「魔法少女まどか☆マギカ Another」 寒月(中編)
シーン6:佐倉杏子と上條恭介(12月3日 午前7時25分)
この日は特別に寒く、朝の天気予報は昼前まで強い北風が吹くと伝えた。
いつものようにマミと連れ立ってマンションの自室を出た杏子だが、昨夜の事もあってか互いに口数は少ない。
杏 子(マミは余計な口を出すなと言ってたけど、このままさやかを放っておくなんて……)
冷たい風に凍えながら、杏子は心の中で一人ごちる。
失意のさやかを放っておけないと分かっていながら、一方ではマミの言い分も理解していた。
土曜日の夕方、公園で見たさやかの泣き顔を思い浮かべるたびに杏子の心は揺れ動く。
気まずい沈黙が続く中、背後からマミの名を呼ぶ声が聞えた。
エレン「マミ~」
マ ミ「え? あら、エレン。おはよう」
エレン「おはよう」
声をかけてきたのはマミの親友である黒川エレンだった。
エレン「朝一の学年集会で提出するプリントなんだけどさぁ」
マ ミ「ああ、音吉先生が言っていたプリントね」
学校に着いてからでは間に合わないのか、二人は道端に寄ってプリントを出しながら立ち話を始めた。
真剣な顔で話し合うマミたちの会話に割り込む事を遠慮した杏子は、先に歩き出し学校へ向かう。
その時だった。
杏 子「あ、あいつは」
白い制服をパリッと着こなした少年の姿が杏子の視野に入った。上條恭介だった。
杏 子(上條……)
まだ足の怪我は完治していないのか、右足を少し引き摺りながら歩いている。
杏 子(こいつの腕を治したい一心でさやかは魔法少女になった。それなのに……こいつは……)
上條の姿を見た杏子の心に怒りの感情が湧きあがってきた。
理不尽な怒りなのは分かっている。杏子自身は上條となんの接点もなく、上條も自分の腕がさやかによる「癒しの祈り」で全快した事を知らない。杏子が上條を責める理由がなければ、上條がさやかに感謝する理由もないのだ。
杏 子(志筑仁美は近くにいないようだな。よし、当たって砕けろだ)
これまで胸に溜めてきたモヤモヤした不思議な感情が上條の姿を見た事で一気に解放されたのか、杏子は足を早めて上條に近づき、後ろから声をかけた。
杏 子「おはよう、上條恭介」
上 條「え?」
聞き覚えのない女性の声に驚いた恭介は後ろを振り向いた。だが、相手が同じクラスの女子生徒だと分かりホッとしたらしい。
親しいクラスメイトに接するような気軽な口調で挨拶を返した。
上 條「やあ、佐倉さん。おはよう」
杏 子「……」
上 條「僕になにか用事かな?」
杏 子「手間は取らせない。ちょっとだけ、あんたに聞きたい事があるんだ」
上 條「聞きたい事?」
杏 子「単刀直入に言うよ。あんた、美樹さやかと志筑仁美、どっちが好きなんだ」
上 條「え? 何を言うんだい、突然」
動じる様子もなく、恭介は真顔で問い返した。そんな態度が杏子をイライラさせる。
杏 子「美樹さやかと志筑仁美、どっちが好きかって聞いてるんだ」
上 條「ど、どうして、そんな事を聞くんだい」
杏 子「いいから、あんたの答えを聞かせてくれ」
上 條「その質問には答えられない。佐倉さんには関係ない事だ」
杏 子「関係ない……だと」
上 條「ああ。朝早くから変な質問をされるのは迷惑だね」
杏 子「……」
相手に叱咤され、杏子は自分の勇み足を悔やんだ。奇蹟の真相を知らない上條にとって杏子は一人のクラスメイトでしかなく、そんな相手に際どいプライベートな事を話したい筈はない。
上 條「そういえば、佐倉さんはさやかと仲がいいみたいだけど、今の質問はさやかの気持ちを察しての代弁かい。それとも……」
杏 子「それとも?」
上 條「僕の本心を確かめてくれとさやかに頼まれたからかい」
杏 子「さやかは関係ない。あたし自身からの質問だよ」
上 條「そう。それなら僕には答える必要がないね」
杏 子「待てよッ。あんたは……医者からも見放された自分の腕が完治した事を不思議に思った事はないのか。それがさやかのおかげだって少しでも考えた事があるのか」
上 條「僕の腕が完治したのはさやかのおかげだって? どういう事だい」
杏 子「そ、それは……」
杏子は言葉に詰まった。さやかが癒しの祈りで魔法少女になった事を恭介に話しても信じてもらえないだろうが、それ以外に説明のしようがない。
上 條「さやかが毎日のように見舞ってくれた事は感謝している。でも、それと僕の腕が治った事は別問題だ。変なコジツケはやめてくれないか」
杏 子「くっ……」
上 條「朝から変な質問をしないでほしいね。それじゃ、これで失礼するよ」
杏 子「待て、上條」
しかし、上條は立ち止まらなかった。
杏 子「チッ」
相手の態度に苛立った杏子は舌打ちをして足元の砂利を蹴り、去っていく上條の後姿をジッと見つめていた。
シーン7:屋上の二人(12月2日 午後12時45分)
昼休みが終わる十五分前、マミは屋上にやってきた。あれほど冷たかった北風は止んでいる。
こんな日に屋上で昼食をとる者はいなかったが、冬の陽を浴びた広いスペースには何名か先客がいた。
その中の一人に暁美ほむらの姿もあり、彼女は眼を閉じて鉄柵に体を預けている。
マ ミ「あら、暁美さん」
ほむら「こんにちは、巴マミ」
マ ミ「こんにちは。あなた一人?」
ほむら「ええ、今はね。さっきまではまどかも一緒だったわ」
マ ミ「そうなの? 鹿目さんはどこへ行ったのかしら」
ほむら「午後から使う化学教室の準備があるので少し前に戻ったわ。彼女は週直だから。一緒にいた北条響と南野奏も体が冷えたからと言って教室へ戻ったところよ」
マ ミ「あなたは戻らないの?」
ほむら「ちょうど戻ろうと思っていたのよ」
マ ミ「あら、そうだったの」
ほむら「でも、あなたが来て気が変わったわ。聞いてほしい事があるの。手間は取らせないから少し時間を頂けるかしら」
マ ミ「ええ、構わないわよ。外の空気を吸いにきただけだもの」
ほむら「美樹さやかが日曜日に入院した事は知っているでしょう」
マ ミ「杏子から聞いているわ。精密検査でも異常は見られず、今日中に退院できるそうね」
ほむら「魔法少女の体内では常に微量の魔力が生成され、体外へ放出される僅かな魔力によって内部から保護されているわ。肉体に激しい傷を負っても、それは表面上のダメージに過ぎず、よほどの事がない限り致命傷を負う事はない。だからこそ、わたしたちは人外の魔女と互角に戦えるのよ。もちろん、ソウルジェムが精神の牢獄でなくなった今、肉体と魂がバラバラだった頃と比べれば感じる痛みは強いけれど」
マ ミ「それは初耳ね。魔法少女の契約をした時、Qベェはそんな事を言ってくれなかったわ」
ほむら「あいつは魔法少女の契約を結ぶ事だけしか頭にない生物よ。必要最低限の知識しか与えない。魔法少女にとってソウルジェムが事実上の肉体になるって話も口にしなかったでしょう」
マ ミ「ええ。その事を知った時はビックリしたわ」
ほむら「話を戻すけれど、美樹さやかは癒しの祈りによって魔法少女の契約を結んだ。それにも関わらず、今回に限って魔女との戦いで傷ついた肉体を回復させられなかった」
マ ミ「それはわたしも不思議に思っていたわ。彼女なら癒しの祈りで自分自身の傷も治せる筈なのに、一時的とはいえ入院を余儀なくされる程の深手を負ったまま辛うじて自宅に戻るなんて……」
ほむら「わたしも彼女を見舞った時には変だと思ったわ。失恋と苦戦で心身共に疲労困憊していたとはいえ、何故、あれだけ傷ついた肉体を多少なりとも回復させなかったのか」
マ ミ「……」
ほむら「無意識のうちに魔法で多少は回復させていたんじゃないかって思っていけれど、美樹さやかの話を聞くとそうではないみたい」
マ ミ「美樹さんの話って?」
ほむら「彼女は言ったわ。『わたしも癒しの祈りで傷を治そうと思ったんだ。でも、自分の意思とは関係なく魔法少女の変身が強制的に解除されて魔法が使えなかったのよ』って」
マ ミ「魔法が使えなかったですって。そんな事があり得るのかしら。それに自分の意思とは関係なく変身が解けるなんて話は聞いた事がないわ」
ほむら「これはわたしの仮説だけれど、美樹さやかが魔法を使えなかったのはソウルジェムの副作用が原因ではないかしら」
マ ミ「ソウルジェムの副作用?」
ほむら「改めて言うまでもないけれど、これまでソウルジェムは魔法少女の精神を封じ込める器であり、魔女の卵でもあったわ」
マ ミ「でも、その作用については鹿目さんのおかげで解決された筈よ。ソウルジェムは魔力を蓄える装置として根本的な構造から作り直され、穢れについても限界に達した時点でグリーフシードがなくても自動的に浄化されるようになったわ」
ほむら「その通りよ。しかし、これらとは違う副作用が新たに設定されたと考えた事はない?」
マ ミ「どういう事かしら」
ほむら「これまでの世界ではQベェと契約を交わした者は魔法少女として魔女と戦い、いずれは魔女になる事を宿命づけられていた。その代償として一つだけ願いが叶うけれど、叶った願いとは吊り合わない不幸が自分自身にかえり、Qベェと契約した魔法少女は一人の例外もなく不幸になってきたわ。美樹さやかも、佐倉杏子も、あなたも」
マ ミ「……」
ほむら「ワルプルギスの夜を撃破した事で世界が改変され、ソウルジェムの構造や役目も改まり、魔女化や精神の束縛という機能は消失した。しかし、何の代償もなく魔法を与えられるなんて都合のよい事は考えられないのよ。程度の差はあれ、必ずマイナスの作用がある筈だわ」
マ ミ「暁美さんの考えは当然ね。でも、そのマイナス作用ってなんなのかしら」
ほむら「断言はできないけれど、おそらくは「ソウルジェムの穢れに比例して魔力が低下し、その穢れが限度を越えると強制的に魔法少女としての力を失う事」だと思うわ。もっとも、ソウルジェムには永久浄化機能があるから魔力を喪失するのは一時的な現象でしょうけれど」
マ ミ「なるほど。その可能性は大いにあり得るわね。何のデメリットもなく魔法が使い放題なんて、それでは話がうますぎるわ。暁美さんの意見は正鵠を射ているかも知れない」
ほむら「同時に永久浄化能力の欠点もハッキリしたわ。負の感情の急激な高まり、魔力の大量消費、これらの要因によってソウルジェムの濁りが限界に達した場合、その浄化には多少の時間がかかる。昨日の学校帰りに見舞った際、美樹さやかのソウルジェムを見たけれど真っ黒に穢れたままだったわ」
マ ミ「それじゃ、しばらく美樹さんは魔法少女になれないわね」
ほむら「ええ。誰もグリーフシードを持っていなかったので、彼女のソウルジェムの穢れは浄化できなかったわ。でも、わたしたちだって他人事ではないのよ。穢れの自動洗浄スピードは濁る速度の半分以下だから、気をつけないと魔女との戦いで必要な魔力が足りなくなる事だったあり得るわ」
一陣の風が吹き、ほむらの長い髪とマミの縦ロールが風下に向かってなびいた。同時に午後1時からの授業開始5分前を知らせる予鈴がスピーカーから鳴り響く。
ほむら「予鈴ね、そろそろ教室に戻りましょう。貴重な時間を消費させて悪かったわ」
マ ミ「いいえ、そんな事ないわよ。あなたの考察、とても興味深い話だった」
ほむら「これまで経験してきた世界に比べれば、今の時間軸は文句のつけようがないわ。まどかは生きて帰ってくれた。巴マミ、佐倉杏子、美樹さやかは共に戦う仲間として存在する。ソウルジェムの穢れによる魔法少女の魔女化も心配がなくなった。でも……」
マ ミ「でも?」
ほむら「改変されたが故に不明な点もあるわ。使い魔や魔女が誕生する原因、わたしたちの前からインキュベーターが姿を消した理由。この二つの謎がどうしてもわからない。これが新たな悲劇の引き金にならない事を願うばかりよ」
シーン8:退院(12月4日 午前11時5分)
翌日、無事に退院したさやかは四時限目が始まる直前、一人で登校してきた。
手首に巻いた包帯や頬に貼られた絆創膏が痛々しく見えるが本人はいたって元気であり、心配するクラスメートや友人とも笑顔で接する。
外傷こそ激しかったが入院治療の必要はないと診断され、ギプスや松葉杖の必要もない奇跡的な容態であった。
まどか「あッ、さやかちゃん。もう大丈夫なの?」
さくら「心配したよ、美樹さん」
ともよ「怪我の具合は如何ですか」
さやかが教室へ入ると同時にまどかが駆け寄り、彼女と談笑していた木之本さくらや大道寺智世もさやかを迎え入れた。
さやか「心配かけてゴメンね、もう大丈夫だよ。包帯も絆創膏も数日でとれるって」
ともよ「そうですか。それはようございました」
さくら「いったい、なにがあったの」
さやか「わたしにもわからないの。市立図書館の前を通りがかった時、急に眩暈(めまい)がしたかと思うと意識がなくなって……それっきり。気が付いたら病院のベッドだったのよ」
本当は魔女との戦いで負傷したのだが、魔法少女でもない二人(及びクラスメート)にそんな事は言えず、警察の事情聴取で述べた嘘を繰り返した。
女教師「はいはい、授業開始のチャイムが鳴りましたよ。席について」
午前中最後の授業となる国語の担当教師が姿を見せたので談話タイムは中断され、さやかと彼女を囲んでいたクラスメートは自席へ戻る。
・・・。
・・・・。
・・・・・。
五十分の授業も終わり、国語教師は教室を出て行った。
今から一時間は昼休みとなり、学生食堂に走る者、集まって弁当を広げる者、それぞれが思い思いの行動を取る。
さやかが机の上に弁当を広げて食べようとしたとき、上條がやってきた。
さやか「きょ、恭介……」
上 條「もう怪我は大丈夫かい」
さやか「うん」
上 條「そうか。思ったより元気そうで安心したよ。さやかの元気な姿が見られないと寂しくてね」
さやか「元気だけが取り得ですからね、わたしは」
上 條「ところで、ちょっと話したい事があるんだ。時間は取らせない。中庭まで付き合ってくれないかな」
さやか「ええ、いいわよ」
務めて冷静な口調で答えると、弁当を鞄の中にしまって立ち上がった。
教室を出る時に横目で志筑仁美に一瞥をくれたが、彼女は下を向いており表情が分からない。
まどかは真剣な表情のさやかと上條に声をかける事ができず、杏子は教室から出て行く二人を黙って見送っただけだった。
シーン9:放課後の屋上で(12月4日 午後4時20分)
さやか「杏子、ちょっといい」
全ての授業が終わり放課後となった。生徒たちは帰り支度を始め、一人、また一人と教室から出て行く。
週直のまどかは学級日誌の提出や雑務で居残り、ほむらは所属する図書委員の月例会への参加でいない。
久しぶりに一人で帰る事になった杏子だが、そんな彼女にさやかが声をかけてきた。
杏 子「さ、さやか」
さやか「話があるの。用事がなかったら付き合ってくれないかしら」
その真剣な表情から用事の察しはついた。杏子は覚悟を決めて返事をする。
杏 子「いいよ」
教室を出た二人は階段を上って屋上へ向かった。
真新しいベンチに二人揃って腰を下ろしたが、杏子を誘ったさやかは何も語ろうとしない。
