。
パリパリみょうが氏、パリジャン氏には厚く御礼申し上げます。

(C)パリパリみょうが

(C)パリジャン
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まさに「一寸先は闇」と言うに相応しい激動の現代。こんな時代だからこそ、一日一日を大切に生きていきたいと思います。
……と、偉そうな事を書きましたが、今年も惰性で日々を過ごしておりました。数時間後に迫った2012年こそ上記のように高潔な志で一年を過ごしたいと思います。
今年は「魔法少女まどか☆マギカ」及び「スイートプリキュア」という名作アニメに出会え、pixivでの創作活動に大きな影響を受けました。
特に前者はリョナ一辺倒だった当ブログへ二次創作の「健全SS」をアップするキッカケとなった歴史的名作であり、キャラクターの個性を尊重しながらキャラ萌えに頼らない異色の魔法少女アニメとして高く評価しています。
言い訳に聞こえるかも知れませんが、周辺環境の変化によって今夏からブログの更新停滞が多くなり、年内に消化しきれなかった企画が出てしまいました。
予定では、晩秋にウルトラクイーン(らすP氏の「ウルトラレディ」シリーズに登場するウルトラ戦姫)が強敵との戦いに苦戦する内容のSSを全3回でアップし、12月初旬に「ゴージャス・アイリン」の短編SSをアップ、年末までにクリスマスがテーマの「魔法少女まどか☆マギカ」&「スイートプリキュア」&「魔法少女おりこ☆マギカ」のコラボSSを完結させる筈だったのですが……。
来年は計画に余裕を持つよう心掛け、持ち越しとなった企画を自分の納得がいくクオリティで完成させます。
まとまりのない御挨拶となってしまいましたが、これをもって2011年最後のブログ更新にしたいと思います。
定期的にアクセスして下さる方、気の向いた時にアクセスして下さる方、諸々のキーワード検索からアクセスされた方。
2012年も「黄昏タイムス」をよろしくお願い申し上げます。
最後になりましたが、去り行く2011年を見送る年越しイラストを掲載させて頂きます。
お題は「魔法少女まどか☆マギカ」。イラスト執筆者はパリパリみょうが氏、パリジャン氏の御二方です。
突然の事にも関わらず新作イラストを描き下して御提供下さいました。
パリパリみょうが氏、パリジャン氏には厚く御礼申し上げます。


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「魔法少女まどか☆マギカ Another」 加音町大音楽祭 (その2)
第一章 出発の朝
まどか「それじゃ行ってきます」
詢 子「気をつけて行ってこいよ」
まどか「うん。ありがとう、ママ」
知 久「楽しいクリスマスを過ごしておいで」
まどか「ごめんね、パパ。一緒にクリスマスをお祝いできなくて」
知 久「気にしなくていいよ。パパ達とクリスマスを祝う事は来年だってできるんだ。友達と過ごせる時間を大切にしなさい」
まどか「うん」
達 也「姉ちゃ、いってらっしゃい~」
まどか「行ってくるね。たっくんも良い子にしてるんだよ」
達 也「は~い」
ほむら「忘れ物はないわね」
ほ む「はい」
ほむら「それじゃ出掛けましょう」
ほ む「はい」
ほむら「慌ただしいスケジュールで大変かも知れないけれど我慢して頂戴。今回の旅行は夏から決まっていた事だから中止にはできなかったのよ」
ほ む「いえ、わたしの方こそ。みなさんの楽しい旅行を邪魔するようで……申し訳なく思っています」
ほむら「そんなに気負わなくてもいいのよ。誰もあなたを邪魔だなんて思っていないわ」
ほ む「で、でも……」
ほむら「そんな顔をしていると却ってまどか達に気を遣わせてしまうわ。あなたも一緒に旅行を楽しみなさい」
ほ む「は、はいッ」
ほむら「さあ、行きましょう」
もう一人の自分に向かって優しく微笑み、ほむらは玄関のドアを開けた。
杏 子「遅いなぁ、さやか達。何をグズグズしてやがるんだ」
マ ミ「わたし達が早すぎたのよ。まだ9時半じゃない。集合時間まで30分あるわ」
清々しく晴れた空の下。寒さに耐えながら杏子とマミは無人のバス停で4人の旅行参加メンバーを待っている。
杏 子「しかし寒いなぁ。そこの自販で暖かいミルクティーでも買ってくるよ」
マ ミ「あッ、佐倉さん。わたしの分もついでに買ってきてもらえるかしら?」
杏 子「オッケー」
パーカーのポケットから小銭を取り出して自動販売機へ向かう杏子。いつもはデニムのホットパンツを履いているが、さすがに今日はジーンズで生足を隠している。
程なくしてミルクティーのホット缶を手にした杏子が戻り、そのうちの一つをマミに手渡した。
杏 子「ほらよ、あたしの奢りだ。熱いから気をつけろよ」
マ ミ「で、でも……」
杏 子「いいから。遠慮するなって」
杏 子「ありがとう、佐倉さん。それじゃ遠慮なく御馳走になるわね」
しばらく無言で暖かいミルクティーを飲んでいた二人だが不意に杏子が口を開いた。
杏 子「悪かったね、あたしのせいで寒空の下を待つ事になっちゃって」
マ ミ「え?」
杏 子「みんなで泊まりがけの旅行に出掛けるのは初めてだろう。だから浮かれちゃってさぁ、早く家を出過ぎちゃったんだ。マミまで巻きこんじまって……本当に悪かった」
マ ミ「いいじゃない、こういうのも」
杏 子「マ、マミ」
マ ミ「今回の旅行はわたし達が幹事みたいなものでしょう。早く来て待つのも悪くないわ」
杏 子「……(小声で)そうやってフォローしてくれる優しさ、昔と変わらないな」
マ ミ「ん? 何か言った?」
杏 子「なんでもねえよ。誰でもいいから来ないかなって言ったんだ」
さやか「まったく、なんで肝心な時に目覚まし時計が故障するのよ」
腕時計を見ながら集合場所へと急ぐさやか。時計の針は無情にも午後9時38分を指していた。
さやか「仕方ないわ、学校を通り抜けて行こう。部活のふりをすれば大丈夫よね」
昨日で二学期が終えた見滝原中学校だが、部活動に参加する生徒の為に校門は開放されている。
着替えで膨らんだバックを肩から下げた私服姿のさやかは思い切って校門を潜り、そのまま校庭の隅を駆け抜けた。
早乙女「……と言うわけなのよ。酷いと思わない」
中 沢「はあ」
裏門近くの渡り廊下に近づいた時、聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
さやか「あれッ。この声は……」
早乙女「グルメぶった男って最低だわ。中沢君も女の子に向かって「半熟玉子も作れないのか」なんて言っては駄目よ」
中 沢「わ、わかりました」
さやかがソッと覗き見ると渡り廊下で担任の早乙女和子が生徒の中沢に愚痴を聞かせている。
さやか(早乙女先生、またまた失恋記録を更新したんだ。本当に男運が悪いなぁ。中沢も部活の最中にグチを聞かされて大変ね)
Qべえ「それじゃ予定通りに頼むよ」
ハミィ「まかせるニャア。響達にはハミィから伝えておくから心配いらないニャ」
Qべえ「加音町には2時間程度で到着する予定だ。ホテルへのチェックインは正午だと言うから、昼食が済むのは午後1時過ぎだと思う。食後、5人を自然公園へ向かうように誘導するよ」
ハミィ「了解ニャ。Qべえからの交信があったら、すぐに4人を連れて自然公園に向かうニャア」
Qべえ「おっと、そろそろ集合時間になるな。これで通信を終えるよ。また後で会おう」
ハミィ「わかったニャア」
まどか「それじゃ行ってきます」
詢 子「気をつけて行ってこいよ」
まどか「うん。ありがとう、ママ」
知 久「楽しいクリスマスを過ごしておいで」
まどか「ごめんね、パパ。一緒にクリスマスをお祝いできなくて」
知 久「気にしなくていいよ。パパ達とクリスマスを祝う事は来年だってできるんだ。友達と過ごせる時間を大切にしなさい」
まどか「うん」
達 也「姉ちゃ、いってらっしゃい~」
まどか「行ってくるね。たっくんも良い子にしてるんだよ」
達 也「は~い」
ほむら「忘れ物はないわね」
ほ む「はい」
ほむら「それじゃ出掛けましょう」
ほ む「はい」
ほむら「慌ただしいスケジュールで大変かも知れないけれど我慢して頂戴。今回の旅行は夏から決まっていた事だから中止にはできなかったのよ」
ほ む「いえ、わたしの方こそ。みなさんの楽しい旅行を邪魔するようで……申し訳なく思っています」
ほむら「そんなに気負わなくてもいいのよ。誰もあなたを邪魔だなんて思っていないわ」
ほ む「で、でも……」
ほむら「そんな顔をしていると却ってまどか達に気を遣わせてしまうわ。あなたも一緒に旅行を楽しみなさい」
ほ む「は、はいッ」
ほむら「さあ、行きましょう」
もう一人の自分に向かって優しく微笑み、ほむらは玄関のドアを開けた。
杏 子「遅いなぁ、さやか達。何をグズグズしてやがるんだ」
マ ミ「わたし達が早すぎたのよ。まだ9時半じゃない。集合時間まで30分あるわ」
清々しく晴れた空の下。寒さに耐えながら杏子とマミは無人のバス停で4人の旅行参加メンバーを待っている。
杏 子「しかし寒いなぁ。そこの自販で暖かいミルクティーでも買ってくるよ」
マ ミ「あッ、佐倉さん。わたしの分もついでに買ってきてもらえるかしら?」
杏 子「オッケー」
パーカーのポケットから小銭を取り出して自動販売機へ向かう杏子。いつもはデニムのホットパンツを履いているが、さすがに今日はジーンズで生足を隠している。
程なくしてミルクティーのホット缶を手にした杏子が戻り、そのうちの一つをマミに手渡した。
杏 子「ほらよ、あたしの奢りだ。熱いから気をつけろよ」
マ ミ「で、でも……」
杏 子「いいから。遠慮するなって」
杏 子「ありがとう、佐倉さん。それじゃ遠慮なく御馳走になるわね」
しばらく無言で暖かいミルクティーを飲んでいた二人だが不意に杏子が口を開いた。
杏 子「悪かったね、あたしのせいで寒空の下を待つ事になっちゃって」
マ ミ「え?」
杏 子「みんなで泊まりがけの旅行に出掛けるのは初めてだろう。だから浮かれちゃってさぁ、早く家を出過ぎちゃったんだ。マミまで巻きこんじまって……本当に悪かった」
マ ミ「いいじゃない、こういうのも」
杏 子「マ、マミ」
マ ミ「今回の旅行はわたし達が幹事みたいなものでしょう。早く来て待つのも悪くないわ」
杏 子「……(小声で)そうやってフォローしてくれる優しさ、昔と変わらないな」
マ ミ「ん? 何か言った?」
杏 子「なんでもねえよ。誰でもいいから来ないかなって言ったんだ」
さやか「まったく、なんで肝心な時に目覚まし時計が故障するのよ」
腕時計を見ながら集合場所へと急ぐさやか。時計の針は無情にも午後9時38分を指していた。
さやか「仕方ないわ、学校を通り抜けて行こう。部活のふりをすれば大丈夫よね」
昨日で二学期が終えた見滝原中学校だが、部活動に参加する生徒の為に校門は開放されている。
着替えで膨らんだバックを肩から下げた私服姿のさやかは思い切って校門を潜り、そのまま校庭の隅を駆け抜けた。
早乙女「……と言うわけなのよ。酷いと思わない」
中 沢「はあ」
裏門近くの渡り廊下に近づいた時、聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
さやか「あれッ。この声は……」
早乙女「グルメぶった男って最低だわ。中沢君も女の子に向かって「半熟玉子も作れないのか」なんて言っては駄目よ」
中 沢「わ、わかりました」
さやかがソッと覗き見ると渡り廊下で担任の早乙女和子が生徒の中沢に愚痴を聞かせている。
さやか(早乙女先生、またまた失恋記録を更新したんだ。本当に男運が悪いなぁ。中沢も部活の最中にグチを聞かされて大変ね)
Qべえ「それじゃ予定通りに頼むよ」
ハミィ「まかせるニャア。響達にはハミィから伝えておくから心配いらないニャ」
Qべえ「加音町には2時間程度で到着する予定だ。ホテルへのチェックインは正午だと言うから、昼食が済むのは午後1時過ぎだと思う。食後、5人を自然公園へ向かうように誘導するよ」
ハミィ「了解ニャ。Qべえからの交信があったら、すぐに4人を連れて自然公園に向かうニャア」
Qべえ「おっと、そろそろ集合時間になるな。これで通信を終えるよ。また後で会おう」
ハミィ「わかったニャア」
⇒ To be continued
「魔法少女まどか☆マギカ Another」 加音町大音楽祭 (その1)
【はじめに】
本作は「魔法少女おりこ☆マギカ」及び「スイートプリキュア」とコラボレーションした「魔法少女まどか☆マギカ」の二次創作SSとなります。
豪華メンバー勢揃いの趣向を最優先している為、細部の整合性調節や諸々の辻褄合わせよりも物語構成を優先させました。じっくり読むと強引な解釈や説明に逃げている描写も見られるかと思いますが、その点はお見逃し下さい……。
当初の予定では12月23日から12月26日の4日間に亙り、現実時間と作中時間を同時進行させながら全4回で完結させる筈でしたが、思ったよりも連載(?)が長引きそうなのでリアルタイム進行は諦めました。
完結は来年までズレ込んでしまうかも知れませんが、ゆっくりとマイペースで自分の納得できる作品に仕上げようと思います。
どれだけ長い物語になるのか作者自身にも予測できませんが、よろしければ最後までお付き合い下さい。
杏子が宝くじで当てた大金を旅費にして出掛ける基礎設定は、あららぎあゆね氏の『少女が浴衣に着替えたら』(発行:OverΔ)よりヒントを得ました。あららぎあゆね氏には記して感謝致します。
プロローグ1 夏の日の出来事
長かった夏休みも残すところ4日。世間の学生連は過ぎ行く日々を惜しみながら夏休みの宿題や夏季講習での受験勉強にラストスパートをかけている事だろう。
そんな生活とは無縁な佐倉杏子は顔馴染みの駄菓子屋で食料品を買い込み、満足顔で炎天下の帰路を急ぐ。
商店街を抜けて住宅街へ出ようとした時、杏子の耳に甲高い女性の声が聞こえてきた。
音 声「そこのあなた。次はあなたが億万長者になる番です。最高2億円のビックチャ~ンス。一口200円から申し込みが可能な宝くじ『ジャックポト200』。好きな数字を6つ選び、2枚の100円に夢を賭けてみませんか? 当選発表は毎週水曜日。その手に幸運の青い鳥を掴むのは……あなたかも知れませんよぉ」
ふと見れば信号の先に宝くじ販売所あった。
杏 子「へえ、あんな所に宝くじ売り場ができたのかぁ。200円が2億円になるなんて信じられないけど……」
そう言いながらもポケットに手を入れ、お釣りに貰った小銭の金額を確認してみる。
残金は310円あった。
杏 子「これも何かの縁だ。一口買ってみるか」
掌に2枚の百円玉を握り締め、杏子は横断報道を渡って宝くじ販売所に向かった。
その翌日。
朝食を済ませた杏子はクッションの上に胡坐をかきながら新聞を広げ、まだ覚めきっていない目をショボショボさせながら活字を追っていた。
杏 子「そう言えば「ジャックポト200」の当選発表は今日だったなぁ。どうせ外れてるだろうけど照合してみるか」
今日が「ジャックポト200」の当選番号発表日だった事を思い出し、くじ券を部屋から取ってきた。
くじ券の番号と当選番号を見比べる。
……。
………。
…………。
杏 子「マミ。マミ~」
ブルブルと両手を振るわせながら、杏子は大声で家主の巴マミを呼んだ。
顔が火照り、息も荒い。ちょっとした興奮状態に陥ったらしい。
マ ミ「どうしたの、佐倉さん。大きな声を出して」
パタパタとスリッパでフローリングの床を走る音を立てながら、ベランダで洗濯物を干していたマミがリビングへ姿を見せる。
杏 子「当たった。大当たりだよ」
マ ミ「何が当たったの?」
杏 子「宝くじだよ。昨日の昼間、駄菓子屋へ買い物に行っただろう。その帰りに何となく買ったんだ。6つの数字を選んで当てる「ジャックポト200」をさぁ」
マ ミ「そうだったの。おめでとう。それで当選金額は?」
杏 子「4等の50万円」
マ ミ「4等といっても大きな金額なのね」
杏 子「他の当選者と当選金額を振り分けになるから、実際の取り分は47万程度だけど……」
マ ミ「それでも凄いわ。おめでとう、佐倉さん」
中天に上った太陽の容赦ない日差しがベランダを直撃し、物干し竿に吊るされた洗濯物の水分を確実に奪っていく。
柱時計が午後1時を知らせ、猛暑が続く夏の一日は暑さのピークを迎えようとしていた。
そんな屋外とは対照的にクーラーで快適な温度の保たれている室内では、一冊の貯金通帳が置かれたテーブルを前にマミと杏子が向かい合う形でクッションの上に座っている。
巴マミ名義の貯金通帳には今日の日付で「振込 470,000」と記帳されていた。午前中にくじ券を換金し、その全額をマミのメインバンクであるS銀行に預けてきたのだ(杏子は預金通帳を持っておらず、本人の希望もあってマミの通帳へ預け入れた)。
杏 子「まだ信じられないよ。宝くじに当たっただなんて……」
マ ミ「200円が47万円になるなんて驚いたわ。佐倉さん、運が強いのね」
杏 子「ありがと。それよりもさぁ、この金をどうするよ」
マ ミ「あなたが宝くじで当てたお金でしょう。好きなように使ったらどう?」
杏 子「冗談言うなよ。あたしは居候だよ。生活費だってマミの親戚から出してもらってるんだからさぁ、この金を使う権利はマミのものだ」
マ ミ「くじを買ったのも、当選番号を当てたのも佐倉さんでしょう。このお金はあなたが使うべきだわ」
杏 子「そんな不義理な事はできない」
マ ミ「わたしだって佐倉さんのお金を取り上げるような事はできないわ」
杏 子「……」
マ ミ「……」
杏 子「それなら」
マ ミ「え?」
杏 子「37万円は貯金して、残りの10万円をみんなでパーッと使っちゃおうよ。それなら金の所有権で争わなくて済むし、みんなとも幸せを分かち合えるだろう」
マ ミ「それは名案ね」
杏 子「決まりだな。それじゃ、さやか達を呼んで相談しようぜ。この10万円って大金をどう使うかさぁ」
午後3時。杏子からの電話で三人の魔法少女がマミの部屋へ集った。
かつては見解の相違や誤解から衝突した事もある五人だったが、今では安心して背中が預けられる固い絆で結ばれている。
さやか「へえ。あんたも運がいいじゃない。身近で宝くじに当たった人なんて始めて見たわ」
杏子から緊急召集の理由を聞いた美樹さやかがマミの手作りチーズケーキを一口食べながら言った。
杏 子「どうだ、あたしの事を見なおしただろう」
さやか「まあ、ちょっとだけね」
杏 子「おッ、今日は珍しく素直じゃないか」
さやか「杏子は子供の頃から金銭的な面でも苦労してきたんでしょう。その苦労が今になって報われたんだよ」
杏 子「さ、さやか」
さやか「みんなと幸せを分かち合いたいっていう考え方、いかにも杏子らしいよね。自分の事よりも相手の事を思いやる優しいところ……わたしは好きだよ」
杏 子「バ、バカ。真顔で冗談言うなよ」
さやか「冗談じゃないわ。本気よ」
杏 子「ほ、ほ、本気って……」
さやか「……」
杏 子「……」
黙って見つめ合うさやかと杏子。そんな二人に向かって暁美ほむらが言った。
ほむら「杏子、さやか。惚気(のろけ)たいのならば二人だけの時にしてくれないかしら。こんな茶番を見せる為に呼びだしたのではないでしょう」
杏 子「べ、別に惚気てるわけじゃねえよ」
さやか「ちょっと、茶番って何よ。どうしたら惚気なんて発想が出てくるの?」
二人は同時にほむらの方を見る。
杏 子「もしかして、ほむらは愛に飢えてるのか?」
ほむら「え?」
杏 子「夏休みのせいでまどかと過ごす時間が減ってイライラしてるんじゃないのかい?」
ほむら「バ、バカな事を言わないで。わたしは別に……」
さやか「そうかしら。ここに来るまでの間、ほむらったらまどかの顔を何度も盗み見してたようだけど」
杏子の言葉をサポートしながら、さやかは勝ち誇ったドヤ顔でほむらを追い詰める。
ほむら「うッ……」
さやか「どうやら図星だったようね」
杏 子「普段はポーカーフェイスのくせして、まどかの事になると分かり易い反応するよなぁ」
ほむら「……」
マ ミ「ねえ、もうすぐ夏休みも終わりでしょう。みんなの都合がよかったら」
黙って俯くほむらをフォローするかのように、ティーカップの紅茶を飲み終えたマミが口を開いた。
マ ミ「今夜は家(うち)でお泊まり会をしない?」
さやか「お泊まり会……ですか?」
まどか「うわ~、楽しそうですね」
マ ミ「あと数日で夏休みも終わりでしょう。みんな揃って楽しい一夜を過ごすのも悪くないと思うのよ。どうかしら。鹿目さん、暁美さん、美樹さん」
そう言いながら、マミはほむらに向かってさり気なくウィンクをしてみせた。
ほむら「巴さんの御迷惑でなければ賛成します。せっかくの機会ですから親睦を深めるのも悪くありません」
マ ミ「佐倉さんも異議はないでしょう。美樹さん達が泊まっても」
笑顔で言いながら、マミは杏子へも遠回しに謎を掛ける。
杏 子「も、もちろんさ。夏休み最後の思い出にはピッタリだよ」
マ ミ「美樹さんと鹿目さんはどうかしら? 今夜は何か予定がある?」
杏 子「どうせ暇してるんだろう。なぁ、泊まっていけよ~。さ~や~か~」
さやか「ちょ、ちょっと……。くっつくんじゃない、暑苦しいでしょうがッ」
杏 子「それなら泊まっていくよな」
さやか「どうしてそうなるのよ」
杏 子「泊まるって言うまで離さない。さあ、どうする?」
さやか「わかったわよ。どうせ夏休みも終わりで暇してるから泊まらせてもらうわ。だから……離れなさいって」
杏 子「よしッ!」
マ ミ「よかったわねぇ、佐倉さん。鹿目さんの都合は如何かしら?」
まどか「わたしも特に予定がありませんし、御迷惑でなければ参加させて下さい」
ほむら(ま、まどか……)
マ ミ「うふふふ。それじゃ決まりね。今夜は五人で楽しく過ごしましょう」
そう言いながら、聖母のような優しさに満ちた笑顔をほむらの方へ向けた。
ほむら(ありがとうございます、巴さん。あなたに一つ借りができましたね)
さやか「ところでさぁ」
まどか「どうしたの、さやかちゃん」
さやか「わたし達……。なんの為にマミさんの家へ集まったんだっけ?」
同じ頃。
杏子の魔法で犬の姿に化身(けしん)させられ買い物へ出掛けていたQべえが帰宅し、犬の姿をしたまま部屋のドアが開くのを待っていた。
尻尾でドアをノックしたが聞こえなかったのだろう。室内からはなんの応答もない。
この姿ではインターフォンまで背が届かず、Qべえはテレパシーを使ってマミや杏子に呼びかける。
Qべえ「お~い、マミ。開けてくれないかなぁ。帰ったよ~。杏子ぉ」
しかし……返事はなかった。ガールズトークで盛り上がり、Qべえの発信するテレパシーが受信できていないようだ。
杏子の命令で炎天下にも関わらず『買い物犬』として使いに出されながら、マンションの通路に閉め出されるという仕打ち。
別室の住人が猛暑に苦しむ自分に気付いてくれる事を期待していたが誰も通りかからない。
暑さがピークに達する時間なので住人は外出を控えているのだろう。だからこそ、杏子はQべえに買い物を命じたのだ。
30分近く待ったが全く人影がない。
涼しい室内で和気藹々とお喋りに興じる飼い主の姿を脳裏に思い浮かべながら、Qべえは誰かが自分の不在に気付いてくれる事とドアが開く事をジッと待つしかなかった。
プロローグ2 二人の暁美ほむら
2学期の終業式も終わり、明日から冬休みが始まる。
杏子の当てた10万円は多少の金額を上乗せして12月25日に加音町で開催される『加音町大音楽祭』へ出掛ける為の旅費として使う事に決まり、5人は12月23日から3泊4日の日程で加音町に滞在するスケジュールを組んでいた。
楽しい旅行を翌日に控えて本来ならばウキウキした気分でいる筈の5人だったが、学校帰りにマミの部屋へ集まった各自の表情からは笑顔が消えており、誰もが困ったような顔つきで「6人目の魔法少女」を見つめている。
杏 子「結局さぁ」
長い沈黙を破ったのは杏子だった。
杏 子「この娘(こ)は誰なんだよ」
マ ミ「暁美さん……だと思うけれど」
まどか「ほむらちゃんが二人になったという事でしょうか」
さやか「そもそもさぁ、この娘(こ)とほむらって同一人物なの、それと別人なの?」
ほむらと彼女の脇に座る少女を交互に見ながらさやかが誰に言うとなく疑問を口にする。
左右に分けた長い髪を後頭部で三つ編みにし、赤いフレームのメガネをかけた少女。6人目の魔法少女である彼女の名前も暁美ほむらと言う。
ほむら「わたしのソウルジェムが濁りきる直前、そこから「彼女」は誕生したわ。服を着ているから見えないでしょうけれど、彼女の胸にはわたしのソウルジェムが埋め込まれている。彼女はソウルジェムの化身よ」
さやか「はぁ……」
ほむら「つまり、わたし達は一心同体であり、別人でもあるのよ。そうよね、暁美ほむら」
ほ む「は、はい」
当事者でありながら、ほむらは他人事のように冷静な見方をしてさやかの疑問に答え、『もう一人の自分』に語りかけた。
さやか「つまり、ほむらのソウルジェムが彼女ってわけ?」
ほむら「ええ、そうなるわね」
杏 子「なんか……わけがわかんなくなってきた」
まどか「わ、わたしも……ちょっと混乱してきちゃったなぁ」
Qべえ「それでは僕から説明をしよう」
テーブルの上に飛び乗ったQべえは演説をするかのように周囲を見回し、したり顔で解説を始めた。
Qべえ「昨夜の魔獣戦で時間停止能力を多用し過ぎた暁美ほむらは必要以上に魔力を消費し、その結果、彼女のソウルジェムは著しく濁ってしまった。ここまでの経緯は君達も知っているよね」
杏 子「ああ」
Qべえ「円環の女神となったまどかによって世界が改変され、ソウルジェムとグリーフシードと魔女を繋ぐ因縁は消え去り、ソウルジェムの構造は根本から作り直されている」
マ ミ「その事は知っているわ。わたし達も鹿目さんが世界を再構築する前の記憶を持ち越しているのだから」
Qべえ「ソウルジェムが濁りきった場合、現世の法則では浄化作用のペナルティとして「もう一人の自分自身」が生まれるらしい。いや、正確にはソウルジェムが「もう一人の自分自身」になると言うべきかな」
杏 子「そもそもさぁ、なんでソウルジェムが濁りきったからって分身が生まれるんだよ。前みたいに絶望から魔女へ生まれ変わるっていうんならわかるけど……」
マ ミ「なんだか佐倉さんの『ロッソ・ファンタズマ』みたいね」
杏 子「その技の事は言わないでくれ……」
Qべえ「ソウルジェムが分身を生む詳しいメカニズムは僕達にも解明できていないんだ。この現象を目の当たりにする事は稀だからね。この奇妙な現象を目撃したのは、ここ数百年でも数える程度だ。魂の濁りが別人格として具現化したと考えられるんだけど……。全くもって不可解な現象だよ」
マ ミ「別人格の具現化ねぇ」
杏 子「お前でも知らない事ってあるんだな」
さやか「ねえ、Qべえ」
Qべえ「なんだい?」
さやか「まどかに改変される前の世界では魔女になった魔法少女は元の姿に戻れなかったんでしょう。だったら……」
まどか「ほむらちゃんのソウルジェムも元の形には戻らないって事?」
Qべえ「断言はできないけど、そんな事はないと思うよ。一定量の穢れが浄化されればソウルジェムは輝きを取り戻す筈さ。もっとも、グリーフシードによる穢れの浄化ができない事は昨夜の戦闘後に実証済みだ。遅々とした自動浄化でソウルジェムの輝きが戻るのを待つしかないね」
まどか「ほむらちゃんのソウルジェムが輝きを取り戻すまで、どれくらいの時間がかかるんだろう」
Qべえ「ソウルジェムの浄化スピードと穢れが溜まるスピードは反比例するから、今日明日ではないだろうね。ハッキリとは言えないけど、僕の見立てではソウルジェムが元の形状に戻るまで数週間はかかるんじゃないかな」
まどか「ごめんね、ほむらちゃん」
Qべえの説明を聞き終えたまどかが申し訳なさそうな声で言った。
ほむら「え?」
まどか「わたしを魔獣の攻撃から助ける為に時間を止めてくれたでしょう。そのせいでほむらちゃんは残り少ない魔力を全て使いきっちゃった……」
ほむら「まどか……」
マ ミ「鹿目さんは悪くないわ。暁美さんのソウルジェムが穢れの限界を超えてしまったのは的確な指揮が出せなかったわたしの責任よ。あの時、正面からの攻撃を指示しなければ鹿目さんを危険な目に合わせる事もなかったし、暁美さんに必要以上の時間停止をさせずに済んでいた筈だわ。時間停止には多量の魔力を使うのでしょう。それにも関わらず何度も時間を止めて魔獣との戦いをサポートしてくれた。わたしは時間の停止を実感できないけれど、戦闘中に何度も魔力の痕跡を感じたわ。ふがいない先輩でごめんなさいね、暁美さん」
ほむら「いいえ、巴さんの責任ではありません。ソウルジェムを定期的に浄化しなかったわたし自身の落ち度です。あなたの指揮に落ち度はありませんでした」