沈黙に耐えられなくなった杏子が先に話しかけようとした時、意を決したさやかが口を開いた。
さやか「ねえ、杏子。昨日の朝、恭介に『美樹さやかと志筑仁美、どっちが好きなんだ』って聞いたそうね」
杏 子「あ、ああ」
さやか「なんでそんな事を聞いたの。恭介が好きなのは仁美に決まってるじゃない。その事は杏子だって知ってたでしょう」
杏 子「……」
返す言葉が見つからない杏子は黙っているしかなかった。
さやか「恭介から『佐倉さんに変な事を質問されたけど、さやかは関係ないよね』なんて言われた時にはビックリして声も出なかったわ。なんにも知らないから驚いたわよ。それだけじゃない。恭介の腕が完治した事についても余計な一言を洩らしたそうね」
杏 子「……」
さやか「頼みもしないお節介はやめて頂戴」
杏 子「ご、ごめん……」
それ以外に言葉が見つからなかった。実際、頼まれもしない事をやってしまったのだから。
さやか「恭介から仁美と付き合ってるって聞いた後、こんな事を言われたわたしの気持ち、あんたにわかる? あんたは……わたしが惨めな負け犬になった姿を見たいわけ?」
杏 子「違うんだ、さやか」
さやか「何が違うって言うのよ」
杏 子「昨日の件は確かにあたしが悪かった。あんたの気持ちを考えないで出しゃばったマネをした事は謝る。だけど、それはさやかの事が心配だったから……」
さやか「それが余計なお世話なのよ。あんたのせいで恭介に誤解されて大恥かいちゃったわ」
杏 子「……」
さやかは手首に付けていたブレスレットを外し、杏子の胸めがけて乱暴に投げ捨てた。
さやか「それ、返すわね。しばらくは口もききたくないわ」
杏 子「さ、さやか」
さやか「あんたなんか……この街に来なきゃよかったのよ」
そう言い捨て、さやかは小走りに屋上を出て行く。あとには目尻に涙を浮かべた杏子だけが取り残された。
シーン10:杏子の涙(12月4日 午後5時30分)
美樹さやかは感情の起伏が激しい。普段は明るく元気なムードメーカーでありながら、些細な事で気落ちしてしまう性格面の弱点がある。
放課後の激怒も感情の高ぶりによる一時的な事かも知れないが、別れ際の「あんたなんか……この街に来なきゃよかったのよ」と言う一言は杏子の心を鋭い矢のように貫いた。
杏 子「ただいま」
マ ミ「おかえりなさい。今日は遅かったわね。居残りでもさせられたの?」
暗く沈んだ杏子の心境を知らないマミは冗談まじりに笑顔で声をかけた。
杏 子「いや」
マミの冗談を短い答えで受け流し、杏子は俯いたまま自室へ入る。
マ ミ「……」
眼の前を通り過ぎる杏子の肩が軽く震えているのを見たマミは、学校で何かあったと直感的に悟った。
キッチンに戻って夕食の支度を切り上げたマミが杏子の部屋の前に立つと、室内からは嗚咽の声が聞えてくる。
憂いの表情を浮かべながら、マミは思い切ってドアをノックした。
コン、コン、コン。
マ ミ「杏子。入ってもいいかしら」
杏 子「……」
マ ミ「杏子、どうしたの。学校で何かあったの」
杏 子「……」
マ ミ「悪いけど入るわよ」
ドアノブを捻ると難なく廻った。どうやら鍵はかけていなかったらしい。
部屋の中は真っ暗だった。カーテンも閉まっておらず、窓の向うにはとっぷりと暮れた紺青の冬空が広がっている。
暗くてハッキリとは見えないが、杏子は両手で抱えた膝に顔を埋もれさせる恰好でベッドの上に座っていた。
マ ミ「どうしたのよ、電気もつけないで」
カーテンを閉めて電気をつけると、杏子は制服姿のまま体を縮めているのが目についた。
マミは杏子の脇に腰を下ろすと静かな声で尋ねた。
マ ミ「美樹さんとなにかあったのね」
杏 子「……」
返事をする代わりに杏子は小さく頷いた。
マ ミ「なにがあったのか、よかった聞かせてくれる」
杏 子「……マミ。あたし、どうしたらいい。どうしたら、さやかに許してもらえる」
顔を上げた杏子の顔は涙で濡れ、頬をつたう涙の滴が掛け布団のカバーにポタポタと落ちる。
マ ミ「落ち着いて。ほら、まずは涙を拭きなさい」
スカートのポケットからハンカチを取り出し、杏子に差し出す。
杏 子「ありがとう」
受け取ったハンカチで涙を拭った杏子は座を正し、放課後の出来事をマミに話した。
話をしているうちに気持ちも落ち着いたのか涙は止まっていた。
杏 子「マミの言う通りだった。あたしが余計な口出しをしたせいで、さやかは上條に誤解されちまった。さやかが激怒したのも当然だよ。自業自得って、この事だよな」
マ ミ「……」
杏 子「マミも……怒ってるよね。あれだけ忠告してくれたのに、それを無視しちゃったんだから」
マ ミ「怒っていないわよ」
杏 子「え?」
マ ミ「怒っていないと言ったの」
マミは杏子の手に自分の手を重ね合わせ、優しく声をかける。
マ ミ「こんな結果になってしまったけど、美樹さんを思う杏子の気持ちは理解できるつもりよ」
杏 子「マミ……」
マ ミ「ただ、ちょっと行動がストレート過ぎたわね」
からかう様な口調でいい、杏子の額を人差し指で軽く突いた。
杏 子「気持ちばかり先走って行動が空回りしたみたい。これまで突き返されちゃったよ」
悲しげな声で言い、スカートのポケットからブレスレッドを取り出した。
マ ミ「これって、あなたが美樹さんにプレゼントしたブレスレッドじゃないの」
杏 子「そうだよ。さやかと駅前アーケードにオープンしたアクセサリーショップを覗いた時に買ったブレスレッドさ。あたしはさやかに、さやかはあたしに。プレゼント交換の形で買ったんだ」
マ ミ「……」
杏 子「なあ、マミ」
マ ミ「ん?」
杏 子「あたしが見滝原中学校にきたのは間違いだったのかなぁ」
マ ミ「どうして?」
杏 子「もともと見滝原市(ここ)はマミのテリトリーだろう。あたしが来るべき場所じゃなかったのかも知れない」
マ ミ「そんな事ないわ」
杏 子「やっぱり、あたしは一匹狼でいるべきだったんだ。相手の事を考えて行動できない利己主義な女だから」
マ ミ「あんまり自分を卑下しないで、杏子。今のあなたは利己主義者なんかじゃない。友達や仲間の事を思いやれる優しさがあるわ」
杏 子「でもさぁ……その付け焼刃の気持ちが裏目に出ちゃ意味がないよ」
マ ミ「こういう事は時間が解決してくれるわ。あなたと美樹さんの事も、美樹さんと上條君の事もね」
杏 子「そうかなあ。あんなに怒ったさやかを見たのは初めてだよ。今にも絶交を宣言しかねない剣幕だったけど……」
マ ミ「大丈夫。わたしの言葉を信じなさい」
杏 子「……。わかった。マミがそう言うなら信じるよ」
マ ミ「そう、その調子よ。さあ、服を着替えていらっしゃい。今夜はクリームシチューを用意したの。思いっきり食べて悲しい事は忘れてしまいなさい」
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この日は特別に寒く、朝の天気予報は昼前まで強い北風が吹くと伝えた。
いつものようにマミと連れ立ってマンションの自室を出た杏子だが、昨夜の事もあってか互いに口数は少ない。
杏 子(マミは余計な口を出すなと言ってたけど、このままさやかを放っておくなんて……)
冷たい風に凍えながら、杏子は心の中で一人ごちる。
失意のさやかを放っておけないと分かっていながら、一方ではマミの言い分も理解していた。
土曜日の夕方、公園で見たさやかの泣き顔を思い浮かべるたびに杏子の心は揺れ動く。
気まずい沈黙が続く中、背後からマミの名を呼ぶ声が聞えた。
エレン「マミ~」
マ ミ「え? あら、エレン。おはよう」
エレン「おはよう」
声をかけてきたのはマミの親友である黒川エレンだった。
エレン「朝一の学年集会で提出するプリントなんだけどさぁ」
マ ミ「ああ、音吉先生が言っていたプリントね」
学校に着いてからでは間に合わないのか、二人は道端に寄ってプリントを出しながら立ち話を始めた。
真剣な顔で話し合うマミたちの会話に割り込む事を遠慮した杏子は、先に歩き出し学校へ向かう。
その時だった。
杏 子「あ、あいつは」
白い制服をパリッと着こなした少年の姿が杏子の視野に入った。上條恭介だった。
杏 子(上條……)
まだ足の怪我は完治していないのか、右足を少し引き摺りながら歩いている。
杏 子(こいつの腕を治したい一心でさやかは魔法少女になった。それなのに……こいつは……)
上條の姿を見た杏子の心に怒りの感情が湧きあがってきた。
理不尽な怒りなのは分かっている。杏子自身は上條となんの接点もなく、上條も自分の腕がさやかによる「癒しの祈り」で全快した事を知らない。杏子が上條を責める理由がなければ、上條がさやかに感謝する理由もないのだ。
杏 子(志筑仁美は近くにいないようだな。よし、当たって砕けろだ)
これまで胸に溜めてきたモヤモヤした不思議な感情が上條の姿を見た事で一気に解放されたのか、杏子は足を早めて上條に近づき、後ろから声をかけた。
杏 子「おはよう、上條恭介」
上 條「え?」
聞き覚えのない女性の声に驚いた恭介は後ろを振り向いた。だが、相手が同じクラスの女子生徒だと分かりホッとしたらしい。
親しいクラスメイトに接するような気軽な口調で挨拶を返した。
上 條「やあ、佐倉さん。おはよう」
杏 子「……」
上 條「僕になにか用事かな?」
杏 子「手間は取らせない。ちょっとだけ、あんたに聞きたい事があるんだ」
上 條「聞きたい事?」
杏 子「単刀直入に言うよ。あんた、美樹さやかと志筑仁美、どっちが好きなんだ」
上 條「え? 何を言うんだい、突然」
動じる様子もなく、恭介は真顔で問い返した。そんな態度が杏子をイライラさせる。
杏 子「美樹さやかと志筑仁美、どっちが好きかって聞いてるんだ」
上 條「ど、どうして、そんな事を聞くんだい」
杏 子「いいから、あんたの答えを聞かせてくれ」
上 條「その質問には答えられない。佐倉さんには関係ない事だ」
杏 子「関係ない……だと」
上 條「ああ。朝早くから変な質問をされるのは迷惑だね」
杏 子「……」
相手に叱咤され、杏子は自分の勇み足を悔やんだ。奇蹟の真相を知らない上條にとって杏子は一人のクラスメイトでしかなく、そんな相手に際どいプライベートな事を話したい筈はない。
上 條「そういえば、佐倉さんはさやかと仲がいいみたいだけど、今の質問はさやかの気持ちを察しての代弁かい。それとも……」
杏 子「それとも?」
上 條「僕の本心を確かめてくれとさやかに頼まれたからかい」
杏 子「さやかは関係ない。あたし自身からの質問だよ」
上 條「そう。それなら僕には答える必要がないね」
杏 子「待てよッ。あんたは……医者からも見放された自分の腕が完治した事を不思議に思った事はないのか。それがさやかのおかげだって少しでも考えた事があるのか」
上 條「僕の腕が完治したのはさやかのおかげだって? どういう事だい」
杏 子「そ、それは……」
杏子は言葉に詰まった。さやかが癒しの祈りで魔法少女になった事を恭介に話しても信じてもらえないだろうが、それ以外に説明のしようがない。
上 條「さやかが毎日のように見舞ってくれた事は感謝している。でも、それと僕の腕が治った事は別問題だ。変なコジツケはやめてくれないか」
杏 子「くっ……」
上 條「朝から変な質問をしないでほしいね。それじゃ、これで失礼するよ」
杏 子「待て、上條」
しかし、上條は立ち止まらなかった。
杏 子「チッ」
相手の態度に苛立った杏子は舌打ちをして足元の砂利を蹴り、去っていく上條の後姿をジッと見つめていた。
シーン7:屋上の二人(12月2日 午後12時45分)
昼休みが終わる十五分前、マミは屋上にやってきた。あれほど冷たかった北風は止んでいる。
こんな日に屋上で昼食をとる者はいなかったが、冬の陽を浴びた広いスペースには何名か先客がいた。
その中の一人に暁美ほむらの姿もあり、彼女は眼を閉じて鉄柵に体を預けている。
マ ミ「あら、暁美さん」
ほむら「こんにちは、巴マミ」
マ ミ「こんにちは。あなた一人?」
ほむら「ええ、今はね。さっきまではまどかも一緒だったわ」
マ ミ「そうなの? 鹿目さんはどこへ行ったのかしら」
ほむら「午後から使う化学教室の準備があるので少し前に戻ったわ。彼女は週直だから。一緒にいた北条響と南野奏も体が冷えたからと言って教室へ戻ったところよ」
マ ミ「あなたは戻らないの?」
ほむら「ちょうど戻ろうと思っていたのよ」
マ ミ「あら、そうだったの」
ほむら「でも、あなたが来て気が変わったわ。聞いてほしい事があるの。手間は取らせないから少し時間を頂けるかしら」
マ ミ「ええ、構わないわよ。外の空気を吸いにきただけだもの」
ほむら「美樹さやかが日曜日に入院した事は知っているでしょう」
マ ミ「杏子から聞いているわ。精密検査でも異常は見られず、今日中に退院できるそうね」
ほむら「魔法少女の体内では常に微量の魔力が生成され、体外へ放出される僅かな魔力によって内部から保護されているわ。肉体に激しい傷を負っても、それは表面上のダメージに過ぎず、よほどの事がない限り致命傷を負う事はない。だからこそ、わたしたちは人外の魔女と互角に戦えるのよ。もちろん、ソウルジェムが精神の牢獄でなくなった今、肉体と魂がバラバラだった頃と比べれば感じる痛みは強いけれど」
マ ミ「それは初耳ね。魔法少女の契約をした時、Qベェはそんな事を言ってくれなかったわ」
ほむら「あいつは魔法少女の契約を結ぶ事だけしか頭にない生物よ。必要最低限の知識しか与えない。魔法少女にとってソウルジェムが事実上の肉体になるって話も口にしなかったでしょう」
マ ミ「ええ。その事を知った時はビックリしたわ」
ほむら「話を戻すけれど、美樹さやかは癒しの祈りによって魔法少女の契約を結んだ。それにも関わらず、今回に限って魔女との戦いで傷ついた肉体を回復させられなかった」
マ ミ「それはわたしも不思議に思っていたわ。彼女なら癒しの祈りで自分自身の傷も治せる筈なのに、一時的とはいえ入院を余儀なくされる程の深手を負ったまま辛うじて自宅に戻るなんて……」
ほむら「わたしも彼女を見舞った時には変だと思ったわ。失恋と苦戦で心身共に疲労困憊していたとはいえ、何故、あれだけ傷ついた肉体を多少なりとも回復させなかったのか」
マ ミ「……」
ほむら「無意識のうちに魔法で多少は回復させていたんじゃないかって思っていけれど、美樹さやかの話を聞くとそうではないみたい」
マ ミ「美樹さんの話って?」
ほむら「彼女は言ったわ。『わたしも癒しの祈りで傷を治そうと思ったんだ。でも、自分の意思とは関係なく魔法少女の変身が強制的に解除されて魔法が使えなかったのよ』って」
マ ミ「魔法が使えなかったですって。そんな事があり得るのかしら。それに自分の意思とは関係なく変身が解けるなんて話は聞いた事がないわ」
ほむら「これはわたしの仮説だけれど、美樹さやかが魔法を使えなかったのはソウルジェムの副作用が原因ではないかしら」