杏 子「ほむらの言う通り、マミは悪くない。あんたの指揮は完璧だったよ。それぞれの戦闘スタイルにあわせた戦い方を的確に指示してくれたんだからね。特攻部隊のあたしとさやかがグズグズしていたからいけなかったんだ。積極的に前へ出ていれば、もっと早く魔獣との戦いは終わっていたし、ほむらに迷惑をかける事はなかった」
さやか「そうね。少しくらいのダメージを覚悟して斬り込んでいれば、最低でも5回はほむらの時間停止能力を節約できてたかも知れない」
ほむら「それは結果論よ。逆に考えれば無理な特攻で致命傷を負わされていたかも知れないし、わたしのサポートも役に立てなかったわ」
まどか「で、でも……」
ほむら「気にしないで、まどか。わたし自身の管理ミスが原因なのだから」
ほ む「みなさん、お優しい方ばかりですね」
今まで積極的な発言をしなかったメガネほむらが口を開いた。
まどか「え?」
ほ む「それぞれ自分の非を挙げて相手をフォローしています。心の底から互いを信頼し、相手の事を思いやっているんですね」
ほむら「これでも以前は険悪な間柄だったのよ。わたしと巴さんはまどかを巡って対立した事があるわ。さやかと杏子は初対面で殺し合いを演じた」
ほ む「そ、そうなんですか。わたしには過去の記憶がないので……そんな事があったなんて知りませんでした」
マ ミ「感情を剥き出しにして衝突したからこそ、お互いをわかりあえたのよ。昔から言うでしょう、「雨降って地固まる」って」
ほ む「巴先輩の言葉の意味、よくわかります」
さやか「(小声で)なんかさぁ、メガネほむらって素直で大人しい性格だよね」
杏 子「(小声で)ああ。『本物』とはえらい違いだ」
さやか「(小声で)わたし達の分身も自分とは正反対な性格なのかなぁ?」
杏 子「(小声で)さあな。興味があればソウルジェムの穢れを貯めてみなよ。あたしは御免だけどね」
ほむらのソウルジェムが「別人格の暁美ほむら」として具現化された真相はわからないまま、6人と1匹による午後のお茶会が始まった。
最初は口数も少なくチーズタルトを食べながらミルクティーを飲んでいたメガネほむらだが、まどかとマミから積極的に話しかけられ緊張がほぐれたのか時間が経つにつれて場に馴染んできたらしい。
楽しい談笑の輪に加わり、自分から積極的にさやかや杏子へも話しかけるようになった。
ほ む「そうなんですか。佐倉さんと巴先輩は一緒に暮らしているんですか」
杏 子「ああ。同居って言っても居候の身分だけどね」
ほ む「その年で独立した生活をしているなんて……。尊敬します」
杏 子「あっはははは。尊敬してるってよ、マミ」
マ ミ「わたし達よりも暁美さんの方が尊敬に値するわよ」
ほ む「え?」
まどか「ほむらちゃん、御両親とは別居で一人暮らしをしてるんだよ」
ほ む「そうなんですか? 知りませんでした」
ほむら「昨日は突然の事で巴さんの御自宅に泊めて頂いたけれど、今後しばらくは二人暮らしになるわ」
ほ む「は、はい。よろしくお願いします」
杏 子「ほむらがほむらに頭を下げてる構図、まるで合成のトリック映像みたいだな」
さやか「なんだか……ややこしいなぁ。ねえ、ほむら」
ほむら「何かしら?」
さやか「あんたじゃない。ソウルジェムのほむらよ」
ほ む「えッ。わたしですか? 何でしょう」
さやか「あんたの名前だけどさぁ、なんて呼べばいいのかしら」
ほ む「呼び方……ですか」
マ ミ「そうね。暁美さんと区別する為にも呼び方を変えないとお互いに混乱してしまうわね」
杏 子「それなら名案がある」
さやか「名案?」
杏 子「こっちのツンツンした方を「ほむら」。ソウルジェムの大人しい方を「ほむほむ」って呼べばいい」
さやか「ほ、ほむほむぅ?」
ほむら「杏子。わたしをバカにしているの?」
杏 子「バカになんかしてねえよ。親しみを込めてるだけじゃないか」
Qべえ「なるほど。確かに親しみのある呼び……。きゅっぷぅ」
ほむら「黙りなさい」
余計な口出しをしたQべえはほむらの長い足に踏みつけられ、カーペットの上で無様な恰好を晒す。
マ ミ「ほ、ほむほむ……ねえ」
まどか「ちょっと……呼び難いなぁ」
杏 子「それなら「メガほむ」はどうだ? メガネほむらの略だ」
ほむら「……」
殺気に満ちた目で杏子を見るほむら。それに気付いた杏子は慌てて弁解した。
杏 子「べ、別におちょくってるわけじゃないよ。でもさぁ、こうでもしないと区別した呼び方ってできないじゃないか。そうだろう、マミ」
マ ミ「え? ええ、そうね。佐倉さんの言う事にも一理あるわ」
あれこれ意見が出されたものの、結局は「それぞれが呼び易い呼び方をする事」に決まった。
この議論によって貴重な時間がアッと言う間に過ぎ去り、短い冬の陽は早くも西の空に落ちかけている。
リビングの掛け時計が優しいメロディを奏でながら午後4時を告げ、楽しい女子会の終わり時刻が近付いている事を無情にも一同に知らせる。
杏 子「あれ、もうこんな時間かぁ」
さやか「本当だ。もう4時だわ。時間が経つのって早いわね」
腕時計を見ながらさやかが言う。
さやか「なんか雑談ばかりで旅行についての話し合いにならなかったなぁ」
マ ミ「いいじゃない。新しいお友達を交えての雑談、楽しかったわよ」
杏 子「事前の打ち合わせは先月からしてるんだしさぁ、今さら話し合う事なんてないじゃないか」
さやか「まあ、そりゃそうだけどさ」
マ ミ「美樹さんが不安なようだから明日の行動を最後確認するわね」
まどか「はい」
ほむら「あなたもしっかり聞いておきなさい、ほむら」
ほ む「はい」
マ ミ「明日は午前10時に見滝原駅前のバス停へ集合、午前10時10分発のバスに乗るわよ。始発のバス停だから時間通りに出発すると思うわ。遅延がなければ午前11時30分頃に加音町へ到着する筈よ。ホテルのチェックイン開始時刻は正午。早めにチェックインを済ませて部屋に荷物を置いてから、食事がてら町中を散策しましょう。午後6時までにホテルへ戻り、午後7時からは1階のレストランでバイキングの夕食。これが明日のスケジュールよ」
ほ む「午前10時に集合。正午にチェックイン。荷物を部屋に置いてから昼食と散策」
マミの言葉をメモ帳のスケジュール欄に書き込むメガネほむら。さやかはバックから取り出したスマートフォンの予定表アプリを立ち上げて翌日の行動予定を入力する。
杏 子「ところでさぁ」
マ ミ「どうしたの、佐倉さん」
杏 子「部屋割はどうするよ。メガほむは誰の部屋に泊めるんだ?」
さやか「決まってんでしょう、御主人様と一緒の部屋よ。ねえ、ほむほむぅ」
ほ む「え? そうなんですか?」
ほむら「不本意だけれど仕方ないわ。あなたは私自身なのだから」
まどか「そっかぁ。メガネほむらちゃんはほむらちゃんのソウルジェムだから500メートル以内の場所にいないといけないんだね」
ほむら「ええ。付かず離れず行動する事が魔力消費のペナルティらしいわ」
杏 子「ツインルームを3部屋抑えておいてよかったな」
マ ミ「そうね」
さやか「ほむらがほむほむと一緒の部屋になるんなら、まどかはマミさんと相部屋になるわけだね」
まどか「あッ、そうだね。マミさん、よろしくお願いします」
マ ミ「わたしこそ。よろしくお願いね、鹿目さん」
ほむら(……。ざ、残念だけれど仕方ないわ。まどかとの相部屋で夜を過ごす事に浮かれてソウルジェムの浄化を怠ったのは自分自身の落ち度。それを全員の前で認めてしまったからには誰も責められない。ここは我慢よ、暁美ほむら」
ほ む「よろしくお願いします。暁美さん」
目には見えない威圧的なオーラを全身から発する『もう一人の自分』に向かい、メガネほむらは遠慮がちに声をかけた。
ほむら「ええ」
自分自身からの挨拶に短い返事で応答したほむら。かなり気まづい雰囲気である。
誰もが口を開かず室内が静まり返るなか、心の中ではボッチを回避できて喜んでいるマミの心情を察したQべえは心の中で冷静にツッコミながらも余計な発言を控えていた。
Qべえ(トランドルベッドを使えばまどかとほむらが相部屋でも問題はないじゃないか。……。だが、喜んでいるマミの笑顔を見ていると余計な口出しは躊躇われる。先輩として一人でツインルームに泊まると言い出したマミの希望を撃ち砕くのは酷だし、暁美ほむらには悪いが僕は沈黙を守る事にするよ)
本作は「魔法少女おりこ☆マギカ」及び「スイートプリキュア」とコラボレーションした「魔法少女まどか☆マギカ」の二次創作SSとなります。
豪華メンバー勢揃いの趣向を最優先している為、細部の整合性調節や諸々の辻褄合わせよりも物語構成を優先させました。じっくり読むと強引な解釈や説明に逃げている描写も見られるかと思いますが、その点はお見逃し下さい……。
当初の予定では12月23日から12月26日の4日間に亙り、現実時間と作中時間を同時進行させながら全4回で完結させる筈でしたが、思ったよりも連載(?)が長引きそうなのでリアルタイム進行は諦めました。
完結は来年までズレ込んでしまうかも知れませんが、ゆっくりとマイペースで自分の納得できる作品に仕上げようと思います。
どれだけ長い物語になるのか作者自身にも予測できませんが、よろしければ最後までお付き合い下さい。
杏子が宝くじで当てた大金を旅費にして出掛ける基礎設定は、あららぎあゆね氏の『少女が浴衣に着替えたら』(発行:OverΔ)よりヒントを得ました。あららぎあゆね氏には記して感謝致します。
プロローグ1 夏の日の出来事
長かった夏休みも残すところ4日。世間の学生連は過ぎ行く日々を惜しみながら夏休みの宿題や夏季講習での受験勉強にラストスパートをかけている事だろう。
そんな生活とは無縁な佐倉杏子は顔馴染みの駄菓子屋で食料品を買い込み、満足顔で炎天下の帰路を急ぐ。
商店街を抜けて住宅街へ出ようとした時、杏子の耳に甲高い女性の声が聞こえてきた。
音 声「そこのあなた。次はあなたが億万長者になる番です。最高2億円のビックチャ~ンス。一口200円から申し込みが可能な宝くじ『ジャックポト200』。好きな数字を6つ選び、2枚の100円に夢を賭けてみませんか? 当選発表は毎週水曜日。その手に幸運の青い鳥を掴むのは……あなたかも知れませんよぉ」
ふと見れば信号の先に宝くじ販売所あった。
杏 子「へえ、あんな所に宝くじ売り場ができたのかぁ。200円が2億円になるなんて信じられないけど……」
そう言いながらもポケットに手を入れ、お釣りに貰った小銭の金額を確認してみる。
残金は310円あった。
杏 子「これも何かの縁だ。一口買ってみるか」
掌に2枚の百円玉を握り締め、杏子は横断報道を渡って宝くじ販売所に向かった。
その翌日。
朝食を済ませた杏子はクッションの上に胡坐をかきながら新聞を広げ、まだ覚めきっていない目をショボショボさせながら活字を追っていた。
杏 子「そう言えば「ジャックポト200」の当選発表は今日だったなぁ。どうせ外れてるだろうけど照合してみるか」
今日が「ジャックポト200」の当選番号発表日だった事を思い出し、くじ券を部屋から取ってきた。
くじ券の番号と当選番号を見比べる。
……。
………。
…………。
杏 子「マミ。マミ~」
ブルブルと両手を振るわせながら、杏子は大声で家主の巴マミを呼んだ。
顔が火照り、息も荒い。ちょっとした興奮状態に陥ったらしい。
マ ミ「どうしたの、佐倉さん。大きな声を出して」
パタパタとスリッパでフローリングの床を走る音を立てながら、ベランダで洗濯物を干していたマミがリビングへ姿を見せる。
杏 子「当たった。大当たりだよ」
マ ミ「何が当たったの?」
杏 子「宝くじだよ。昨日の昼間、駄菓子屋へ買い物に行っただろう。その帰りに何となく買ったんだ。6つの数字を選んで当てる「ジャックポト200」をさぁ」
マ ミ「そうだったの。おめでとう。それで当選金額は?」
杏 子「4等の50万円」
マ ミ「4等といっても大きな金額なのね」
杏 子「他の当選者と当選金額を振り分けになるから、実際の取り分は47万程度だけど……」
マ ミ「それでも凄いわ。おめでとう、佐倉さん」
中天に上った太陽の容赦ない日差しがベランダを直撃し、物干し竿に吊るされた洗濯物の水分を確実に奪っていく。
柱時計が午後1時を知らせ、猛暑が続く夏の一日は暑さのピークを迎えようとしていた。
そんな屋外とは対照的にクーラーで快適な温度の保たれている室内では、一冊の貯金通帳が置かれたテーブルを前にマミと杏子が向かい合う形でクッションの上に座っている。
巴マミ名義の貯金通帳には今日の日付で「振込 470,000」と記帳されていた。午前中にくじ券を換金し、その全額をマミのメインバンクであるS銀行に預けてきたのだ(杏子は預金通帳を持っておらず、本人の希望もあってマミの通帳へ預け入れた)。
杏 子「まだ信じられないよ。宝くじに当たっただなんて……」
マ ミ「200円が47万円になるなんて驚いたわ。佐倉さん、運が強いのね」
杏 子「ありがと。それよりもさぁ、この金をどうするよ」
マ ミ「あなたが宝くじで当てたお金でしょう。好きなように使ったらどう?」
杏 子「冗談言うなよ。あたしは居候だよ。生活費だってマミの親戚から出してもらってるんだからさぁ、この金を使う権利はマミのものだ」
マ ミ「くじを買ったのも、当選番号を当てたのも佐倉さんでしょう。このお金はあなたが使うべきだわ」
杏 子「そんな不義理な事はできない」
マ ミ「わたしだって佐倉さんのお金を取り上げるような事はできないわ」
杏 子「……」
マ ミ「……」
杏 子「それなら」
マ ミ「え?」
杏 子「37万円は貯金して、残りの10万円をみんなでパーッと使っちゃおうよ。それなら金の所有権で争わなくて済むし、みんなとも幸せを分かち合えるだろう」
マ ミ「それは名案ね」
杏 子「決まりだな。それじゃ、さやか達を呼んで相談しようぜ。この10万円って大金をどう使うかさぁ」
午後3時。杏子からの電話で三人の魔法少女がマミの部屋へ集った。
かつては見解の相違や誤解から衝突した事もある五人だったが、今では安心して背中が預けられる固い絆で結ばれている。
さやか「へえ。あんたも運がいいじゃない。身近で宝くじに当たった人なんて始めて見たわ」
杏子から緊急召集の理由を聞いた美樹さやかがマミの手作りチーズケーキを一口食べながら言った。
杏 子「どうだ、あたしの事を見なおしただろう」
さやか「まあ、ちょっとだけね」
杏 子「おッ、今日は珍しく素直じゃないか」
さやか「杏子は子供の頃から金銭的な面でも苦労してきたんでしょう。その苦労が今になって報われたんだよ」
杏 子「さ、さやか」
さやか「みんなと幸せを分かち合いたいっていう考え方、いかにも杏子らしいよね。自分の事よりも相手の事を思いやる優しいところ……わたしは好きだよ」
杏 子「バ、バカ。真顔で冗談言うなよ」
さやか「冗談じゃないわ。本気よ」
杏 子「ほ、ほ、本気って……」
さやか「……」
杏 子「……」
黙って見つめ合うさやかと杏子。そんな二人に向かって暁美ほむらが言った。
ほむら「杏子、さやか。惚気(のろけ)たいのならば二人だけの時にしてくれないかしら。こんな茶番を見せる為に呼びだしたのではないでしょう」
杏 子「べ、別に惚気てるわけじゃねえよ」
さやか「ちょっと、茶番って何よ。どうしたら惚気なんて発想が出てくるの?」
二人は同時にほむらの方を見る。
杏 子「もしかして、ほむらは愛に飢えてるのか?」
ほむら「え?」
杏 子「夏休みのせいでまどかと過ごす時間が減ってイライラしてるんじゃないのかい?」
ほむら「バ、バカな事を言わないで。わたしは別に……」
さやか「そうかしら。ここに来るまでの間、ほむらったらまどかの顔を何度も盗み見してたようだけど」
杏子の言葉をサポートしながら、さやかは勝ち誇ったドヤ顔でほむらを追い詰める。
ほむら「うッ……」
さやか「どうやら図星だったようね」
杏 子「普段はポーカーフェイスのくせして、まどかの事になると分かり易い反応するよなぁ」
ほむら「……」
マ ミ「ねえ、もうすぐ夏休みも終わりでしょう。みんなの都合がよかったら」
黙って俯くほむらをフォローするかのように、ティーカップの紅茶を飲み終えたマミが口を開いた。
マ ミ「今夜は家(うち)でお泊まり会をしない?」
さやか「お泊まり会……ですか?」
まどか「うわ~、楽しそうですね」
マ ミ「あと数日で夏休みも終わりでしょう。みんな揃って楽しい一夜を過ごすのも悪くないと思うのよ。どうかしら。鹿目さん、暁美さん、美樹さん」
そう言いながら、マミはほむらに向かってさり気なくウィンクをしてみせた。
ほむら「巴さんの御迷惑でなければ賛成します。せっかくの機会ですから親睦を深めるのも悪くありません」
マ ミ「佐倉さんも異議はないでしょう。美樹さん達が泊まっても」
笑顔で言いながら、マミは杏子へも遠回しに謎を掛ける。
杏 子「も、もちろんさ。夏休み最後の思い出にはピッタリだよ」
マ ミ「美樹さんと鹿目さんはどうかしら? 今夜は何か予定がある?」
杏 子「どうせ暇してるんだろう。なぁ、泊まっていけよ~。さ~や~か~」
さやか「ちょ、ちょっと……。くっつくんじゃない、暑苦しいでしょうがッ」
杏 子「それなら泊まっていくよな」
さやか「どうしてそうなるのよ」
杏 子「泊まるって言うまで離さない。さあ、どうする?」
さやか「わかったわよ。どうせ夏休みも終わりで暇してるから泊まらせてもらうわ。だから……離れなさいって」
杏 子「よしッ!」
マ ミ「よかったわねぇ、佐倉さん。鹿目さんの都合は如何かしら?」
まどか「わたしも特に予定がありませんし、御迷惑でなければ参加させて下さい」
ほむら(ま、まどか……)
マ ミ「うふふふ。それじゃ決まりね。今夜は五人で楽しく過ごしましょう」
そう言いながら、聖母のような優しさに満ちた笑顔をほむらの方へ向けた。
ほむら(ありがとうございます、巴さん。あなたに一つ借りができましたね)
さやか「ところでさぁ」
まどか「どうしたの、さやかちゃん」
さやか「わたし達……。なんの為にマミさんの家へ集まったんだっけ?」
同じ頃。
杏子の魔法で犬の姿に化身(けしん)させられ買い物へ出掛けていたQべえが帰宅し、犬の姿をしたまま部屋のドアが開くのを待っていた。
尻尾でドアをノックしたが聞こえなかったのだろう。室内からはなんの応答もない。
この姿ではインターフォンまで背が届かず、Qべえはテレパシーを使ってマミや杏子に呼びかける。
Qべえ「お~い、マミ。開けてくれないかなぁ。帰ったよ~。杏子ぉ」
しかし……返事はなかった。ガールズトークで盛り上がり、Qべえの発信するテレパシーが受信できていないようだ。
杏子の命令で炎天下にも関わらず『買い物犬』として使いに出されながら、マンションの通路に閉め出されるという仕打ち。
別室の住人が猛暑に苦しむ自分に気付いてくれる事を期待していたが誰も通りかからない。
暑さがピークに達する時間なので住人は外出を控えているのだろう。だからこそ、杏子はQべえに買い物を命じたのだ。
30分近く待ったが全く人影がない。
涼しい室内で和気藹々とお喋りに興じる飼い主の姿を脳裏に思い浮かべながら、Qべえは誰かが自分の不在に気付いてくれる事とドアが開く事をジッと待つしかなかった。
プロローグ2 二人の暁美ほむら
2学期の終業式も終わり、明日から冬休みが始まる。
杏子の当てた10万円は多少の金額を上乗せして12月25日に加音町で開催される『加音町大音楽祭』へ出掛ける為の旅費として使う事に決まり、5人は12月23日から3泊4日の日程で加音町に滞在するスケジュールを組んでいた。
楽しい旅行を翌日に控えて本来ならばウキウキした気分でいる筈の5人だったが、学校帰りにマミの部屋へ集まった各自の表情からは笑顔が消えており、誰もが困ったような顔つきで「6人目の魔法少女」を見つめている。
杏 子「結局さぁ」
長い沈黙を破ったのは杏子だった。
杏 子「この娘(こ)は誰なんだよ」
マ ミ「暁美さん……だと思うけれど」
まどか「ほむらちゃんが二人になったという事でしょうか」
さやか「そもそもさぁ、この娘(こ)とほむらって同一人物なの、それと別人なの?」
ほむらと彼女の脇に座る少女を交互に見ながらさやかが誰に言うとなく疑問を口にする。
左右に分けた長い髪を後頭部で三つ編みにし、赤いフレームのメガネをかけた少女。6人目の魔法少女である彼女の名前も暁美ほむらと言う。
ほむら「わたしのソウルジェムが濁りきる直前、そこから「彼女」は誕生したわ。服を着ているから見えないでしょうけれど、彼女の胸にはわたしのソウルジェムが埋め込まれている。彼女はソウルジェムの化身よ」
さやか「はぁ……」
ほむら「つまり、わたし達は一心同体であり、別人でもあるのよ。そうよね、暁美ほむら」
ほ む「は、はい」
当事者でありながら、ほむらは他人事のように冷静な見方をしてさやかの疑問に答え、『もう一人の自分』に語りかけた。
さやか「つまり、ほむらのソウルジェムが彼女ってわけ?」
ほむら「ええ、そうなるわね」
杏 子「なんか……わけがわかんなくなってきた」
まどか「わ、わたしも……ちょっと混乱してきちゃったなぁ」
Qべえ「それでは僕から説明をしよう」
テーブルの上に飛び乗ったQべえは演説をするかのように周囲を見回し、したり顔で解説を始めた。
Qべえ「昨夜の魔獣戦で時間停止能力を多用し過ぎた暁美ほむらは必要以上に魔力を消費し、その結果、彼女のソウルジェムは著しく濁ってしまった。ここまでの経緯は君達も知っているよね」
杏 子「ああ」
Qべえ「円環の女神となったまどかによって世界が改変され、ソウルジェムとグリーフシードと魔女を繋ぐ因縁は消え去り、ソウルジェムの構造は根本から作り直されている」
マ ミ「その事は知っているわ。わたし達も鹿目さんが世界を再構築する前の記憶を持ち越しているのだから」
Qべえ「ソウルジェムが濁りきった場合、現世の法則では浄化作用のペナルティとして「もう一人の自分自身」が生まれるらしい。いや、正確にはソウルジェムが「もう一人の自分自身」になると言うべきかな」
杏 子「そもそもさぁ、なんでソウルジェムが濁りきったからって分身が生まれるんだよ。前みたいに絶望から魔女へ生まれ変わるっていうんならわかるけど……」
マ ミ「なんだか佐倉さんの『ロッソ・ファンタズマ』みたいね」
杏 子「その技の事は言わないでくれ……」
Qべえ「ソウルジェムが分身を生む詳しいメカニズムは僕達にも解明できていないんだ。この現象を目の当たりにする事は稀だからね。この奇妙な現象を目撃したのは、ここ数百年でも数える程度だ。魂の濁りが別人格として具現化したと考えられるんだけど……。全くもって不可解な現象だよ」
マ ミ「別人格の具現化ねぇ」
杏 子「お前でも知らない事ってあるんだな」
さやか「ねえ、Qべえ」
Qべえ「なんだい?」
さやか「まどかに改変される前の世界では魔女になった魔法少女は元の姿に戻れなかったんでしょう。だったら……」
まどか「ほむらちゃんのソウルジェムも元の形には戻らないって事?」
Qべえ「断言はできないけど、そんな事はないと思うよ。一定量の穢れが浄化されればソウルジェムは輝きを取り戻す筈さ。もっとも、グリーフシードによる穢れの浄化ができない事は昨夜の戦闘後に実証済みだ。遅々とした自動浄化でソウルジェムの輝きが戻るのを待つしかないね」
まどか「ほむらちゃんのソウルジェムが輝きを取り戻すまで、どれくらいの時間がかかるんだろう」
Qべえ「ソウルジェムの浄化スピードと穢れが溜まるスピードは反比例するから、今日明日ではないだろうね。ハッキリとは言えないけど、僕の見立てではソウルジェムが元の形状に戻るまで数週間はかかるんじゃないかな」
まどか「ごめんね、ほむらちゃん」
Qべえの説明を聞き終えたまどかが申し訳なさそうな声で言った。
ほむら「え?」
まどか「わたしを魔獣の攻撃から助ける為に時間を止めてくれたでしょう。そのせいでほむらちゃんは残り少ない魔力を全て使いきっちゃった……」
ほむら「まどか……」
マ ミ「鹿目さんは悪くないわ。暁美さんのソウルジェムが穢れの限界を超えてしまったのは的確な指揮が出せなかったわたしの責任よ。あの時、正面からの攻撃を指示しなければ鹿目さんを危険な目に合わせる事もなかったし、暁美さんに必要以上の時間停止をさせずに済んでいた筈だわ。時間停止には多量の魔力を使うのでしょう。それにも関わらず何度も時間を止めて魔獣との戦いをサポートしてくれた。わたしは時間の停止を実感できないけれど、戦闘中に何度も魔力の痕跡を感じたわ。ふがいない先輩でごめんなさいね、暁美さん」
ほむら「いいえ、巴さんの責任ではありません。ソウルジェムを定期的に浄化しなかったわたし自身の落ち度です。あなたの指揮に落ち度はありませんでした」
杏 子「ほむらの言う通り、マミは悪くない。あんたの指揮は完璧だったよ。それぞれの戦闘スタイルにあわせた戦い方を的確に指示してくれたんだからね。特攻部隊のあたしとさやかがグズグズしていたからいけなかったんだ。積極的に前へ出ていれば、もっと早く魔獣との戦いは終わっていたし、ほむらに迷惑をかける事はなかった」
さやか「そうね。少しくらいのダメージを覚悟して斬り込んでいれば、最低でも5回はほむらの時間停止能力を節約できてたかも知れない」
ほむら「それは結果論よ。逆に考えれば無理な特攻で致命傷を負わされていたかも知れないし、わたしのサポートも役に立てなかったわ」
まどか「で、でも……」
ほむら「気にしないで、まどか。わたし自身の管理ミスが原因なのだから」
ほ む「みなさん、お優しい方ばかりですね」
今まで積極的な発言をしなかったメガネほむらが口を開いた。
まどか「え?」
ほ む「それぞれ自分の非を挙げて相手をフォローしています。心の底から互いを信頼し、相手の事を思いやっているんですね」
ほむら「これでも以前は険悪な間柄だったのよ。わたしと巴さんはまどかを巡って対立した事があるわ。さやかと杏子は初対面で殺し合いを演じた」
ほ む「そ、そうなんですか。わたしには過去の記憶がないので……そんな事があったなんて知りませんでした」
マ ミ「感情を剥き出しにして衝突したからこそ、お互いをわかりあえたのよ。昔から言うでしょう、「雨降って地固まる」って」
ほ む「巴先輩の言葉の意味、よくわかります」
さやか「(小声で)なんかさぁ、メガネほむらって素直で大人しい性格だよね」
杏 子「(小声で)ああ。『本物』とはえらい違いだ」
さやか「(小声で)わたし達の分身も自分とは正反対な性格なのかなぁ?」
杏 子「(小声で)さあな。興味があればソウルジェムの穢れを貯めてみなよ。あたしは御免だけどね」
ほむらのソウルジェムが「別人格の暁美ほむら」として具現化された真相はわからないまま、6人と1匹による午後のお茶会が始まった。
最初は口数も少なくチーズタルトを食べながらミルクティーを飲んでいたメガネほむらだが、まどかとマミから積極的に話しかけられ緊張がほぐれたのか時間が経つにつれて場に馴染んできたらしい。
楽しい談笑の輪に加わり、自分から積極的にさやかや杏子へも話しかけるようになった。
ほ む「そうなんですか。佐倉さんと巴先輩は一緒に暮らしているんですか」
杏 子「ああ。同居って言っても居候の身分だけどね」
ほ む「その年で独立した生活をしているなんて……。尊敬します」
杏 子「あっはははは。尊敬してるってよ、マミ」
マ ミ「わたし達よりも暁美さんの方が尊敬に値するわよ」
ほ む「え?」
まどか「ほむらちゃん、御両親とは別居で一人暮らしをしてるんだよ」
ほ む「そうなんですか? 知りませんでした」
ほむら「昨日は突然の事で巴さんの御自宅に泊めて頂いたけれど、今後しばらくは二人暮らしになるわ」
ほ む「は、はい。よろしくお願いします」
杏 子「ほむらがほむらに頭を下げてる構図、まるで合成のトリック映像みたいだな」
さやか「なんだか……ややこしいなぁ。ねえ、ほむら」
ほむら「何かしら?」
さやか「あんたじゃない。ソウルジェムのほむらよ」
ほ む「えッ。わたしですか? 何でしょう」
さやか「あんたの名前だけどさぁ、なんて呼べばいいのかしら」
ほ む「呼び方……ですか」
マ ミ「そうね。暁美さんと区別する為にも呼び方を変えないとお互いに混乱してしまうわね」
杏 子「それなら名案がある」
さやか「名案?」
杏 子「こっちのツンツンした方を「ほむら」。ソウルジェムの大人しい方を「ほむほむ」って呼べばいい」
さやか「ほ、ほむほむぅ?」
ほむら「杏子。わたしをバカにしているの?」
杏 子「バカになんかしてねえよ。親しみを込めてるだけじゃないか」
Qべえ「なるほど。確かに親しみのある呼び……。きゅっぷぅ」
ほむら「黙りなさい」
余計な口出しをしたQべえはほむらの長い足に踏みつけられ、カーペットの上で無様な恰好を晒す。
マ ミ「ほ、ほむほむ……ねえ」
まどか「ちょっと……呼び難いなぁ」
杏 子「それなら「メガほむ」はどうだ? メガネほむらの略だ」
ほむら「……」
殺気に満ちた目で杏子を見るほむら。それに気付いた杏子は慌てて弁解した。
杏 子「べ、別におちょくってるわけじゃないよ。でもさぁ、こうでもしないと区別した呼び方ってできないじゃないか。そうだろう、マミ」
マ ミ「え? ええ、そうね。佐倉さんの言う事にも一理あるわ」
あれこれ意見が出されたものの、結局は「それぞれが呼び易い呼び方をする事」に決まった。
この議論によって貴重な時間がアッと言う間に過ぎ去り、短い冬の陽は早くも西の空に落ちかけている。
リビングの掛け時計が優しいメロディを奏でながら午後4時を告げ、楽しい女子会の終わり時刻が近付いている事を無情にも一同に知らせる。
杏 子「あれ、もうこんな時間かぁ」
さやか「本当だ。もう4時だわ。時間が経つのって早いわね」
腕時計を見ながらさやかが言う。
さやか「なんか雑談ばかりで旅行についての話し合いにならなかったなぁ」
マ ミ「いいじゃない。新しいお友達を交えての雑談、楽しかったわよ」
杏 子「事前の打ち合わせは先月からしてるんだしさぁ、今さら話し合う事なんてないじゃないか」
さやか「まあ、そりゃそうだけどさ」
マ ミ「美樹さんが不安なようだから明日の行動を最後確認するわね」
まどか「はい」
ほむら「あなたもしっかり聞いておきなさい、ほむら」
ほ む「はい」
マ ミ「明日は午前10時に見滝原駅前のバス停へ集合、午前10時10分発のバスに乗るわよ。始発のバス停だから時間通りに出発すると思うわ。遅延がなければ午前11時30分頃に加音町へ到着する筈よ。ホテルのチェックイン開始時刻は正午。早めにチェックインを済ませて部屋に荷物を置いてから、食事がてら町中を散策しましょう。午後6時までにホテルへ戻り、午後7時からは1階のレストランでバイキングの夕食。これが明日のスケジュールよ」
ほ む「午前10時に集合。正午にチェックイン。荷物を部屋に置いてから昼食と散策」
マミの言葉をメモ帳のスケジュール欄に書き込むメガネほむら。さやかはバックから取り出したスマートフォンの予定表アプリを立ち上げて翌日の行動予定を入力する。
杏 子「ところでさぁ」
マ ミ「どうしたの、佐倉さん」
杏 子「部屋割はどうするよ。メガほむは誰の部屋に泊めるんだ?」
さやか「決まってんでしょう、御主人様と一緒の部屋よ。ねえ、ほむほむぅ」
ほ む「え? そうなんですか?」
ほむら「不本意だけれど仕方ないわ。あなたは私自身なのだから」
まどか「そっかぁ。メガネほむらちゃんはほむらちゃんのソウルジェムだから500メートル以内の場所にいないといけないんだね」
ほむら「ええ。付かず離れず行動する事が魔力消費のペナルティらしいわ」
杏 子「ツインルームを3部屋抑えておいてよかったな」
マ ミ「そうね」
さやか「ほむらがほむほむと一緒の部屋になるんなら、まどかはマミさんと相部屋になるわけだね」
まどか「あッ、そうだね。マミさん、よろしくお願いします」
マ ミ「わたしこそ。よろしくお願いね、鹿目さん」
ほむら(……。ざ、残念だけれど仕方ないわ。まどかとの相部屋で夜を過ごす事に浮かれてソウルジェムの浄化を怠ったのは自分自身の落ち度。それを全員の前で認めてしまったからには誰も責められない。ここは我慢よ、暁美ほむら」
ほ む「よろしくお願いします。暁美さん」
目には見えない威圧的なオーラを全身から発する『もう一人の自分』に向かい、メガネほむらは遠慮がちに声をかけた。
ほむら「ええ」
自分自身からの挨拶に短い返事で応答したほむら。かなり気まづい雰囲気である。
誰もが口を開かず室内が静まり返るなか、心の中ではボッチを回避できて喜んでいるマミの心情を察したQべえは心の中で冷静にツッコミながらも余計な発言を控えていた。
Qべえ(トランドルベッドを使えばまどかとほむらが相部屋でも問題はないじゃないか。……。だが、喜んでいるマミの笑顔を見ていると余計な口出しは躊躇われる。先輩として一人でツインルームに泊まると言い出したマミの希望を撃ち砕くのは酷だし、暁美ほむらには悪いが僕は沈黙を守る事にするよ)
⇒ To be continued
「魔法少女まどか☆マギカ」同人誌の合同即売会
一ヶ月近く前の事になりますが、東京都中央区日本橋のサンライズビルで「魔法少女まどか☆マギカ」の同人誌合同即売会が開催されました。
開催日は2011年11月27日の日曜日。開催イベントは「魔まマONLY もう何も恐くない3」,「杏さやONLY 一人ぼっちは寂しいもんな2」,「まどほむONLY 私の最高の友達」の3つです。
同じフロアを三つの即売会が同時利用する形式となっており、テーブル別にイベント区分がなされていました。
pixivで御縁のできたパリジャン氏がサークル参加される事もあり、ここでしか手に入らない同人誌を購入すべく「まどマギ」オンリーの即売会に初参加しました。
完成度の高いフルカラー漫画に人気と定評があるムカイユー氏の限定本、WEB版とは違う結末を収録したシノ氏の『マミさんが誕生日を勘違いされるマンガ』、奇抜なギャグ満載の紫系氏の新刊……。
これらの要チェック本に加え、ギャグ系を中心に面白そうな新刊の刊行案内をpixivで知ったので時間を調節して参加した次第です。
なんとかイベント開始の1時間後に入場できたものの、残念ながらムカイユー氏とシノ氏の新刊は完売しており入手できませんでした……(シノ氏の『マミさんが~』は同人誌ショップで委託販売されており、そちらで購入しました)。
その代わりと言っては作者の方々に申し訳ありませんが、二次創作SSの小説を中心に現物を見て購入した新刊が20冊近くあり、大いに収穫があって嬉しかったです。
冊数が冊数だけに購入した新刊を全て紹介する事はできませんが、原作人気に便乗した安易な作品はなく、どれも「魔法少女まどか☆マギカ」への愛情を誌面から感じさせる本ばかりでした。
詳しい調査は行っていませんが、来年も「まどマギ」オンリーの同人誌即売会が開催されるようです。
現時点(2011年12月22日・現在)で確認している関東地方での開催イベントは以下の通りとなります。
・魔法少女まどかマギカオンリーイベント 僕と契約しようよ!!(2012年3月11日 日曜日)
会場:都立産業貿易センター浜松町館
・ソウル☆コネクト2(2012年4月1日 日曜日)
会場:大田区産業プラザPIO
まだまだ人気の衰えを見せない「まどマギ」旋風。
映画プロジェクトやゲーム化により、来年は今年以上にフィーバーするかも知れません。
開催日は2011年11月27日の日曜日。開催イベントは「魔まマONLY もう何も恐くない3」,「杏さやONLY 一人ぼっちは寂しいもんな2」,「まどほむONLY 私の最高の友達」の3つです。
同じフロアを三つの即売会が同時利用する形式となっており、テーブル別にイベント区分がなされていました。
pixivで御縁のできたパリジャン氏がサークル参加される事もあり、ここでしか手に入らない同人誌を購入すべく「まどマギ」オンリーの即売会に初参加しました。
完成度の高いフルカラー漫画に人気と定評があるムカイユー氏の限定本、WEB版とは違う結末を収録したシノ氏の『マミさんが誕生日を勘違いされるマンガ』、奇抜なギャグ満載の紫系氏の新刊……。
これらの要チェック本に加え、ギャグ系を中心に面白そうな新刊の刊行案内をpixivで知ったので時間を調節して参加した次第です。
なんとかイベント開始の1時間後に入場できたものの、残念ながらムカイユー氏とシノ氏の新刊は完売しており入手できませんでした……(シノ氏の『マミさんが~』は同人誌ショップで委託販売されており、そちらで購入しました)。
その代わりと言っては作者の方々に申し訳ありませんが、二次創作SSの小説を中心に現物を見て購入した新刊が20冊近くあり、大いに収穫があって嬉しかったです。
冊数が冊数だけに購入した新刊を全て紹介する事はできませんが、原作人気に便乗した安易な作品はなく、どれも「魔法少女まどか☆マギカ」への愛情を誌面から感じさせる本ばかりでした。
詳しい調査は行っていませんが、来年も「まどマギ」オンリーの同人誌即売会が開催されるようです。
現時点(2011年12月22日・現在)で確認している関東地方での開催イベントは以下の通りとなります。
・魔法少女まどかマギカオンリーイベント 僕と契約しようよ!!(2012年3月11日 日曜日)
会場:都立産業貿易センター浜松町館
・ソウル☆コネクト2(2012年4月1日 日曜日)
会場:大田区産業プラザPIO
まだまだ人気の衰えを見せない「まどマギ」旋風。
映画プロジェクトやゲーム化により、来年は今年以上にフィーバーするかも知れません。
「魔法少女まどか☆マギカ Another」 Girl meets Girl
【はじめに】
約三週間ぶりの更新です。諸事情から放置状態となってしまい、年末年始にかけて予定していた計画が大幅に狂ってしまいました(もちろん、それらの計画を放棄した訳ではありません)。
今回の「魔法少女まどか☆マギカ」二次創作SSもpixiv先行アップ作品「Heartful Night」(2011年12月14日13時45分付)の再掲載(リンクを設定して記した末尾の一文「⇒「「魔法少女まどか☆マギカ Another」 Heartful Night」へ続く。」はブログ掲載版での加筆となりますが……本文の内容はpixiv版と全同です)であり、本格的な更新再開とは言えませんが……。
気がつけば累計アクセス数が50,000Hitを超えており、達成日時さえチェックできませんでした。
更新頻度は下がってもブログを閉鎖する事は考えていませんので、今後も当ブログをよろしく御愛顧頂ければ幸いです。
Prologue:決別
満月が照らす静寂な深夜の裏路地に二つの人影があった。
マ ミ「さ、佐倉さん……。どう……して」
うつ伏せに倒れた金髪の少女が自分を見下す赤髪の少女に向かって弱々しい口調で語りかけた。その傍らには真っ二つに切断された一丁のマスケット銃が転がっている。
月を背後に仁王立ちする少女の右手には巨大な槍が握られており、彼女は勝者の余裕を見せつけながら言い放った。
杏 子「あんたの青臭い正義論は聞きあきたよ。これからは自分なりのやり方で魔女狩りを続ける。狙うのは魔女だけだ。使い魔に見知らぬ他人が喰われようと知ったこっちゃねえ。弱い奴が強い奴に食われるのは自然の摂理。使い魔との戦いで無駄に魔力を消費したり、手に入るグリーフシードの数を自分から減らすようなバカなマネをしたり、あんたの間抜けな行動にはウンザリだ」
マ ミ「でも、使い魔を放っていたら……誰かが殺されるのよ。あなたは……それを見捨てておけるの」
杏 子「他人の事なんて知るか。この世は弱肉強食。あんたがあたしに負けたのも弱肉強食という摂理の縮図なんだよ」
マ ミ「どうして……そんな事を言うの。一緒に戦ってくれた……佐倉杏子は……どこへ行ってしまったの」
杏 子「昔の事をウジウジ言ってんじゃねえよ、見苦しい。あたしはグリーフシードが手に入ればいいんだ。使い魔狩りなんかバカらしくてやってられるかよ」
マ ミ「待って……。佐倉さん……」
杏 子「あばよッ、マミ。あんたとは今日でお別れだ。今まで世話になったな。あたしは自分の町で魔女狩りを続ける。あんたの領域(シマ)には手を出さねえから安心しな。それがせめてもの情けだ」
言うだけの事を言うと赤い髪の少女は両脇に聳え立つビルの外壁を利用しながら夜空へと消えて行った。
マ ミ「佐倉さん。せっかく……わかりあえたと思ったのに……。どうして……」
あとに残された金髪の少女は涙を流しながら呟いたが、その涙が敗北の悔し涙か、相手を説得できなかった不甲斐ない自分を責める悔恨の涙か、それは自分自身にもわからなかった……。
時を同じくして、最善までの戦いをビルの屋上から見ていた黒い影が感情のない声で言った。
Qべえ「昨日の友は今日の敵。まさかマミと杏子二人が袂を分かつ事になるなんて……。まあ、僕はグリーフシードを回収できれば彼女達の関係が壊れようと関係ないけどね」
昨夜の戦闘は一方的な敗北だった。思い出しても自分ながら情けない敗北だと思う。
わたしにマスケット銃を撃たせる余裕を与えず、佐倉さんの槍は殺気に満ちた攻撃で容赦なく攻めてきた。
彼女の操る槍はまるで生きているかのように変幻自在な動きを見せながら、わたしの両腕を斬りつけ、両足を突き刺し、脇腹を貫き、右頬を斬り裂く。
背筋も凍る様な形相で襲いかかる佐倉さんの姿に恐怖し、わたしは反撃もできないまま地面に倒れ伏した。
そして去り際に言い放った一言。
マミさんと呼んで慕ってくれた佐倉杏子はいない。互いに背中を預けて使い魔や魔女と戦った佐倉杏子はいない。
いったい何があったの。何があなたを変えてしまったの。もう二度と分かりあえる事はないの。
あなたが戻ってきてくれるのならば、わたしはいつでも笑顔で迎え入れるわ。
だから……戻ってきて。佐倉さん……。
なにが魔法少女だ。なにが希望だ。なにが奇跡の魔法だ。
希望を祈れば同等の絶望が撒き散らされる。こんな簡単な事に気づかなかったなんて……あたしは世界一の大バカだよ。
使い魔に襲われる人を助ける? 魔女に襲われる人を助ける?
自分の家族さえ守れないヤツに他人を守る資格なんてない。
もう二度と他人(ひと)の為に魔法を使ったりしない。この力は自分の為だけに使い切る。
マミさん、今まで世話になったね。でも……もうお別れだ。
あたしは自分の信念に従って生きて行くよ。あなたと同じ道は歩けない。
……ごめんね、自分勝手な女でさぁ。バカな弟子の事は忘れてくれ。
Chapter1:心配
杏 子「これで終わりだよッ」
勝ち誇った杏子の声と同時に鋭い槍の先端が魔女の脳天を貫いた。
魔 女「ウオォォォォン」
不気味な断末魔の悲鳴をあげ、魔女の体は黒い霧となって四方に散る。
コロンッ。
魔女の姿が消えた後には球体を串で刺し貫いたような物体が落ちていた。グリーフシードだ。
同時に魔女の結界が解除され、白い壁で囲われていた空間が見慣れた夜の町の景色に変わる。
杏 子「一丁あがり。チョロイもんだ」
グリーフシードを拾いながら杏子は変身を解除した。
杏 子「どうだ、マミさん。あたしの……」
言いかけて杏子は口を閉じた。視線の先には誰もおらず、彼女の言葉に耳を傾ける者はいない。
杏 子「そうだ。あたしは独立したんだった。駄目だなぁ、こんなんじゃ」
苦笑しながらグリーフシードをパーカーのポケットに投げ入れ、ホットパンツのポケットに両手を突っ込みながら夜の道を歩き出す。
杏 子「あれだけ啖呵をきったんだ。今さらマミさんを頼るわけにはいかない。あたしは……あたしの信じる道を進むだけだ」
魔女探索パトロールから帰ったマミは久しぶりに会ったQべえから信じられない話を聞かされた。
Qべえの話によれば、佐倉杏子の父親は発狂した挙句に妻と妹娘を教会奥の懺悔室で殺害し、自らは首を吊って自殺したのだと言う。
佐倉神父の付け火によって自宅は全焼。教会は外壁と屋根を焼きながらも半焼で済み、三人の遺体は辛うじて火葬を免れたらしい。
マ ミ「なんですって」
Qべえ「急に大きな声を出さないでくれるかなぁ。ビックリするじゃないか」
マ ミ「大きな声も出したくなるわよ。まさか……佐倉さんの家族が一家心中しただなんて……」
Qべえ「その言い方は正確じゃないね。佐倉杏子だけは助かっているんだから」
マ ミ「そ、それはそうだけど……」
Qべえ「彼女は学校へ行っていたから難を逃れたんだ。でも、一人だけ生き残った事で心のバランスを完全に崩れてしまったらしい」
マ ミ「それはいつの事?」
Qべえ「5日前さ。ローカル放送のニュースや新聞の地方欄で大々的に報道された筈だが知らなかったのかい?」
マ ミ「ええ、気がつかなかったわ」
Qべえ「杏子は焼け残った教会で暮らしているらしい。この事があってからは学校へも行かずに魔女狩りを続けているようだ」
マ ミ「この季節に焼け跡で暮らすのは辛いでしょうね。可哀相だわ」
Qべえ「夜も段ボールと新聞紙の布団で寝ているみたいだよ」
マ ミ「……」
Qべえ「杏子の今の生活レベルは別として、一家心中に生き残った絶望で魔女とならなかったのは不幸中の幸いだった」
マ ミ「いいえ、彼女の心は魔女になってしまったわ。わたしの言葉も届かなかった……」
Qべえ(おっと、つい口が滑ってしまった。「魔女にならなかった」と言う言葉をマミが抽象的な意味に受け取ってくれて助かった)
マ ミ(そう言えば佐倉さんの態度が豹変したのは4日前だったわ。その前日はパトロールに来なかった。まさか、そんな不幸があっただなんて……)
Qべえ「これまでマミと杏子の家を往復する形で世話になっていたけど、よかったら今日からマミの家に住まわせてくれないかな?」
マミの胸中を知ってか知らずかQべえは厚かましくも事実上の同居を願い出た。
マ ミ「え? わたしの家に住みたい? あなたが?」
Qべえ「うん。マミは毎日パトロールを欠かさないだろう。それだけに使い魔や魔女と出会う確率も高い。杏子に代わるサポーターとして僕を飼っておくのも悪くないんじゃないかなぁ」
メチャクチャな理屈だが素直なマミはQべえの言葉を疑いもせず聞きいれた。
マ ミ「そうね。佐倉さんがいなくなった今、Qべえにサポート役をお願いするしかないわね。わたしも一人前の魔法少女とは言えないし……」
先日の苦々しい敗北がマミの脳裏をよぎる。
マ ミ(あの時の相手が魔女だったら確実に命を落としていた。経験不足を補う為にも場数を踏まないと)
Qべえ「よし、交渉成立だ。今日からよろしく頼むよ、マミ」
マ ミ「よろしくね、Qべえ」
笑顔で言いながらもマミは心の中では別の事を考えていた。
マ ミ(Qべえの情報網ならば佐倉さんに関する情報をリアルタイムで得られるかも知れない。その意味でもQべえとの同居は得策だわ)
杏子がマミのもとを去ってから数日後。
その夜も杏子は真紅のコスチュームに身を包み、一人で魔女と戦っていた。
横に払った槍の穂先が魔女の胴体を見事に切断。致命傷を負った魔女は黒い霧となって消滅した。
杏 子「へッ。やっぱり狩るなら魔女に限るぜ。グリーフシードを持っていない使い魔と違って見返りがある」
口では魔女狩りを楽しむ言葉を発しているが、その心中は言葉にできない嫌な気分に覆われている。
杏 子(せっかくグリーフシードを手に入れたってぇのに……。チッ。なんだ、この胸クソの悪さは)
魔女の正体が絶望に浸りきった魔法少女の末路である事を杏子は知らない。それでいながら潜在的な感覚によって「かつての魔法少女」を消滅させている自分の行動に罪悪感を抱いているのだろうか。それは誰にもわからない謎であった。
妙な不快感を覚えながらも変身を解除し、杏子は再び闇の彼方へ消えて行く。
マ ミ「!」
深夜のパトロール中、マミは全身の毛が逆立つような恐怖を感じた。恐怖で足は震え、長袖の下の細い腕には鳥肌が立った。
Qべえ「マミ、きみも感じたかい?」
マ ミ「ええ。物凄いプレッシャーだわ」
Qべえ「この魔女は手強(てごわ)そうだね。戦闘経験豊富なベテラン魔法少女でも苦戦は必至かも知れない」
マ ミ「……」
Qべえ「幸いにも魔力の発信源は隣町だ。あの魔女は佐倉杏子が対処するだろう。僕らには関係のない事さ。さあ、パトロールを続けよう」
マ ミ(佐倉さん……)
見滝原市に隣接する新房町(しんぼうちょう)は杏子のテリトリーだ。もしかしたら、規定外の魔力を発する魔女と一人で戦っているかも知れない。
マ ミ「Qべえ、肩から降りて頂戴。新房町へ行くわよ」
Qべえ「えッ、新房町へ行くのかい? よした方がいいと思うよ。下手をしたら佐倉杏子から領域侵犯で攻撃されるかも知れない」
マ ミ「テリトリーなんか関係ないわ。ここまで魔力を感じさせる魔女が相手なのよ、佐倉さんでも勝てる保証はないわ」
そう言うとマミは呆れ顔のQべえを肩から放り投げ、ソウルジェムで魔力の根源を探りながらマミは新房町を目指して走り出した。
マ ミ(佐倉さん……。わたしが行くまで無事でいてね)
数日前に絶縁宣言をされたにも関わらず、マミは短い時間を共に過ごした大切な友人の安否を気遣いながら夜の市内を疾走する。
路上に投げ捨てられたQべえはマミの後ろ姿を見送りながらポツリと呟く。
Qべえ「まったく、自分を見捨てた相手を助けに行くだなんて……。訳がわからないよ」
Chapter2:戦闘
マミが新房町を目指して急いでいる時、杏子は『自転車の魔女』を相手に苦戦を強いられていた。
自転車と一体化した少女。その背中には赤いランドセルが背負われている。
ランドセルの中から次々と発射される自転車の車輪は四方八方から杏子を襲い、彼女に防戦一方の戦いを余儀なくさせていた。
マ ミ「チッ。目障りな車輪だなぁ。斬っても斬ってもキリがねえ」
ズシャッ。ズシャッ。
そう言いながら新たに二つの車輪が破壊され、原型を留めない残骸が結界内の地面に落ちる。
この魔女は「自転車に乗れるようになりたい」と願った少女の末路だった。
少女は遠距離通学の為に自転車登校を認められていたが補助輪なしでは乗れず、その事をバカにされて落ち込んでいる時にQべえと出会って契約をしたのだ。
その願いが叶えられた翌日、登校途中の少女は信号無視で暴走してきた酔っ払い運転の自動車と正面衝突。辛うじて一命は取り留めたが両足麻痺の後遺症を遺してしまった。
不幸な事故を嘆き悲しんだ末、未来に絶望した少女は車椅子のまま病院を抜け出して夜の町を彷徨い、とうとう『自転車の魔女』になってしまったのである。
強すぎる憎悪の念によって尋常ではない魔力を持った魔女となってしまい、彼女が発する魔力の波紋は見滝原市内にまで届いた。
杏 子(こいつ……マジで強い。あたし一人じゃ勝てないかも知れないなぁ。もしかしたら、ここで死んじまうかも……)
強大な魔力を察知したマミが救援に向かっている事を夢にも知らない杏子は予想外の強さを誇る敵に恐怖を感じ始めた。
魔 女「ウィキキキィィィィ」
不気味な魔女の鳴き声が結界中に響き渡った次の瞬間、ランドセルから無数の車輪が飛び出して杏子の体を取り囲んだ。
ゴムタイヤにガラス片が埋め込まれた車輪は木材切断用の電動ノコギリを思わせる。
杏 子「やべえ、囲まれた」(チッ、これで終わりか。あんなガキなんか助けるんじゃなかった。なんだかんだ言いながら他人の為に命を落とす事になるなんてなぁ。偉そうな説教こきながら、こんな死に方するなんて情けない。これじゃ、マミさんに顔向けできねえや)
心の中で自分の行動を自嘲した杏子は自分を取り囲む車輪の群れを見ながら死を覚悟した。
杏 子(あのガキにモモの面影(おもかげ)を見たとはいえ無茶したなぁ)
最初は杏子も『自転車の魔女』と戦う気はなかった。
しかし、ひょんな偶然から異常な魔力を感じさせる魔女の結界に自ら飛び込むハメになってしまったのだ。
その偶然とは……。
マ ミ「ソウルジェムの反応が強くなってきたわ。どうやら魔女の結界が近づいてきたようね」
Qべえ「マミ、本当に佐倉杏子を助けるのかい?」
マ ミ「当たり前でしょう。同じ魔法少女の友達を見殺しにするなんてできないわ」
Qべえ「でも、杏子はマミに容赦なく刃を向けてきた。きみだって全身をズタズタに傷つけられたじゃないか。そんな相手なのに助けてやるのかい?」
マ ミ「……。ええ。刃を交えた相手でも佐倉さんは大切な友達よ。見捨てるなんてできないわ」
Qべえ「マミは心が広いんだね」
マ ミ「彼女は迷っているのよ。自分の願いが家族に不幸をもたらした事、最愛の家族を失った事、自分だけが生き残った事。悲しみの捌け口が見つからず、それを怒りに変える事で自分自身を納得させているんじゃないかしら? ぶつけ所のない悲愁と憎悪から佐倉さんは利己主義者に徹しようと決め、わたしから離れる決意をしたのだと思うわ」
Qべえ「マミの言葉は抽象的で意味が理解できないなぁ」
マ ミ「うまく言葉では説明できないわ。感情の機微に関する事ですもの」
Qべえ「ふ~ん。ぼくには感情がないからマミと杏子の衝突した理由は永遠に理解できないかも知れないね」
マ ミ「そのようね」(待っていて、佐倉さん。すぐに行くわ)
???「ヒック。ヒック」
どこからか幼い子供のすすり泣く声が聞こえてきた。
杏 子「ん? ガキが泣いているのか?」
周囲を見回すと曲がり角の向こうで10歳くらいの少女が泣いていた。
杏 子「こんな時間にガキ一人放っておくなんて……。最近の若い親は常識がねえなぁ」
街頭まばらな裏道。夜も10時を過ぎた時間に小学生らしき少女が泣きながら立っているなんて尋常じゃない。
ブツブツ言いながらも杏子は泣いている少女に近寄って声をかけてやった。
杏 子「おい。どうしたんだ」
少 女「パパとママが……ヒック」
杏 子「親父とおふくろが近くにいるのか?」
少 女「ううん」
杏 子「近くにいないのか。チッ。こんな場所に子供を放っておくなんて信じらんねえな」
少 女「喰べられちゃった……ヒック……の」
杏 子「はぁ? 喰われた? お前の両親が?」
相手の言葉を確かめるように杏子は反復しながら質問した。
少 女「うん」
杏 子「誰に?」
少 女「真黒い影が……ヒック……パパとママを……ヒック……食べちゃったの」
泣きながら訴える少女の顔を見ているうち、杏子の脳裏に死んだ妹の幻影が浮かんできた。
杏 子(モモと似たガキだな。年も同じくらいかなぁ)
ゾクッ。
そう思った次の瞬間、杏子の背中を悪寒が駆け抜けた。
杏 子(凄いプレッシャーだ。この感覚は魔女だな)
そう思った次の瞬間、杏子は闇の向こうから魔女の結界が迫って来るのを感じた。
杏 子(なるほど。魔女に喰われちまったんだな。このガキが無事って事は現実世界(こっちの世界)で襲われたのか……。なかなかのプレッシャーだが勝てない相手じゃなさそうだ。一狩りしていくか)
僅かな時間で思考をまとめた杏子は傍らで泣き続ける少女に言う。
杏 子「わかったよ。お前の両親を喰った憎い相手はあたしが退治してやる」
少 女「お、お姉ちゃん」
杏 子「お前は走って逃げろ。この路地を抜けた先にコンビニがある。そこで待ってな」
少 女「で、でも……」
杏 子「早く行け。グズグズしているとお前まで喰われるぞ」
少 女「う、うん」
杏子に叱咤された少女は後ろを振り向く事なく言われた通りに走り出した。
まさにタッチの差であった。数秒後に魔女の結界は杏子を取り込んだが、少女は射程距離外へ取り逃してしまったらしい。
杏 子「なんてプレッシャーだ。ゾクゾクさせやがる。まあ、結界に取り込まれたんだから戦うしかねえな」
そう言いながら杏子は魔法少女の姿に変身した。
このような経緯があり、図らずも杏子は『自転車の魔女』と戦う事になったのである。
Chapter3:再会
ザシュッ。
杏 子「うわぁぁぁぁ」
右腕の皮膚を切り裂かれ、杏子は悲鳴をあげながら槍を落とした。
ガシャン。
杏 子「しまった。槍が……」
ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。
杏 子「あぐッ」
凶器と化した車輪は容赦なく杏子の全身を切りつけ、下腹部、左の太腿、右脛、右頬、左脇腹の皮膚を切り裂いた。
赤いコスチュームが裂け、傷ついた皮膚からはポタポタと真っ赤な血が滴り落ちる。
華麗なステップによる対応で致命傷を負うには至らないが杏子が受けたダメージは決して小さくない。
しかも、足を傷つけられたうえ、頼りとする武器を落としてしまったのだから状況は最悪である。
杏 子「くそッ。足をやられちまった……。これじゃ満足に動けない」
魔 女「キシャアァァァ」
甲高い魔女の奇声と同時に車輪が再び杏子の周囲を取り囲む。どうやら次の攻撃で弱った魔女少女を仕留めるつもりらしい。
思うように足が動かない杏子は逃げる事を諦め、その場に座り込んだ。
杏 子「これまでか。あ~あ、しけた人生だったなぁ。こんな死に方するなんて」
魔 女「ウィキィィィィ」
まるで「殺せ」と命令するかのような魔女の声。その声に従って車輪が一斉に襲いかかってきた。
杏 子「マミさん……。さよなら」
目を閉じて覚悟を決めた杏子が呟いた時……。
マ ミ「フルオープン。ファイアァァァ」
杏 子「こ、この声。もしかして……」
聞き覚えのある声にハッとした杏子が目を開けると、空中に浮かんでいた無数の車輪は後方から飛んでくる数えきれない程のエネルギー弾に撃ち落とされ、その残骸を地面に積み上げていた。
杏 子(この攻撃はマスケット銃の大量召喚による一斉射撃。マミさんが来てくれたのか?)