マ ミ「ソウルジェムの副作用?」
ほむら「改めて言うまでもないけれど、これまでソウルジェムは魔法少女の精神を封じ込める器であり、魔女の卵でもあったわ」
マ ミ「でも、その作用については鹿目さんのおかげで解決された筈よ。ソウルジェムは魔力を蓄える装置として根本的な構造から作り直され、穢れについても限界に達した時点でグリーフシードがなくても自動的に浄化されるようになったわ」
ほむら「その通りよ。しかし、これらとは違う副作用が新たに設定されたと考えた事はない?」
マ ミ「どういう事かしら」
ほむら「これまでの世界ではQベェと契約を交わした者は魔法少女として魔女と戦い、いずれは魔女になる事を宿命づけられていた。その代償として一つだけ願いが叶うけれど、叶った願いとは吊り合わない不幸が自分自身にかえり、Qベェと契約した魔法少女は一人の例外もなく不幸になってきたわ。美樹さやかも、佐倉杏子も、あなたも」
マ ミ「……」
ほむら「ワルプルギスの夜を撃破した事で世界が改変され、ソウルジェムの構造や役目も改まり、魔女化や精神の束縛という機能は消失した。しかし、何の代償もなく魔法を与えられるなんて都合のよい事は考えられないのよ。程度の差はあれ、必ずマイナスの作用がある筈だわ」
マ ミ「暁美さんの考えは当然ね。でも、そのマイナス作用ってなんなのかしら」
ほむら「断言はできないけれど、おそらくは「ソウルジェムの穢れに比例して魔力が低下し、その穢れが限度を越えると強制的に魔法少女としての力を失う事」だと思うわ。もっとも、ソウルジェムには永久浄化機能があるから魔力を喪失するのは一時的な現象でしょうけれど」
マ ミ「なるほど。その可能性は大いにあり得るわね。何のデメリットもなく魔法が使い放題なんて、それでは話がうますぎるわ。暁美さんの意見は正鵠を射ているかも知れない」
ほむら「同時に永久浄化能力の欠点もハッキリしたわ。負の感情の急激な高まり、魔力の大量消費、これらの要因によってソウルジェムの濁りが限界に達した場合、その浄化には多少の時間がかかる。昨日の学校帰りに見舞った際、美樹さやかのソウルジェムを見たけれど真っ黒に穢れたままだったわ」
マ ミ「それじゃ、しばらく美樹さんは魔法少女になれないわね」
ほむら「ええ。誰もグリーフシードを持っていなかったので、彼女のソウルジェムの穢れは浄化できなかったわ。でも、わたしたちだって他人事ではないのよ。穢れの自動洗浄スピードは濁る速度の半分以下だから、気をつけないと魔女との戦いで必要な魔力が足りなくなる事だったあり得るわ」
一陣の風が吹き、ほむらの長い髪とマミの縦ロールが風下に向かってなびいた。同時に午後1時からの授業開始5分前を知らせる予鈴がスピーカーから鳴り響く。
ほむら「予鈴ね、そろそろ教室に戻りましょう。貴重な時間を消費させて悪かったわ」
マ ミ「いいえ、そんな事ないわよ。あなたの考察、とても興味深い話だった」
ほむら「これまで経験してきた世界に比べれば、今の時間軸は文句のつけようがないわ。まどかは生きて帰ってくれた。巴マミ、佐倉杏子、美樹さやかは共に戦う仲間として存在する。ソウルジェムの穢れによる魔法少女の魔女化も心配がなくなった。でも……」
マ ミ「でも?」
ほむら「改変されたが故に不明な点もあるわ。使い魔や魔女が誕生する原因、わたしたちの前からインキュベーターが姿を消した理由。この二つの謎がどうしてもわからない。これが新たな悲劇の引き金にならない事を願うばかりよ」
シーン8:退院(12月4日 午前11時5分)
翌日、無事に退院したさやかは四時限目が始まる直前、一人で登校してきた。
手首に巻いた包帯や頬に貼られた絆創膏が痛々しく見えるが本人はいたって元気であり、心配するクラスメートや友人とも笑顔で接する。
外傷こそ激しかったが入院治療の必要はないと診断され、ギプスや松葉杖の必要もない奇跡的な容態であった。
まどか「あッ、さやかちゃん。もう大丈夫なの?」
さくら「心配したよ、美樹さん」
ともよ「怪我の具合は如何ですか」
さやかが教室へ入ると同時にまどかが駆け寄り、彼女と談笑していた木之本さくらや大道寺智世もさやかを迎え入れた。
さやか「心配かけてゴメンね、もう大丈夫だよ。包帯も絆創膏も数日でとれるって」
ともよ「そうですか。それはようございました」
さくら「いったい、なにがあったの」
さやか「わたしにもわからないの。市立図書館の前を通りがかった時、急に眩暈(めまい)がしたかと思うと意識がなくなって……それっきり。気が付いたら病院のベッドだったのよ」
本当は魔女との戦いで負傷したのだが、魔法少女でもない二人(及びクラスメート)にそんな事は言えず、警察の事情聴取で述べた嘘を繰り返した。
女教師「はいはい、授業開始のチャイムが鳴りましたよ。席について」
午前中最後の授業となる国語の担当教師が姿を見せたので談話タイムは中断され、さやかと彼女を囲んでいたクラスメートは自席へ戻る。
・・・。
・・・・。
・・・・・。
五十分の授業も終わり、国語教師は教室を出て行った。
今から一時間は昼休みとなり、学生食堂に走る者、集まって弁当を広げる者、それぞれが思い思いの行動を取る。
さやかが机の上に弁当を広げて食べようとしたとき、上條がやってきた。
さやか「きょ、恭介……」
上 條「もう怪我は大丈夫かい」
さやか「うん」
上 條「そうか。思ったより元気そうで安心したよ。さやかの元気な姿が見られないと寂しくてね」
さやか「元気だけが取り得ですからね、わたしは」
上 條「ところで、ちょっと話したい事があるんだ。時間は取らせない。中庭まで付き合ってくれないかな」
さやか「ええ、いいわよ」
務めて冷静な口調で答えると、弁当を鞄の中にしまって立ち上がった。
教室を出る時に横目で志筑仁美に一瞥をくれたが、彼女は下を向いており表情が分からない。
まどかは真剣な表情のさやかと上條に声をかける事ができず、杏子は教室から出て行く二人を黙って見送っただけだった。
シーン9:放課後の屋上で(12月4日 午後4時20分)
さやか「杏子、ちょっといい」
全ての授業が終わり放課後となった。生徒たちは帰り支度を始め、一人、また一人と教室から出て行く。
週直のまどかは学級日誌の提出や雑務で居残り、ほむらは所属する図書委員の月例会への参加でいない。
久しぶりに一人で帰る事になった杏子だが、そんな彼女にさやかが声をかけてきた。
杏 子「さ、さやか」
さやか「話があるの。用事がなかったら付き合ってくれないかしら」
その真剣な表情から用事の察しはついた。杏子は覚悟を決めて返事をする。
杏 子「いいよ」
教室を出た二人は階段を上って屋上へ向かった。
真新しいベンチに二人揃って腰を下ろしたが、杏子を誘ったさやかは何も語ろうとしない。
沈黙に耐えられなくなった杏子が先に話しかけようとした時、意を決したさやかが口を開いた。
さやか「ねえ、杏子。昨日の朝、恭介に『美樹さやかと志筑仁美、どっちが好きなんだ』って聞いたそうね」
杏 子「あ、ああ」
さやか「なんでそんな事を聞いたの。恭介が好きなのは仁美に決まってるじゃない。その事は杏子だって知ってたでしょう」
杏 子「……」
返す言葉が見つからない杏子は黙っているしかなかった。
さやか「恭介から『佐倉さんに変な事を質問されたけど、さやかは関係ないよね』なんて言われた時にはビックリして声も出なかったわ。なんにも知らないから驚いたわよ。それだけじゃない。恭介の腕が完治した事についても余計な一言を洩らしたそうね」
杏 子「……」
さやか「頼みもしないお節介はやめて頂戴」
杏 子「ご、ごめん……」
それ以外に言葉が見つからなかった。実際、頼まれもしない事をやってしまったのだから。
さやか「恭介から仁美と付き合ってるって聞いた後、こんな事を言われたわたしの気持ち、あんたにわかる? あんたは……わたしが惨めな負け犬になった姿を見たいわけ?」
杏 子「違うんだ、さやか」
さやか「何が違うって言うのよ」
杏 子「昨日の件は確かにあたしが悪かった。あんたの気持ちを考えないで出しゃばったマネをした事は謝る。だけど、それはさやかの事が心配だったから……」
さやか「それが余計なお世話なのよ。あんたのせいで恭介に誤解されて大恥かいちゃったわ」
杏 子「……」
さやかは手首に付けていたブレスレットを外し、杏子の胸めがけて乱暴に投げ捨てた。
さやか「それ、返すわね。しばらくは口もききたくないわ」
杏 子「さ、さやか」
さやか「あんたなんか……この街に来なきゃよかったのよ」
そう言い捨て、さやかは小走りに屋上を出て行く。あとには目尻に涙を浮かべた杏子だけが取り残された。
シーン10:杏子の涙(12月4日 午後5時30分)
美樹さやかは感情の起伏が激しい。普段は明るく元気なムードメーカーでありながら、些細な事で気落ちしてしまう性格面の弱点がある。
放課後の激怒も感情の高ぶりによる一時的な事かも知れないが、別れ際の「あんたなんか……この街に来なきゃよかったのよ」と言う一言は杏子の心を鋭い矢のように貫いた。
杏 子「ただいま」
マ ミ「おかえりなさい。今日は遅かったわね。居残りでもさせられたの?」
暗く沈んだ杏子の心境を知らないマミは冗談まじりに笑顔で声をかけた。
杏 子「いや」
マミの冗談を短い答えで受け流し、杏子は俯いたまま自室へ入る。
マ ミ「……」
眼の前を通り過ぎる杏子の肩が軽く震えているのを見たマミは、学校で何かあったと直感的に悟った。
キッチンに戻って夕食の支度を切り上げたマミが杏子の部屋の前に立つと、室内からは嗚咽の声が聞えてくる。
憂いの表情を浮かべながら、マミは思い切ってドアをノックした。
コン、コン、コン。
マ ミ「杏子。入ってもいいかしら」
杏 子「……」
マ ミ「杏子、どうしたの。学校で何かあったの」
杏 子「……」
マ ミ「悪いけど入るわよ」
ドアノブを捻ると難なく廻った。どうやら鍵はかけていなかったらしい。
部屋の中は真っ暗だった。カーテンも閉まっておらず、窓の向うにはとっぷりと暮れた紺青の冬空が広がっている。
暗くてハッキリとは見えないが、杏子は両手で抱えた膝に顔を埋もれさせる恰好でベッドの上に座っていた。
マ ミ「どうしたのよ、電気もつけないで」
カーテンを閉めて電気をつけると、杏子は制服姿のまま体を縮めているのが目についた。
マミは杏子の脇に腰を下ろすと静かな声で尋ねた。
マ ミ「美樹さんとなにかあったのね」
杏 子「……」
返事をする代わりに杏子は小さく頷いた。
マ ミ「なにがあったのか、よかった聞かせてくれる」
杏 子「……マミ。あたし、どうしたらいい。どうしたら、さやかに許してもらえる」
顔を上げた杏子の顔は涙で濡れ、頬をつたう涙の滴が掛け布団のカバーにポタポタと落ちる。
マ ミ「落ち着いて。ほら、まずは涙を拭きなさい」
スカートのポケットからハンカチを取り出し、杏子に差し出す。
杏 子「ありがとう」
受け取ったハンカチで涙を拭った杏子は座を正し、放課後の出来事をマミに話した。
話をしているうちに気持ちも落ち着いたのか涙は止まっていた。
杏 子「マミの言う通りだった。あたしが余計な口出しをしたせいで、さやかは上條に誤解されちまった。さやかが激怒したのも当然だよ。自業自得って、この事だよな」
マ ミ「……」
杏 子「マミも……怒ってるよね。あれだけ忠告してくれたのに、それを無視しちゃったんだから」
マ ミ「怒っていないわよ」
杏 子「え?」
マ ミ「怒っていないと言ったの」
マミは杏子の手に自分の手を重ね合わせ、優しく声をかける。
マ ミ「こんな結果になってしまったけど、美樹さんを思う杏子の気持ちは理解できるつもりよ」
杏 子「マミ……」
マ ミ「ただ、ちょっと行動がストレート過ぎたわね」
からかう様な口調でいい、杏子の額を人差し指で軽く突いた。
杏 子「気持ちばかり先走って行動が空回りしたみたい。これまで突き返されちゃったよ」
悲しげな声で言い、スカートのポケットからブレスレッドを取り出した。
マ ミ「これって、あなたが美樹さんにプレゼントしたブレスレッドじゃないの」
杏 子「そうだよ。さやかと駅前アーケードにオープンしたアクセサリーショップを覗いた時に買ったブレスレッドさ。あたしはさやかに、さやかはあたしに。プレゼント交換の形で買ったんだ」
マ ミ「……」
杏 子「なあ、マミ」
マ ミ「ん?」
杏 子「あたしが見滝原中学校にきたのは間違いだったのかなぁ」
マ ミ「どうして?」
杏 子「もともと見滝原市(ここ)はマミのテリトリーだろう。あたしが来るべき場所じゃなかったのかも知れない」
マ ミ「そんな事ないわ」
杏 子「やっぱり、あたしは一匹狼でいるべきだったんだ。相手の事を考えて行動できない利己主義な女だから」
マ ミ「あんまり自分を卑下しないで、杏子。今のあなたは利己主義者なんかじゃない。友達や仲間の事を思いやれる優しさがあるわ」
杏 子「でもさぁ……その付け焼刃の気持ちが裏目に出ちゃ意味がないよ」
マ ミ「こういう事は時間が解決してくれるわ。あなたと美樹さんの事も、美樹さんと上條君の事もね」
杏 子「そうかなあ。あんなに怒ったさやかを見たのは初めてだよ。今にも絶交を宣言しかねない剣幕だったけど……」
マ ミ「大丈夫。わたしの言葉を信じなさい」
杏 子「……。わかった。マミがそう言うなら信じるよ」
マ ミ「そう、その調子よ。さあ、服を着替えていらっしゃい。今夜はクリームシチューを用意したの。思いっきり食べて悲しい事は忘れてしまいなさい」
⇒ To be continued

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「魔法少女まどか☆マギカ Another」 寒月(前編)
【はじめに】
魅力的な五人のヒロインが登場する「魔法少女まどか☆マギカ」はキャラクター造型とシナリオ完成度の両方が非常に高い稀有なアニメ作品であり、魔女っ子物の歴史に残る名作として認知されたと思います。
アニメ放送終了から半年を待たずして各地で同人誌即売のオンリーイベントが開催されている実績を加味し、早くも名作の殿堂入りを果たしたと言っても過言ではないでしょう。
原作を愛するファンの方々によって描かれた様々なfi世界の物語に影響され、今さらながら創作意欲を刺激された事は以前にも告白しましたが、今も同人作品を読むたびに幾つもの派生物語が思い浮かびます。
今回は「杏×さや」と「杏&マミ」の組み合わせに重点を置いた物語の骨子ができあがったので、シリアス調の中編に仕上げてみました。
上條恭介と志筑仁美のカップル誕生にショックを受けた美樹さやか、献身的なさやかの看護に感謝せず別の女性と交際する上條を憎む佐倉杏子、複雑な男女の恋愛関係に翻弄される仲間を心配する巴マミ。この三人を中心にした人間模様が織りなすドラマになります。……と、自画自賛するような紹介文を書いてみました(このような自作紹介文の書き方は、尊敬するエッセイストの横田順彌氏から学びました)。
再三にわたって記す通り、各設定は必ずしも原作に忠実ではありませんので御注意下さい。
最後になりましたが、本作のアイディアを得るにあたり、かしな氏の『魔法少女は眠らない』(発行:PILGRIM)とmumoto氏の「【杏さや】もしも杏子が同じ中学だったら【漫画P32】」よりインスパイアを受けた事を明記しておきます。
シーン1:黄昏時の公園(11月30日 午後5時)
さやか「ヒック。ヒック。……。ううッ。……」
夕日によって赤く染められた見滝原中央公園。噴水前のベンチに腰かけながら、美樹さやかは一人で泣いていた。
寒々しい鉄製の屋外時計が午後5時を告げ、それと同時に園内の街頭が次々と点灯する。
十一月も終わりに近づき、いよいよ年の瀬も間近に迫ってきた。日が暮れるのも早くなり、もう一時間程度で茜色の空は墨を流したかのような黒一色に染まる事だろう。
木枯らしが吹く人気(ひとけ)のない公園のベンチで泣きじゃくるさやか。
そんな彼女の肩を背後から誰かがポンと叩いた。
さやか「ヒック。だ、誰? ヒック」
杏 子「な~に泣いてんだよ。明日は心弾む日曜だってのに」
さやか「ヒック。あ、あんたには……。ヒック。か、関係ない事よ」
杏 子「制服のままベンチに座ってると風邪ひくぜ。これを羽織りな」
杏子は自分の着ていたコートを脱ぎ、さやかの肩にかけてやった。
さやか「余計な事……。ヒック。し、しないでよ。ヒック」
そうは言うものの、杏子の温もりが残るコートを脱ぎ棄てようとはしない。
杏子はさやかの隣に座り、持っていた紙袋からスナック菓子を取り出して話しかける。
杏 子「あんな青瓢箪みたいな坊やにふられたくらいで落ち込むなよ。看病してもらった恩も忘れるようなヤツ、あたしなら願い下げだね」
さやか「……。ヒック」
杏 子「マミからも聞いてるだろう、魔法少女には恋している暇なんかねぇッて」
さやか「……」
杏 子「だいたいさぁ、あんたみたいに活発な元気娘と神経質な音楽家の卵ってカップリングに無理があったんじゃ……」
さやか「うるさいわね。あ、あんたに……。ヒック。なにが分かるのよ。わたしの気持ち……。ヒック。あんたなんかには……。ヒック。わからないわよ」
泣きはらした目で杏子を睨みつけるさやか。その視線を正面から受け止め、杏子は静かに口を開いた。
杏 子「さやか、あんたは優しい娘(こ)だよ。テスト勉強や学校行事で疲れている時も幼馴染の見舞いを欠かさず、いろんな差し入れまで持って行ってさ。Qべぇの野郎に騙されたとは言え、怪我で不随になった右腕を治してやる目的で魔法少女の契約を交わし、自分の運命よりも上條の将来を優先させた」
さやか「……。ヒック」
杏 子「でもさあ」
真剣なまなざしでさやかを見つめ、杏子は言葉を続ける。
杏 子「匿名の奉仕で独善的な満足感に浸ってたんだろうけど、そうやって自分の気持ちを偽って招いた結果が今のあんたの姿だ。一言でいい、惚れた相手に「好きだ」って言っちまえばよかったんだ。この一言を口に出す勇気がなかったから、あんたは日蔭者のまま身を引く事になった。違う……」
パシン。
杏子の言葉を遮り、彼女の頬をさやかの右手が容赦なく叩いた。肌を打つ痛々しい音が冬の公園に響く。
さやか「うるさい、うるさい。……。ヒック。あんたには……。ヒック。関係ない事でしょう。ヒック。ほっといてよ」
杏 子「ほっとけねえよ」
さやか「え?」
杏 子「大事な友達が悲しんでるんだ、ほっとけるわけねえだろう」
さやか「きょ、杏子。……。ヒック」
杏 子「食うかい?」
叩かれた頬が赤く鬱血しているにも関わらず、杏子は笑顔で紙袋からスナック菓子を取り出した。
杏 子「文化祭の後片づけが終わって下校してから昼飯も食わずに上條の事を探してたんだろう。制服のまま方々を廻って腹が減ってるんじゃねえか?」
さやか「……。ヒック」
杏 子「こんなもんで腹の足しになるか分かんねえけど、よかったら食いなよ」
さやか「あ、ありがとう。ヒック」
少しは気持ちが落ち着いたのか、さやかは杏子が差し出したスナック菓子を受け取った。
包紙を破り、棒状のスナック菓子を口に運ぶ。
ボキッ。サクッ、サクッ、サクッ。
乾いた音をたてて棒状のスナック菓子が途中から折れ、スナックを噛み砕く音が聞こえる。
さやか「お、美味しい。……。ヒック。こんなに美味しかったんだ……。ヒック。このお菓子」
今までの険しかった表情が消え、さやかは微笑みながらスナック菓子を二口で食べ終える。
サクッ、サクッ、サクッ。
さやか「ああ、美味しかった」
杏 子「やっと笑ったな。それでこそさやかだ。あんたには笑顔が一番似合うよ」
さやか「杏子。……。ヒック。どうもありがとう。ヒック。それと……ごめんなさい。ヒック。わたしを慰めようとする……。ヒック。あんたの気持ちを知っていながら……。ヒック。ほっぺたを叩いちゃって」
杏 子「気にしてねえよ。蚊も殺せないさやかのビンタなんか」
屈託のない笑顔で答え、杏子は二つ目のスナック菓子を口にする。
さやか「……」
涙を浮かべたまま黙りこむさやかの肩を抱き、杏子は自分の方へ引き寄せた。
杏 子「泣きな」
さやか「え?」
杏 子「思いっきり泣いちまえよ。メソメソ涙を流してても悲しみは和らがない。悲しい時は思いっきり泣いちまいな」
さやか「きょ、杏子……。ヒック。ヒック。うああああああん……」
杏子の胸に顔をうずめ泣きじゃくるさやか。これまで抑えていた涙と悲しみが一気に噴出したらしい。
さやかの流す涙は杏子のトレーナーに不格好な地図を描くが、当の杏子は目を閉じながらスナック菓子を齧り、泣き続けるさやかの肩を右手でしっかりと抱きしめる。
さやか「うああああん。わ、わたし……本当は悲しかった、悔しかった。自分の気持ち……伝えようとしながら……言えなかったのが……悪いって分かってても……仁美と恭介が許せなかった……。きょ、恭介も……仁美が好きなら……そう言ってくれれば……。ひ、仁美はいつも……遠慮して……わ、わたしがいなくなってから……お見舞いに行ってたって言うけど……い、一緒に行っても……よかったじゃない。そんな事にも……き、気付かなかった……なんて。わたし……ま、まるで……道化師じゃないのよ。あはあああああん、あああああん」
シーン2:夕食の会話(11月30日 午後7時)
マ ミ「そう。そんな事があったのね」
杏 子「とりあえず家までは送ってきたけどよ、かなり深い心の傷を負っちまったらしい。しばらくは魔法少女として活動させない方がいいぜ」
マ ミ「ええ。不安定な精神状態で魔女と戦うのは危険が大きすぎるものね」
水炊きの鍋を囲みながら、杏子は夕方の出来事をマミに話した。
泣くだけ泣いて少しは落ち着いたさやかを自宅まで送ったものの、彼女は公園を出てから一言も口をきかず、何となく気まずい雰囲気で別れたのだった。
杏 子「それにしてもよぉ、上條の奴も許せねえよな。志筑仁美と付き合ってたなら正直に言えばよかったじゃねえか。さやかの好意、どんな気持ちで受けてやがったんだ」
イライラしながら水炊き用の骨付き鶏モモ肉を豪快に食いちぎる。
マ ミ「上條君……だったかしら。彼にも事情があったんじゃないの。なんといっても多感な年頃でしょう、他人には伺い知れない心の葛藤があったのかも知れないわ」
杏 子「へッ。なにが心の葛藤だ。多感な年頃ならよぉ、少しはさやかの気持ちも考えてやりゃいいじゃねえか」
マ ミ「杏子」
箸を置いたマミは真剣な表情で杏子を見つめ、落ち着いた声で呼びかけた。
杏 子「なんだよ」
マ ミ「これは美樹さん個人の問題よ。冷たいようだけど、彼女自身で解決しなければいけない事だわ」
杏 子「そんな事は分かってるよ」
マ ミ「それなら、これ以上の干渉は無用よ。あなたが美樹さんを心配する気持ちもわかるけど、部外者は口を挟んでは駄目。いいわね」
杏 子「……」
マ ミ「杏子」
杏 子「わ、わかったよ……」
シーン3:さやかの入院(12月2日 午前7時50分)
まどか「あッ、杏子ちゃん」
杏 子「よう、まどか。おはよう」
まどか「おはよう。大変だよ、杏子ちゃん。さやかちゃん、入院しちゃったんだって」
杏 子「な、なんだと。どう言う事だ、まどか」
まどか「わたしくも詳しい事はわからないの。さやかちゃんのお父さんから聞いた話だと、傷だらけで庭先に倒れていたから救急車を呼んで病院へ搬送したみたい」
杏 子「な……なんだと」
まどか「今朝、一緒に登校しようとさやかちゃんの自宅に寄ったんだ。そしたら、昨日の夜に緊急入院したって……」
杏 子「緊急入院だと」
ほむら「おはよう。なんだか騒々しいけれど、どうかしたの?」
まどか「ほむらちゃん。さやかちゃんが昨日から入院しちゃったの」
ほむら「え? あの美樹さやかが?」
まどか「うん」
ほむら「体でも壊したのかしら? そう言えば、土曜日は顔色がすぐれなかったわね。風邪をこじらせたのでなければいいけれど」
まどか「わたしも詳しくはわからないけど、昨日の夜、傷だらけになって倒れているのが見つかって入院しちゃったみたい」
ほむら「不可解な事もあるわね」
杏 子(そうか。この二人、さやかが上條にふられた事を知らねえんだ……)
ほむら「どうしたの、佐倉杏子」
杏 子「い、いや。別に」
♪~ ♪~ ♪~
まどか「あッ。そろそろホームルームの時間だ。それじゃ、また後でね」
ほむら「ええ」
8時5分前の予鈴を聴いたまどかは自分の席へ戻り、ほむらと杏子も自席に落ち着く。
杏 子(さやかが入院した。まさか、上條の事が原因なのか……。まどかの話では全身傷だらけで庭に倒れていたそうだが、三階の自室から飛び降りでもしたのか)
いろいろな考えが浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。
杏 子(まあ、ここで心配してても仕方ねえ。まどかとほむら、マミを誘って帰りに見舞ってやるか)
シーン4:公園にて(11月29日 午後4時)
落葉した木々に挟まれた見滝原中央公園の遊歩道。ここを二人の中学生が談笑しながら歩いている。
仁 美「お医者様からも絶望視された右腕の怪我が完治するだなんて、奇跡は信じてみるものですわね」
上 條「ありがとう、志筑さん」
仁 美「日曜日の演奏会、頑張って下さいましね」
上 條「うん。エントリーを抹消されなかったのは不幸中の幸いだったからね。このチャンス、絶対に逃せないよ」
仁 美「全日本弦楽器コンクールでの優勝経験は音楽大学への有力な武器になるそうですからね。上條君の才能ならば、ジュニア部門史上初の中学生優勝者輩出も夢ではありませんわ」
上 條「上には上がいるから楽観できないけれど、当日は得意な曲で勝負に出ようと思うんだ」
仁 美「上條君ならば大丈夫、絶対に優勝できますわよ」
上 條「志筑さんからもらった幸運のマスコット、これを当日は持って行くよ」
仁 美「あら、嬉しいお言葉ですわ」
さやか「……」
こんな二人の会話を木陰に隠れる形で見ていた人影があった。美樹さやかだった。
まどかの家へ遊びに行った帰り、近道として公園内を通った時、この場面を不幸にも彼女は目撃してしまった。
さやか(きょ、恭介、明後日のコンクールに出場するんだ。そんな話、学校では一言もしなかったじゃない。それに幸運のマスコットって何の事よ……)
二人は街頭の下にあるベンチへ腰を下し、なおも話し続ける。
上 條「それにしても志筑さんのお弁当、美味しかったよ。あれだけが孤独な入院中の楽しみだったんだ」
仁 美「それはようございましたわ」
上 條「さやかが差し入れてくれた音楽CDを聴きながら食べる志筑さんの手製弁当、忘れられない味だよ」
仁 美「さやかさん。彼女には悪い事をしてしまいましたわね」
上 條「……」
仁 美「やはり、彼女とお見舞いに行くべきでしたわ。さやかさんが帰った後にコソコソとお見舞いに来るなんて、あの時のわたくしはどうかしていたようです……」
上 條「それはさやかを裏切りたくないって気持ちが働いていたからじゃないのかな」
仁 美「やはり、わたくしの口から彼女に伝えます。上條君との事、いつまでも内緒にしていてはさやかさんに申し訳ございませんもの」
上 條「いや、僕から言うよ。なるべく彼女を傷つけないようにね」
仁 美「で、でも……」
上 條「心配しないで、志筑さん。さやかだって、きっとわかってくれるよ。そして、笑顔で祝福してくれるさ」
仁 美「そうでしょうか……。なんだか心苦しくて仕方ありませんわ。結果として、さやかさんを裏切ってしまったのですから」
上 條「彼女と僕は幼馴染だ。子供の頃から互いの事を知り過ぎる程に付き合ってはいるけど恋愛感情にまでは発展しないよ。きっと、身近な存在過ぎて友達の関係からは踏み出せないのかも知れない」
仁 美「……」
上 條「ただ、コンクール前は精神を集中させなければいけない。さやかに打ち明けるのは週が明けてからにするよ」
仁 美「上條君がそう仰るのなら、あなたに一任致しますわ」
二人の会話を聞いていられなくなったのか、さやかは目に涙を浮かべながら公園から出て行った。
そんな彼女を見ていたのが杏子だった。
隣町まで出掛けた帰り、杏子も近道として公園内を突っ切ろうとしたが、そこで立ち聞きするさやかの姿を見かけ、遊歩道の反対側に立ち並ぶ大きな木の陰に隠れて仁美と上條の会話を聞いたのだ。
さやかが入院中の上條恭介を定期的に見舞っている事は杏子も知っていたし、彼の右腕が事故の後遺症で不随になってしまったのを知ったさやかが癒しの祈りで魔法少女の契約を交わし、その能力で上條の右腕を完治させた事も知っている。
そんなさやかの好意を知ろう筈がない担当医は突然の奇蹟として不思議がり、上條一家は喜びの涙を流した。
しかし、さやかに架せられた奇跡の代償は大きい。彼女は魔法少女の契約を交わしたが為に魔女と戦い続ける宿命を背負わされ、奇跡を与えた誰からも感謝される事なく正義の剣を振るわなければならなくなった。
杏 子(こりゃ、かなり衝撃的な場面だな。さやかのやつ、ヤケをおこさなけりゃいいけど……)
シーン5:杏子とマミ(12月2日 午後5時30分)
杏 子「ただいま~」
マ ミ「おかえり。どうだった、美樹さんの容体」
杏子の帰宅を待ちわびていたマミがエプロンで手を拭きながら玄関まで迎え出た。
来週末に行われる三者面談の説明会があり、三年生のマミはさやかの見舞いには同行できなかったのだ。
両親を事故で亡くしたマミだが、他県在住の叔父夫妻が後見人として諸々の面倒を見てくれている。
マミがしっかりした性格である事と高校受験目前という事で一人暮らしを認め、金銭的な事や進路相談で保護者の出番が必要な時のみマミの自宅であるマンションを訪れるのだった。