魔 女「キキィィィィ」
マ ミ「あなたの負けよ。大切な友人を傷つけた罪は重いわ、覚悟しなさいッ!」
声のする方を見ると、空高くジャンプしたマミが大砲を思わせる大きな銃で魔女を狙っていた。
マ ミ「ティロ・フィナーレ」
ドオォォォン。
銃口から発射された巨大なエネルギー弾が魔女の腹部を貫く。
魔 女「ウロロォォォン」
不気味な断末魔の悲鳴を遺した魔女の体はエネルギー弾に包み込まれ、その数秒後に消滅した。
コロン。
グリーフシードの落下と共に結界が解除され、杏子とマミは現実世界へ無事に帰還できた。
マ ミ「佐倉さん。もう大丈夫よ」
杏 子「マミ……さん」
マ ミ「あらあら、こんなに傷ついて。ちょっと待っていなさい」
そう言いながら杏子に近づき、傷口に手をかざした。
マミの手許が淡く光り、パックリ裂けていた傷口を信じられない早さで塞いでいく。
マ ミ「はい、治療終了」
杏 子「あ、ありがとう」
一方的に見捨てた相手が自分の窮地を救ってくれたうえ、傷まで治してくれた。その現実が信じられない杏子は御礼を言うのがやっとだった。
Qべえ「はい、マミ。さっきの魔女が落としたグリーフシードだ。ろくに電灯もない路地だから探すのに苦労したよ」
マ ミ「御苦労様」
変身を解除したマミはグリーフシードを差し出しながら杏子に言った。
マ ミ「これはあなたの物よ。受け取りなさい」
トドメを刺したのが自分であるにも関わらず、マミはグリーフシードの所有権を当然のように杏子へ譲った。
思いもよらない申し出に困惑した杏子だが、自らも変身を解除するとマミに向かって短く言い放つ。
杏 子「いらねえよ」
マ ミ「え?」
杏 子「いらねえよ。魔女を倒したのはマミさんだろう。だから……それは受け取れない」
マ ミ「ううん。わたしは最後の美味しい所を持っていっただけ。これは佐倉さんの物よ」
杏 子「あたしは……マミさんに助けてもらったんだ。それを受け取る資格はない」
マ ミ「でも……」
Qべえ「二人ともいらないのなら僕が貰ってお……。きゅぷッ」
杏 子「うるせえ。Qべえは引っ込んでろ」
脇から口を挟むQべえの体を蹴り飛ばす杏子。
しばらくの沈黙後、再び杏子が口を開いた。
杏 子「どうして助けてくれたんだ」
マ ミ「どうしてって?」
杏 子「今まで世話になった恩も忘れて傷つけ、挙句に絶縁宣言までした。そんな恩知らずをどうして助けてくれるんだよ」
マ ミ「同じ仲間が傷つくのを黙って見過ごせないでしょう。まして、それが大切な友達であれば尚更よ」
杏 子「仲間……。友達……」
Qべえ「あの魔女のプレッシャーは見滝原市にいても感じられた。マミは杏子の事を心配して駈けつけてくれたんだよ」
杏 子「……」
マ ミ「さあ、どうぞ。あなたのグリーフシードよ」
マミは再びグリーフシードを杏子に差し出した。
Qべえ「貰っておきなよ。マミの好意を無駄にしちゃ悪いよ」
杏 子「それじゃ……遠慮なく貰っておくよ。あ、ありがとう」
困惑の表情を浮かべながらもマミからグリーフシードを受け取った杏子。
マ ミ「どういたしまして」
屈託のない笑顔で答えるマミ。その微笑みが杏子には神々しい聖母の微笑みに見えた。
Chapter4:和解
杏 子「このあいだは……本当にごめん」
マ ミ「いいのよ。何も言わないで。御家族の事はQべえから聞いたわ」
杏 子「……。そうか。それなら話は早い」
どこか遠い所を見つめながら杏子は話を続けた。
杏 子「あたしの自分勝手な願いが家族の絆を壊しちまった。因果応報って言うのかな? 自業自得だって事はわかってた。でも、怒りと憎しみの捌け口を見つけてイライラをぶつけたかった」
マ ミ「……」
杏 子「あたしって最低だよな。一人で悲劇のヒロインを気取る一方、優しい先輩に八つ当たりして鬱憤ばらし。平和を守る魔法少女が聞いて呆れるよ」
マ ミ「そんな事はないわ」
杏 子「マミさん……」
マ ミ「たった一日で御家族を失った佐倉さんの辛さ、わたしにはよくわかる」
杏 子「そうか。マミさんも自動車事故で両親を失くしてたんだよな」
マ ミ「ええ。わたしは両親を失ってから始めて知ったわ。当たり前の日常が本当は幸せに満ちていた事をね」
杏 子「……」
マ ミ「あなたが自暴自棄に陥った心境は理解できるつもりよ。でもね、辛い現実に絶望しているだけでは駄目。前を向いて歩きださなければ状況は変わらないわ」
杏 子「前を向いて歩きだす……」
マ ミ「あら、ごめんなさい。つい自分の言葉に酔って偉そうな事を言ってしまったわ。わたしって本当に駄目ねぇ。うふふふふふ」
そう言って苦笑するマミ。自分自身の発言に酔いしれてしまった事を反省しているような口ぶりだが、これも杏子の心をリラックスさせようとする計算であった。
マ ミ「今すぐに気持ちの整理をつけるのは難しいかも知れない。でも、困った事や悩み事があれば遠慮なく訪ねてきてね。わたしでよければ力になるわ」
杏 子「マ、マミさん」
マ ミ「でもね、佐倉さん。これだけは約束して頂戴。絶対に自暴自棄にならない事。いいわね」
杏 子「わかった。約束するよ」
そう言いながら杏子は躊躇いがちに右手を前に出して握手を求め、マミは左手を出して杏子の握手に応じた。
杏 子「あッ」
突然、杏子が大きな声を出した。
マ ミ「ど、どうしたのよ。大きな声を出して」
杏 子「すっかり忘れてた。あの魔女に両親を喰われたってガキを逃がしてやったんだよ。路地を抜けた先にあるコンビニで待ってる筈だ。すぐ迎えに行ってやらないと」
マ ミ「魔女に両親を……」
杏 子「そうらしい。あたしも詳しい話を聞くヒマが無かったからガキの言う事が本当か嘘か判断できなかったけどね」
マ ミ「その子は佐倉さんの知り合い?」
杏 子「いや、名前も知らない他人だよ」(……死んだ妹に似ていたけどね)
Qべえ「すると杏子は名前も知らない子供を助けようとして魔女の結界に入ったのかい?」
杏 子「まあ、そういう事になるかな」
Qべえ「弱肉強食を理由にマミと決別しながら弱者を助けるなんて矛盾しているね。訳がわからないよ」
マ ミ「Qべえは黙っていなさい」
珍しくマミがQべえを叱りつけた。
Qべえ「マミにも怒られてしまった。どうやら僕は邪魔なようだね」
マ ミ「別に怒ったわけじゃ……」
Qべえ「それじゃ先に帰っているよ」
マミの言葉に耳を貸さず、Qべえは踵(きびす)を返して夜の闇に溶け込んでしまった。
マ ミ「まったく、Qべえったら慌て者ねえ」
杏 子「どうしてだ?」
マ ミ「だって玄関の鍵はわたしが持っているのよ。先に帰っても部屋の中には入れないわ」
杏 子「あっはははははは。あいつらしくないミスだな。この寒空の下、マミさんが帰るまで締め出しかよ」
マ ミ「うふふふふふ。そういう事になるわね」
無表情のまま寒さに震えるQべえの姿を頭の中で思い浮かべて笑い合う二人。
そんな二人を先に帰った筈のQべえが電信柱の上から見下ろしていた。
Qべえ「やれやれ、どうにか二人ともリラックスできたようだ。道化役も苦労するよ。これで二人が協力して魔女狩りを続けてくれればグリーフシード回収率も高まり、魔力を消費して濁ったグリーフシードも手に入り易くなる。見返りの為なら道化師になるのも悪くないかな」
Chapter5:少女
マ ミ「さあ、その女の子を迎えに行きましょう」
電信柱の上にQべえがいる事を知らないマミが杏子に向かって言った。
杏 子「え? マミさんも来てくれるのか?」
マ ミ「その子から詳しい事情を聞かないとね。御両親を魔女に殺されてしまったのなら今後の事についても考えないと」
杏 子「今後の事って?」
マ ミ「身の振り方よ。御両親を失くして一人で生きていける年齢ではないのでしょう?」
杏 子「ああ。まだ小学校低学年くらいだと思う」
マ ミ「可哀そうに。そんな年頃で御両親を失くしてしまうなんて……」
杏 子「……」
マ ミ「ともかく、その子を迎えに行きましょう」
杏 子「そうだな」
少 女「あッ、お姉ちゃんだ」
コンビニの前に一人佇んでいた少女は道路の向こうから走って来る二つの人影を確認した。
レジの死角になっている場所なので店員の目には女の姿が見えず、場所柄だけに客足も疎(まば)らなので、誰一人として幼い子供が夜遅くコンビニの前で人を待っている事に気づかない。
この事が少女にとって幸か不幸か、それは一概に答えられない問題である。
杏 子「なんだよ、外で待ってたのか? 店の中で待ってりゃよかったのに。寒かっただろう? 待たせて悪かったな」
少女に近づいた杏子は腰を屈め、同じ目線になって話しかける。
少 女「ううん。平気」
マ ミ「佐倉さんが言っていた女の子って彼女の事?」
杏 子「そうだよ」
マミも腰を屈め、少女と同じ目線から話しかけた。
マ ミ「こんばんは。わたしは巴マミ。よろしくね」
少 女「マミ……お姉ちゃん」
杏 子「あたしは佐倉杏子だ」
少 女「杏子……お姉ちゃん」
マ ミ「あなたのお名前は?」
ゆ ま「ゆま。千歳ゆま」
マ ミ「ゆまちゃんね。可愛い名前だわ」
ゆ ま「ありがとう、マミお姉ちゃん」
マ ミ「ねえ、ゆまちゃん」
ゆ ま「なぁに?」
マ ミ「パパとママはどうしたのかしら?」
杏 子「マミさん、こいつの両親は……」
マ ミ「佐倉さんは口を出さないで」
杏 子「……」
マ ミ「こんな時間に一人で出歩いていると危ないわよ。パパとママは?」
ゆ ま「真黒い影が喰べちゃった」
少し時間が経って落ち着いたのか、それとも両親が魔女に喰われた事を悪夢だと思い込もうとしているのか、ゆまはマミの質問にハキハキと答えた。
マ ミ「そう……」
ゆ ま「でもね、杏子お姉ちゃんが悪い怪獣を退治してくれるって言ったの。怪獣が退治されたらパパもママもお腹の中から出てくるんでしょう?」
マ ミ「さ、佐倉さん。あなた、そんな事を言ったの?」
杏 子「冗談じゃねえ。あたしはそんな事を言った覚えはないよ」
ゆ ま「ゆま、絵本で読んだもん。悪い狼がヤギさんを食べちゃったけど、お腹を切ったらヤギさんが元気に出てきたんだよ」
杏 子「腹からヤギが出てきたって、それは童話の話じゃねえかよ」
マ ミ「ええ。グリム童話の「狼と七匹の子山羊」ね」
杏 子「もしかして、ゆまは……」
マ ミ「お父さんとお母さんが助かるって信じているのよ」
無垢な笑顔で両親を待つ幼い少女に残酷な現実を告げるのは気が進まなかった。
しかし、いつまでも誤魔化し続けるわけにはいかない。マミは覚悟を決めてゆまに真実を告げる決意を固めた。
マ ミ「あのね……」
杏 子「待って、マミさん」
マ ミ「え?」
杏 子「ゆまにはあたしから言うよ」
マ ミ「さ、佐倉さん」
杏 子「ゆま、よく聞くんだ。おまえの両親は死んじまった。あのバケモノに喰われて死んだんだ」
ゆ ま「ん?」
杏子の言葉が理解できないのか、ゆまは不思議そうに首をかしげながら杏子の顔を見つめる。
杏 子「あの黒い影はバケモノだったんだ。おまえの両親はバケモノに喰われて死んだんだよ」
ゆ ま「違うもん。パパもママも生きてるもん」
杏 子「現実から目をそらすな。親父もおふくろも死んだ。ゆま、おまえは今日から一人ぼっちなんだよ」
ゆ ま「杏子お姉ちゃんのバカァァァ」
マ ミ「佐倉さん、それは言い過ぎよ」
杏 子「言い過ぎなもんか。遅かれ早かれ両親が死んだ現実は受け入れなくちゃいけないんだ」
マ ミ「それはそうだけど……」
ゆ ま「うわあぁぁぁぁん」
Qべえ「あ~あ、泣かせちゃった」
マ ミ「Qべえ」
杏 子「なんだよ、帰ったんじゃなかったのか」
先に帰った筈のQべえが闇の中から現れたので杏子は少し驚いた。
Qべえ「細かい事は気にしないでくれ。それよりレジの店員がこちらを見ているよ。どうやら彼女の泣き声が聞こえたようだ」
マ ミ「困ったわねぇ。こんな状態じゃ住所を聞き出すのは無理だわ」
杏 子「まずいぜ。店員が不審そうな顔をしてる」
Qべえ「どうする、マミ?」
マ ミ「仕方がないわ。とりあえず、ゆまちゃんを連れて帰りましょう」
Qべえ「そうだね。一般人に魔女や魔法と言っても通用しないだろうし、トラブルに巻き込まれては後が面倒になる」
マ ミ「そうと決まれば急ぎましょう。さあ、佐倉さんも来て」
杏 子「え?」
マ ミ「一緒に善後策を考えましょう。この寒さで体も冷えたでしょうから、温まるようにハーブティーを御馳走するわ」
杏 子「マミさん……」
マ ミ「さあ、行くわよ」
杏 子「お、おう」
マミは泣きじゃくるゆまを背負うと先頭に立って走り出し、逃げるようにして見滝原市への帰路を急いだ。
その後ろを杏子とQべえが全力で追いかけた事は言うまでもない。
Chapter6:思慮
新房町のコンビニから逃げるようにして帰ってきたマミ、杏子、ゆま、Qべえ。
シャフト・スカイハイツの15階にある1506号がマミの住まいである。
ゆまを落ち着かせてから詳しい経緯や住所を聞こうと思っていたが、マミの背中が気持ち良かったのか彼女は泣きながら眠っていた。
時計を見ると午後10時過ぎ。幼い子供なら寝ている時間だ。
泣き疲れたのか頬に涙が流れた後を残しながらもゆまは安らかな顔で寝入っていた。
起こすのも可哀相だと言うマミの一存から今夜はゆっくり休ませてやろうという事になり、暖房を効かせたリビングのソファーに寝かしつけたところである。
杏 子「ごめんな」
ゆまの頬に手を当てながら杏子が詫びた。
杏 子「ゆまの気持ちを考えずに無神経な言葉で傷つけちゃったね」
マ ミ「佐倉さん……」
杏 子「あたしって本当にバカだよな。家族を傷つけ、マミさんを傷つけ、それでも懲りずにゆままで傷つけちゃった」
Qべえ「……」(僕を蹴り飛ばした事はカウントしないんだね)
杏 子「(小声で)寝顔までモモにそっくりだ」
マ ミ「そんなに自分を責めては駄目よ、佐倉さん。誰かが言わなければならなかった事ですもの。だからバカだなんて卑下しないで」
杏 子「ありがとう。マミさん」
マ ミ「うふふふふふ。今夜は御礼を言われてばかりね」
杏 子「そ、そうか?」
マ ミ「佐倉さんは素直で優しい子なのよ。その事を自分では気がついていないのね」
杏 子「よしてくれよ。あたしは無神経でガサツでジコチューな女だ。優しさなんて持ち合わせてないし、マミさんのように立派な魔法少女でもない」
マ ミ「あなただって立派な魔法少女よ。実際、ゆまちゃんを助けてあげたじゃないの」
杏 子「ま、まあな」
Qべえ「ガールズトークを邪魔して申し訳ないけど……」
どこからともなく姿を現したQべえが会話に割り込んできた。
Qべえ「あの子の処置はどうするんだい?」
マ ミ「どうしましょう」
Qべえ「質問を質問で返すなんて君らしくないなぁ」
マ ミ「軽々しく答えを出せる問題ではないもの。即答できるわけないでしょう。明日は学校が休みだから今夜一晩かけて考えるわ」
杏 子「その事なんだけどさぁ」
マ ミ「ええ」
杏 子「あたしが引き取ってやろうと思うんだけど……」
Qべえ「なんだって?」
マ ミ「本気なの?」
杏子の爆弾発言に驚きを隠せなかったマミとQべえは同時に口を開いた。
杏 子「な、なんだよ。そんなに驚かなくてもいいだろう」
マ ミ「驚くに決まっているじゃないの」
Qべえ「君は正気かい? 保護者も安定した生活も失った中学生が幼い少女を育てるなんて常識で考えても不可能だよ」
マ ミ「Qべえの言う通りよ」
Qべえ「まあ、ゆまが僕と契約してくれれば安定した生活なんて簡単に得られ……。きゅぷい」
マ ミ「はいはい、その話は後にしましょうね」
それが口癖の「契約話」を持ち出したQべえ。しかし、マミの両手で小さな口を塞がれてしまい得意のセリフは途中で遮られてしまった。
Qべえ「むぐぅ……。むぐッ、むぐぅぅぅ」
杏 子「なんか苦しそうだけど大丈夫か?」
マ ミ「平気よ。この程度では窒息しないわ」
Qべえ「むぐぅぅぅ。むぐッ。むぐぅ」」
マ ミ「それより今の話だけど本気で言っているの?」
杏 子「うん」
マ ミ「小さい子を養うという事は佐倉さんが考えている以上に難しいのよ。それをわかっているの?」
杏 子「そ、それは……」
マ ミ「一番の問題は金銭面な問題だわ。二人の食費はどうするの? 生活必需品を買うお金は? 学校行事に必要な集金は誰が払うの?」
杏 子「……」
マ ミ「それに新しい住まいだって探さなければいけないわ。そこの家賃だって月々に払うのよ」
杏 子「やっぱり……金か……」
マ ミ「それ以外にも問題はあるわ。お金の事を例に挙げたのは一番身近な事柄だからよ。実際に住まいを借りる際には親権者の承諾が必要になるの。わたしにも佐倉さんにも両親はいないでしょう」
杏 子「……」
マ ミ「ゆまちゃんを一人にさせたくない佐倉さんの気持ちはわかるつもりよ。でもね、これが現実なの」
チャプン。
マ ミ「ふ~。今日はいろいろな事があったわねぇ」
熱い湯に浸かりながらマミは数時間前からの事を思い出していた。
物凄いプレッシャーを発する魔女との戦闘。佐倉杏子との再会。両親を魔女に殺された少女との出会い。その少女と杏子の宿泊。
魔女との戦いには勝利できたし、杏子との仲も一応は以前のように戻った。しかし、最大の問題は少女の身の振り方である。
自分達のような未成年が引き取って育てるわけにはいかず、そうかと言って児童福祉相談所に一切をまかせる事がゆまにとって幸せであるとも限らない。
大人びているとはいえ、まだマミは中学生である。他人の人生を決めるような決断は荷が重すぎる。
マ ミ(どうしたらいいんだろう)
ガラガラ。
目を閉じて物想いに耽(ふけ)っている時、浴室の引き戸を開け、体にタオルを巻いた杏子が入って来た。
杏 子「あ、あのさぁ……。一緒に入っても……いいかな?」
マ ミ「さ、佐倉さん」
照れくさそうに口を開く杏子。最初は驚いていたマミだが、すぐに笑顔を取り戻して言った。
マ ミ「もちろんよ。狭いお風呂でもよければ歓迎するわ」
杏 子「ありがとう」
短く御礼を言った杏子は洗面器に汲んだお湯で汗と汚れを流し、その身を浴槽へ入れる。
杏 子「やっぱり……ゆまは施設に預けるしかないのかなぁ」
マ ミ「……」
杏 子「あいつは両親が死んだ事を信じようとしていない。純粋にも魔女の腹の中から元気な姿で出てくると思い込んでいる」
マ ミ「現実というのは残酷ね。希望が大きければ大きいだけ、それが潰えた時の絶望も大きくなるわ」
杏 子「今の精神状態だと真実を知った時のショックは計り知れない。心の支えとなる保護者が必要だよ」
マ ミ「そうね。わたし達が保護者になってあげられればよいのだけど、実際問題として難しいわね」
杏 子「そうだよね。あたしもマミさんも未成年。ゆまの保護者にはなってやれないよね」
天井の照明を見つめながら杏子は言葉を続けた。
杏 子「情けねえよな。魔法少女が二人も揃いながら一人の幼い少女すら救えないなんて」
マ ミ「佐倉さん……」
杏 子「最後に愛と勇気が勝ったり、人を幸せにする奇跡が起こったりするのは物語の中だけなんだね」
Chapter7:決断
二人が風呂から出たのは午後11時過ぎだった。
リビングではゆまが熟睡しており、その傍らでQべえもスースーと寝息をたてながら眠っている。
ドライヤーで長い髪を乾かした後、マミは杏子をキッチンへと誘った。
ティーカップに暖かいハーブティーを注ぎ、杏子の前に差し出す。
マ ミ「さあ、どうぞ。ハーブティーには精神を落ち着かせるリラックス効果があるのよ。これを飲んで今夜はゆっくりと休みましょう」
杏 子「御馳走になるよ」
御礼を言ってティーカップに口をつける杏子。彼女が暖かい部屋の中で夜を迎えるのは4日ぶりだった。
ここ数日は朽ちた礼拝堂の片隅にゴザを敷き、段ボールと新聞紙で作ったお手製掛け布団を寝具にして寝ていた。
12月が近いだけあって夜の冷え込みは厳しく、杏子は寒さに震えながら眠りについていたのだが今日は違う。
ハーブティーが体の内側を、暖房が体全体を温めてくれる。
家族を失ってからサバイバル生活を余儀なくされた杏子にとって、マミに迎え入れられた今夜は夢のような一夜だ。
杏 子(温かい……。なんて温かいんだろう)
申し分のない待遇に満足しながら、杏子は心の中でマミに御礼を言った。先日の引け目から自分の気持ちを口に出してマミに伝えるのが恥ずかしかったのだ。
杏 子(優しい気遣い感謝するよ、マミさん)
マ ミ「ところで佐倉さん」
杏 子「ん?」
マ ミ「ゆまちゃんの事だけれど」
杏 子「何か名案でも浮かんだのか」
マ ミ「美国さんに相談してみようと思うのよ」
杏 子「美国? あの美国織莉子か?」
マ ミ「ええ」
杏 子「冗談じゃない。あたしは反対だ」
マ ミ「どうして?」
杏 子「あいつは魔法少女狩りの首謀者だったんだぜ。マミさんだって命を狙われたじゃないか。そんな物騒な相手にゆまを預けるなんて賛成できない。魔女の空間を利用してキリカに襲わせた事を忘れたのかよ」
マ ミ「忘れてなんかいないわ」
ハーブティーを一口飲んだマミは美国織莉子との激しい戦いを思い出した。同じ魔法少女同士が血で血を洗う命がけの死闘を繰り広げた事は生々しくマミの記憶に残っている。
魔法少女の美国織莉子は未来予知能力で「見滝原市周辺を壊滅させる救済の魔女」の存在を知ったが、その前身となる魔法少女の名前が分からない。そこで自分を慕う呉キリカと一緒に見滝原市周辺の魔法少女を全滅させようと目論んだのだ。
最初のターゲットに選ばれたのが巴マミと佐倉杏子であり、二人は未知なる能力で襲いかかる織莉子&キリカのコンビに苦戦を強いられたがマミの戦略によってキリカを撃退、直接攻撃に弱い織莉子は追い詰められた末、絶望した未来を見る前に自ら命を断とうと考えたがマミの説得で思い止まり、これからは暴力に訴えない方法で「救済の魔女となる魔法少女」を探すと約束した。
これをキッカケにマミと織莉子は良き友人となり、杏子とキリカも互いに似た者同士と直感し合ったのか一応は仲良くなれた。しかし、最初の出会いが最悪だったせいか杏子は織莉子の事を今一つ信用できないらしい。
杏 子「それでも織莉子にゆまを預けるって言うのか」
マ ミ「彼女は自分の非を悔いて改心したわ。いつまでも昔の事を責めては駄目よ」
杏 子「改心したからって……」
マ ミ「頭を乾かしている時に思い出したのよ。美国さんのお父様が孤児の育成に力を入れる児童福祉施設の副所長を兼任している事をね」
杏 子「まさか、その施設にゆまを入れようって言うのか」
マ ミ「ええ。ゆまちゃんの将来を考えると美国さんに協力を求める必要があると思うの」
杏 子「あいつの協力? どういう事なのさ」
マ ミ「呉さんが美国さんの自宅で暮らすようになったのか、その理由を知っている?」
杏 子「いいや、知らない」
マ ミ「美国さんのお母様はね、親を亡くした子供が社会に出ても対人関係で困らないよう、精神的ショックで心を閉ざした身寄りのない子供を自宅へ引き取って面倒をみる福祉プログラムの支持者なのよ」
杏 子「へえ、そうなんだったんだ」
マ ミ「呉さんは早くに御両親を亡くし、義理の御両親からは虐待されて育ったそうなの。幸い、虐待の事実は早めに分かったけれど、呉さんは子供心に「力には力を」という考え方をするようになってしまったらしいわ」
杏 子(あいつの攻撃的な性格は子供の頃の虐待が原因だったのか)
マ ミ「美国さんのお母様は排他的な性格だった呉さんを立ち直らせようとして児童福祉施設へ掛け合い、彼女を御自宅へ引き取られた」
杏 子「キリカの事はわかったよ。でもさぁ、それとゆまを預ける事になんの関係があるんだよ」
マ ミ「ゆまちゃんはまだ幼いでしょう。御両親が亡くなった事を知れば、きっとショックで心を閉ざしてしまうわ。そんな精神状態で福祉施設に預け、見知らぬ他人と共同生活をさせたら彼女の精神は完全にまいってしまうと思うのよ」
杏 子「うん」
マ ミ「美国さんの自宅は隣町だし、休日を利用してゆまちゃんにも会いに行けるわ。彼女のお父様は教育委員会でも発言力のある市会議員だから学校関係の問題について心配する事はないでしょう。お母様は呉さんを……ちょっと美国さんへの依存が強いけれども立ち直らせた。メンタル面のケアも含め、ゆまちゃんの将来を考えると施設へ預けるより安心できるわ。非常時だって美国さんや呉さんとテレパシーで通信できるでしょう。その意味でも不安はないように思うのよ」
杏 子「……」
マ ミ「自分勝手な考え方だという事は承知しているわ。でも、わたし達が幼い少女の将来に責任を持つのは早すぎる。どうしても誰かを頼らなければいけないのよ」
杏 子「織莉子や家族が反対したらどうする?」
マ ミ「わたし達の力が及ぶ限りで彼女の希望に添えるよう努力しましょう」
杏 子「ゆまが織莉子の家で暮らすのを嫌がったら?」
マ ミ「その時は可哀相だけれど児童相談所へ行くしかないわ」
Chapter8:同居
ピピピピピピピ。
目覚まし時計の電子音でマミは目を覚ました。
時刻は午前7時。いつもより1時間遅い起床である。
杏 子「んぐぅ。んぐぅ」
マ ミ「あらあら、よく眠っているわ。よっぽど疲れていたのね」
マミは微笑みながら脇で眠る杏子の姿を見つめた。鼾をかきながら枕を抱きしめて芯から眠っている。
ベッドから飛び出した足を布団の中へ入れてやり、肩をポンポンと軽く叩きながらマミは熟睡中の杏子に声をかけた。
マ ミ「御家族を失ってから一人で大変だったでしょうね。ゆっくりとお休みなさい。わたしなんかでよかったら、いつでも頼ってきてね」
杏 子「ありがとう。マミさん」
マ ミ「さ、佐倉さん。ごめんなんさい、起こしてしまって」
杏 子「気にする事ないよ。いつもなら朝の魔女狩りに出掛けてる時間だからね」
マ ミ「……」
杏 子「あのさぁ」
マ ミ「ん? どうしたの?」
杏 子「よ、よかったら、また指導してくれないかな。魔法少女としての戦闘技術を」
マ ミ「もちろんよ。また一緒に頑張りましょう」
杏 子「よろしく頼むよ、マミさん」
マ ミ「こちらこそ」
スッと差し出されたマミの右手。杏子は布団をはねのけて起き上があってマミの握手に応じた。
Qべえ「話は聞かせてもらったよ」
マ ミ「きゅ、Qべえ」
器用に寝室のドアを開け、厚顔無恥なQべえは無遠慮にも乙女の園へ入りこんできた。
Qべえ「それなら二人で一緒に暮らしたらどうだい? お互いに一人者だし、共同生活をした方が便利じゃないかな?」
杏 子「……」
マ ミ「……」
Qべえ「慣れ合うのが嫌なら仕方がないけれど考えてみる価値はあると思うよ」
しばらくの沈黙後、マミが最初に口を開いた。
マ ミ「わたしは賛成よ」
杏 子「え?」
マ ミ「佐倉さんとの共同生活、わたしは賛成するわ」