熱心なクリスチャンであるマミの叔父は杏子の境遇に同情を覚え、彼女の同居を認知したうえで一定額の生活費を援助している。
特殊な家庭環境ゆえ、こうしてマミがエプロンをつけて台所に立ち、二人分の夕食を作る事も珍しくない。
杏 子「怪我自体は大した事なかったらしい」
マ ミ「そう。それはよかった」
杏 子「とりあえず着替えさせてくれ、詳しい話は飯を食いながらだ」
マ ミ「わかったわ。ちょうど支度が終わったところだったの」
杏 子「うう~ん、いい匂い。中華か?」
マ ミ「そうよ。今日のメインは揚げワンタンとチンジャオロースよ」
杏 子「さすがマミ。それじゃ、さっさと着替えてくるか」
数分後。
着替えを済ませた杏子がダイニングルームに現れ、マミと対面する形で椅子に腰を下ろす。
マ ミ「それで美樹さんの事だけど……」
杏 子「さやかの話じゃ、魔女との戦いで負傷したそうだ」
マ ミ「なんですって」
杏 子「出先から家に戻る途中、魔女に口付けされたガキを見つけたんだと。自分のコンディションも考えずに魔女の結界へ入り込んだのはいいが、あの精神状態じゃ100%の力を発揮できなかったらしい。魔女の攻撃でボコボコにされたってよ」
マ ミ「でも、魔女は倒せたんでしょう」
杏 子「当たり前だろう。負けてりゃさやかは生きちゃいねえよ」
マ ミ「それもそうね。愚問だったわ」
杏 子「精神面が不安定だった事に加え、予想以上の苦戦で自分の傷を癒すのも忘れたらしくってよ、家まで辿り着いた瞬間に玄関前で倒れ、そこを親父に発見されたらしい」
マ ミ「あら、庭先じゃなかったの?」
杏 子「親父も昨日の今日で混乱してたのかもな。今朝、まどかが聞いた時は庭先と言ったみたいだけど……。まあ、細かい事はどうでもいいじゃねえか」
マ ミ「美樹さんの容体はどうなの」
杏 子「怪我自体は大した事ないそうだ。外傷がひどいので精密検査の為に入院させただけだってよ。明後日には退院して学校にも来られるって」
マ ミ「大事に至らず何よりだわ」
杏 子「もしかしたら、無意識のうちに癒しの祈りで多少は傷を回復させていたのかもな」
マ ミ「そうかも知れないわね」
杏 子「ただ、問題がある」
マ ミ「問題?」
杏 子「上條の奴、志筑仁美と付き合っている事を週明けにさやかへ話すって言ってたんだ」
マ ミ「……」
杏 子「そんな話、今のさやかに聞かせてみろ。どうなるか予測できねえぜ。あいつ、意外とナイーブなところがあるからよ」
マ ミ「改めて当事者から事実を聞かされるとショックも大きいでしょうからね。確かに心配だわ」
杏 子「なあ、マミ。あたしたちにできる事はねえのか。このままじゃ、さやかが可愛そうだ」
マ ミ「杏子、土曜日の夜に言ったはずよ。部外者は余計な口出しをしない」
杏 子「……」
マ ミ「あなたの気持ちはわかる。わたしだって、できる事ならば美樹さんの力になってあげたいわ。でもね」
杏 子「でも? でも、何だよ」
マ ミ「下手な同情や好意は、かえって美樹さんを傷つけてしまうかも知れないのよ」
杏 子「どういう意味だ?」
マ ミ「うまくは説明できないわ。でも、これだけは約束して。本当に美樹さんの事を思っているなら静観を決め込むって」
杏 子「……」
マ ミ「杏子」
杏 子「マミ……。悪いけど約束はできない」
マ ミ「……そう」
杏 子「ごめん、聞き分けが悪くて。でも、軽々しい約束をしてマミに嘘をつきたくないんだ」
マ ミ「とりあえず、夕食を済ませましょう。冷めてしまうわ」
杏 子「……そうだな」
魅力的な五人のヒロインが登場する「魔法少女まどか☆マギカ」はキャラクター造型とシナリオ完成度の両方が非常に高い稀有なアニメ作品であり、魔女っ子物の歴史に残る名作として認知されたと思います。
アニメ放送終了から半年を待たずして各地で同人誌即売のオンリーイベントが開催されている実績を加味し、早くも名作の殿堂入りを果たしたと言っても過言ではないでしょう。
原作を愛するファンの方々によって描かれた様々なfi世界の物語に影響され、今さらながら創作意欲を刺激された事は以前にも告白しましたが、今も同人作品を読むたびに幾つもの派生物語が思い浮かびます。
今回は「杏×さや」と「杏&マミ」の組み合わせに重点を置いた物語の骨子ができあがったので、シリアス調の中編に仕上げてみました。
上條恭介と志筑仁美のカップル誕生にショックを受けた美樹さやか、献身的なさやかの看護に感謝せず別の女性と交際する上條を憎む佐倉杏子、複雑な男女の恋愛関係に翻弄される仲間を心配する巴マミ。この三人を中心にした人間模様が織りなすドラマになります。……と、自画自賛するような紹介文を書いてみました(このような自作紹介文の書き方は、尊敬するエッセイストの横田順彌氏から学びました)。
再三にわたって記す通り、各設定は必ずしも原作に忠実ではありませんので御注意下さい。
最後になりましたが、本作のアイディアを得るにあたり、かしな氏の『魔法少女は眠らない』(発行:PILGRIM)とmumoto氏の「【杏さや】もしも杏子が同じ中学だったら【漫画P32】」よりインスパイアを受けた事を明記しておきます。
シーン1:黄昏時の公園(11月30日 午後5時)
さやか「ヒック。ヒック。……。ううッ。……」
夕日によって赤く染められた見滝原中央公園。噴水前のベンチに腰かけながら、美樹さやかは一人で泣いていた。
寒々しい鉄製の屋外時計が午後5時を告げ、それと同時に園内の街頭が次々と点灯する。
十一月も終わりに近づき、いよいよ年の瀬も間近に迫ってきた。日が暮れるのも早くなり、もう一時間程度で茜色の空は墨を流したかのような黒一色に染まる事だろう。
木枯らしが吹く人気(ひとけ)のない公園のベンチで泣きじゃくるさやか。
そんな彼女の肩を背後から誰かがポンと叩いた。
さやか「ヒック。だ、誰? ヒック」
杏 子「な~に泣いてんだよ。明日は心弾む日曜だってのに」
さやか「ヒック。あ、あんたには……。ヒック。か、関係ない事よ」
杏 子「制服のままベンチに座ってると風邪ひくぜ。これを羽織りな」
杏子は自分の着ていたコートを脱ぎ、さやかの肩にかけてやった。
さやか「余計な事……。ヒック。し、しないでよ。ヒック」
そうは言うものの、杏子の温もりが残るコートを脱ぎ棄てようとはしない。
杏子はさやかの隣に座り、持っていた紙袋からスナック菓子を取り出して話しかける。
杏 子「あんな青瓢箪みたいな坊やにふられたくらいで落ち込むなよ。看病してもらった恩も忘れるようなヤツ、あたしなら願い下げだね」
さやか「……。ヒック」
杏 子「マミからも聞いてるだろう、魔法少女には恋している暇なんかねぇッて」
さやか「……」
杏 子「だいたいさぁ、あんたみたいに活発な元気娘と神経質な音楽家の卵ってカップリングに無理があったんじゃ……」
さやか「うるさいわね。あ、あんたに……。ヒック。なにが分かるのよ。わたしの気持ち……。ヒック。あんたなんかには……。ヒック。わからないわよ」
泣きはらした目で杏子を睨みつけるさやか。その視線を正面から受け止め、杏子は静かに口を開いた。
杏 子「さやか、あんたは優しい娘(こ)だよ。テスト勉強や学校行事で疲れている時も幼馴染の見舞いを欠かさず、いろんな差し入れまで持って行ってさ。Qべぇの野郎に騙されたとは言え、怪我で不随になった右腕を治してやる目的で魔法少女の契約を交わし、自分の運命よりも上條の将来を優先させた」
さやか「……。ヒック」
杏 子「でもさあ」
真剣なまなざしでさやかを見つめ、杏子は言葉を続ける。
杏 子「匿名の奉仕で独善的な満足感に浸ってたんだろうけど、そうやって自分の気持ちを偽って招いた結果が今のあんたの姿だ。一言でいい、惚れた相手に「好きだ」って言っちまえばよかったんだ。この一言を口に出す勇気がなかったから、あんたは日蔭者のまま身を引く事になった。違う……」
パシン。
杏子の言葉を遮り、彼女の頬をさやかの右手が容赦なく叩いた。肌を打つ痛々しい音が冬の公園に響く。
さやか「うるさい、うるさい。……。ヒック。あんたには……。ヒック。関係ない事でしょう。ヒック。ほっといてよ」
杏 子「ほっとけねえよ」
さやか「え?」
杏 子「大事な友達が悲しんでるんだ、ほっとけるわけねえだろう」
さやか「きょ、杏子。……。ヒック」
杏 子「食うかい?」
叩かれた頬が赤く鬱血しているにも関わらず、杏子は笑顔で紙袋からスナック菓子を取り出した。
杏 子「文化祭の後片づけが終わって下校してから昼飯も食わずに上條の事を探してたんだろう。制服のまま方々を廻って腹が減ってるんじゃねえか?」
さやか「……。ヒック」
杏 子「こんなもんで腹の足しになるか分かんねえけど、よかったら食いなよ」
さやか「あ、ありがとう。ヒック」
少しは気持ちが落ち着いたのか、さやかは杏子が差し出したスナック菓子を受け取った。
包紙を破り、棒状のスナック菓子を口に運ぶ。
ボキッ。サクッ、サクッ、サクッ。
乾いた音をたてて棒状のスナック菓子が途中から折れ、スナックを噛み砕く音が聞こえる。
さやか「お、美味しい。……。ヒック。こんなに美味しかったんだ……。ヒック。このお菓子」
今までの険しかった表情が消え、さやかは微笑みながらスナック菓子を二口で食べ終える。
サクッ、サクッ、サクッ。
さやか「ああ、美味しかった」
杏 子「やっと笑ったな。それでこそさやかだ。あんたには笑顔が一番似合うよ」
さやか「杏子。……。ヒック。どうもありがとう。ヒック。それと……ごめんなさい。ヒック。わたしを慰めようとする……。ヒック。あんたの気持ちを知っていながら……。ヒック。ほっぺたを叩いちゃって」
杏 子「気にしてねえよ。蚊も殺せないさやかのビンタなんか」
屈託のない笑顔で答え、杏子は二つ目のスナック菓子を口にする。
さやか「……」
涙を浮かべたまま黙りこむさやかの肩を抱き、杏子は自分の方へ引き寄せた。
杏 子「泣きな」
さやか「え?」
杏 子「思いっきり泣いちまえよ。メソメソ涙を流してても悲しみは和らがない。悲しい時は思いっきり泣いちまいな」
さやか「きょ、杏子……。ヒック。ヒック。うああああああん……」
杏子の胸に顔をうずめ泣きじゃくるさやか。これまで抑えていた涙と悲しみが一気に噴出したらしい。
さやかの流す涙は杏子のトレーナーに不格好な地図を描くが、当の杏子は目を閉じながらスナック菓子を齧り、泣き続けるさやかの肩を右手でしっかりと抱きしめる。
さやか「うああああん。わ、わたし……本当は悲しかった、悔しかった。自分の気持ち……伝えようとしながら……言えなかったのが……悪いって分かってても……仁美と恭介が許せなかった……。きょ、恭介も……仁美が好きなら……そう言ってくれれば……。ひ、仁美はいつも……遠慮して……わ、わたしがいなくなってから……お見舞いに行ってたって言うけど……い、一緒に行っても……よかったじゃない。そんな事にも……き、気付かなかった……なんて。わたし……ま、まるで……道化師じゃないのよ。あはあああああん、あああああん」
シーン2:夕食の会話(11月30日 午後7時)
マ ミ「そう。そんな事があったのね」
杏 子「とりあえず家までは送ってきたけどよ、かなり深い心の傷を負っちまったらしい。しばらくは魔法少女として活動させない方がいいぜ」
マ ミ「ええ。不安定な精神状態で魔女と戦うのは危険が大きすぎるものね」
水炊きの鍋を囲みながら、杏子は夕方の出来事をマミに話した。
泣くだけ泣いて少しは落ち着いたさやかを自宅まで送ったものの、彼女は公園を出てから一言も口をきかず、何となく気まずい雰囲気で別れたのだった。
杏 子「それにしてもよぉ、上條の奴も許せねえよな。志筑仁美と付き合ってたなら正直に言えばよかったじゃねえか。さやかの好意、どんな気持ちで受けてやがったんだ」
イライラしながら水炊き用の骨付き鶏モモ肉を豪快に食いちぎる。
マ ミ「上條君……だったかしら。彼にも事情があったんじゃないの。なんといっても多感な年頃でしょう、他人には伺い知れない心の葛藤があったのかも知れないわ」
杏 子「へッ。なにが心の葛藤だ。多感な年頃ならよぉ、少しはさやかの気持ちも考えてやりゃいいじゃねえか」
マ ミ「杏子」
箸を置いたマミは真剣な表情で杏子を見つめ、落ち着いた声で呼びかけた。
杏 子「なんだよ」
マ ミ「これは美樹さん個人の問題よ。冷たいようだけど、彼女自身で解決しなければいけない事だわ」
杏 子「そんな事は分かってるよ」
マ ミ「それなら、これ以上の干渉は無用よ。あなたが美樹さんを心配する気持ちもわかるけど、部外者は口を挟んでは駄目。いいわね」
杏 子「……」
マ ミ「杏子」
杏 子「わ、わかったよ……」
シーン3:さやかの入院(12月2日 午前7時50分)
まどか「あッ、杏子ちゃん」
杏 子「よう、まどか。おはよう」
まどか「おはよう。大変だよ、杏子ちゃん。さやかちゃん、入院しちゃったんだって」
杏 子「な、なんだと。どう言う事だ、まどか」
まどか「わたしくも詳しい事はわからないの。さやかちゃんのお父さんから聞いた話だと、傷だらけで庭先に倒れていたから救急車を呼んで病院へ搬送したみたい」
杏 子「な……なんだと」
まどか「今朝、一緒に登校しようとさやかちゃんの自宅に寄ったんだ。そしたら、昨日の夜に緊急入院したって……」
杏 子「緊急入院だと」
ほむら「おはよう。なんだか騒々しいけれど、どうかしたの?」
まどか「ほむらちゃん。さやかちゃんが昨日から入院しちゃったの」
ほむら「え? あの美樹さやかが?」
まどか「うん」
ほむら「体でも壊したのかしら? そう言えば、土曜日は顔色がすぐれなかったわね。風邪をこじらせたのでなければいいけれど」
まどか「わたしも詳しくはわからないけど、昨日の夜、傷だらけになって倒れているのが見つかって入院しちゃったみたい」
ほむら「不可解な事もあるわね」
杏 子(そうか。この二人、さやかが上條にふられた事を知らねえんだ……)
ほむら「どうしたの、佐倉杏子」
杏 子「い、いや。別に」
♪~ ♪~ ♪~
まどか「あッ。そろそろホームルームの時間だ。それじゃ、また後でね」
ほむら「ええ」
8時5分前の予鈴を聴いたまどかは自分の席へ戻り、ほむらと杏子も自席に落ち着く。
杏 子(さやかが入院した。まさか、上條の事が原因なのか……。まどかの話では全身傷だらけで庭に倒れていたそうだが、三階の自室から飛び降りでもしたのか)
いろいろな考えが浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。
杏 子(まあ、ここで心配してても仕方ねえ。まどかとほむら、マミを誘って帰りに見舞ってやるか)
シーン4:公園にて(11月29日 午後4時)
落葉した木々に挟まれた見滝原中央公園の遊歩道。ここを二人の中学生が談笑しながら歩いている。
仁 美「お医者様からも絶望視された右腕の怪我が完治するだなんて、奇跡は信じてみるものですわね」