杏 子「い、いいのかよ。あたしみたいな居候を養う事になるんだぜ」
マ ミ「あら、わたしは居候だなんて思っていないわよ」
杏 子「マミさん……」
マ ミ「あなたさえよければ歓迎するわ。杏子」
これまで「佐倉さん」と呼んでいたマミだが、互いの距離を縮める意味から親しみを込めて「杏子」と呼んだ。
そんなマミの気持ちを汲んだのか杏子も親しみを込めてマミの名を呼び捨てた。
杏 子「不束者だけど、どうかよろしく頼むよ。マミ」
Qべえ「最強魔法少女コンビの結成だね。おめでとう」
自分の思惑通りに事が運び、心なしか嬉しそうな口調でQべえが言った。
杏 子「こいつ、こうなる事を予想してやがったな」
Qべえ「うん」
杏 子「躊躇いなく認めやがった……」
マ ミ「いいじゃないの。Qべえの思惑通りだったとしても共同生活の利便性は否定できないわ。私生活でも魔女退治でも、お互いをカバーし合いましょう」
杏 子「……。まあ、そうだな」
マ ミ「さて、わたしは朝ごはんの支度をしないと。今日は三人分だから作り甲斐があるわね」
杏 子「あッ。あたしも手伝うよ、マミさ……マミ」
マ ミ「佐倉さ……杏子はもう少し寝ていなさい。今日一日はお客様よ」
杏 子「でも……」
マ ミ「ただし、明日からは客人扱いしないわ。私生活の面でも厳しく指導するから覚悟しなさいね」
冗談っぽく言いながらマミは寝室を出て行く。
杏 子「相変わらずだな、マミさん」
ベットから降りた杏子は借りたパジャマの上着を脱ぎながら呟いた。呼び慣れた言い方は簡単に変えられず、つい「マミさん」と言ってしまう。
杏 子「あたしも明日から真面目に学校へ通うとするか。一週間近くサボっちまったしなぁ」
Qべえ「おやおや、君の口から「真面目に学校へ通う」なんて言葉が聞けるなんて驚いたよ。マミとの共同生活が決まって少しは学生らしい自覚が持てたようだね」
杏 子「やかましい。これから乙女が着替えようとしてるんだ、さっさと部屋から出てけよ」
Qべえ「乙女って誰のこ……。きゅぷぅ」
白いTシャツ姿の杏子に頭を踏みつけられ、Qべえは情けない声の悲鳴をあげた。
杏 子「冗談は顔だけにしておきな。これは警告だ。10秒以内に出て行かないと次は槍で脳天を貫くぞ」
Qべえ「ぼくの顔は生まれつきなんだから仕方ないだろう」
杏 子「警告だって言うのが聞こえなかったのか? 残り6秒、5秒、4秒……」
Qべえ「カウント・ダウンなんかしなくても出て行くよ。君の場合、本気でぼくの事を刺し殺しかねないからね」(まあ、ぼくを殺したところでスペアは無尽蔵にいるから関係ないけどね)
Epilogue:未来
近隣の三県に囲まれる風見野町。ここに美国織莉子の自宅がある。
新房町とは反対側の隣町だが距離的には大差ない。どちらも見滝原市まで徒歩10分程度の距離なのだ。
朝食後、ゆまに両親の死を伝えたマミは自分の案を打ち明けた。
最初はマミの言葉を信じられずに泣きじゃくり、近くの物を手当たり次第に投げつけながらマミと杏子を罵っていたゆまだが、落ち着きを取り戻して非情な現実を受け入れる覚悟を決めたらしい。マミの提案を受け入れ、一緒に美国邸へ行くと言った。
事前に電話連絡していたので織莉子は在宅してマミ達の来訪を待っていた。
織莉子の部屋へ案内された三人を代表し、マミが訪問理由を告げる。
ゆまの境遇を聞いた織莉子は母親に話を通したところ、彼女の身柄を引き受ける了解が得られた。
マ ミ「ゆまちゃんの事、どうもありがとう」
織莉子「お安い御用よ。わたしも可愛い妹ができて嬉しいわ」
杏 子「あんたを誤解していたよ。本当はいい奴だったんだな」
キリカ「へえ、ようやく織莉子の優しさに気づいたんだ」
杏 子「ま、まあな」
マ ミ「今後の事、よろしくお願いするわね」
織莉子「まかせておいて」
杏 子「よろしく頼むよ」
織莉子「ええ。わかったわ」
マ ミ「ゆまちゃん。今日から新しい御家族と一緒よ。辛い過去を乗り越えて元気に育ってね」
杏 子「織莉子やキリカの言う事を聞くんだぞ。あたし達も折を見て会いにくるからな」
マミと杏子は腰を屈め、ゆまの大きな瞳を見ながら励ましの言葉を送った。
織莉子「いつでも歓迎するわ。ねえ、ゆまちゃん」
ゆ ま「マミお姉ちゃん、杏子お姉ちゃん」
マ ミ「ん? なあに、ゆまちゃん」
ゆ ま「どうもありがとう。それから……ごめんなさい。物を壊したり、悪口を言ったりして」
マ ミ「気にしないで。ゆまちゃんの気持ち、わたし達にも痛いくらいわかるわ。新しい環境に慣れるまで大変かも知れないけれど、挫けないで頑張ってね」
ゆ ま「うん。ゆま、頑張る」
マ ミ「そうよ、その調子で頑張ってね」
ゆ ま「は~い。マミお姉ちゃんとのお約束ぅ。チュッ」
小さな唇をつぼめ、ゆまはマミの頬にキスをした。
マ ミ「あら、ありがとう」
ゆ ま「それから杏子お姉ちゃんにも」
杏 子「え?」
ゆ ま「チュッ」
かくして千歳ゆまは美国織莉子の家へ引き取られ、呉キリカと一緒に織莉子の『妹』になった。
彼女がQべえに騙されて魔法少女となり、その事で見滝原魔法少女と風見野魔法少女は(一時的に)再び敵同士として刃を交える運命にあったが、それは数ヶ月先の話である。
⇒「「魔法少女まどか☆マギカ Another」 Heartful Night」へ続く。
【あとがき】
本作は「「魔法少女まどか☆マギカ Another」 Heartful Night」の前日譚となります。基本的に「魔法少女まどか☆マギカ Another」は一話完結形式となっており各作品の世界観に連続性はありませんが、本作は例外的に前掲「Heartful Night」と世界観に繋がりを持たせました。
二次創作SSでは「杏子とマミさんが共同生活をしている」基礎設定となっており、今回は二人が同居するようになった経緯を描いてみました。併せて、お互いを「マミ」「杏子」と呼び合うようになった点についても言及しています。
もともとは「ゆまと杏子の出会い」を自分なりの解釈で描いてみようと思ったのですが、あれこれ+αの要素を盛り込んでいるうちに話が広がり過ぎてしまい、このような形になりました。
ラストが急ぎ足となってしまい説明文に逃げてしまった点は反省しています……。しっかりとプロットを組み立てないと後半のシワ寄せが厳しい事を改めて思い知りました。
なお、「魔法少女おりこ☆マギカ」(原案:Magica Quartet/作画:ムラ黒江)では千歳ゆまが両親からの虐待を受けていますが、本作では美国織莉子との同居理由と絡め「呉キリカは両親に虐待されていた」という設定に変更しています。
最後になりましたが、杏子とマミさんの絡みを描くにあたり、空歩氏と最上蜜柑氏による『それからの世界』(発行:アメチャン)と新美栖氏の『フツーに友達』(発行:みやげや)を参照させて頂きました。前掲2冊の作者様には記して感謝致します。
約三週間ぶりの更新です。諸事情から放置状態となってしまい、年末年始にかけて予定していた計画が大幅に狂ってしまいました(もちろん、それらの計画を放棄した訳ではありません)。
今回の「魔法少女まどか☆マギカ」二次創作SSもpixiv先行アップ作品「Heartful Night」(2011年12月14日13時45分付)の再掲載(リンクを設定して記した末尾の一文「⇒「「魔法少女まどか☆マギカ Another」 Heartful Night」へ続く。」はブログ掲載版での加筆となりますが……本文の内容はpixiv版と全同です)であり、本格的な更新再開とは言えませんが……。
気がつけば累計アクセス数が50,000Hitを超えており、達成日時さえチェックできませんでした。
更新頻度は下がってもブログを閉鎖する事は考えていませんので、今後も当ブログをよろしく御愛顧頂ければ幸いです。
Prologue:決別
満月が照らす静寂な深夜の裏路地に二つの人影があった。
マ ミ「さ、佐倉さん……。どう……して」
うつ伏せに倒れた金髪の少女が自分を見下す赤髪の少女に向かって弱々しい口調で語りかけた。その傍らには真っ二つに切断された一丁のマスケット銃が転がっている。
月を背後に仁王立ちする少女の右手には巨大な槍が握られており、彼女は勝者の余裕を見せつけながら言い放った。
杏 子「あんたの青臭い正義論は聞きあきたよ。これからは自分なりのやり方で魔女狩りを続ける。狙うのは魔女だけだ。使い魔に見知らぬ他人が喰われようと知ったこっちゃねえ。弱い奴が強い奴に食われるのは自然の摂理。使い魔との戦いで無駄に魔力を消費したり、手に入るグリーフシードの数を自分から減らすようなバカなマネをしたり、あんたの間抜けな行動にはウンザリだ」
マ ミ「でも、使い魔を放っていたら……誰かが殺されるのよ。あなたは……それを見捨てておけるの」
杏 子「他人の事なんて知るか。この世は弱肉強食。あんたがあたしに負けたのも弱肉強食という摂理の縮図なんだよ」
マ ミ「どうして……そんな事を言うの。一緒に戦ってくれた……佐倉杏子は……どこへ行ってしまったの」
杏 子「昔の事をウジウジ言ってんじゃねえよ、見苦しい。あたしはグリーフシードが手に入ればいいんだ。使い魔狩りなんかバカらしくてやってられるかよ」
マ ミ「待って……。佐倉さん……」
杏 子「あばよッ、マミ。あんたとは今日でお別れだ。今まで世話になったな。あたしは自分の町で魔女狩りを続ける。あんたの領域(シマ)には手を出さねえから安心しな。それがせめてもの情けだ」
言うだけの事を言うと赤い髪の少女は両脇に聳え立つビルの外壁を利用しながら夜空へと消えて行った。
マ ミ「佐倉さん。せっかく……わかりあえたと思ったのに……。どうして……」
あとに残された金髪の少女は涙を流しながら呟いたが、その涙が敗北の悔し涙か、相手を説得できなかった不甲斐ない自分を責める悔恨の涙か、それは自分自身にもわからなかった……。
時を同じくして、最善までの戦いをビルの屋上から見ていた黒い影が感情のない声で言った。
Qべえ「昨日の友は今日の敵。まさかマミと杏子二人が袂を分かつ事になるなんて……。まあ、僕はグリーフシードを回収できれば彼女達の関係が壊れようと関係ないけどね」
昨夜の戦闘は一方的な敗北だった。思い出しても自分ながら情けない敗北だと思う。
わたしにマスケット銃を撃たせる余裕を与えず、佐倉さんの槍は殺気に満ちた攻撃で容赦なく攻めてきた。
彼女の操る槍はまるで生きているかのように変幻自在な動きを見せながら、わたしの両腕を斬りつけ、両足を突き刺し、脇腹を貫き、右頬を斬り裂く。
背筋も凍る様な形相で襲いかかる佐倉さんの姿に恐怖し、わたしは反撃もできないまま地面に倒れ伏した。
そして去り際に言い放った一言。
マミさんと呼んで慕ってくれた佐倉杏子はいない。互いに背中を預けて使い魔や魔女と戦った佐倉杏子はいない。
いったい何があったの。何があなたを変えてしまったの。もう二度と分かりあえる事はないの。
あなたが戻ってきてくれるのならば、わたしはいつでも笑顔で迎え入れるわ。
だから……戻ってきて。佐倉さん……。
なにが魔法少女だ。なにが希望だ。なにが奇跡の魔法だ。
希望を祈れば同等の絶望が撒き散らされる。こんな簡単な事に気づかなかったなんて……あたしは世界一の大バカだよ。
使い魔に襲われる人を助ける? 魔女に襲われる人を助ける?
自分の家族さえ守れないヤツに他人を守る資格なんてない。
もう二度と他人(ひと)の為に魔法を使ったりしない。この力は自分の為だけに使い切る。
マミさん、今まで世話になったね。でも……もうお別れだ。
あたしは自分の信念に従って生きて行くよ。あなたと同じ道は歩けない。
……ごめんね、自分勝手な女でさぁ。バカな弟子の事は忘れてくれ。
Chapter1:心配
杏 子「これで終わりだよッ」
勝ち誇った杏子の声と同時に鋭い槍の先端が魔女の脳天を貫いた。
魔 女「ウオォォォォン」
不気味な断末魔の悲鳴をあげ、魔女の体は黒い霧となって四方に散る。
コロンッ。
魔女の姿が消えた後には球体を串で刺し貫いたような物体が落ちていた。グリーフシードだ。
同時に魔女の結界が解除され、白い壁で囲われていた空間が見慣れた夜の町の景色に変わる。
杏 子「一丁あがり。チョロイもんだ」
グリーフシードを拾いながら杏子は変身を解除した。
杏 子「どうだ、マミさん。あたしの……」
言いかけて杏子は口を閉じた。視線の先には誰もおらず、彼女の言葉に耳を傾ける者はいない。
杏 子「そうだ。あたしは独立したんだった。駄目だなぁ、こんなんじゃ」
苦笑しながらグリーフシードをパーカーのポケットに投げ入れ、ホットパンツのポケットに両手を突っ込みながら夜の道を歩き出す。
杏 子「あれだけ啖呵をきったんだ。今さらマミさんを頼るわけにはいかない。あたしは……あたしの信じる道を進むだけだ」
魔女探索パトロールから帰ったマミは久しぶりに会ったQべえから信じられない話を聞かされた。
Qべえの話によれば、佐倉杏子の父親は発狂した挙句に妻と妹娘を教会奥の懺悔室で殺害し、自らは首を吊って自殺したのだと言う。
佐倉神父の付け火によって自宅は全焼。教会は外壁と屋根を焼きながらも半焼で済み、三人の遺体は辛うじて火葬を免れたらしい。
マ ミ「なんですって」
Qべえ「急に大きな声を出さないでくれるかなぁ。ビックリするじゃないか」
マ ミ「大きな声も出したくなるわよ。まさか……佐倉さんの家族が一家心中しただなんて……」
Qべえ「その言い方は正確じゃないね。佐倉杏子だけは助かっているんだから」
マ ミ「そ、それはそうだけど……」
Qべえ「彼女は学校へ行っていたから難を逃れたんだ。でも、一人だけ生き残った事で心のバランスを完全に崩れてしまったらしい」
マ ミ「それはいつの事?」
Qべえ「5日前さ。ローカル放送のニュースや新聞の地方欄で大々的に報道された筈だが知らなかったのかい?」
マ ミ「ええ、気がつかなかったわ」
Qべえ「杏子は焼け残った教会で暮らしているらしい。この事があってからは学校へも行かずに魔女狩りを続けているようだ」
マ ミ「この季節に焼け跡で暮らすのは辛いでしょうね。可哀相だわ」
Qべえ「夜も段ボールと新聞紙の布団で寝ているみたいだよ」
マ ミ「……」
Qべえ「杏子の今の生活レベルは別として、一家心中に生き残った絶望で魔女とならなかったのは不幸中の幸いだった」
マ ミ「いいえ、彼女の心は魔女になってしまったわ。わたしの言葉も届かなかった……」
Qべえ(おっと、つい口が滑ってしまった。「魔女にならなかった」と言う言葉をマミが抽象的な意味に受け取ってくれて助かった)
マ ミ(そう言えば佐倉さんの態度が豹変したのは4日前だったわ。その前日はパトロールに来なかった。まさか、そんな不幸があっただなんて……)
Qべえ「これまでマミと杏子の家を往復する形で世話になっていたけど、よかったら今日からマミの家に住まわせてくれないかな?」
マミの胸中を知ってか知らずかQべえは厚かましくも事実上の同居を願い出た。
マ ミ「え? わたしの家に住みたい? あなたが?」
Qべえ「うん。マミは毎日パトロールを欠かさないだろう。それだけに使い魔や魔女と出会う確率も高い。杏子に代わるサポーターとして僕を飼っておくのも悪くないんじゃないかなぁ」
メチャクチャな理屈だが素直なマミはQべえの言葉を疑いもせず聞きいれた。
マ ミ「そうね。佐倉さんがいなくなった今、Qべえにサポート役をお願いするしかないわね。わたしも一人前の魔法少女とは言えないし……」
先日の苦々しい敗北がマミの脳裏をよぎる。
マ ミ(あの時の相手が魔女だったら確実に命を落としていた。経験不足を補う為にも場数を踏まないと)
Qべえ「よし、交渉成立だ。今日からよろしく頼むよ、マミ」
マ ミ「よろしくね、Qべえ」
笑顔で言いながらもマミは心の中では別の事を考えていた。
マ ミ(Qべえの情報網ならば佐倉さんに関する情報をリアルタイムで得られるかも知れない。その意味でもQべえとの同居は得策だわ)
杏子がマミのもとを去ってから数日後。
その夜も杏子は真紅のコスチュームに身を包み、一人で魔女と戦っていた。
横に払った槍の穂先が魔女の胴体を見事に切断。致命傷を負った魔女は黒い霧となって消滅した。
杏 子「へッ。やっぱり狩るなら魔女に限るぜ。グリーフシードを持っていない使い魔と違って見返りがある」
口では魔女狩りを楽しむ言葉を発しているが、その心中は言葉にできない嫌な気分に覆われている。
杏 子(せっかくグリーフシードを手に入れたってぇのに……。チッ。なんだ、この胸クソの悪さは)
魔女の正体が絶望に浸りきった魔法少女の末路である事を杏子は知らない。それでいながら潜在的な感覚によって「かつての魔法少女」を消滅させている自分の行動に罪悪感を抱いているのだろうか。それは誰にもわからない謎であった。
妙な不快感を覚えながらも変身を解除し、杏子は再び闇の彼方へ消えて行く。
マ ミ「!」
深夜のパトロール中、マミは全身の毛が逆立つような恐怖を感じた。恐怖で足は震え、長袖の下の細い腕には鳥肌が立った。
Qべえ「マミ、きみも感じたかい?」
マ ミ「ええ。物凄いプレッシャーだわ」
Qべえ「この魔女は手強(てごわ)そうだね。戦闘経験豊富なベテラン魔法少女でも苦戦は必至かも知れない」
マ ミ「……」
Qべえ「幸いにも魔力の発信源は隣町だ。あの魔女は佐倉杏子が対処するだろう。僕らには関係のない事さ。さあ、パトロールを続けよう」
マ ミ(佐倉さん……)
見滝原市に隣接する新房町(しんぼうちょう)は杏子のテリトリーだ。もしかしたら、規定外の魔力を発する魔女と一人で戦っているかも知れない。
マ ミ「Qべえ、肩から降りて頂戴。新房町へ行くわよ」
Qべえ「えッ、新房町へ行くのかい? よした方がいいと思うよ。下手をしたら佐倉杏子から領域侵犯で攻撃されるかも知れない」
マ ミ「テリトリーなんか関係ないわ。ここまで魔力を感じさせる魔女が相手なのよ、佐倉さんでも勝てる保証はないわ」
そう言うとマミは呆れ顔のQべえを肩から放り投げ、ソウルジェムで魔力の根源を探りながらマミは新房町を目指して走り出した。
マ ミ(佐倉さん……。わたしが行くまで無事でいてね)
数日前に絶縁宣言をされたにも関わらず、マミは短い時間を共に過ごした大切な友人の安否を気遣いながら夜の市内を疾走する。
路上に投げ捨てられたQべえはマミの後ろ姿を見送りながらポツリと呟く。
Qべえ「まったく、自分を見捨てた相手を助けに行くだなんて……。訳がわからないよ」
Chapter2:戦闘
マミが新房町を目指して急いでいる時、杏子は『自転車の魔女』を相手に苦戦を強いられていた。
自転車と一体化した少女。その背中には赤いランドセルが背負われている。
ランドセルの中から次々と発射される自転車の車輪は四方八方から杏子を襲い、彼女に防戦一方の戦いを余儀なくさせていた。
マ ミ「チッ。目障りな車輪だなぁ。斬っても斬ってもキリがねえ」
ズシャッ。ズシャッ。
そう言いながら新たに二つの車輪が破壊され、原型を留めない残骸が結界内の地面に落ちる。
この魔女は「自転車に乗れるようになりたい」と願った少女の末路だった。
少女は遠距離通学の為に自転車登校を認められていたが補助輪なしでは乗れず、その事をバカにされて落ち込んでいる時にQべえと出会って契約をしたのだ。
その願いが叶えられた翌日、登校途中の少女は信号無視で暴走してきた酔っ払い運転の自動車と正面衝突。辛うじて一命は取り留めたが両足麻痺の後遺症を遺してしまった。
不幸な事故を嘆き悲しんだ末、未来に絶望した少女は車椅子のまま病院を抜け出して夜の町を彷徨い、とうとう『自転車の魔女』になってしまったのである。
強すぎる憎悪の念によって尋常ではない魔力を持った魔女となってしまい、彼女が発する魔力の波紋は見滝原市内にまで届いた。
杏 子(こいつ……マジで強い。あたし一人じゃ勝てないかも知れないなぁ。もしかしたら、ここで死んじまうかも……)
強大な魔力を察知したマミが救援に向かっている事を夢にも知らない杏子は予想外の強さを誇る敵に恐怖を感じ始めた。
魔 女「ウィキキキィィィィ」
不気味な魔女の鳴き声が結界中に響き渡った次の瞬間、ランドセルから無数の車輪が飛び出して杏子の体を取り囲んだ。
ゴムタイヤにガラス片が埋め込まれた車輪は木材切断用の電動ノコギリを思わせる。
杏 子「やべえ、囲まれた」(チッ、これで終わりか。あんなガキなんか助けるんじゃなかった。なんだかんだ言いながら他人の為に命を落とす事になるなんてなぁ。偉そうな説教こきながら、こんな死に方するなんて情けない。これじゃ、マミさんに顔向けできねえや)
心の中で自分の行動を自嘲した杏子は自分を取り囲む車輪の群れを見ながら死を覚悟した。
杏 子(あのガキにモモの面影(おもかげ)を見たとはいえ無茶したなぁ)
最初は杏子も『自転車の魔女』と戦う気はなかった。
しかし、ひょんな偶然から異常な魔力を感じさせる魔女の結界に自ら飛び込むハメになってしまったのだ。
その偶然とは……。
マ ミ「ソウルジェムの反応が強くなってきたわ。どうやら魔女の結界が近づいてきたようね」
Qべえ「マミ、本当に佐倉杏子を助けるのかい?」
マ ミ「当たり前でしょう。同じ魔法少女の友達を見殺しにするなんてできないわ」
Qべえ「でも、杏子はマミに容赦なく刃を向けてきた。きみだって全身をズタズタに傷つけられたじゃないか。そんな相手なのに助けてやるのかい?」
マ ミ「……。ええ。刃を交えた相手でも佐倉さんは大切な友達よ。見捨てるなんてできないわ」
Qべえ「マミは心が広いんだね」
マ ミ「彼女は迷っているのよ。自分の願いが家族に不幸をもたらした事、最愛の家族を失った事、自分だけが生き残った事。悲しみの捌け口が見つからず、それを怒りに変える事で自分自身を納得させているんじゃないかしら? ぶつけ所のない悲愁と憎悪から佐倉さんは利己主義者に徹しようと決め、わたしから離れる決意をしたのだと思うわ」
Qべえ「マミの言葉は抽象的で意味が理解できないなぁ」
マ ミ「うまく言葉では説明できないわ。感情の機微に関する事ですもの」
Qべえ「ふ~ん。ぼくには感情がないからマミと杏子の衝突した理由は永遠に理解できないかも知れないね」
マ ミ「そのようね」(待っていて、佐倉さん。すぐに行くわ)
???「ヒック。ヒック」
どこからか幼い子供のすすり泣く声が聞こえてきた。
杏 子「ん? ガキが泣いているのか?」
周囲を見回すと曲がり角の向こうで10歳くらいの少女が泣いていた。
杏 子「こんな時間にガキ一人放っておくなんて……。最近の若い親は常識がねえなぁ」
街頭まばらな裏道。夜も10時を過ぎた時間に小学生らしき少女が泣きながら立っているなんて尋常じゃない。
ブツブツ言いながらも杏子は泣いている少女に近寄って声をかけてやった。
杏 子「おい。どうしたんだ」
少 女「パパとママが……ヒック」
杏 子「親父とおふくろが近くにいるのか?」
少 女「ううん」
杏 子「近くにいないのか。チッ。こんな場所に子供を放っておくなんて信じらんねえな」
少 女「喰べられちゃった……ヒック……の」
杏 子「はぁ? 喰われた? お前の両親が?」
相手の言葉を確かめるように杏子は反復しながら質問した。
少 女「うん」
杏 子「誰に?」
少 女「真黒い影が……ヒック……パパとママを……ヒック……食べちゃったの」
泣きながら訴える少女の顔を見ているうち、杏子の脳裏に死んだ妹の幻影が浮かんできた。
杏 子(モモと似たガキだな。年も同じくらいかなぁ)
ゾクッ。
そう思った次の瞬間、杏子の背中を悪寒が駆け抜けた。
杏 子(凄いプレッシャーだ。この感覚は魔女だな)
そう思った次の瞬間、杏子は闇の向こうから魔女の結界が迫って来るのを感じた。
杏 子(なるほど。魔女に喰われちまったんだな。このガキが無事って事は現実世界(こっちの世界)で襲われたのか……。なかなかのプレッシャーだが勝てない相手じゃなさそうだ。一狩りしていくか)
僅かな時間で思考をまとめた杏子は傍らで泣き続ける少女に言う。
杏 子「わかったよ。お前の両親を喰った憎い相手はあたしが退治してやる」
少 女「お、お姉ちゃん」
杏 子「お前は走って逃げろ。この路地を抜けた先にコンビニがある。そこで待ってな」
少 女「で、でも……」
杏 子「早く行け。グズグズしているとお前まで喰われるぞ」
少 女「う、うん」
杏子に叱咤された少女は後ろを振り向く事なく言われた通りに走り出した。
まさにタッチの差であった。数秒後に魔女の結界は杏子を取り込んだが、少女は射程距離外へ取り逃してしまったらしい。
杏 子「なんてプレッシャーだ。ゾクゾクさせやがる。まあ、結界に取り込まれたんだから戦うしかねえな」
そう言いながら杏子は魔法少女の姿に変身した。
このような経緯があり、図らずも杏子は『自転車の魔女』と戦う事になったのである。
Chapter3:再会
ザシュッ。
杏 子「うわぁぁぁぁ」
右腕の皮膚を切り裂かれ、杏子は悲鳴をあげながら槍を落とした。
ガシャン。
杏 子「しまった。槍が……」
ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。ザシュッ。
杏 子「あぐッ」
凶器と化した車輪は容赦なく杏子の全身を切りつけ、下腹部、左の太腿、右脛、右頬、左脇腹の皮膚を切り裂いた。
赤いコスチュームが裂け、傷ついた皮膚からはポタポタと真っ赤な血が滴り落ちる。
華麗なステップによる対応で致命傷を負うには至らないが杏子が受けたダメージは決して小さくない。
しかも、足を傷つけられたうえ、頼りとする武器を落としてしまったのだから状況は最悪である。
杏 子「くそッ。足をやられちまった……。これじゃ満足に動けない」
魔 女「キシャアァァァ」
甲高い魔女の奇声と同時に車輪が再び杏子の周囲を取り囲む。どうやら次の攻撃で弱った魔女少女を仕留めるつもりらしい。
思うように足が動かない杏子は逃げる事を諦め、その場に座り込んだ。
杏 子「これまでか。あ~あ、しけた人生だったなぁ。こんな死に方するなんて」
魔 女「ウィキィィィィ」
まるで「殺せ」と命令するかのような魔女の声。その声に従って車輪が一斉に襲いかかってきた。
杏 子「マミさん……。さよなら」
目を閉じて覚悟を決めた杏子が呟いた時……。
マ ミ「フルオープン。ファイアァァァ」
杏 子「こ、この声。もしかして……」
聞き覚えのある声にハッとした杏子が目を開けると、空中に浮かんでいた無数の車輪は後方から飛んでくる数えきれない程のエネルギー弾に撃ち落とされ、その残骸を地面に積み上げていた。
杏 子(この攻撃はマスケット銃の大量召喚による一斉射撃。マミさんが来てくれたのか?)