上 條「ありがとう、志筑さん」
仁 美「日曜日の演奏会、頑張って下さいましね」
上 條「うん。エントリーを抹消されなかったのは不幸中の幸いだったからね。このチャンス、絶対に逃せないよ」
仁 美「全日本弦楽器コンクールでの優勝経験は音楽大学への有力な武器になるそうですからね。上條君の才能ならば、ジュニア部門史上初の中学生優勝者輩出も夢ではありませんわ」
上 條「上には上がいるから楽観できないけれど、当日は得意な曲で勝負に出ようと思うんだ」
仁 美「上條君ならば大丈夫、絶対に優勝できますわよ」
上 條「志筑さんからもらった幸運のマスコット、これを当日は持って行くよ」
仁 美「あら、嬉しいお言葉ですわ」
さやか「……」
こんな二人の会話を木陰に隠れる形で見ていた人影があった。美樹さやかだった。
まどかの家へ遊びに行った帰り、近道として公園内を通った時、この場面を不幸にも彼女は目撃してしまった。
さやか(きょ、恭介、明後日のコンクールに出場するんだ。そんな話、学校では一言もしなかったじゃない。それに幸運のマスコットって何の事よ……)
二人は街頭の下にあるベンチへ腰を下し、なおも話し続ける。
上 條「それにしても志筑さんのお弁当、美味しかったよ。あれだけが孤独な入院中の楽しみだったんだ」
仁 美「それはようございましたわ」
上 條「さやかが差し入れてくれた音楽CDを聴きながら食べる志筑さんの手製弁当、忘れられない味だよ」
仁 美「さやかさん。彼女には悪い事をしてしまいましたわね」
上 條「……」
仁 美「やはり、彼女とお見舞いに行くべきでしたわ。さやかさんが帰った後にコソコソとお見舞いに来るなんて、あの時のわたくしはどうかしていたようです……」
上 條「それはさやかを裏切りたくないって気持ちが働いていたからじゃないのかな」
仁 美「やはり、わたくしの口から彼女に伝えます。上條君との事、いつまでも内緒にしていてはさやかさんに申し訳ございませんもの」
上 條「いや、僕から言うよ。なるべく彼女を傷つけないようにね」
仁 美「で、でも……」
上 條「心配しないで、志筑さん。さやかだって、きっとわかってくれるよ。そして、笑顔で祝福してくれるさ」
仁 美「そうでしょうか……。なんだか心苦しくて仕方ありませんわ。結果として、さやかさんを裏切ってしまったのですから」
上 條「彼女と僕は幼馴染だ。子供の頃から互いの事を知り過ぎる程に付き合ってはいるけど恋愛感情にまでは発展しないよ。きっと、身近な存在過ぎて友達の関係からは踏み出せないのかも知れない」
仁 美「……」
上 條「ただ、コンクール前は精神を集中させなければいけない。さやかに打ち明けるのは週が明けてからにするよ」
仁 美「上條君がそう仰るのなら、あなたに一任致しますわ」
二人の会話を聞いていられなくなったのか、さやかは目に涙を浮かべながら公園から出て行った。
そんな彼女を見ていたのが杏子だった。
隣町まで出掛けた帰り、杏子も近道として公園内を突っ切ろうとしたが、そこで立ち聞きするさやかの姿を見かけ、遊歩道の反対側に立ち並ぶ大きな木の陰に隠れて仁美と上條の会話を聞いたのだ。
さやかが入院中の上條恭介を定期的に見舞っている事は杏子も知っていたし、彼の右腕が事故の後遺症で不随になってしまったのを知ったさやかが癒しの祈りで魔法少女の契約を交わし、その能力で上條の右腕を完治させた事も知っている。
そんなさやかの好意を知ろう筈がない担当医は突然の奇蹟として不思議がり、上條一家は喜びの涙を流した。
しかし、さやかに架せられた奇跡の代償は大きい。彼女は魔法少女の契約を交わしたが為に魔女と戦い続ける宿命を背負わされ、奇跡を与えた誰からも感謝される事なく正義の剣を振るわなければならなくなった。
杏 子(こりゃ、かなり衝撃的な場面だな。さやかのやつ、ヤケをおこさなけりゃいいけど……)
シーン5:杏子とマミ(12月2日 午後5時30分)
杏 子「ただいま~」
マ ミ「おかえり。どうだった、美樹さんの容体」
杏子の帰宅を待ちわびていたマミがエプロンで手を拭きながら玄関まで迎え出た。
来週末に行われる三者面談の説明会があり、三年生のマミはさやかの見舞いには同行できなかったのだ。
両親を事故で亡くしたマミだが、他県在住の叔父夫妻が後見人として諸々の面倒を見てくれている。
マミがしっかりした性格である事と高校受験目前という事で一人暮らしを認め、金銭的な事や進路相談で保護者の出番が必要な時のみマミの自宅であるマンションを訪れるのだった。
熱心なクリスチャンであるマミの叔父は杏子の境遇に同情を覚え、彼女の同居を認知したうえで一定額の生活費を援助している。
特殊な家庭環境ゆえ、こうしてマミがエプロンをつけて台所に立ち、二人分の夕食を作る事も珍しくない。
杏 子「怪我自体は大した事なかったらしい」
マ ミ「そう。それはよかった」
杏 子「とりあえず着替えさせてくれ、詳しい話は飯を食いながらだ」
マ ミ「わかったわ。ちょうど支度が終わったところだったの」
杏 子「うう~ん、いい匂い。中華か?」
マ ミ「そうよ。今日のメインは揚げワンタンとチンジャオロースよ」
杏 子「さすがマミ。それじゃ、さっさと着替えてくるか」
数分後。
着替えを済ませた杏子がダイニングルームに現れ、マミと対面する形で椅子に腰を下ろす。
マ ミ「それで美樹さんの事だけど……」
杏 子「さやかの話じゃ、魔女との戦いで負傷したそうだ」
マ ミ「なんですって」
杏 子「出先から家に戻る途中、魔女に口付けされたガキを見つけたんだと。自分のコンディションも考えずに魔女の結界へ入り込んだのはいいが、あの精神状態じゃ100%の力を発揮できなかったらしい。魔女の攻撃でボコボコにされたってよ」
マ ミ「でも、魔女は倒せたんでしょう」
杏 子「当たり前だろう。負けてりゃさやかは生きちゃいねえよ」
マ ミ「それもそうね。愚問だったわ」
杏 子「精神面が不安定だった事に加え、予想以上の苦戦で自分の傷を癒すのも忘れたらしくってよ、家まで辿り着いた瞬間に玄関前で倒れ、そこを親父に発見されたらしい」
マ ミ「あら、庭先じゃなかったの?」
杏 子「親父も昨日の今日で混乱してたのかもな。今朝、まどかが聞いた時は庭先と言ったみたいだけど……。まあ、細かい事はどうでもいいじゃねえか」
マ ミ「美樹さんの容体はどうなの」
杏 子「怪我自体は大した事ないそうだ。外傷がひどいので精密検査の為に入院させただけだってよ。明後日には退院して学校にも来られるって」
マ ミ「大事に至らず何よりだわ」
杏 子「もしかしたら、無意識のうちに癒しの祈りで多少は傷を回復させていたのかもな」
マ ミ「そうかも知れないわね」
杏 子「ただ、問題がある」
マ ミ「問題?」
杏 子「上條の奴、志筑仁美と付き合っている事を週明けにさやかへ話すって言ってたんだ」
マ ミ「……」
杏 子「そんな話、今のさやかに聞かせてみろ。どうなるか予測できねえぜ。あいつ、意外とナイーブなところがあるからよ」
マ ミ「改めて当事者から事実を聞かされるとショックも大きいでしょうからね。確かに心配だわ」
杏 子「なあ、マミ。あたしたちにできる事はねえのか。このままじゃ、さやかが可愛そうだ」
マ ミ「杏子、土曜日の夜に言ったはずよ。部外者は余計な口出しをしない」
杏 子「……」
マ ミ「あなたの気持ちはわかる。わたしだって、できる事ならば美樹さんの力になってあげたいわ。でもね」
杏 子「でも? でも、何だよ」
マ ミ「下手な同情や好意は、かえって美樹さんを傷つけてしまうかも知れないのよ」
杏 子「どういう意味だ?」
マ ミ「うまくは説明できないわ。でも、これだけは約束して。本当に美樹さんの事を思っているなら静観を決め込むって」
杏 子「……」
マ ミ「杏子」
杏 子「マミ……。悪いけど約束はできない」
マ ミ「……そう」
杏 子「ごめん、聞き分けが悪くて。でも、軽々しい約束をしてマミに嘘をつきたくないんだ」
マ ミ「とりあえず、夕食を済ませましょう。冷めてしまうわ」
杏 子「……そうだな」
⇒ To be continued
「魔法少女まどか☆マギカ Another」 日常小景(コント集)
【はじめに】
今回も「魔法少女まどか☆マギカ」ネタです。今までとは違うショート・ショート形式で話を作ってみました。
センスが問われる分野だけに苦労しましたが、少ない知恵を絞って書いた6話(+1)、最後まで御笑覧頂ければ幸いです。
以上、ショート・ショートという事で前書きも短く纏めてみました。
<KYまどかちゃん>
杏 子「付き合いきれねぇッてんなら無理強いはしない。結構、危ない橋を渡るわけだしね。あたしも、絶対何があっても守ってやる、なんて約束はできねぇし」
杏子から美樹さやか救出作戦の話を持ちかけられたまどか。
危険度の高いミッションだが、まどかは臆せず協力を申し出た。
まどか「ううん、手伝う。手伝わせてほしい」
歩を進めて手を差し伸べ、微笑みながら自己紹介をする。
まどか「私、鹿目まどか」
杏 子「……。ったくもう、調子狂うよな、ホント」
まどか「え?」
杏 子「佐倉杏子だ。よろしくね」
照れ笑いを浮かべながらまどかに近づき、杏子は挨拶を返しながら麩菓子を差し出した。
まどか「あッ……。わ、わたし、パサパサしたお菓子嫌いなの。ごめんね」
杏 子「……」
<ゲームセンターでマミる>
UFOキャッチャーに挑戦中のさやか。
さやか「よしッ! アームが首に引っ掛かった。そのまま一気に持ち上げろ。落ちるなよ~。そのまま、そのまま。マミさん人形、なんとしてもGETさせてぇ」
狙っていた巴マミ人形の首をクレーンの爪が掴み、そのまま宙に吊り上げる。
まどか「さすがさやかちゃん。上手だねぇ」
ギャラリーのまどかがさやかの技術を褒めた。
その時……。
突然の停電によって店内のゲーム機は一斉に強制終了。UFOキャッチャーのクレーンも動きを止めた。
さやか「なに? 停電? 勘弁してよ~」
まどか「ね、ねえ、さやか……ちゃん」
さやか「どうしたの、まどか?」
まどか「あれ。ちょっと見て」
さやか「ん? ……。えぇぇ。こ、これは……」
ガラス越しの向こう側では、クレーンの爪に首を掴まれた巴マミ人形が宙吊りになっている。
まどか「どこかで見た記憶がない? さやかちゃん」
さやか「あ、あれでしょう……。よかった~、マミさんがいなくって」
まどか「マミさん人形だけに……」
さやか「シャレになんないわよね……」
<まどかの願い事>
Qべぇ「僕と契約して魔法少女になって欲しいんだ。その代価として、僕は君たちの願い事を一つだけ叶えてあげる」
まどか「あなたと魔法少女の契約をすれば、どんな願い事でも叶えてくれるの?」
さやか「た、例えばさぁ、金銀財宝とか、不老不死とか、満漢全席とかでもOKなわけ?」
Qべぇ「なんだってかまわない。どんな奇跡だって起こしてあげられるよ」(なんという単細胞……。この程度の願い事しか思いつかないなんて知能指数が知れるね。まあ、そんな願い事で契約が成立すれば安いもので助かるけど)
まどか「本当にどんな願いでも叶えてくれるんだね。嘘じゃないね」
Qべぇ「もちろんだよ。ただし、願い事の数を増やす事はできないからね」
さやか「な~んだ」
Qべぇ(つくづく残念な娘(こ)だ……)
まどか「それじゃ、わたしのお願いを言うよ」
Qべぇ「さあ、願い事を!」
まどか「ソウルジェムが持つ負の要素を全て消し去って」
Qべぇ「え?」
さやか「お~。そうきましたか」
まどか「ほむらちゃんから聞いたよ、ソウルジェムの事。そして、あなたの本性も」
Qべぇ(こ、これは誤算だ。事情通の暁美ほむらと早くも接触していたなんて……)
まどか「さあ、願いを叶えてよ。インキュベーター」
Qべぇ「え、ええと……。その~」
まどか「願いを叶えてくれるのか、くれないのか、声に出してハッキリ言って頂戴。インキュベーター!」
さやか(ま、まどか。そのセリフは漫画が違うよ……)
<ほんと……バカ>
教 師「それじゃ、次は美樹さん。第三節から最後まで読んでもらえるかしら」
さやか「は、はいッ」
国語教師に指名されたさやかは席を立ち、指示された箇所を朗読した。
さやか「……。……。気(き)まずい雰囲気(ふいんき)が一座(いちざ)を支配(しはい)した。ややあって、和尚(おしょう)が我(われ)に返(かえ)ると周囲(しゅうい)には闇(やみ)が広(ひろ)がるばかりであった」
教 師「はい、どうもありがとう」
朗読を終えて着席するさやか。彼女に向かって教師が言った。
教 師「さすが「魔法少女まどか☆マギカ」の出演者ね。語り口調は滑らかだし、発音も大変聞き易かったわ」
まどか「(小声で)すご~い、さやかちゃん。先生に褒められるなんて」
さやか「(小声で)サンキュウ、まどか」
教 師「美樹さん、一つだけ注意点よ。雰囲気は『ふいんき』ではなく『ふんいき』と読みましょうね。発音のし易さから『ふいんき』と覚えてしまう人も多いけど、正しくは『ふんいき』ですから注意しましょう」
さやか(えぇぇぇ。『ふいんき』って間違いだったの~。お、大勢の前で恥かいたぁ……)
まどか「(小声で)わ、わたしも『ふいんき』かと思ってた。また一つ勉強になったね、さやかちゃん」
さやか(あんなにBL物のラノベを読んでるのに、こんな漢字も読めないなんて……。わたしって、ほんと……バカ……)
<マミさんの幸せ>
マ ミ「体が軽い……。こんなに幸せな気持ちは初めてだわ」
杏 子「ケーキと紅茶を断ってダイエットに精を出した甲斐があったじゃねえか。これで明日の身体測定も心配いらねえな」
マ ミ「もう、体重計だって怖くない」
杏 子「しかし、マミが体重を気にしてたなんて知らなかったぜ。まあ、ケーキに紅茶のティータイム三昧じゃ太るのも当然だがな」
マ ミ「……。可愛い後輩に格好悪いスタイルを見せられないでしょう」
<ほむほむの誤算>
ほむら「鹿目まどかさん。貴女がこのクラスの保健係よね」
まどか「え?」
ほむら「連れてってもらえる? 保健室。何だか緊張しすぎたみたいで少し気分が悪いのよ」
さやか「そう。それなら案内するわ、転校生」
ほむら「わたしは保健係に頼んでいるの」
さやか「このクラスの保健係はわたし。美樹さやかよ」
ほむら「え? そんな筈ない。早乙女先生から聞いたのよ、鹿目まどかさんが保健係だって」
さやか「それは去年の三学期よ。早乙女先生、去年から引き継ぎで受け持ちやってるから間違えたんじゃないの? ほら、行くわよ」
ほむら「いや! あなたとは行きたくない……。か、鹿目さぁぁぁん!!」
まどか「ごめんなさい……。アドリブができない子で……ごめんなさい。こんな時、どういうリアクションすればいいのか分からないの」
<番外編:クロスオーバー>
DIO「無駄だ。貴様は将棋やチェスで言うチェックメイトにハマったのだ!」
承太郎「なにぃぃぃ」
DIO「ザ・ワールド。時よ止まれ」
!!