魔 女「キキィィィィ」
マ ミ「あなたの負けよ。大切な友人を傷つけた罪は重いわ、覚悟しなさいッ!」
声のする方を見ると、空高くジャンプしたマミが大砲を思わせる大きな銃で魔女を狙っていた。
マ ミ「ティロ・フィナーレ」
ドオォォォン。
銃口から発射された巨大なエネルギー弾が魔女の腹部を貫く。
魔 女「ウロロォォォン」
不気味な断末魔の悲鳴を遺した魔女の体はエネルギー弾に包み込まれ、その数秒後に消滅した。
コロン。
グリーフシードの落下と共に結界が解除され、杏子とマミは現実世界へ無事に帰還できた。
マ ミ「佐倉さん。もう大丈夫よ」
杏 子「マミ……さん」
マ ミ「あらあら、こんなに傷ついて。ちょっと待っていなさい」
そう言いながら杏子に近づき、傷口に手をかざした。
マミの手許が淡く光り、パックリ裂けていた傷口を信じられない早さで塞いでいく。
マ ミ「はい、治療終了」
杏 子「あ、ありがとう」
一方的に見捨てた相手が自分の窮地を救ってくれたうえ、傷まで治してくれた。その現実が信じられない杏子は御礼を言うのがやっとだった。
Qべえ「はい、マミ。さっきの魔女が落としたグリーフシードだ。ろくに電灯もない路地だから探すのに苦労したよ」
マ ミ「御苦労様」
変身を解除したマミはグリーフシードを差し出しながら杏子に言った。
マ ミ「これはあなたの物よ。受け取りなさい」
トドメを刺したのが自分であるにも関わらず、マミはグリーフシードの所有権を当然のように杏子へ譲った。
思いもよらない申し出に困惑した杏子だが、自らも変身を解除するとマミに向かって短く言い放つ。
杏 子「いらねえよ」
マ ミ「え?」
杏 子「いらねえよ。魔女を倒したのはマミさんだろう。だから……それは受け取れない」
マ ミ「ううん。わたしは最後の美味しい所を持っていっただけ。これは佐倉さんの物よ」
杏 子「あたしは……マミさんに助けてもらったんだ。それを受け取る資格はない」
マ ミ「でも……」
Qべえ「二人ともいらないのなら僕が貰ってお……。きゅぷッ」
杏 子「うるせえ。Qべえは引っ込んでろ」
脇から口を挟むQべえの体を蹴り飛ばす杏子。
しばらくの沈黙後、再び杏子が口を開いた。
杏 子「どうして助けてくれたんだ」
マ ミ「どうしてって?」
杏 子「今まで世話になった恩も忘れて傷つけ、挙句に絶縁宣言までした。そんな恩知らずをどうして助けてくれるんだよ」
マ ミ「同じ仲間が傷つくのを黙って見過ごせないでしょう。まして、それが大切な友達であれば尚更よ」
杏 子「仲間……。友達……」
Qべえ「あの魔女のプレッシャーは見滝原市にいても感じられた。マミは杏子の事を心配して駈けつけてくれたんだよ」
杏 子「……」
マ ミ「さあ、どうぞ。あなたのグリーフシードよ」
マミは再びグリーフシードを杏子に差し出した。
Qべえ「貰っておきなよ。マミの好意を無駄にしちゃ悪いよ」
杏 子「それじゃ……遠慮なく貰っておくよ。あ、ありがとう」
困惑の表情を浮かべながらもマミからグリーフシードを受け取った杏子。
マ ミ「どういたしまして」
屈託のない笑顔で答えるマミ。その微笑みが杏子には神々しい聖母の微笑みに見えた。
Chapter4:和解
杏 子「このあいだは……本当にごめん」
マ ミ「いいのよ。何も言わないで。御家族の事はQべえから聞いたわ」
杏 子「……。そうか。それなら話は早い」
どこか遠い所を見つめながら杏子は話を続けた。
杏 子「あたしの自分勝手な願いが家族の絆を壊しちまった。因果応報って言うのかな? 自業自得だって事はわかってた。でも、怒りと憎しみの捌け口を見つけてイライラをぶつけたかった」
マ ミ「……」
杏 子「あたしって最低だよな。一人で悲劇のヒロインを気取る一方、優しい先輩に八つ当たりして鬱憤ばらし。平和を守る魔法少女が聞いて呆れるよ」
マ ミ「そんな事はないわ」
杏 子「マミさん……」
マ ミ「たった一日で御家族を失った佐倉さんの辛さ、わたしにはよくわかる」
杏 子「そうか。マミさんも自動車事故で両親を失くしてたんだよな」
マ ミ「ええ。わたしは両親を失ってから始めて知ったわ。当たり前の日常が本当は幸せに満ちていた事をね」
杏 子「……」
マ ミ「あなたが自暴自棄に陥った心境は理解できるつもりよ。でもね、辛い現実に絶望しているだけでは駄目。前を向いて歩きださなければ状況は変わらないわ」
杏 子「前を向いて歩きだす……」
マ ミ「あら、ごめんなさい。つい自分の言葉に酔って偉そうな事を言ってしまったわ。わたしって本当に駄目ねぇ。うふふふふふ」
そう言って苦笑するマミ。自分自身の発言に酔いしれてしまった事を反省しているような口ぶりだが、これも杏子の心をリラックスさせようとする計算であった。
マ ミ「今すぐに気持ちの整理をつけるのは難しいかも知れない。でも、困った事や悩み事があれば遠慮なく訪ねてきてね。わたしでよければ力になるわ」
杏 子「マ、マミさん」
マ ミ「でもね、佐倉さん。これだけは約束して頂戴。絶対に自暴自棄にならない事。いいわね」
杏 子「わかった。約束するよ」
そう言いながら杏子は躊躇いがちに右手を前に出して握手を求め、マミは左手を出して杏子の握手に応じた。
杏 子「あッ」
突然、杏子が大きな声を出した。
マ ミ「ど、どうしたのよ。大きな声を出して」
杏 子「すっかり忘れてた。あの魔女に両親を喰われたってガキを逃がしてやったんだよ。路地を抜けた先にあるコンビニで待ってる筈だ。すぐ迎えに行ってやらないと」
マ ミ「魔女に両親を……」
杏 子「そうらしい。あたしも詳しい話を聞くヒマが無かったからガキの言う事が本当か嘘か判断できなかったけどね」
マ ミ「その子は佐倉さんの知り合い?」
杏 子「いや、名前も知らない他人だよ」(……死んだ妹に似ていたけどね)
Qべえ「すると杏子は名前も知らない子供を助けようとして魔女の結界に入ったのかい?」
杏 子「まあ、そういう事になるかな」
Qべえ「弱肉強食を理由にマミと決別しながら弱者を助けるなんて矛盾しているね。訳がわからないよ」
マ ミ「Qべえは黙っていなさい」
珍しくマミがQべえを叱りつけた。
Qべえ「マミにも怒られてしまった。どうやら僕は邪魔なようだね」
マ ミ「別に怒ったわけじゃ……」
Qべえ「それじゃ先に帰っているよ」
マミの言葉に耳を貸さず、Qべえは踵(きびす)を返して夜の闇に溶け込んでしまった。
マ ミ「まったく、Qべえったら慌て者ねえ」
杏 子「どうしてだ?」
マ ミ「だって玄関の鍵はわたしが持っているのよ。先に帰っても部屋の中には入れないわ」
杏 子「あっはははははは。あいつらしくないミスだな。この寒空の下、マミさんが帰るまで締め出しかよ」
マ ミ「うふふふふふ。そういう事になるわね」
無表情のまま寒さに震えるQべえの姿を頭の中で思い浮かべて笑い合う二人。
そんな二人を先に帰った筈のQべえが電信柱の上から見下ろしていた。
Qべえ「やれやれ、どうにか二人ともリラックスできたようだ。道化役も苦労するよ。これで二人が協力して魔女狩りを続けてくれればグリーフシード回収率も高まり、魔力を消費して濁ったグリーフシードも手に入り易くなる。見返りの為なら道化師になるのも悪くないかな」
Chapter5:少女
マ ミ「さあ、その女の子を迎えに行きましょう」
電信柱の上にQべえがいる事を知らないマミが杏子に向かって言った。
杏 子「え? マミさんも来てくれるのか?」
マ ミ「その子から詳しい事情を聞かないとね。御両親を魔女に殺されてしまったのなら今後の事についても考えないと」
杏 子「今後の事って?」
マ ミ「身の振り方よ。御両親を失くして一人で生きていける年齢ではないのでしょう?」
杏 子「ああ。まだ小学校低学年くらいだと思う」
マ ミ「可哀そうに。そんな年頃で御両親を失くしてしまうなんて……」
杏 子「……」
マ ミ「ともかく、その子を迎えに行きましょう」
杏 子「そうだな」
少 女「あッ、お姉ちゃんだ」
コンビニの前に一人佇んでいた少女は道路の向こうから走って来る二つの人影を確認した。
レジの死角になっている場所なので店員の目には女の姿が見えず、場所柄だけに客足も疎(まば)らなので、誰一人として幼い子供が夜遅くコンビニの前で人を待っている事に気づかない。
この事が少女にとって幸か不幸か、それは一概に答えられない問題である。
杏 子「なんだよ、外で待ってたのか? 店の中で待ってりゃよかったのに。寒かっただろう? 待たせて悪かったな」
少女に近づいた杏子は腰を屈め、同じ目線になって話しかける。
少 女「ううん。平気」
マ ミ「佐倉さんが言っていた女の子って彼女の事?」
杏 子「そうだよ」
マミも腰を屈め、少女と同じ目線から話しかけた。
マ ミ「こんばんは。わたしは巴マミ。よろしくね」
少 女「マミ……お姉ちゃん」
杏 子「あたしは佐倉杏子だ」
少 女「杏子……お姉ちゃん」
マ ミ「あなたのお名前は?」
ゆ ま「ゆま。千歳ゆま」
マ ミ「ゆまちゃんね。可愛い名前だわ」
ゆ ま「ありがとう、マミお姉ちゃん」
マ ミ「ねえ、ゆまちゃん」
ゆ ま「なぁに?」
マ ミ「パパとママはどうしたのかしら?」
杏 子「マミさん、こいつの両親は……」
マ ミ「佐倉さんは口を出さないで」
杏 子「……」
マ ミ「こんな時間に一人で出歩いていると危ないわよ。パパとママは?」
ゆ ま「真黒い影が喰べちゃった」
少し時間が経って落ち着いたのか、それとも両親が魔女に喰われた事を悪夢だと思い込もうとしているのか、ゆまはマミの質問にハキハキと答えた。
マ ミ「そう……」
ゆ ま「でもね、杏子お姉ちゃんが悪い怪獣を退治してくれるって言ったの。怪獣が退治されたらパパもママもお腹の中から出てくるんでしょう?」
マ ミ「さ、佐倉さん。あなた、そんな事を言ったの?」
杏 子「冗談じゃねえ。あたしはそんな事を言った覚えはないよ」
ゆ ま「ゆま、絵本で読んだもん。悪い狼がヤギさんを食べちゃったけど、お腹を切ったらヤギさんが元気に出てきたんだよ」
杏 子「腹からヤギが出てきたって、それは童話の話じゃねえかよ」
マ ミ「ええ。グリム童話の「狼と七匹の子山羊」ね」
杏 子「もしかして、ゆまは……」
マ ミ「お父さんとお母さんが助かるって信じているのよ」
無垢な笑顔で両親を待つ幼い少女に残酷な現実を告げるのは気が進まなかった。
しかし、いつまでも誤魔化し続けるわけにはいかない。マミは覚悟を決めてゆまに真実を告げる決意を固めた。
マ ミ「あのね……」
杏 子「待って、マミさん」
マ ミ「え?」
杏 子「ゆまにはあたしから言うよ」
マ ミ「さ、佐倉さん」
杏 子「ゆま、よく聞くんだ。おまえの両親は死んじまった。あのバケモノに喰われて死んだんだ」
ゆ ま「ん?」
杏子の言葉が理解できないのか、ゆまは不思議そうに首をかしげながら杏子の顔を見つめる。
杏 子「あの黒い影はバケモノだったんだ。おまえの両親はバケモノに喰われて死んだんだよ」
ゆ ま「違うもん。パパもママも生きてるもん」
杏 子「現実から目をそらすな。親父もおふくろも死んだ。ゆま、おまえは今日から一人ぼっちなんだよ」
ゆ ま「杏子お姉ちゃんのバカァァァ」
マ ミ「佐倉さん、それは言い過ぎよ」
杏 子「言い過ぎなもんか。遅かれ早かれ両親が死んだ現実は受け入れなくちゃいけないんだ」
マ ミ「それはそうだけど……」
ゆ ま「うわあぁぁぁぁん」
Qべえ「あ~あ、泣かせちゃった」
マ ミ「Qべえ」
杏 子「なんだよ、帰ったんじゃなかったのか」
先に帰った筈のQべえが闇の中から現れたので杏子は少し驚いた。
Qべえ「細かい事は気にしないでくれ。それよりレジの店員がこちらを見ているよ。どうやら彼女の泣き声が聞こえたようだ」
マ ミ「困ったわねぇ。こんな状態じゃ住所を聞き出すのは無理だわ」
杏 子「まずいぜ。店員が不審そうな顔をしてる」
Qべえ「どうする、マミ?」
マ ミ「仕方がないわ。とりあえず、ゆまちゃんを連れて帰りましょう」
Qべえ「そうだね。一般人に魔女や魔法と言っても通用しないだろうし、トラブルに巻き込まれては後が面倒になる」
マ ミ「そうと決まれば急ぎましょう。さあ、佐倉さんも来て」
杏 子「え?」
マ ミ「一緒に善後策を考えましょう。この寒さで体も冷えたでしょうから、温まるようにハーブティーを御馳走するわ」
杏 子「マミさん……」
マ ミ「さあ、行くわよ」
杏 子「お、おう」
マミは泣きじゃくるゆまを背負うと先頭に立って走り出し、逃げるようにして見滝原市への帰路を急いだ。
その後ろを杏子とQべえが全力で追いかけた事は言うまでもない。
Chapter6:思慮
新房町のコンビニから逃げるようにして帰ってきたマミ、杏子、ゆま、Qべえ。
シャフト・スカイハイツの15階にある1506号がマミの住まいである。
ゆまを落ち着かせてから詳しい経緯や住所を聞こうと思っていたが、マミの背中が気持ち良かったのか彼女は泣きながら眠っていた。
時計を見ると午後10時過ぎ。幼い子供なら寝ている時間だ。
泣き疲れたのか頬に涙が流れた後を残しながらもゆまは安らかな顔で寝入っていた。
起こすのも可哀相だと言うマミの一存から今夜はゆっくり休ませてやろうという事になり、暖房を効かせたリビングのソファーに寝かしつけたところである。
杏 子「ごめんな」
ゆまの頬に手を当てながら杏子が詫びた。
杏 子「ゆまの気持ちを考えずに無神経な言葉で傷つけちゃったね」
マ ミ「佐倉さん……」
杏 子「あたしって本当にバカだよな。家族を傷つけ、マミさんを傷つけ、それでも懲りずにゆままで傷つけちゃった」
Qべえ「……」(僕を蹴り飛ばした事はカウントしないんだね)
杏 子「(小声で)寝顔までモモにそっくりだ」
マ ミ「そんなに自分を責めては駄目よ、佐倉さん。誰かが言わなければならなかった事ですもの。だからバカだなんて卑下しないで」
杏 子「ありがとう。マミさん」
マ ミ「うふふふふふ。今夜は御礼を言われてばかりね」
杏 子「そ、そうか?」
マ ミ「佐倉さんは素直で優しい子なのよ。その事を自分では気がついていないのね」
杏 子「よしてくれよ。あたしは無神経でガサツでジコチューな女だ。優しさなんて持ち合わせてないし、マミさんのように立派な魔法少女でもない」
マ ミ「あなただって立派な魔法少女よ。実際、ゆまちゃんを助けてあげたじゃないの」
杏 子「ま、まあな」
Qべえ「ガールズトークを邪魔して申し訳ないけど……」
どこからともなく姿を現したQべえが会話に割り込んできた。
Qべえ「あの子の処置はどうするんだい?」
マ ミ「どうしましょう」
Qべえ「質問を質問で返すなんて君らしくないなぁ」
マ ミ「軽々しく答えを出せる問題ではないもの。即答できるわけないでしょう。明日は学校が休みだから今夜一晩かけて考えるわ」
杏 子「その事なんだけどさぁ」
マ ミ「ええ」
杏 子「あたしが引き取ってやろうと思うんだけど……」
Qべえ「なんだって?」
マ ミ「本気なの?」
杏子の爆弾発言に驚きを隠せなかったマミとQべえは同時に口を開いた。
杏 子「な、なんだよ。そんなに驚かなくてもいいだろう」
マ ミ「驚くに決まっているじゃないの」
Qべえ「君は正気かい? 保護者も安定した生活も失った中学生が幼い少女を育てるなんて常識で考えても不可能だよ」
マ ミ「Qべえの言う通りよ」
Qべえ「まあ、ゆまが僕と契約してくれれば安定した生活なんて簡単に得られ……。きゅぷい」
マ ミ「はいはい、その話は後にしましょうね」
それが口癖の「契約話」を持ち出したQべえ。しかし、マミの両手で小さな口を塞がれてしまい得意のセリフは途中で遮られてしまった。
Qべえ「むぐぅ……。むぐッ、むぐぅぅぅ」
杏 子「なんか苦しそうだけど大丈夫か?」
マ ミ「平気よ。この程度では窒息しないわ」
Qべえ「むぐぅぅぅ。むぐッ。むぐぅ」」
マ ミ「それより今の話だけど本気で言っているの?」
杏 子「うん」
マ ミ「小さい子を養うという事は佐倉さんが考えている以上に難しいのよ。それをわかっているの?」
杏 子「そ、それは……」
マ ミ「一番の問題は金銭面な問題だわ。二人の食費はどうするの? 生活必需品を買うお金は? 学校行事に必要な集金は誰が払うの?」
杏 子「……」
マ ミ「それに新しい住まいだって探さなければいけないわ。そこの家賃だって月々に払うのよ」
杏 子「やっぱり……金か……」
マ ミ「それ以外にも問題はあるわ。お金の事を例に挙げたのは一番身近な事柄だからよ。実際に住まいを借りる際には親権者の承諾が必要になるの。わたしにも佐倉さんにも両親はいないでしょう」
杏 子「……」
マ ミ「ゆまちゃんを一人にさせたくない佐倉さんの気持ちはわかるつもりよ。でもね、これが現実なの」
チャプン。
マ ミ「ふ~。今日はいろいろな事があったわねぇ」
熱い湯に浸かりながらマミは数時間前からの事を思い出していた。
物凄いプレッシャーを発する魔女との戦闘。佐倉杏子との再会。両親を魔女に殺された少女との出会い。その少女と杏子の宿泊。
魔女との戦いには勝利できたし、杏子との仲も一応は以前のように戻った。しかし、最大の問題は少女の身の振り方である。
自分達のような未成年が引き取って育てるわけにはいかず、そうかと言って児童福祉相談所に一切をまかせる事がゆまにとって幸せであるとも限らない。
大人びているとはいえ、まだマミは中学生である。他人の人生を決めるような決断は荷が重すぎる。
マ ミ(どうしたらいいんだろう)
ガラガラ。
目を閉じて物想いに耽(ふけ)っている時、浴室の引き戸を開け、体にタオルを巻いた杏子が入って来た。
杏 子「あ、あのさぁ……。一緒に入っても……いいかな?」
マ ミ「さ、佐倉さん」
照れくさそうに口を開く杏子。最初は驚いていたマミだが、すぐに笑顔を取り戻して言った。
マ ミ「もちろんよ。狭いお風呂でもよければ歓迎するわ」
杏 子「ありがとう」
短く御礼を言った杏子は洗面器に汲んだお湯で汗と汚れを流し、その身を浴槽へ入れる。
杏 子「やっぱり……ゆまは施設に預けるしかないのかなぁ」
マ ミ「……」
杏 子「あいつは両親が死んだ事を信じようとしていない。純粋にも魔女の腹の中から元気な姿で出てくると思い込んでいる」
マ ミ「現実というのは残酷ね。希望が大きければ大きいだけ、それが潰えた時の絶望も大きくなるわ」
杏 子「今の精神状態だと真実を知った時のショックは計り知れない。心の支えとなる保護者が必要だよ」
マ ミ「そうね。わたし達が保護者になってあげられればよいのだけど、実際問題として難しいわね」
杏 子「そうだよね。あたしもマミさんも未成年。ゆまの保護者にはなってやれないよね」
天井の照明を見つめながら杏子は言葉を続けた。
杏 子「情けねえよな。魔法少女が二人も揃いながら一人の幼い少女すら救えないなんて」
マ ミ「佐倉さん……」
杏 子「最後に愛と勇気が勝ったり、人を幸せにする奇跡が起こったりするのは物語の中だけなんだね」
Chapter7:決断
二人が風呂から出たのは午後11時過ぎだった。
リビングではゆまが熟睡しており、その傍らでQべえもスースーと寝息をたてながら眠っている。
ドライヤーで長い髪を乾かした後、マミは杏子をキッチンへと誘った。
ティーカップに暖かいハーブティーを注ぎ、杏子の前に差し出す。
マ ミ「さあ、どうぞ。ハーブティーには精神を落ち着かせるリラックス効果があるのよ。これを飲んで今夜はゆっくりと休みましょう」
杏 子「御馳走になるよ」
御礼を言ってティーカップに口をつける杏子。彼女が暖かい部屋の中で夜を迎えるのは4日ぶりだった。
ここ数日は朽ちた礼拝堂の片隅にゴザを敷き、段ボールと新聞紙で作ったお手製掛け布団を寝具にして寝ていた。
12月が近いだけあって夜の冷え込みは厳しく、杏子は寒さに震えながら眠りについていたのだが今日は違う。
ハーブティーが体の内側を、暖房が体全体を温めてくれる。
家族を失ってからサバイバル生活を余儀なくされた杏子にとって、マミに迎え入れられた今夜は夢のような一夜だ。
杏 子(温かい……。なんて温かいんだろう)
申し分のない待遇に満足しながら、杏子は心の中でマミに御礼を言った。先日の引け目から自分の気持ちを口に出してマミに伝えるのが恥ずかしかったのだ。
杏 子(優しい気遣い感謝するよ、マミさん)
マ ミ「ところで佐倉さん」
杏 子「ん?」
マ ミ「ゆまちゃんの事だけれど」
杏 子「何か名案でも浮かんだのか」
マ ミ「美国さんに相談してみようと思うのよ」
杏 子「美国? あの美国織莉子か?」
マ ミ「ええ」
杏 子「冗談じゃない。あたしは反対だ」
マ ミ「どうして?」
杏 子「あいつは魔法少女狩りの首謀者だったんだぜ。マミさんだって命を狙われたじゃないか。そんな物騒な相手にゆまを預けるなんて賛成できない。魔女の空間を利用してキリカに襲わせた事を忘れたのかよ」
マ ミ「忘れてなんかいないわ」
ハーブティーを一口飲んだマミは美国織莉子との激しい戦いを思い出した。同じ魔法少女同士が血で血を洗う命がけの死闘を繰り広げた事は生々しくマミの記憶に残っている。
魔法少女の美国織莉子は未来予知能力で「見滝原市周辺を壊滅させる救済の魔女」の存在を知ったが、その前身となる魔法少女の名前が分からない。そこで自分を慕う呉キリカと一緒に見滝原市周辺の魔法少女を全滅させようと目論んだのだ。
最初のターゲットに選ばれたのが巴マミと佐倉杏子であり、二人は未知なる能力で襲いかかる織莉子&キリカのコンビに苦戦を強いられたがマミの戦略によってキリカを撃退、直接攻撃に弱い織莉子は追い詰められた末、絶望した未来を見る前に自ら命を断とうと考えたがマミの説得で思い止まり、これからは暴力に訴えない方法で「救済の魔女となる魔法少女」を探すと約束した。
これをキッカケにマミと織莉子は良き友人となり、杏子とキリカも互いに似た者同士と直感し合ったのか一応は仲良くなれた。しかし、最初の出会いが最悪だったせいか杏子は織莉子の事を今一つ信用できないらしい。
杏 子「それでも織莉子にゆまを預けるって言うのか」
マ ミ「彼女は自分の非を悔いて改心したわ。いつまでも昔の事を責めては駄目よ」
杏 子「改心したからって……」
マ ミ「頭を乾かしている時に思い出したのよ。美国さんのお父様が孤児の育成に力を入れる児童福祉施設の副所長を兼任している事をね」
杏 子「まさか、その施設にゆまを入れようって言うのか」
マ ミ「ええ。ゆまちゃんの将来を考えると美国さんに協力を求める必要があると思うの」
杏 子「あいつの協力? どういう事なのさ」
マ ミ「呉さんが美国さんの自宅で暮らすようになったのか、その理由を知っている?」
杏 子「いいや、知らない」
マ ミ「美国さんのお母様はね、親を亡くした子供が社会に出ても対人関係で困らないよう、精神的ショックで心を閉ざした身寄りのない子供を自宅へ引き取って面倒をみる福祉プログラムの支持者なのよ」
杏 子「へえ、そうなんだったんだ」
マ ミ「呉さんは早くに御両親を亡くし、義理の御両親からは虐待されて育ったそうなの。幸い、虐待の事実は早めに分かったけれど、呉さんは子供心に「力には力を」という考え方をするようになってしまったらしいわ」
杏 子(あいつの攻撃的な性格は子供の頃の虐待が原因だったのか)
マ ミ「美国さんのお母様は排他的な性格だった呉さんを立ち直らせようとして児童福祉施設へ掛け合い、彼女を御自宅へ引き取られた」
杏 子「キリカの事はわかったよ。でもさぁ、それとゆまを預ける事になんの関係があるんだよ」
マ ミ「ゆまちゃんはまだ幼いでしょう。御両親が亡くなった事を知れば、きっとショックで心を閉ざしてしまうわ。そんな精神状態で福祉施設に預け、見知らぬ他人と共同生活をさせたら彼女の精神は完全にまいってしまうと思うのよ」
杏 子「うん」
マ ミ「美国さんの自宅は隣町だし、休日を利用してゆまちゃんにも会いに行けるわ。彼女のお父様は教育委員会でも発言力のある市会議員だから学校関係の問題について心配する事はないでしょう。お母様は呉さんを……ちょっと美国さんへの依存が強いけれども立ち直らせた。メンタル面のケアも含め、ゆまちゃんの将来を考えると施設へ預けるより安心できるわ。非常時だって美国さんや呉さんとテレパシーで通信できるでしょう。その意味でも不安はないように思うのよ」
杏 子「……」
マ ミ「自分勝手な考え方だという事は承知しているわ。でも、わたし達が幼い少女の将来に責任を持つのは早すぎる。どうしても誰かを頼らなければいけないのよ」
杏 子「織莉子や家族が反対したらどうする?」
マ ミ「わたし達の力が及ぶ限りで彼女の希望に添えるよう努力しましょう」
杏 子「ゆまが織莉子の家で暮らすのを嫌がったら?」
マ ミ「その時は可哀相だけれど児童相談所へ行くしかないわ」
Chapter8:同居
ピピピピピピピ。
目覚まし時計の電子音でマミは目を覚ました。
時刻は午前7時。いつもより1時間遅い起床である。
杏 子「んぐぅ。んぐぅ」
マ ミ「あらあら、よく眠っているわ。よっぽど疲れていたのね」
マミは微笑みながら脇で眠る杏子の姿を見つめた。鼾をかきながら枕を抱きしめて芯から眠っている。
ベッドから飛び出した足を布団の中へ入れてやり、肩をポンポンと軽く叩きながらマミは熟睡中の杏子に声をかけた。
マ ミ「御家族を失ってから一人で大変だったでしょうね。ゆっくりとお休みなさい。わたしなんかでよかったら、いつでも頼ってきてね」
杏 子「ありがとう。マミさん」
マ ミ「さ、佐倉さん。ごめんなんさい、起こしてしまって」
杏 子「気にする事ないよ。いつもなら朝の魔女狩りに出掛けてる時間だからね」
マ ミ「……」
杏 子「あのさぁ」
マ ミ「ん? どうしたの?」
杏 子「よ、よかったら、また指導してくれないかな。魔法少女としての戦闘技術を」
マ ミ「もちろんよ。また一緒に頑張りましょう」
杏 子「よろしく頼むよ、マミさん」
マ ミ「こちらこそ」
スッと差し出されたマミの右手。杏子は布団をはねのけて起き上があってマミの握手に応じた。
Qべえ「話は聞かせてもらったよ」
マ ミ「きゅ、Qべえ」
器用に寝室のドアを開け、厚顔無恥なQべえは無遠慮にも乙女の園へ入りこんできた。
Qべえ「それなら二人で一緒に暮らしたらどうだい? お互いに一人者だし、共同生活をした方が便利じゃないかな?」
杏 子「……」
マ ミ「……」
Qべえ「慣れ合うのが嫌なら仕方がないけれど考えてみる価値はあると思うよ」
しばらくの沈黙後、マミが最初に口を開いた。
マ ミ「わたしは賛成よ」
杏 子「え?」
マ ミ「佐倉さんとの共同生活、わたしは賛成するわ」
杏 子「い、いいのかよ。あたしみたいな居候を養う事になるんだぜ」
マ ミ「あら、わたしは居候だなんて思っていないわよ」
杏 子「マミさん……」
マ ミ「あなたさえよければ歓迎するわ。杏子」
これまで「佐倉さん」と呼んでいたマミだが、互いの距離を縮める意味から親しみを込めて「杏子」と呼んだ。
そんなマミの気持ちを汲んだのか杏子も親しみを込めてマミの名を呼び捨てた。
杏 子「不束者だけど、どうかよろしく頼むよ。マミ」
Qべえ「最強魔法少女コンビの結成だね。おめでとう」
自分の思惑通りに事が運び、心なしか嬉しそうな口調でQべえが言った。
杏 子「こいつ、こうなる事を予想してやがったな」
Qべえ「うん」
杏 子「躊躇いなく認めやがった……」
マ ミ「いいじゃないの。Qべえの思惑通りだったとしても共同生活の利便性は否定できないわ。私生活でも魔女退治でも、お互いをカバーし合いましょう」
杏 子「……。まあ、そうだな」
マ ミ「さて、わたしは朝ごはんの支度をしないと。今日は三人分だから作り甲斐があるわね」
杏 子「あッ。あたしも手伝うよ、マミさ……マミ」
マ ミ「佐倉さ……杏子はもう少し寝ていなさい。今日一日はお客様よ」
杏 子「でも……」
マ ミ「ただし、明日からは客人扱いしないわ。私生活の面でも厳しく指導するから覚悟しなさいね」
冗談っぽく言いながらマミは寝室を出て行く。
杏 子「相変わらずだな、マミさん」
ベットから降りた杏子は借りたパジャマの上着を脱ぎながら呟いた。呼び慣れた言い方は簡単に変えられず、つい「マミさん」と言ってしまう。
杏 子「あたしも明日から真面目に学校へ通うとするか。一週間近くサボっちまったしなぁ」
Qべえ「おやおや、君の口から「真面目に学校へ通う」なんて言葉が聞けるなんて驚いたよ。マミとの共同生活が決まって少しは学生らしい自覚が持てたようだね」
杏 子「やかましい。これから乙女が着替えようとしてるんだ、さっさと部屋から出てけよ」
Qべえ「乙女って誰のこ……。きゅぷぅ」
白いTシャツ姿の杏子に頭を踏みつけられ、Qべえは情けない声の悲鳴をあげた。
杏 子「冗談は顔だけにしておきな。これは警告だ。10秒以内に出て行かないと次は槍で脳天を貫くぞ」
Qべえ「ぼくの顔は生まれつきなんだから仕方ないだろう」
杏 子「警告だって言うのが聞こえなかったのか? 残り6秒、5秒、4秒……」
Qべえ「カウント・ダウンなんかしなくても出て行くよ。君の場合、本気でぼくの事を刺し殺しかねないからね」(まあ、ぼくを殺したところでスペアは無尽蔵にいるから関係ないけどね)
Epilogue:未来
近隣の三県に囲まれる風見野町。ここに美国織莉子の自宅がある。
新房町とは反対側の隣町だが距離的には大差ない。どちらも見滝原市まで徒歩10分程度の距離なのだ。
朝食後、ゆまに両親の死を伝えたマミは自分の案を打ち明けた。
最初はマミの言葉を信じられずに泣きじゃくり、近くの物を手当たり次第に投げつけながらマミと杏子を罵っていたゆまだが、落ち着きを取り戻して非情な現実を受け入れる覚悟を決めたらしい。マミの提案を受け入れ、一緒に美国邸へ行くと言った。
事前に電話連絡していたので織莉子は在宅してマミ達の来訪を待っていた。
織莉子の部屋へ案内された三人を代表し、マミが訪問理由を告げる。
ゆまの境遇を聞いた織莉子は母親に話を通したところ、彼女の身柄を引き受ける了解が得られた。
マ ミ「ゆまちゃんの事、どうもありがとう」
織莉子「お安い御用よ。わたしも可愛い妹ができて嬉しいわ」
杏 子「あんたを誤解していたよ。本当はいい奴だったんだな」
キリカ「へえ、ようやく織莉子の優しさに気づいたんだ」
杏 子「ま、まあな」
マ ミ「今後の事、よろしくお願いするわね」
織莉子「まかせておいて」
杏 子「よろしく頼むよ」
織莉子「ええ。わかったわ」
マ ミ「ゆまちゃん。今日から新しい御家族と一緒よ。辛い過去を乗り越えて元気に育ってね」
杏 子「織莉子やキリカの言う事を聞くんだぞ。あたし達も折を見て会いにくるからな」
マミと杏子は腰を屈め、ゆまの大きな瞳を見ながら励ましの言葉を送った。
織莉子「いつでも歓迎するわ。ねえ、ゆまちゃん」
ゆ ま「マミお姉ちゃん、杏子お姉ちゃん」
マ ミ「ん? なあに、ゆまちゃん」
ゆ ま「どうもありがとう。それから……ごめんなさい。物を壊したり、悪口を言ったりして」
マ ミ「気にしないで。ゆまちゃんの気持ち、わたし達にも痛いくらいわかるわ。新しい環境に慣れるまで大変かも知れないけれど、挫けないで頑張ってね」
ゆ ま「うん。ゆま、頑張る」
マ ミ「そうよ、その調子で頑張ってね」
ゆ ま「は~い。マミお姉ちゃんとのお約束ぅ。チュッ」
小さな唇をつぼめ、ゆまはマミの頬にキスをした。
マ ミ「あら、ありがとう」
ゆ ま「それから杏子お姉ちゃんにも」
杏 子「え?」
ゆ ま「チュッ」
かくして千歳ゆまは美国織莉子の家へ引き取られ、呉キリカと一緒に織莉子の『妹』になった。
彼女がQべえに騙されて魔法少女となり、その事で見滝原魔法少女と風見野魔法少女は(一時的に)再び敵同士として刃を交える運命にあったが、それは数ヶ月先の話である。
⇒「「魔法少女まどか☆マギカ Another」 Heartful Night」へ続く。
【あとがき】
本作は「「魔法少女まどか☆マギカ Another」 Heartful Night」の前日譚となります。基本的に「魔法少女まどか☆マギカ Another」は一話完結形式となっており各作品の世界観に連続性はありませんが、本作は例外的に前掲「Heartful Night」と世界観に繋がりを持たせました。
二次創作SSでは「杏子とマミさんが共同生活をしている」基礎設定となっており、今回は二人が同居するようになった経緯を描いてみました。併せて、お互いを「マミ」「杏子」と呼び合うようになった点についても言及しています。
もともとは「ゆまと杏子の出会い」を自分なりの解釈で描いてみようと思ったのですが、あれこれ+αの要素を盛り込んでいるうちに話が広がり過ぎてしまい、このような形になりました。
ラストが急ぎ足となってしまい説明文に逃げてしまった点は反省しています……。しっかりとプロットを組み立てないと後半のシワ寄せが厳しい事を改めて思い知りました。
なお、「魔法少女おりこ☆マギカ」(原案:Magica Quartet/作画:ムラ黒江)では千歳ゆまが両親からの虐待を受けていますが、本作では美国織莉子との同居理由と絡め「呉キリカは両親に虐待されていた」という設定に変更しています。
最後になりましたが、杏子とマミさんの絡みを描くにあたり、空歩氏と最上蜜柑氏による『それからの世界』(発行:アメチャン)と新美栖氏の『フツーに友達』(発行:みやげや)を参照させて頂きました。前掲2冊の作者様には記して感謝致します。
「魔法少女まどか☆マギカ Another」 Heartful Night
【はじめに】
賞味期限の過ぎたネタですが「11月29日=いい肉の日」をテーマにした佐倉杏子の物語です。心温まる話を書くのは苦手なのですが、あえて苦手な内容に挑戦してみました。
作中では杏子の家族が一家心中した日を「11月28日」と設定していますが、このような記述は原作にはありません。杏子の口から語られる母親やモモのセリフと同じく完全なオリジナル設定です。
トラウマと向き合う杏子の葛藤を自分なりに描いてみたかったものの、なかなかアイディアが浮かばず先送りしてばかりいました。強引な構成かも知れませんが「すき焼き」をキーワードにして以前からの試みを形にしてみた次第です。
今回はオールスター総登場として「魔法少女おりこ☆マギカ」から魔法少女三人娘(美国織莉子,呉キリカ,千歳ゆま)にも御登場願い、本家「魔法少女まどか☆マギカ」の五人娘と共演させました。
原作に描かれる織莉子,キリカ,ゆまは「魔法少女まどか☆マギカ」本編と違う時間軸に登場する為、ここでは自己流にアレンジしたキャラクター設定を採用しています。
なお、本作はブログ掲載に先駆けてpixivの小説コーナーへ2011年12月2日3時47分付で投稿しました。
マ ミ「どうしたの、杏子」
杏 子「え?」
マ ミ「箸が進んでいないようだけど」
杏 子「そんな事……ないよ」
マ ミ「……」
そう言いながらも杏子は呑水(とんすい)の中で湯気を立てるすき焼きの具材に箸を伸ばそうとせず、澄んだ二つの瞳で野菜と肉、割り下が染み込んだ豆腐を見つめている。
今日は『いい(11)肉(29)の日』。マミは特売品の国産牛肉や野菜を大量に買い込んで牛すき焼きを作ったのだ。
ハリキリ過ぎて二人では食べきれない量になってしまったが杏子の胃袋なら二日程度で鍋をカラにしてしまうかも知れない。
マ ミ『うふふふふ。今日のお鍋は牛肉の大サービス。杏子の喜ぶ顔が目に浮かぶわ』
しかし、マミの思惑とは裏腹に杏子の箸は鍋へ伸びず、先程から黙って呑水に盛り分けられた鍋の具を凝視している。
マ ミ「嫌いな野菜でも入っていたの? 好き嫌いは駄目よ」
冗談めいた口調で話しかけたが杏子のリアクションは「いや」と言う短い一言だけだった。
マ ミ「ねえ、どうしたの。学校で何かあったの?」
杏 子「なにもないよ」
マ ミ「美樹さんと喧嘩でもしたの?」
杏 子「そんなのはいつもの事だ」
マ ミ「それじゃ……。小テストの点数が悪かったとか」
杏 子「マミが勉強をみてくれるから授業にはついていけてるよ」
マ ミ「鹿目さんや暁美さんと……」
杏 子「喧嘩なんかしてないよ」
暗い表情のまま言葉少なげに答える杏子。マミは溜息をつきながら小型ガスコンロの火を止めた。
カチッ。
マ ミ「杏子ッ」
叱りつけるような口調でマミは杏子の名を呼んだ。
大声を出すのは好まないマミだが場合が場合だけに仕方がなかった。
杏 子「な、なんだよ。ビックリさせるな」
マ ミ「言いたい事があるならハッキリ言って。嫌いな食べ物があるの? 味付けが気に入らなかったの? 牛すき焼きは嫌いなの?」
マシンガントークのように質問を連発するマミ。
杏 子「違う。違うよ」
マ ミ「なにが違うの?」
杏 子「モモの事をさぁ……思い出しちまったんだ」
マ ミ「モモ?」
杏 子「あたしの妹だよ。親父の無理心中に巻き込まれて死んだ」
マ ミ「……」
杏子の家族が一家心中した話は過去にマミもQべえから聞いた事がある。
説教を聞きに来る信者が増えたのは娘の魔法によるものだと知り、そのショックで父親は発狂。妻と妹娘を殺害して自らは首を縊って死んだ。
学校から帰った杏子は冷たい躯(むくろ)になった母親と妹、説教台を踏み台にして懺悔室で首吊り自殺する父親の姿を見てしまった。
その日から杏子は生まれ故郷を捨て、艱難辛苦を舐めつくしながら一人で生きてきた。インキュベーダーと魔法少女の契約を結ぶ運命の日が来るまで……。
杏 子「親父とおふくろ、モモが死んだのは11月28日だった。今でもハッキリと覚えているよ」
ティーン。
リビングの掛け時計が甲高い金属音を響かせながら、午後6時半の時報を告げる。
この音が耳に入らなかったように杏子は話しを続け、掌中の箸を箸置きの上へ戻したマミは杏子の話に耳を傾けた。
杏 子「親父が全ての秘密を知って発狂する何日か前、おふくろは言った。『11月29日は「いい肉の日」だからすき焼きにしましょう。お父さんも多忙でお疲れのようだから美味しいお肉を食べて元気になってもらわないとね』。その親父に殺されるなんて夢にも思ってなかっただろうな」
マミに語りかけながらも、杏子の両目はどこか遠くを見ている。
杏 子「おふくろの言葉にモモは大喜びしながら言ったんだよ。『うわ~い。嬉しいなぁ。ねえ、ママ。頑張って嫌いなお野菜を食べるから、い~っぱいお肉を入れてね』。屈託のない無邪気な笑顔だった。数日後の運命も知らずにさ……」
マ ミ「そんな事があったの……」
杏 子「暖かいキッチンでモモにすき焼きを食わせてやりたかった。それが叶わなかったのは……あたしのせいなんだ。あたしが余計な事をしたから親父は気が狂い、おふくろとモモは命を落とした。あたしが……余計な願い事をしたから……」
しばらくの沈黙後、目に涙を浮かべる杏子の顔を見ながらマミは目を伏せながら詫びた。
マ ミ「ごめんなんさい、杏子。そんな辛い思い出を抱えていたなんて知らなかったわ」
杏 子「マ、マミ……」
椅子から立ちあがったマミは杏子の背後に歩み寄り、両肩に手を乗せながら言った。
マ ミ「無神経にも心の傷口を開かせてしまったわね。本当にごめんなんさい」
杏 子「いや、謝るのは……」
マ ミ「なにも言わないで。杏子は悪くないわ。今も、過去も」
杏 子「マミ……。ありがとう」
涙を服の袖で拭きながら杏子が言った。その肩は僅かだが小刻みに震えており、声を殺して泣いているのをマミは敏感にも察した。
数分後。
涙と一緒に辛い過去の思い出を記憶の奥へ封じ込めたのか、杏子は背後のマミに声をかけた。
杏 子「すまなかったね、楽しい夕食を台無しにしちゃって。あたしって本当に身勝手な女だ。勝手に昔の事を思い出して落ち込んでさぁ、それでマミに心配をかけちまった」
マ ミ「いいのよ、そんな事……」
微笑みながら杏子に言い、マミは自席へ戻って小型ガスコンロの火を再点火した。
カチッ。ゴオォォォ。
マ ミ「優しいのね」
杏 子「なにがさぁ」
マ ミ「心の傷に触れられながら、それでも怒らずに許してくれたのだもの」
杏 子「マミは悪くないよ。あたしが勝手に落ち込んでただけなんだから」
ここで会話が途切れ、二人は言葉少なげに鍋が煮えるのを待つ。
三分。五分。十分。……。
なかなか鍋は温まらない。
杏 子「おかしいなぁ、ちっとも温まらないぞ。火が弱いんじゃないか?」
マ ミ「そんな事ないわ。最大火力よ」
杏 子「どうなってんだ。ちょっと火を消してただけなのに……。ガスの残量が少ないのかなぁ?」
杏子が不思議そうに言った時、来客を知らせるチャイムの音が部屋中に響き渡った。
ピンポ~ン。
マ ミ「あッ。来てくれたようね」
杏 子「来てくれた? 誰か呼んでいたのか?」
マ ミ「まあね」
ウィンクしながら謎めいた言葉で答え、マミはキッチンから姿を消す。
杏 子「どうなってんだ? 訳がわからねえよ」
Qべえ「それは僕のセリフだよ」
杏 子「うわッ。なんだ、Qべえじゃねえか。ビックリさせるな」
驚いた杏子がテーブルの下を覗くと、そこにはQべえの姿があった。
杏 子「マミの部屋で寝てたんじゃなかったのかよ」
Qべえ「まあ、いろいろあってね。寝てもいられなかったんだ」
杏 子「はぁ? ますます訳がわかんないや」
呆れた杏子が爪先でQべえのフワフワした白い体を弄んでいると、廊下の方から賑(にぎ)やかしい話し声と数人の足音が聞こえてくる。
杏 子「おいおい、食事の最中に訪問者かよ」
Qべえ「到着したみたいだね」
杏 子「?」
マミやQべえの言っている事が理解できない杏子だが、その疑問は数秒後に氷解した。
さやか「お~っす」
杏 子「さ、さやか」
まどか「こんばんは、杏子ちゃん」
ほむら「お邪魔するわ」
ゆ ま「杏子~」
杏 子「まどか、ほむら。それに……ゆま」
織莉子「ごきげんよう、佐倉さん」
キリカ「久しぶりだね、杏子」
杏 子「織莉子、キリカ。あんた達まで……。どういう事だよ、マミ」
マ ミ「みんなで楽しく鍋をつつこうと思ってね、急な事だけど声をかけてみたのよ」
杏 子「ど、どうやって」
マ ミ「Qべえにテレパシーでお願いしたの。美樹さん、鹿目さん、暁美さん、ゆまちゃん、織莉子、呉さんへのメッセンジャーを」
Qべえ「おかげで僕は安眠を妨害されたよ」
マ ミ「まだ夕食が済んでいなければ、一緒に食べましょう。そういう伝言をお願いしたの」
Qべえのクレームを華麗にスルーしながらマミは杏子に解説する。
さやか「いや~、ビックリしたよ。窓を叩く音が聞こえてさぁ、カーテンを開けたら白いバケモノがいるんだから」
Qべえ「こんなにキュートな魔法少女のマスコットをバケモノ呼ばわりするなんて失礼しちゃうよ。プンプン」
ほむら「殺しても死なないのだからバケモノでしょう」
Qべえ「君に言われると笑えないね……。暁美ほむら」
まどか「今はQべえだって魔法少女の味方なんだからバケモノなんて言っちゃ可哀相だよ」
さやかとほむらから集中口撃されるQべえを庇うようにまどかが言った。
Qべえ「まどか~。君だけだよ、僕を信じてくれるのは」
無表情のままQべえが甘えた声でまどかの名を呼ぶ。
さやか「まったく。まどかはQべえに甘いんだから」
ほむら「その優しさがまどかの魅力なのよ」
さやかとほむらは苦笑しながらも心優しい親友の顔を見つめる。
一方、普段はQべえとの付き合いがない美国織莉子と呉キリカはQべえの変貌ぶりに驚いていた。二人も世界改変前の記憶を持ち越しており、前世界での悪逆非道なQべえしか知らなかったからだ。
キリカ「イ、インキュベーターに感情があるなんて……。信じらんない」
織莉子「わたしも……」
ほむら「どうやら『円環の理力』によって宇宙の法則が書き換えられた影響でインキュベーターにも感情というものが備わったらしいわ。そうなるに至った詳しいメカニズムはわからないけれども」
事情を知らない織莉子とキリカにほむらが解説をする。
まどか「もう悪い事はしないよね、Qべえ。わたしと約束したんだから」
キリカ「約束?」
まどか「うん。改変された世界では魔法少女のサポーターとして魔獣と戦ってね、そう約束したの」
キリカ「うそでしょ。こいつが「約束を守る」なんて言葉を口にするなんて……」
ほむら「信じられなくても事実よ」
マ ミ「さあ、立ち話は終わりにしましょう。温めなおした鍋が冷めてしまうわ」
いつの間にかマミと杏子は小型ガスコンロと鍋をリビングに移動させていた。
見るとリビングの中央には重厚な木製のテーブルが置かれており、その上では小型コンロの火が鍋をグツグツと煮えたぎらせている。
洒落たガラス製のテーブルで紅茶やケーキを御馳走になる事が多い見滝原魔法少女の三人は和風な木製テーブルの存在を驚きの眼差しで見ながら囁き合う。
さやか「(小声で)あのテーブルさぁ、なんかゴツイわね。スタイリッシュなマミさんのイメージじゃないわ」
まどか「(小声で)そうだね。どこで買ったんだろう」
ほむら「(小声で)捨ててあったものを佐倉杏子が拾ってきたのではないかしら? 彼女なら『まだ使えるじゃねえか。もったいない』と言って拾いかねないわ」
さやか「(小声で)あり得る」
杏 子「なにをコソコソ話してんだよ。冷める前に食べようぜ」
さやか「う、うん。すぐ行くわ」
三人を代表してさやかが答えた。
織莉子「それじゃ、わたし達も行きましょう。キリカ、ゆま」
キリカ「ああ」
ゆ ま「うん」
6人の来客はゾロゾロとキッチンからリビングへ移動し、思い思いの場所に座った。
円い木製のテーブルを囲む面子は巴マミ、佐倉杏子、千歳ゆま、美国織莉子、呉キリカ、暁美ほむら、鹿目まどか、美樹さやか、Qべえの合計8名+1匹。
最前までの重苦しかった空気は一掃され、巴家のリビングは賑やかな食事の場へと変化した。
量を多めに作っていたのが幸いし、すぐに鍋の中身がなくなる心配はない。
まどか「美味しいねぇ、このお鍋」
さやか「うん。この割り下、お店で出しても通用しようだよね」
ほむら「見事な料理の腕前だわ」
杏 子「こりゃ美味い。さすがマミだ」
キリカ「……うん。確かに美味しい」
織莉子「後を引く美味しさだわ」
ゆ ま「このおつゆ、とっても美味しい。それに……。ゴクッ。しょっぱくない」
マ ミ「ありがとう。みんなに美味しく食べてもらえて嬉しいわ」
賛美の言葉を聞きながらマミも鍋に箸を伸ばす(親しい仲なので直箸(じかばし)OKと言うルールになった)。
お喋りしながらの楽しい夕食が進む中、杏子は隣で黙々と肉や野菜を食べるゆまの姿をジッと見ていた。
杏 子(モモ……。お前にも暖かい部屋で美味しいすき焼きを食わせてやりたかった。バカな姉貴を許してくれ……)
箸を持った硬直する杏子。その時、無垢な眼差しで杏子の顔を見ながらゆまが言った。
ゆ ま「ねえ、杏子。さっきから全然食べてないよ。ほら、あ~んして。ゆまが食べさせてあげる」
ゆまは箸を器用に操りながら肉を掴み取り、煮汁がたれないよう呑水を受け皿にして杏子の方へ近づけた。
杏 子「い、いいよ。自分で食えるから。ほら、みんなが見てるだろう」
マ ミ「せっかくだもの、ゆまちゃんに食べさせてもらいなさいよ」
キリカ「人の好意は素直に受けるべきだよ、杏子」
ほむら「あなたを慕う子の好意を無にするのは大人げないわよ」
杏 子「くッ。わ、わかったよ。それじゃ……。あ、あ、あ~ん」
ゆ ま「はい、どうぞ」
パクッ。
柔らかく煮えた牛肉が口の中へ入った瞬間、杏子の目から再び涙の粒が溢れて頬を伝った。
ゆ ま「どうしたの? 泣いてるの?」
心配そうにゆまが声をかける。
杏 子「泣いてる? バカな事を言うなよ。湯気が目に痛かっただけだ」
ゆ ま「ふ~ん」
杏 子「今度はあたしの番だ。ゆま、口を開けな」
ゆ ま「えへへへへ。やった~。杏子が食べさせてくれるぅ」
ゆまは嬉しそうに言いながら口を大きく開けた。
ゆ ま「あ~ん」
杏 子「ほら、お肉だ。熱いから気をつけろよ」
パクッ。
ゆ ま「あふッ、あふッ。う~ん。おひひい」
杏 子(この笑顔……。まるでモモが笑ってるみたいだ)
ゆ ま「杏子。もう一回ぃ」
杏 子「はいはい、世話の焼ける妹だねぇ」
呆れたように言いながらも、杏子は嬉々として呑水から肉を摘み出した。
杏 子「ほら、口を開けな」
ゆ ま「あ~ん」
マミ達6人は箸を休め、このような微笑ましい二人のやり取りを見ている。
織莉子「なんだか本当の姉妹みたいね」
キリカ「うん。ゆまの奴、心の底から喜んでる」
まどか「てぃひひ。杏子ちゃんも嬉しそうだよ」
さやか「あいつの笑顔、いつもより優しそうに見えるわ」
ほむら「ええ。母性溢れる笑顔に見えるわね」
マ ミ「二人とも幸せそうな顔をしているわ」
そんなギャラリーの声が耳に入らないのか、杏子とゆまは食べさせっこを続けている。
まどか「どうも御馳走様でした」
さやか「とっても美味しかったです。御馳走様でした~」
マ ミ「喜んでもらえて嬉しいわ。それよりも悪かったわね、御家族との夕食前に呼び出しちゃって」
さやか「気にしないで下さい。マミさんの手料理と聞いたら黙っちゃいられませんから」
マ ミ「うふふふふ。ありがとう、美樹さん」
ほむら「今日は御馳走様。また明日、学校で会いましょう」
マ ミ「ええ。鹿目さんのエスコート、お願いね」
ほむら「わかっているわ」
マ ミ「鹿目さん、暁美さん、美樹さん。今日は本当にありがとう。それじゃ、おやすみなさい」
杏 子「気をつけて帰れよ~」
まどか「ありがとう、杏子ちゃん。それじゃ、失礼します」
さやか「おやすみなさ~い」
ほむら「おやすみなさい。佐倉杏子、巴マミ」
マミが可愛い三人の後輩を送り出した直後、今度は風見野町の三人組が玄関に現れた。
織莉子「それじゃ、わたし達も失礼するわ」
マ ミ「ごめんなさいね、急に呼び出しちゃって」
織莉子「気にしないで。久しぶりに大勢で食事ができて楽しかったわ」
キリカ「織莉子の恩人からの頼みじゃ断るわけにはいかない。それに……(呟くような声で)あなたの料理も美味しかった」
マ ミ「え? なにか言った、呉さん?」
キリカ「い、いや。賑やかな夕食を楽しめたって言ったんだ」
ゆ ま「マミお姉ちゃん、御馳走様でした」
マ ミ「どういたしまして。ゆまちゃんにも御礼を言わないとね。夜遅くまで付き合ってくれて、どうもありがとう」
ゆ ま「どういたしまして」
織莉子「うふふふふ、ゆまったら」
マ ミ「ちょっと、織莉子。笑ったら失礼よ」
ゆ ま「失礼よ」
織莉子「そうね、笑ったら悪いわね。ごめんなさい」
ゆ ま「わかればいいんです」
杏 子「あっはははは、ゆまも一丁前の口を聞くようになったじゃないか」
キリカ「生意気盛りで困るよ」
ゆ ま「ゆま、生意気じゃないもん」
キリカ「はいはい、そうだね」
ゆ ま「むうぅ。キリカなんて嫌いッ」
織莉子「さあ、喧嘩していないで帰るわよ」
キリカ「わかったわ」
織莉子「また機会があったら食事に誘ってね。おやすみなさい」
キリカ「おやすみ。杏子、マミ」
織莉子「キリカ。マミは先輩でしょう。「マミさん」と言いなさい」
キリカ「わ、わかったよ。おやすみなさい、マミ……さん」
マ ミ「無理しなくてもいいのよ、呉さん。呼びなれた言い方で構わないわ」
織莉子「甘やかしちゃ駄目よ、マミ。親しき仲にも礼儀ありでしょう」
マ ミ「なるほど。それじゃ杏子にも「マミさん」って呼ばせないとね」
杏 子「おい、あたしに話題を飛び火させるなよ」
マ ミ「うふふふふ。冗談よ。わたしはわたしのペースでいくわ。呉さんも無理しないでね」
キリカ「は、はい」
杏 子「ゆまの事、よろしく頼むよ。キリカ、織莉子……先輩」
織莉子「あら。佐倉さんもキリカに感化されてしまったようね。うふふふふ」
杏 子「そ、そうじゃねえ……そうじゃありませんよ」
キリカ「なんか……キミらしくない話し方だな」
杏 子「う、うるせえ」
マ ミ「はいはい、玄関先で喧嘩しない。御近所の迷惑になるでしょう」
杏 子「ご、ごめんなんさい」
織莉子「さあ、それじゃ帰りましょう。おやすみなさい。マミ、佐倉さん」
マ ミ「また会いましょう、織莉子」
キリカ「またな」
杏 子「元気でな」
ゆ ま「じゃ~ねぇ。杏子、マミお姉ちゃん」
マ ミ「またね、ゆまちゃん」
杏 子「いつでも遊びにこいよ」
風見野町から足を運んでくれた三人の魔女少女をエレベーターまで見送り、マミと杏子は閑散とした玄関へ戻ってきた。
ふと空を見上げると満天の星が煌々と光り輝いており、ランダムに点在する星々が幻想的な夜空のアートを展開している。
マ ミ「この静かで平和な夜が続けばいいわね」
杏 子「そうだな」
感傷的な気持ちになった二人は冷たい風が吹きつけるのも構わず壮大なスケールのアートを見続けていた。
杏 子「なあ、マミ」
照明の消えた寝室で杏子が不意にマミの名を呼んだ。
ダブルベッドの右端には杏子が横たわっており、彼女の両目は遠い天井を見つめている。
反対側に体を横たえるマミは杏子の方に体を傾け、僅かに見えるシルエットへ返事をした。
マ ミ「なぁに?」
杏 子「今夜の食事は本当に楽しかった。どうもありがとう。心から御礼を言うよ」
マ ミ「ううん、わたしは何もしていないわ。みんなを呼んできてくれたQべえ、その呼び出しに応じてくれた鹿目さん達の好意に御礼を言いなさい」
杏 子「でもさぁ、みんなを呼んでくる事はマミの思いつきだろう。やっぱり一番の感謝はマミにするべきだ」
マ ミ「そんな事……」
杏 子「ゆまとの食べさせっこ、とても嬉しかったよ」
マ ミ「え?」
杏 子「あの小さな口と清く澄んだ目。まるでモモに食べさせてるみたいだった。あの時……少しだけど夢が叶った気がする」
マ ミ「どういう事?」
杏 子「すき焼きを楽しみにしてたモモは……それを食べる事なく……し、死んじまった。あたしの……自分勝手な願い事が家族を崩壊させ……モモにすき焼きを食べさせてやる事が……できなかった」
マ ミ「杏子……」
杏 子「わかっていたよ。ゆまにテレパシーで食べさせっこを提案したのはマミだろう」
マ ミ「……」
杏 子「一年前……ゆまと始めて会ったときから……あいつにモモの面影を見ていた」
声が途切れ途切れなのは涙を堪(こら)えているせいだろう。咽喉の奥から無理に声を絞り出しているような喋り方だ。
杏 子「ゆまが……箸で摘んだ肉を差し出した時……あたしには……ゆまの顔がモモに見えた。不覚にも涙が出たよ。ゆまの箸から食べた肉は……美味しかった。これよりも美味い肉なんて……存在しないんじゃないか……って思えるくらい……美味しかった」
Qべえ「……」
マミの枕元にあるペット用クッションで丸くなりながら眠る体勢を整えているQべえも杏子の話に黙って耳を傾ける。
杏 子「僅かな時間だけど……モモと一緒にいたような気分だった。ゆまが聞いたら……怒るかも知れないけど……あの時……あたしの胸の痞(つか)えが少しだけとれたよに……思え……たん……だ……よ」
言葉の終わりは涙声になっていた。どうやら堪えていた涙が一気にあふれ出したらしい。
しばらくの沈黙後、再び杏子が口を開いた。少しは落ち着いたのか普段の口調に戻っている。
杏 子「なかなか鍋が温まらなかったのもマミの仕業だったんだろう。みんなが来るまでの時間を稼ごうとして魔力でコンロの火から熱を奪ったんじゃいのか」
マ ミ「あらあら、やっぱりバレていたのね。その通りよ、御名答。お鍋の中からも少し熱を奪って時間を稼いでいたわ」
杏 子「変だと思ったんだ。あれだけグツグツ煮えてた鍋が十分以上経っても温まらなかったんだから」
このような会話が暗闇の中で交わされている時、今まで沈黙を守っていたQべえが脇から口を挟んできた。
Qべえ「ねえ、君達」
杏 子「なんだよ」
マ ミ「どうしたの、Qべえ」
Qべえ「僕の事は労ってくれないのかい? 寝ている所をテレパシーで起こされ、隣町まで行ってきたんだよ。織莉子達に声をかけた後は鹿目家、美樹家、暁美ほむらの自宅へも行ってきた。御苦労様、お疲れ様、ありがとうの一言くらいあってもいいんじゃないかな」
この一言で湿っぽい雰囲気は一掃され、杏子も普段の活発な調子を取り戻した。
杏 子「なにを言ってんだ。お前は寝てばかりいるじゃねえか。こんな時に働いて当然だろう。ちょっと使いに行ってきたくらいでドヤ顔すんなっつぅの」
Qべえ「それはそうだけど……」