承太郎(・・・・・・)
DIO「ハッハハハハ。このナイフの束が見えるか、承太郎? 見えている事が逆に恐怖だろう。WRYYYYY。無駄無駄無駄無駄ァァァァ」
承太郎(野郎……。なんて事を思いつきやがる。俺のスタープラチナが動ける時間は一秒程度。その限られた時間で全てのナイフを叩き落とす事はできねぇ。こいつは……マジでやばいぜ)
DIO「このDIOが投げた二十八本のナイフ、全て叩き落とす事ができるかな? 承太郎」
承太郎(チッ。しかたねえ、動くのは今だ)「うおぉぉぉぉ。オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァ……」
DIO「どうやら動ける時間を使い果たしたようだな。やはり全てのナイフを叩き落とす事はできなかったか。3……2……1……。そして時は動き出す」
承太郎「ハッ!」
DIO「死ねぃ、承た……」
ほむら「時よ、止まれ」
!!
DIO(・・・・・・・)
承太郎(・・・・・・・)
ほむら「彼がDIO……。あまりの小者ぶりにヘドが出るわ。別作品への介入と干渉は禁じられているけれど、あまりにチキンな時間停止能力の使い方は許せない」
DIO(・・・・・・・)
承太郎(・・・・・・・)
ほむら「このナイフ、よく切れそうね。貰っておくわよ」
DIO(・・・・・・・)
承太郎(・・・・・・・)
ほむら「聞こえないと思うけれど言っておくわ。時間を止める能力は宿命の呪縛と対峙する覚悟がある魔法少女だけのもの。貴方には時を止める資格なんてない。時間停止能力を軽んじた貴方は死ぬしかないわね」
DIO(・・・・・・・)
承太郎(・・・・・・・)
ほむら「ほむほむほむほむほむほむ(中略)ほむほむほむほむぅぅぅぅ。これくらいでいいかしら」
DIO(・・・・・・・)
承太郎(・・・・・・・)
ほむら(この辺まで走れば見つからないわね。時間停止解除!)
DIO「グギャァァァ!」
承太郎「ハッ。な、なんだ……。DIOが通りの向こうまで吹っ飛んでやがる。なにが起こったんだ」
DIO「うぐぅぅ。こ、このDIOが……立てんだと……。今の攻撃、承太郎ではない。な、何者のしわざだ……。ゴハァ。は、吐き気。まさか……オ、オレの脳細胞が破壊されたというのか……」
承太郎「野郎……。DIOォォォ」
DIO「ぐっ……」
承太郎「どうやら何者かが助けてくれたらしい。危機一髪だったぜ」
DIO「……」
承太郎「テメエの悪運も尽きた。このまま夜明けまでテメエを殴り続け、朝陽を浴びせてチリにするのが賢明なやり方のようだな」
DIO「こ、こ、このDIOがぁぁぁぁ。こんなわけの分からない敗北を喫するとは」
承太郎「あきらめな」
DIO「ひいぃぃぃ。やめろ。それ以上……オレに……近付くなぁぁぁぁ」
ほむら「悲しみと憎しみばかりを繰り返す救いようのない世界ね。でも、あの子が守ろうとした場所に比べれば大した事はないわ」
【あとがき】
「時間」に関する能力がキーワードとなる作品同士の強引なクロスオーバーネタ(「魔法少女まどか☆マギカ」&「ジョジョの奇妙な冒険Part3 スターダストクルセイダース」)で締めました。かなり無理のある内容かも知れませんが、余禄という事で御容赦下さい(DIOのセリフは主にCDブック版を参考にしています)。
O・ヘンリーの諸作に見られるようなオチの意外性を狙った作品はありませんが、原作アニメのセリフを利用したコントとして読み流して下さい。
今回も「魔法少女まどか☆マギカ」ネタです。今までとは違うショート・ショート形式で話を作ってみました。
センスが問われる分野だけに苦労しましたが、少ない知恵を絞って書いた6話(+1)、最後まで御笑覧頂ければ幸いです。
以上、ショート・ショートという事で前書きも短く纏めてみました。
<KYまどかちゃん>
杏 子「付き合いきれねぇッてんなら無理強いはしない。結構、危ない橋を渡るわけだしね。あたしも、絶対何があっても守ってやる、なんて約束はできねぇし」
杏子から美樹さやか救出作戦の話を持ちかけられたまどか。
危険度の高いミッションだが、まどかは臆せず協力を申し出た。
まどか「ううん、手伝う。手伝わせてほしい」
歩を進めて手を差し伸べ、微笑みながら自己紹介をする。
まどか「私、鹿目まどか」
杏 子「……。ったくもう、調子狂うよな、ホント」
まどか「え?」
杏 子「佐倉杏子だ。よろしくね」
照れ笑いを浮かべながらまどかに近づき、杏子は挨拶を返しながら麩菓子を差し出した。
まどか「あッ……。わ、わたし、パサパサしたお菓子嫌いなの。ごめんね」
杏 子「……」
<ゲームセンターでマミる>
UFOキャッチャーに挑戦中のさやか。
さやか「よしッ! アームが首に引っ掛かった。そのまま一気に持ち上げろ。落ちるなよ~。そのまま、そのまま。マミさん人形、なんとしてもGETさせてぇ」
狙っていた巴マミ人形の首をクレーンの爪が掴み、そのまま宙に吊り上げる。
まどか「さすがさやかちゃん。上手だねぇ」
ギャラリーのまどかがさやかの技術を褒めた。
その時……。
突然の停電によって店内のゲーム機は一斉に強制終了。UFOキャッチャーのクレーンも動きを止めた。
さやか「なに? 停電? 勘弁してよ~」
まどか「ね、ねえ、さやか……ちゃん」
さやか「どうしたの、まどか?」
まどか「あれ。ちょっと見て」
さやか「ん? ……。えぇぇ。こ、これは……」
ガラス越しの向こう側では、クレーンの爪に首を掴まれた巴マミ人形が宙吊りになっている。
まどか「どこかで見た記憶がない? さやかちゃん」
さやか「あ、あれでしょう……。よかった~、マミさんがいなくって」
まどか「マミさん人形だけに……」
さやか「シャレになんないわよね……」
<まどかの願い事>
Qべぇ「僕と契約して魔法少女になって欲しいんだ。その代価として、僕は君たちの願い事を一つだけ叶えてあげる」
まどか「あなたと魔法少女の契約をすれば、どんな願い事でも叶えてくれるの?」
さやか「た、例えばさぁ、金銀財宝とか、不老不死とか、満漢全席とかでもOKなわけ?」
Qべぇ「なんだってかまわない。どんな奇跡だって起こしてあげられるよ」(なんという単細胞……。この程度の願い事しか思いつかないなんて知能指数が知れるね。まあ、そんな願い事で契約が成立すれば安いもので助かるけど)
まどか「本当にどんな願いでも叶えてくれるんだね。嘘じゃないね」
Qべぇ「もちろんだよ。ただし、願い事の数を増やす事はできないからね」
さやか「な~んだ」
Qべぇ(つくづく残念な娘(こ)だ……)
まどか「それじゃ、わたしのお願いを言うよ」
Qべぇ「さあ、願い事を!」
まどか「ソウルジェムが持つ負の要素を全て消し去って」
Qべぇ「え?」
さやか「お~。そうきましたか」
まどか「ほむらちゃんから聞いたよ、ソウルジェムの事。そして、あなたの本性も」
Qべぇ(こ、これは誤算だ。事情通の暁美ほむらと早くも接触していたなんて……)
まどか「さあ、願いを叶えてよ。インキュベーター」
Qべぇ「え、ええと……。その~」
まどか「願いを叶えてくれるのか、くれないのか、声に出してハッキリ言って頂戴。インキュベーター!」
さやか(ま、まどか。そのセリフは漫画が違うよ……)
<ほんと……バカ>
教 師「それじゃ、次は美樹さん。第三節から最後まで読んでもらえるかしら」
さやか「は、はいッ」
国語教師に指名されたさやかは席を立ち、指示された箇所を朗読した。
さやか「……。……。気(き)まずい雰囲気(ふいんき)が一座(いちざ)を支配(しはい)した。ややあって、和尚(おしょう)が我(われ)に返(かえ)ると周囲(しゅうい)には闇(やみ)が広(ひろ)がるばかりであった」
教 師「はい、どうもありがとう」
朗読を終えて着席するさやか。彼女に向かって教師が言った。
教 師「さすが「魔法少女まどか☆マギカ」の出演者ね。語り口調は滑らかだし、発音も大変聞き易かったわ」
まどか「(小声で)すご~い、さやかちゃん。先生に褒められるなんて」
さやか「(小声で)サンキュウ、まどか」
教 師「美樹さん、一つだけ注意点よ。雰囲気は『ふいんき』ではなく『ふんいき』と読みましょうね。発音のし易さから『ふいんき』と覚えてしまう人も多いけど、正しくは『ふんいき』ですから注意しましょう」
さやか(えぇぇぇ。『ふいんき』って間違いだったの~。お、大勢の前で恥かいたぁ……)
まどか「(小声で)わ、わたしも『ふいんき』かと思ってた。また一つ勉強になったね、さやかちゃん」
さやか(あんなにBL物のラノベを読んでるのに、こんな漢字も読めないなんて……。わたしって、ほんと……バカ……)
<マミさんの幸せ>
マ ミ「体が軽い……。こんなに幸せな気持ちは初めてだわ」
杏 子「ケーキと紅茶を断ってダイエットに精を出した甲斐があったじゃねえか。これで明日の身体測定も心配いらねえな」
マ ミ「もう、体重計だって怖くない」
杏 子「しかし、マミが体重を気にしてたなんて知らなかったぜ。まあ、ケーキに紅茶のティータイム三昧じゃ太るのも当然だがな」
マ ミ「……。可愛い後輩に格好悪いスタイルを見せられないでしょう」
<ほむほむの誤算>
ほむら「鹿目まどかさん。貴女がこのクラスの保健係よね」
まどか「え?」
ほむら「連れてってもらえる? 保健室。何だか緊張しすぎたみたいで少し気分が悪いのよ」
さやか「そう。それなら案内するわ、転校生」
ほむら「わたしは保健係に頼んでいるの」
さやか「このクラスの保健係はわたし。美樹さやかよ」
ほむら「え? そんな筈ない。早乙女先生から聞いたのよ、鹿目まどかさんが保健係だって」
さやか「それは去年の三学期よ。早乙女先生、去年から引き継ぎで受け持ちやってるから間違えたんじゃないの? ほら、行くわよ」
ほむら「いや! あなたとは行きたくない……。か、鹿目さぁぁぁん!!」
まどか「ごめんなさい……。アドリブができない子で……ごめんなさい。こんな時、どういうリアクションすればいいのか分からないの」
<番外編:クロスオーバー>
DIO「無駄だ。貴様は将棋やチェスで言うチェックメイトにハマったのだ!」
承太郎「なにぃぃぃ」
DIO「ザ・ワールド。時よ止まれ」
!!
承太郎(・・・・・・)
DIO「ハッハハハハ。このナイフの束が見えるか、承太郎? 見えている事が逆に恐怖だろう。WRYYYYY。無駄無駄無駄無駄ァァァァ」
承太郎(野郎……。なんて事を思いつきやがる。俺のスタープラチナが動ける時間は一秒程度。その限られた時間で全てのナイフを叩き落とす事はできねぇ。こいつは……マジでやばいぜ)
DIO「このDIOが投げた二十八本のナイフ、全て叩き落とす事ができるかな? 承太郎」
承太郎(チッ。しかたねえ、動くのは今だ)「うおぉぉぉぉ。オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァ……」
DIO「どうやら動ける時間を使い果たしたようだな。やはり全てのナイフを叩き落とす事はできなかったか。3……2……1……。そして時は動き出す」
承太郎「ハッ!」
DIO「死ねぃ、承た……」
ほむら「時よ、止まれ」
!!
DIO(・・・・・・・)
承太郎(・・・・・・・)
ほむら「彼がDIO……。あまりの小者ぶりにヘドが出るわ。別作品への介入と干渉は禁じられているけれど、あまりにチキンな時間停止能力の使い方は許せない」
DIO(・・・・・・・)
承太郎(・・・・・・・)
ほむら「このナイフ、よく切れそうね。貰っておくわよ」
DIO(・・・・・・・)
承太郎(・・・・・・・)
ほむら「聞こえないと思うけれど言っておくわ。時間を止める能力は宿命の呪縛と対峙する覚悟がある魔法少女だけのもの。貴方には時を止める資格なんてない。時間停止能力を軽んじた貴方は死ぬしかないわね」
DIO(・・・・・・・)
承太郎(・・・・・・・)
ほむら「ほむほむほむほむほむほむ(中略)ほむほむほむほむぅぅぅぅ。これくらいでいいかしら」
DIO(・・・・・・・)
承太郎(・・・・・・・)
ほむら(この辺まで走れば見つからないわね。時間停止解除!)