杏 子「魔獣退治の時だって戦いには加わらずに安全な所からエールを送るだけだろう。これくらいの事で御礼を要求するなて厚顔無恥にも程がある」
Qべえ「うぐぅ。急所を突くね、杏子。槍による肉体への暴力だけでなく、言葉による精神への暴力も凄い威力だ」
杏 子「ほざいてろ」
マ ミ「まあまあ、落ち着いて。Qべえのおかげで織莉子や鹿目さん達が来てくれたのも事実なんだから、やっぱり御礼は言わないよね。ありがとう、Qべえ」
Qべえ「きゅっぷい。さすがマミ、話せるなぁ」
杏 子「チッ。まったく、調子のいいヤツだ。でも……」
そう言いかけた杏子は半身を起こし、マミの枕元にいるQべえの脇腹を指でツンツンと突きながら礼を述べた。
杏 子「ありがとよ、Qべえ」
Qべえ「うん、素直で結構。大いに感謝してほしいね」
杏 子「こいつ、調子にのるなッ」
Qべえ「むぐぅ」
笑いながらQべえの腹を指先で突く杏子。その笑顔には一点の曇りも見られなかった。
杏 子「オラオラァ」
Qべえ「やめないか、佐倉杏子。僕のデリケートな肌が痛むじゃないか」
杏 子「スポンジみたいな体のくせに「肌が痛む」だって? 笑わせるな。オラオラオラァ」
相手の顔が見えないにも関わらず陽気にじゃれ合う杏子とQべえ。それを横目で見ながらマミは心の中で呟いた。
マ ミ(どうやら少しは憂鬱が晴れたようね。辛い過去を忘れ去る事はできないけれど、お互いに頑張りましょう。杏子)
闇に覆われて見えない相手へ優しく微笑みかけるマミ。
それと同時に杏子もQべえを弄びながらマミへ心の中で御礼を述べていた。
杏 子(マミ、今日は最高の一日だったよ。本当にありがとう。袂を分かつ事もあったけど、もう二度とバカはしない。これからも……よろしくお願いします。マミさん)
【あとがき】
念願だった「魔法少女まどか☆マギカ」と「魔法少女おりこ☆マギカ」のコラボレーションが実現できてホッとしています。両作品の魔法少女が和気藹々の楽しい時間を過ごすSSを書いてみたかったので「杏×ゆま」メインではあるものの念願が叶いました。
玄関先でのキリカと杏子の絡み、もう少しお互いの個性を出した会話にできればよかったのですが……。あれが限界でした。
最後になりますが、滝原市の隣町・風見野町の名称はSix315氏の二次創作小説「“VV”(not “W”)/あなたにさよならを」(魔法少女まどか☆マギカ小説合同誌『願いのチカラ Piece of Desire』所収)より拝借しました。Six315氏には記して感謝致します。
実現できるか微妙な状況ですが、クリスマス頃に「魔法少女まどか☆マギカ」&「魔法少女おりこ☆マギカ」&「スイートプリキュア」のコラボ長編を分載形式でアップしようと考えています。無事にアップされた際は御笑覧下さい。
賞味期限の過ぎたネタですが「11月29日=いい肉の日」をテーマにした佐倉杏子の物語です。心温まる話を書くのは苦手なのですが、あえて苦手な内容に挑戦してみました。
作中では杏子の家族が一家心中した日を「11月28日」と設定していますが、このような記述は原作にはありません。杏子の口から語られる母親やモモのセリフと同じく完全なオリジナル設定です。
トラウマと向き合う杏子の葛藤を自分なりに描いてみたかったものの、なかなかアイディアが浮かばず先送りしてばかりいました。強引な構成かも知れませんが「すき焼き」をキーワードにして以前からの試みを形にしてみた次第です。
今回はオールスター総登場として「魔法少女おりこ☆マギカ」から魔法少女三人娘(美国織莉子,呉キリカ,千歳ゆま)にも御登場願い、本家「魔法少女まどか☆マギカ」の五人娘と共演させました。
原作に描かれる織莉子,キリカ,ゆまは「魔法少女まどか☆マギカ」本編と違う時間軸に登場する為、ここでは自己流にアレンジしたキャラクター設定を採用しています。
なお、本作はブログ掲載に先駆けてpixivの小説コーナーへ2011年12月2日3時47分付で投稿しました。
マ ミ「どうしたの、杏子」
杏 子「え?」
マ ミ「箸が進んでいないようだけど」
杏 子「そんな事……ないよ」
マ ミ「……」
そう言いながらも杏子は呑水(とんすい)の中で湯気を立てるすき焼きの具材に箸を伸ばそうとせず、澄んだ二つの瞳で野菜と肉、割り下が染み込んだ豆腐を見つめている。
今日は『いい(11)肉(29)の日』。マミは特売品の国産牛肉や野菜を大量に買い込んで牛すき焼きを作ったのだ。
ハリキリ過ぎて二人では食べきれない量になってしまったが杏子の胃袋なら二日程度で鍋をカラにしてしまうかも知れない。
マ ミ『うふふふふ。今日のお鍋は牛肉の大サービス。杏子の喜ぶ顔が目に浮かぶわ』
しかし、マミの思惑とは裏腹に杏子の箸は鍋へ伸びず、先程から黙って呑水に盛り分けられた鍋の具を凝視している。
マ ミ「嫌いな野菜でも入っていたの? 好き嫌いは駄目よ」
冗談めいた口調で話しかけたが杏子のリアクションは「いや」と言う短い一言だけだった。
マ ミ「ねえ、どうしたの。学校で何かあったの?」
杏 子「なにもないよ」
マ ミ「美樹さんと喧嘩でもしたの?」
杏 子「そんなのはいつもの事だ」
マ ミ「それじゃ……。小テストの点数が悪かったとか」
杏 子「マミが勉強をみてくれるから授業にはついていけてるよ」
マ ミ「鹿目さんや暁美さんと……」
杏 子「喧嘩なんかしてないよ」
暗い表情のまま言葉少なげに答える杏子。マミは溜息をつきながら小型ガスコンロの火を止めた。
カチッ。
マ ミ「杏子ッ」
叱りつけるような口調でマミは杏子の名を呼んだ。
大声を出すのは好まないマミだが場合が場合だけに仕方がなかった。
杏 子「な、なんだよ。ビックリさせるな」
マ ミ「言いたい事があるならハッキリ言って。嫌いな食べ物があるの? 味付けが気に入らなかったの? 牛すき焼きは嫌いなの?」
マシンガントークのように質問を連発するマミ。
杏 子「違う。違うよ」
マ ミ「なにが違うの?」
杏 子「モモの事をさぁ……思い出しちまったんだ」
マ ミ「モモ?」
杏 子「あたしの妹だよ。親父の無理心中に巻き込まれて死んだ」
マ ミ「……」
杏子の家族が一家心中した話は過去にマミもQべえから聞いた事がある。
説教を聞きに来る信者が増えたのは娘の魔法によるものだと知り、そのショックで父親は発狂。妻と妹娘を殺害して自らは首を縊って死んだ。
学校から帰った杏子は冷たい躯(むくろ)になった母親と妹、説教台を踏み台にして懺悔室で首吊り自殺する父親の姿を見てしまった。
その日から杏子は生まれ故郷を捨て、艱難辛苦を舐めつくしながら一人で生きてきた。インキュベーダーと魔法少女の契約を結ぶ運命の日が来るまで……。
杏 子「親父とおふくろ、モモが死んだのは11月28日だった。今でもハッキリと覚えているよ」
ティーン。
リビングの掛け時計が甲高い金属音を響かせながら、午後6時半の時報を告げる。
この音が耳に入らなかったように杏子は話しを続け、掌中の箸を箸置きの上へ戻したマミは杏子の話に耳を傾けた。
杏 子「親父が全ての秘密を知って発狂する何日か前、おふくろは言った。『11月29日は「いい肉の日」だからすき焼きにしましょう。お父さんも多忙でお疲れのようだから美味しいお肉を食べて元気になってもらわないとね』。その親父に殺されるなんて夢にも思ってなかっただろうな」
マミに語りかけながらも、杏子の両目はどこか遠くを見ている。
杏 子「おふくろの言葉にモモは大喜びしながら言ったんだよ。『うわ~い。嬉しいなぁ。ねえ、ママ。頑張って嫌いなお野菜を食べるから、い~っぱいお肉を入れてね』。屈託のない無邪気な笑顔だった。数日後の運命も知らずにさ……」
マ ミ「そんな事があったの……」
杏 子「暖かいキッチンでモモにすき焼きを食わせてやりたかった。それが叶わなかったのは……あたしのせいなんだ。あたしが余計な事をしたから親父は気が狂い、おふくろとモモは命を落とした。あたしが……余計な願い事をしたから……」
しばらくの沈黙後、目に涙を浮かべる杏子の顔を見ながらマミは目を伏せながら詫びた。
マ ミ「ごめんなんさい、杏子。そんな辛い思い出を抱えていたなんて知らなかったわ」
杏 子「マ、マミ……」
椅子から立ちあがったマミは杏子の背後に歩み寄り、両肩に手を乗せながら言った。
マ ミ「無神経にも心の傷口を開かせてしまったわね。本当にごめんなんさい」
杏 子「いや、謝るのは……」
マ ミ「なにも言わないで。杏子は悪くないわ。今も、過去も」
杏 子「マミ……。ありがとう」
涙を服の袖で拭きながら杏子が言った。その肩は僅かだが小刻みに震えており、声を殺して泣いているのをマミは敏感にも察した。
数分後。
涙と一緒に辛い過去の思い出を記憶の奥へ封じ込めたのか、杏子は背後のマミに声をかけた。
杏 子「すまなかったね、楽しい夕食を台無しにしちゃって。あたしって本当に身勝手な女だ。勝手に昔の事を思い出して落ち込んでさぁ、それでマミに心配をかけちまった」
マ ミ「いいのよ、そんな事……」
微笑みながら杏子に言い、マミは自席へ戻って小型ガスコンロの火を再点火した。
カチッ。ゴオォォォ。
マ ミ「優しいのね」
杏 子「なにがさぁ」
マ ミ「心の傷に触れられながら、それでも怒らずに許してくれたのだもの」
杏 子「マミは悪くないよ。あたしが勝手に落ち込んでただけなんだから」
ここで会話が途切れ、二人は言葉少なげに鍋が煮えるのを待つ。
三分。五分。十分。……。
なかなか鍋は温まらない。
杏 子「おかしいなぁ、ちっとも温まらないぞ。火が弱いんじゃないか?」
マ ミ「そんな事ないわ。最大火力よ」
杏 子「どうなってんだ。ちょっと火を消してただけなのに……。ガスの残量が少ないのかなぁ?」
杏子が不思議そうに言った時、来客を知らせるチャイムの音が部屋中に響き渡った。
ピンポ~ン。
マ ミ「あッ。来てくれたようね」
杏 子「来てくれた? 誰か呼んでいたのか?」
マ ミ「まあね」
ウィンクしながら謎めいた言葉で答え、マミはキッチンから姿を消す。
杏 子「どうなってんだ? 訳がわからねえよ」
Qべえ「それは僕のセリフだよ」
杏 子「うわッ。なんだ、Qべえじゃねえか。ビックリさせるな」
驚いた杏子がテーブルの下を覗くと、そこにはQべえの姿があった。
杏 子「マミの部屋で寝てたんじゃなかったのかよ」
Qべえ「まあ、いろいろあってね。寝てもいられなかったんだ」
杏 子「はぁ? ますます訳がわかんないや」
呆れた杏子が爪先でQべえのフワフワした白い体を弄んでいると、廊下の方から賑(にぎ)やかしい話し声と数人の足音が聞こえてくる。
杏 子「おいおい、食事の最中に訪問者かよ」
Qべえ「到着したみたいだね」
杏 子「?」
マミやQべえの言っている事が理解できない杏子だが、その疑問は数秒後に氷解した。
さやか「お~っす」
杏 子「さ、さやか」
まどか「こんばんは、杏子ちゃん」
ほむら「お邪魔するわ」
ゆ ま「杏子~」
杏 子「まどか、ほむら。それに……ゆま」
織莉子「ごきげんよう、佐倉さん」
キリカ「久しぶりだね、杏子」
杏 子「織莉子、キリカ。あんた達まで……。どういう事だよ、マミ」
マ ミ「みんなで楽しく鍋をつつこうと思ってね、急な事だけど声をかけてみたのよ」
杏 子「ど、どうやって」
マ ミ「Qべえにテレパシーでお願いしたの。美樹さん、鹿目さん、暁美さん、ゆまちゃん、織莉子、呉さんへのメッセンジャーを」
Qべえ「おかげで僕は安眠を妨害されたよ」
マ ミ「まだ夕食が済んでいなければ、一緒に食べましょう。そういう伝言をお願いしたの」
Qべえのクレームを華麗にスルーしながらマミは杏子に解説する。
さやか「いや~、ビックリしたよ。窓を叩く音が聞こえてさぁ、カーテンを開けたら白いバケモノがいるんだから」
Qべえ「こんなにキュートな魔法少女のマスコットをバケモノ呼ばわりするなんて失礼しちゃうよ。プンプン」
ほむら「殺しても死なないのだからバケモノでしょう」
Qべえ「君に言われると笑えないね……。暁美ほむら」
まどか「今はQべえだって魔法少女の味方なんだからバケモノなんて言っちゃ可哀相だよ」
さやかとほむらから集中口撃されるQべえを庇うようにまどかが言った。
Qべえ「まどか~。君だけだよ、僕を信じてくれるのは」
無表情のままQべえが甘えた声でまどかの名を呼ぶ。
さやか「まったく。まどかはQべえに甘いんだから」
ほむら「その優しさがまどかの魅力なのよ」
さやかとほむらは苦笑しながらも心優しい親友の顔を見つめる。
一方、普段はQべえとの付き合いがない美国織莉子と呉キリカはQべえの変貌ぶりに驚いていた。二人も世界改変前の記憶を持ち越しており、前世界での悪逆非道なQべえしか知らなかったからだ。
キリカ「イ、インキュベーターに感情があるなんて……。信じらんない」
織莉子「わたしも……」
ほむら「どうやら『円環の理力』によって宇宙の法則が書き換えられた影響でインキュベーターにも感情というものが備わったらしいわ。そうなるに至った詳しいメカニズムはわからないけれども」
事情を知らない織莉子とキリカにほむらが解説をする。
まどか「もう悪い事はしないよね、Qべえ。わたしと約束したんだから」
キリカ「約束?」
まどか「うん。改変された世界では魔法少女のサポーターとして魔獣と戦ってね、そう約束したの」
キリカ「うそでしょ。こいつが「約束を守る」なんて言葉を口にするなんて……」
ほむら「信じられなくても事実よ」
マ ミ「さあ、立ち話は終わりにしましょう。温めなおした鍋が冷めてしまうわ」
いつの間にかマミと杏子は小型ガスコンロと鍋をリビングに移動させていた。
見るとリビングの中央には重厚な木製のテーブルが置かれており、その上では小型コンロの火が鍋をグツグツと煮えたぎらせている。
洒落たガラス製のテーブルで紅茶やケーキを御馳走になる事が多い見滝原魔法少女の三人は和風な木製テーブルの存在を驚きの眼差しで見ながら囁き合う。
さやか「(小声で)あのテーブルさぁ、なんかゴツイわね。スタイリッシュなマミさんのイメージじゃないわ」
まどか「(小声で)そうだね。どこで買ったんだろう」
ほむら「(小声で)捨ててあったものを佐倉杏子が拾ってきたのではないかしら? 彼女なら『まだ使えるじゃねえか。もったいない』と言って拾いかねないわ」
さやか「(小声で)あり得る」
杏 子「なにをコソコソ話してんだよ。冷める前に食べようぜ」
さやか「う、うん。すぐ行くわ」
三人を代表してさやかが答えた。
織莉子「それじゃ、わたし達も行きましょう。キリカ、ゆま」
キリカ「ああ」
ゆ ま「うん」
6人の来客はゾロゾロとキッチンからリビングへ移動し、思い思いの場所に座った。
円い木製のテーブルを囲む面子は巴マミ、佐倉杏子、千歳ゆま、美国織莉子、呉キリカ、暁美ほむら、鹿目まどか、美樹さやか、Qべえの合計8名+1匹。
最前までの重苦しかった空気は一掃され、巴家のリビングは賑やかな食事の場へと変化した。
量を多めに作っていたのが幸いし、すぐに鍋の中身がなくなる心配はない。
まどか「美味しいねぇ、このお鍋」
さやか「うん。この割り下、お店で出しても通用しようだよね」
ほむら「見事な料理の腕前だわ」
杏 子「こりゃ美味い。さすがマミだ」
キリカ「……うん。確かに美味しい」
織莉子「後を引く美味しさだわ」
ゆ ま「このおつゆ、とっても美味しい。それに……。ゴクッ。しょっぱくない」
マ ミ「ありがとう。みんなに美味しく食べてもらえて嬉しいわ」
賛美の言葉を聞きながらマミも鍋に箸を伸ばす(親しい仲なので直箸(じかばし)OKと言うルールになった)。
お喋りしながらの楽しい夕食が進む中、杏子は隣で黙々と肉や野菜を食べるゆまの姿をジッと見ていた。
杏 子(モモ……。お前にも暖かい部屋で美味しいすき焼きを食わせてやりたかった。バカな姉貴を許してくれ……)
箸を持った硬直する杏子。その時、無垢な眼差しで杏子の顔を見ながらゆまが言った。
ゆ ま「ねえ、杏子。さっきから全然食べてないよ。ほら、あ~んして。ゆまが食べさせてあげる」
ゆまは箸を器用に操りながら肉を掴み取り、煮汁がたれないよう呑水を受け皿にして杏子の方へ近づけた。
杏 子「い、いいよ。自分で食えるから。ほら、みんなが見てるだろう」
マ ミ「せっかくだもの、ゆまちゃんに食べさせてもらいなさいよ」
キリカ「人の好意は素直に受けるべきだよ、杏子」
ほむら「あなたを慕う子の好意を無にするのは大人げないわよ」
杏 子「くッ。わ、わかったよ。それじゃ……。あ、あ、あ~ん」
ゆ ま「はい、どうぞ」
パクッ。
柔らかく煮えた牛肉が口の中へ入った瞬間、杏子の目から再び涙の粒が溢れて頬を伝った。
ゆ ま「どうしたの? 泣いてるの?」
心配そうにゆまが声をかける。
杏 子「泣いてる? バカな事を言うなよ。湯気が目に痛かっただけだ」
ゆ ま「ふ~ん」
杏 子「今度はあたしの番だ。ゆま、口を開けな」
ゆ ま「えへへへへ。やった~。杏子が食べさせてくれるぅ」
ゆまは嬉しそうに言いながら口を大きく開けた。
ゆ ま「あ~ん」
杏 子「ほら、お肉だ。熱いから気をつけろよ」
パクッ。
ゆ ま「あふッ、あふッ。う~ん。おひひい」
杏 子(この笑顔……。まるでモモが笑ってるみたいだ)
ゆ ま「杏子。もう一回ぃ」
杏 子「はいはい、世話の焼ける妹だねぇ」
呆れたように言いながらも、杏子は嬉々として呑水から肉を摘み出した。
杏 子「ほら、口を開けな」
ゆ ま「あ~ん」
マミ達6人は箸を休め、このような微笑ましい二人のやり取りを見ている。
織莉子「なんだか本当の姉妹みたいね」
キリカ「うん。ゆまの奴、心の底から喜んでる」
まどか「てぃひひ。杏子ちゃんも嬉しそうだよ」
さやか「あいつの笑顔、いつもより優しそうに見えるわ」
ほむら「ええ。母性溢れる笑顔に見えるわね」
マ ミ「二人とも幸せそうな顔をしているわ」
そんなギャラリーの声が耳に入らないのか、杏子とゆまは食べさせっこを続けている。
まどか「どうも御馳走様でした」
さやか「とっても美味しかったです。御馳走様でした~」
マ ミ「喜んでもらえて嬉しいわ。それよりも悪かったわね、御家族との夕食前に呼び出しちゃって」
さやか「気にしないで下さい。マミさんの手料理と聞いたら黙っちゃいられませんから」
マ ミ「うふふふふ。ありがとう、美樹さん」
ほむら「今日は御馳走様。また明日、学校で会いましょう」
マ ミ「ええ。鹿目さんのエスコート、お願いね」
ほむら「わかっているわ」
マ ミ「鹿目さん、暁美さん、美樹さん。今日は本当にありがとう。それじゃ、おやすみなさい」
杏 子「気をつけて帰れよ~」
まどか「ありがとう、杏子ちゃん。それじゃ、失礼します」
さやか「おやすみなさ~い」
ほむら「おやすみなさい。佐倉杏子、巴マミ」
マミが可愛い三人の後輩を送り出した直後、今度は風見野町の三人組が玄関に現れた。
織莉子「それじゃ、わたし達も失礼するわ」
マ ミ「ごめんなさいね、急に呼び出しちゃって」
織莉子「気にしないで。久しぶりに大勢で食事ができて楽しかったわ」
キリカ「織莉子の恩人からの頼みじゃ断るわけにはいかない。それに……(呟くような声で)あなたの料理も美味しかった」
マ ミ「え? なにか言った、呉さん?」
キリカ「い、いや。賑やかな夕食を楽しめたって言ったんだ」
ゆ ま「マミお姉ちゃん、御馳走様でした」
マ ミ「どういたしまして。ゆまちゃんにも御礼を言わないとね。夜遅くまで付き合ってくれて、どうもありがとう」
ゆ ま「どういたしまして」
織莉子「うふふふふ、ゆまったら」
マ ミ「ちょっと、織莉子。笑ったら失礼よ」
ゆ ま「失礼よ」
織莉子「そうね、笑ったら悪いわね。ごめんなさい」
ゆ ま「わかればいいんです」
杏 子「あっはははは、ゆまも一丁前の口を聞くようになったじゃないか」
キリカ「生意気盛りで困るよ」
ゆ ま「ゆま、生意気じゃないもん」
キリカ「はいはい、そうだね」
ゆ ま「むうぅ。キリカなんて嫌いッ」
織莉子「さあ、喧嘩していないで帰るわよ」
キリカ「わかったわ」
織莉子「また機会があったら食事に誘ってね。おやすみなさい」
キリカ「おやすみ。杏子、マミ」
織莉子「キリカ。マミは先輩でしょう。「マミさん」と言いなさい」
キリカ「わ、わかったよ。おやすみなさい、マミ……さん」
マ ミ「無理しなくてもいいのよ、呉さん。呼びなれた言い方で構わないわ」
織莉子「甘やかしちゃ駄目よ、マミ。親しき仲にも礼儀ありでしょう」
マ ミ「なるほど。それじゃ杏子にも「マミさん」って呼ばせないとね」
杏 子「おい、あたしに話題を飛び火させるなよ」
マ ミ「うふふふふ。冗談よ。わたしはわたしのペースでいくわ。呉さんも無理しないでね」
キリカ「は、はい」
杏 子「ゆまの事、よろしく頼むよ。キリカ、織莉子……先輩」
織莉子「あら。佐倉さんもキリカに感化されてしまったようね。うふふふふ」
杏 子「そ、そうじゃねえ……そうじゃありませんよ」
キリカ「なんか……キミらしくない話し方だな」
杏 子「う、うるせえ」
マ ミ「はいはい、玄関先で喧嘩しない。御近所の迷惑になるでしょう」
杏 子「ご、ごめんなんさい」
織莉子「さあ、それじゃ帰りましょう。おやすみなさい。マミ、佐倉さん」
マ ミ「また会いましょう、織莉子」
キリカ「またな」
杏 子「元気でな」
ゆ ま「じゃ~ねぇ。杏子、マミお姉ちゃん」
マ ミ「またね、ゆまちゃん」
杏 子「いつでも遊びにこいよ」
風見野町から足を運んでくれた三人の魔女少女をエレベーターまで見送り、マミと杏子は閑散とした玄関へ戻ってきた。
ふと空を見上げると満天の星が煌々と光り輝いており、ランダムに点在する星々が幻想的な夜空のアートを展開している。
マ ミ「この静かで平和な夜が続けばいいわね」
杏 子「そうだな」
感傷的な気持ちになった二人は冷たい風が吹きつけるのも構わず壮大なスケールのアートを見続けていた。
杏 子「なあ、マミ」
照明の消えた寝室で杏子が不意にマミの名を呼んだ。
ダブルベッドの右端には杏子が横たわっており、彼女の両目は遠い天井を見つめている。
反対側に体を横たえるマミは杏子の方に体を傾け、僅かに見えるシルエットへ返事をした。
マ ミ「なぁに?」
杏 子「今夜の食事は本当に楽しかった。どうもありがとう。心から御礼を言うよ」
マ ミ「ううん、わたしは何もしていないわ。みんなを呼んできてくれたQべえ、その呼び出しに応じてくれた鹿目さん達の好意に御礼を言いなさい」
杏 子「でもさぁ、みんなを呼んでくる事はマミの思いつきだろう。やっぱり一番の感謝はマミにするべきだ」
マ ミ「そんな事……」
杏 子「ゆまとの食べさせっこ、とても嬉しかったよ」
マ ミ「え?」
杏 子「あの小さな口と清く澄んだ目。まるでモモに食べさせてるみたいだった。あの時……少しだけど夢が叶った気がする」
マ ミ「どういう事?」
杏 子「すき焼きを楽しみにしてたモモは……それを食べる事なく……し、死んじまった。あたしの……自分勝手な願い事が家族を崩壊させ……モモにすき焼きを食べさせてやる事が……できなかった」
マ ミ「杏子……」
杏 子「わかっていたよ。ゆまにテレパシーで食べさせっこを提案したのはマミだろう」
マ ミ「……」
杏 子「一年前……ゆまと始めて会ったときから……あいつにモモの面影を見ていた」
声が途切れ途切れなのは涙を堪(こら)えているせいだろう。咽喉の奥から無理に声を絞り出しているような喋り方だ。
杏 子「ゆまが……箸で摘んだ肉を差し出した時……あたしには……ゆまの顔がモモに見えた。不覚にも涙が出たよ。ゆまの箸から食べた肉は……美味しかった。これよりも美味い肉なんて……存在しないんじゃないか……って思えるくらい……美味しかった」
Qべえ「……」
マミの枕元にあるペット用クッションで丸くなりながら眠る体勢を整えているQべえも杏子の話に黙って耳を傾ける。
杏 子「僅かな時間だけど……モモと一緒にいたような気分だった。ゆまが聞いたら……怒るかも知れないけど……あの時……あたしの胸の痞(つか)えが少しだけとれたよに……思え……たん……だ……よ」
言葉の終わりは涙声になっていた。どうやら堪えていた涙が一気にあふれ出したらしい。
しばらくの沈黙後、再び杏子が口を開いた。少しは落ち着いたのか普段の口調に戻っている。
杏 子「なかなか鍋が温まらなかったのもマミの仕業だったんだろう。みんなが来るまでの時間を稼ごうとして魔力でコンロの火から熱を奪ったんじゃいのか」
マ ミ「あらあら、やっぱりバレていたのね。その通りよ、御名答。お鍋の中からも少し熱を奪って時間を稼いでいたわ」
杏 子「変だと思ったんだ。あれだけグツグツ煮えてた鍋が十分以上経っても温まらなかったんだから」
このような会話が暗闇の中で交わされている時、今まで沈黙を守っていたQべえが脇から口を挟んできた。
Qべえ「ねえ、君達」
杏 子「なんだよ」
マ ミ「どうしたの、Qべえ」
Qべえ「僕の事は労ってくれないのかい? 寝ている所をテレパシーで起こされ、隣町まで行ってきたんだよ。織莉子達に声をかけた後は鹿目家、美樹家、暁美ほむらの自宅へも行ってきた。御苦労様、お疲れ様、ありがとうの一言くらいあってもいいんじゃないかな」
この一言で湿っぽい雰囲気は一掃され、杏子も普段の活発な調子を取り戻した。
杏 子「なにを言ってんだ。お前は寝てばかりいるじゃねえか。こんな時に働いて当然だろう。ちょっと使いに行ってきたくらいでドヤ顔すんなっつぅの」
Qべえ「それはそうだけど……」
杏 子「魔獣退治の時だって戦いには加わらずに安全な所からエールを送るだけだろう。これくらいの事で御礼を要求するなて厚顔無恥にも程がある」
Qべえ「うぐぅ。急所を突くね、杏子。槍による肉体への暴力だけでなく、言葉による精神への暴力も凄い威力だ」
杏 子「ほざいてろ」
マ ミ「まあまあ、落ち着いて。Qべえのおかげで織莉子や鹿目さん達が来てくれたのも事実なんだから、やっぱり御礼は言わないよね。ありがとう、Qべえ」
Qべえ「きゅっぷい。さすがマミ、話せるなぁ」
杏 子「チッ。まったく、調子のいいヤツだ。でも……」
そう言いかけた杏子は半身を起こし、マミの枕元にいるQべえの脇腹を指でツンツンと突きながら礼を述べた。
杏 子「ありがとよ、Qべえ」
Qべえ「うん、素直で結構。大いに感謝してほしいね」
杏 子「こいつ、調子にのるなッ」
Qべえ「むぐぅ」
笑いながらQべえの腹を指先で突く杏子。その笑顔には一点の曇りも見られなかった。
杏 子「オラオラァ」
Qべえ「やめないか、佐倉杏子。僕のデリケートな肌が痛むじゃないか」
杏 子「スポンジみたいな体のくせに「肌が痛む」だって? 笑わせるな。オラオラオラァ」
相手の顔が見えないにも関わらず陽気にじゃれ合う杏子とQべえ。それを横目で見ながらマミは心の中で呟いた。
マ ミ(どうやら少しは憂鬱が晴れたようね。辛い過去を忘れ去る事はできないけれど、お互いに頑張りましょう。杏子)
闇に覆われて見えない相手へ優しく微笑みかけるマミ。
それと同時に杏子もQべえを弄びながらマミへ心の中で御礼を述べていた。
杏 子(マミ、今日は最高の一日だったよ。本当にありがとう。袂を分かつ事もあったけど、もう二度とバカはしない。これからも……よろしくお願いします。マミさん)
【あとがき】
念願だった「魔法少女まどか☆マギカ」と「魔法少女おりこ☆マギカ」のコラボレーションが実現できてホッとしています。両作品の魔法少女が和気藹々の楽しい時間を過ごすSSを書いてみたかったので「杏×ゆま」メインではあるものの念願が叶いました。
玄関先でのキリカと杏子の絡み、もう少しお互いの個性を出した会話にできればよかったのですが……。あれが限界でした。
最後になりますが、滝原市の隣町・風見野町の名称はSix315氏の二次創作小説「“VV”(not “W”)/あなたにさよならを」(魔法少女まどか☆マギカ小説合同誌『願いのチカラ Piece of Desire』所収)より拝借しました。Six315氏には記して感謝致します。
実現できるか微妙な状況ですが、クリスマス頃に「魔法少女まどか☆マギカ」&「魔法少女おりこ☆マギカ」&「スイートプリキュア」のコラボ長編を分載形式でアップしようと考えています。無事にアップされた際は御笑覧下さい。