DIO「グギャァァァ!」
承太郎「ハッ。な、なんだ……。DIOが通りの向こうまで吹っ飛んでやがる。なにが起こったんだ」
DIO「うぐぅぅ。こ、このDIOが……立てんだと……。今の攻撃、承太郎ではない。な、何者のしわざだ……。ゴハァ。は、吐き気。まさか……オ、オレの脳細胞が破壊されたというのか……」
承太郎「野郎……。DIOォォォ」
DIO「ぐっ……」
承太郎「どうやら何者かが助けてくれたらしい。危機一髪だったぜ」
DIO「……」
承太郎「テメエの悪運も尽きた。このまま夜明けまでテメエを殴り続け、朝陽を浴びせてチリにするのが賢明なやり方のようだな」
DIO「こ、こ、このDIOがぁぁぁぁ。こんなわけの分からない敗北を喫するとは」
承太郎「あきらめな」
DIO「ひいぃぃぃ。やめろ。それ以上……オレに……近付くなぁぁぁぁ」
ほむら「悲しみと憎しみばかりを繰り返す救いようのない世界ね。でも、あの子が守ろうとした場所に比べれば大した事はないわ」
【あとがき】
「時間」に関する能力がキーワードとなる作品同士の強引なクロスオーバーネタ(「魔法少女まどか☆マギカ」&「ジョジョの奇妙な冒険Part3 スターダストクルセイダース」)で締めました。かなり無理のある内容かも知れませんが、余禄という事で御容赦下さい(DIOのセリフは主にCDブック版を参考にしています)。
O・ヘンリーの諸作に見られるようなオチの意外性を狙った作品はありませんが、原作アニメのセリフを利用したコントとして読み流して下さい。
「魔法少女まどか☆マギカ Another」 九月の焼き肉パーティー(後編)
<9月1日 午後5時10分>
店 員「食べ放題セット、お待たせ致しました。こちらが野菜。こちらがロース、カルビ、ハラミの盛り合わせセット。こちらがカルビスープ。こちらがライスになります。全品お代わり自由ですので、今から二時間、ごゆっくりお召し上がり下さい」
夏休み明けの開店初日にも関わらず、家族団欒の夕食時間より少し早いせいか店内は八割程度の入りだった。
わたしたちは待たされる事なく席へ案内され、事前に佐倉杏子と打ち合わせていた席順で座る。
マ ミ「さあ、まずは乾杯しましょう。みんな、グラスを持って」
巴マミの号令に従い、わたしたちは銘々が注文したドリンクのグラスを持つ。
マ ミ「佐倉杏子と暁美ほむら、両名の転入。ソウルジェムの永久浄化成功。この二つを祝して……かんぱ~い」
まどか「かんぱ~い」
さやか「かんぱ~い」
ほむら「乾杯」
杏 子「かんぱ~い」
掲げられた五つのグラスが熱せられた焼網の上空で触れ合い、カチンと乾いた音をたてた。
マ ミ「さて、それではお肉を焼きましょうか。みんな、遠慮しないで食べてね」
杏 子「言われなくても遠慮はしねえよ」
さやか「あ、マミさん。わたしが焼きますよ」
マ ミ「いいから、ここはわたしに任せて。美樹さんは食べる方に集中してね」
杏 子「ああ言ってるんだから肉を焼く係はマミに任せて、あたしたちは食おうぜ」
さやか「でも……」
ほむら「先輩の好意は素直に受けるべきよ、美樹さやか」
さやか「わ、分かったわ」
まどか「それじゃ、わたしは野菜を焼くね」
言うが早いか、まどかは慣れた手つきでステンレス製のトングを操りながら大皿に盛られたピーマンや輪切り玉葱を焼網の上に乗せて焼き始めた。
ほむら(野菜の焼き方、なかなか手慣れているわね。まどかなら素敵な母親になれそうだわ)
ジュ~。ジュ~。
杏 子「ああ。いい匂い」
マ ミ「もう少しの辛抱よ、杏子」
さやか「ちょっと、口から涎が垂れているわよ。まったく、あんたは大きな子供ね。拭いてあげるから動かないで」
杏 子「ん。んん~」
美樹さやかは紙ナプキンで佐倉杏子の口許を拭い、早くもツンデレ同士の百合カップルはアツアツの姿を見せびらかせる。
なんだかんだ言って、この二人は仲が良いわね。わたしも負けていられないわ。
<9月1日 午後6時>
さやか「ほら、杏子。こっちのカルビが焼けてるわよ。あ~んして」
杏 子「あ~ん。モグ、モグ。はあ、おひひい(訳:ああ、美味しい)」
マ ミ「すみません。ライス一人前と盛り合わせセット、追加お願いします」
入店してから約一時間。わたしの目の前には信じられない光景が展開されている。
ほむら(な、なんなの……。この展開は……)
巴マミはライス、肉、野菜をバランスよく口に運びながら、同時にみんなの肉を焼いている(器用に直箸(じかばし)とトングを使い分けるあたり、一応は年上属性が残っているらしい)。確かライスの追加は三皿目になるが、どれだけ空腹状態にしてきたのだろう。
美樹さやかはまどかが焼く野菜とロースを集中的に食べ、たまに佐倉杏子の口へ直箸でつまんだ肉を運ぶ。
佐倉杏子はライスを食べる時しか自分の手を動かさず、美樹さやかの箸から与えられる肉や野菜を食べながら恍惚の表情を浮かべていた。
まどかは……まどかだけは何故かマイペース。小さな口で焼きたての肉をフーフーと冷ましながら、ライスと一緒に食べている。その顔の幸せそうな事と言ったらないわ。
美味しそうに食べるまどかの顔を見られるだけでも千円以上の価値がある。
まどか「あれぇ。ほむらちゃん、さっきから箸が進んでないみたいだね。お肉、嫌いだった?」
ほむら「いえ、そんな事はないわ」
まどか「そう? ご飯も減っていないし、遠慮してるんじゃないかって心配しちゃうよ」
ほむら(ありがとう、まどか。なんて優しい娘(こ)……。わたしの事を気にかけてくれるなんて嬉しすぎるわ。これだけで満腹になってしまいそう)
まどか「ほむらちゃん? どうしたの?」
ほむら「え? あッ。な、なんでもないわ。ありがとう、まどか」
まどか「ほむらちゃん、いつも深刻な考え事してるみたいだから心配してるんだよ。みんなに言えない事で悩んでいるんじゃないかって」
ほむら「そ、そんな事ないわ」
まどか「えへへ、それならよかった。あッ、このハラミが焼けてるわ」
まどかは無邪気な笑顔で焼け具合良好のハラミを自分の箸でつかんだ。そして……。
まどか「ほむらちゃん、あ~んして」
ほむら「え? な、なに?」
まどか「さやかちゃんと杏子ちゃんのマネ。あまり食べていないみたいだから、わたしが食べさせてあげようと思って。それとも、わたしの使った箸は嫌だ?」
わたしはまどかの言葉が終ると同時に首を激しく横に振った。
ほむら(と、とんでもない事だわ。まどかの使った箸でハラミを食べる。この焼き肉パーティーに参加する目的とは逆だけど、結果オーライの展開よ)
こ、こ、この思いを声に出して伝えないと……。
ほむら「い、い、いいえ。ま、ま、まどかの使った箸なら……よ、よ、喜んで」
まどか「あははは。ほむらちゃん、照れた顔も可愛いね。はい、あ~んして」
ほむら「あ、あ、あ~ん」
パクッ。
遠慮がちに開いた口へハラミが滑り込む。最適な焼き加減という事もあるだろうが、まどかに直橋で食べさせてもらったという付加価値が肉の美味しさを何倍にも引き立てている。
ほむら(わけの分からない展開が続くけど、こうなったら関係ないわ。今を楽しむだけよ)
まどか「どう? 美味しい?」
ほむら「え、え、え、ええ。と、と、とても美味しいかったわ。ありがとう」
まどか「うぇひひ。よかったぁ」
杏 子「おい、見ろよ。あっちでもアツアツな事をやってるぜ」
さやか「お熱いよ、お二人さん」
マ ミ「(モグ、モグ、モグ)」
<9月1日 午後6時30分>
さやか「ねえ、杏子ぉ」
杏 子「なんだよ、さやかぁ」
さやか「見て、この焼きアミ、肉の脂で真っ黒に焦げちゃってるわよ」
杏 子「そうだな」
さやか「きっと、わたしたちの仲がいいから嫉妬しちゃったのね」
杏 子「へッ。あたしたちの愛の力なら……この店だって軽く焼き尽くしちまうぜ」
ほむら「ゴフッ。……。ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……。ゲホッ」
バカップルと言うレベルすら超越した二人の会話が耳に入り、ウーロン茶を飲みかけていたわたしはむせてしまった。
マ ミ「あらあら、大丈夫? 暁美さん」
心配そうな声をかけながらも巴マミは平然とカルビを食べている。
さやか「ウーロン茶でむせるなんて、ほむらも意外とドジッ子ねぇ」
杏 子「苦しそうだな。なんだったら、あたしとさやかで背中をさすってやろうか?」
ほむら「だ、大丈夫よ。ゲホッ。し、心配いらないわ。ゴフッ」
まどか「ほむらちゃん、しっかりしてぇ。ほむらちゃん」
今にも泣き出しそうな顔でわたしを見つめるまどか。その大きくて純真無垢な瞳は広大な宇宙のようだわ。吸い込まれてしまいそう……。
ほむら「あ、ありが……ゴホッ、ゴホッ。ありがとう、まどか。も、もう……ゴフッ。もう平気よ」
まどか「駄目だよ、そんなに咳込んでいるじゃない。苦しそうにしているほむらちゃん、ほっとけないよ」
言い終えると同時にまどかは両手でわたしの肩を掴み、自分の胸元へ引き寄せた。
わたしの顔がまどかの小さな胸の谷間に埋まる。
まどか「少しは落ち着いた? ほむらちゃん」
ほむら「ええ。も、もう大丈夫よ。あ、あ、ありがとう。まどか」
まどか「よ~し。それじゃ、ほむらちゃんの為に大サービスしちゃうよ。パフ、パフ、パフ、パフ」
ほむら(ほむふぅ~)
決して大きいとは言えないまどかの両乳房が左右からわたしの顔をサンドイッチのように挟み込み、一定の間隔で圧迫と解放を繰り返す。
ほむら(これまで経験してきた世界で一番幸せだわ。まどかのパフパフ……。まどかのパフパフ……。まどかのパフパフ……)
杏 子「なあ、さやか。あたしにもパフパフしてくれよ」
さやか「だ~め。それは帰ってからのお・た・の・し・み」
杏 子「お持ち帰りか。さやかも情熱的だなぁ」
マ ミ「(モグ、モグ、モグ)あッ、すみません。カルビスープの追加お願いしま~す」
<9月1日 午後6時50分>
マ ミ「さて、そろそろ時間ね。みんな、満腹になったかしら?」
杏 子「おお。これで今夜は間食せずに済みそうだ」
さやか「ちょっと食べすぎちゃったかも……。えへへへ」
まどか「わたしもお腹いっぱいです」
ほむら「大満足だったわ」
マ ミ「それならよかった。さあ、お会計を済ませましょう」
<9月1日 午後6時52分>
杏 子「あ~あ。食った、食った」
まどか「今日は楽しかった~。マミさん、御馳走様でした」
ほむら「誘ってくれた事、感謝するわ。巴マミ先輩」
さやか「御馳走様でしたぁ」
マ ミ「喜んでもらえて嬉しいわ。また明日から勉強と魔法少女を両立させる日々になるけど、頑張りましょうね」
まどか「ハイッ!」
さやか「まかせて下さい、マミさん」
ほむら「頑張りましょう」
杏 子「まかせておけ」
マ ミ「それじゃ、ここで解散ね」
杏 子「わりぃ、マミ。今夜はさやかの家に泊めてもらう事になってよぉ、今日は帰れなくなった」
マ ミ「あら、そうなの」
杏 子「遅くても明日の朝七時には帰るから、鍵を開けといてくれ。それから着替えだけ準備を頼む。下着とワイシャツな」
マ ミ「はいはい」
さやか「ごめんなさい、マミさん。杏子を借りますね」
マ ミ「今夜一晩、杏子の事を頼むわね。美樹さん」
さやか「まかされましたッ!」
杏 子「それじゃ行こうぜ、さ~や~かぁ」
さやか「それでは失礼しま~す」
マ ミ「気をつけてねぇ」
まどか「それじゃ、わたしも帰りますね。今日は誘ってくれて、ありがとうございました」
マ ミ「わたしも楽しかったわ。中間テストが終わったら、またお食事会でも開きましょうね」
まどか「ハイ(≧∇≦)」
ほむら「わたしも帰るわね。今日は御馳走様」
マ ミ「いいえ。こんな頼りない先輩だけど、これからもよろしくね。暁美さん」
ほむら「そんな事ない。あなたは頼りになる先輩よ」
マ ミ「うふふふ。どうもありがとう。それじゃ、また明日」
まどか「さようなら~」
ほむら「さよなら」
<9月1日 午後7時>
まどか「みんな帰っちゃったね」
ほむら「そうね」
まどか「さっきまでワイワイ騒いでいたから、余計に寂しく感じちゃうなぁ」
ほむら「……ねえ、まどか」
まどか「なぁに、ほむらちゃん」
ほむら「よかったら……。わ、わたしの家に来ない? 今夜は誰もいないのよ。まどかさえよければ歓迎するわ」
まどか「えッ。いいの?」
ほむら「親身になって介抱してくれた御礼よ」
まどか「うわぁ、嬉しい~。ほむらちゃん、大好き」
わたしの言葉を待っていたかのように、まどかは目を輝かせながら抱きついてきた。
ほむら「ま、まどか?」
まどか「今夜は楽しもう。お風呂に入ったり、お喋りしたり、一緒の布団で寝たり」
ほむら(まどかと一緒に入浴、団欒、就寝……。あうッ。いけない、想像しただけで鼻血が……)
まどか「あれぇ。大変! ほむらちゃん、鼻血が出てるよ」
ほむら「へ、平気よ。慣れて……な、な、なんでもないわ」
まどか「だ~め。動かないで。わたしが舐めてあげるから」
ほむら「えッ。ちょ、ちょっと……。ま、まどか? あん。く、くすぐったいわ」
まどか「えへへへ。どう? 気持ちいい?」
ほむら(ああ、このまま昇天してしまいそうだわ……。意識が薄れ…て…い…く…)
まどか「あれ? ねえ、ほむらちゃん。ほむらちゃん。ほむらちゃ~ん」
・・・。
・・・・。
・・・・・。
・・・・・・。
<9月1日 午前7時>
???「ほむらちゃん。ほむらちゃん。ほむらちゃん」
ほむら「ううぅん」
???「ほむらちゃん。ほむらちゃん。ほむらちゃん」
ほむら「ま、まどかッ!」
何度も繰り返されるまどかの声で目が覚めた。
ほむら「も、もしかして……。あの焼き肉パーティーは夢だったの?」
???「ほむらちゃん。ほむらちゃん。ほむらちゃん」
携帯電話のアラーム機能がまどかヴォイスを延々と再生し続ける。
この声が無意識のうちに脳内へ信号を送り、あのような夢の終わりになったのだろう。大脳生理学には詳しくないので、この考えが正しいかは分からないが……。
ほむら「まさかの夢オチってわけね。なんとも古典的だわ」
わたしはベッドから降り、カーテンを開け放った。真夏の陽光がガラス窓の向こうから全身に降り注ぎ、容赦なく目を眩ませる。
ほむら「今日から新学期ね。新しい朝、新しい学期、そして……新しい世界」
<9月1日 午後12時半>
杏 子「あ~あ。やっと下校の時間かぁ、疲れた」
さやか「なによ、始業式とホームルームだけじゃないの。これで疲れたなんて言ってたら明日から苦労するわよ」
杏 子「あれだけ長い休みが続いた直後なんだ。半日の登校だって面倒くせぇじゃねえか」
まどか「杏子ちゃんの気持ち、わたしも分かるよ」
杏 子「さすが、話せるなぁ」
さやか「もう。杏子を甘やかしちゃ駄目じゃない、まどか」
ほむら(相変わらずね、三人とも。これなら現実世界に間違いなさそうだわ)
マ ミ「鹿目さん、美樹さん、暁美さん」
さやか「あれ、マミさん。どうしたんですか?」
マ ミ「杏子から話は聞いたかしら?」
まどか「何の話ですか?」
杏 子「あッ。わりぃ、忘れていた」
マ ミ「やっぱりね」
ほむら(こ、この展開……。まさか……)
さやか「なんですか、話って」
マ ミ「今日から駅前に新しいカフェテリアがオープンするのよ。ほら、テナント募集していた空き店舗があったでしょう」
さやか「ああ、あそこですか」
マ ミ「開店祝いで「午後のティーセット」が半額になるんですって。よかったら、帰りに寄らない?」
さやか「御一緒します……と言いたいんですけど、お金を持ってないんですよ」
まどか「わたしも」
ほむら「わたしもよ」
マ ミ「心配無用。わたしの奢りよ」
さやか「え? いいんですか?」
まどか「そんなの悪いですよ」
マ ミ「気にしないで。それにプチ祝賀会も兼ねてるから、ここは是非とも先輩が奢らないとね」
さやか「祝賀会ですか?」
マ ミ「遅くなってしまったけど、暁美さんと杏子の転入祝賀会よ。それと、ソウルジェムの永久浄化を成功させてくれた鹿目さんへの感謝を込めた御礼も兼ねているわ」
まどか「そ、そんな、御礼だなんて」
ほむら「転入祝賀会なんて大袈裟じゃないかしら」
杏 子「遠慮するなよ。せっかくなんだから御馳走になろうぜ」
マ ミ「美樹さんも遠慮しないで。人々の為に自分の身を犠牲にする覚悟を決めた新しい魔法少女の誕生、あなたの歓迎会も含めているのよ」
ほむら「今の話を聞く限りでは、ここにいる四人全員が御馳走になる権利を持っていると判断してよいのかしら」
マ ミ「そうよ」
ほむら(それぞれへの配慮、話の筋道の立て方、お茶会。間違いない。彼女は現実世界の巴マミだわ)
突拍子もない夢の世界ではなく、今は現実世界にいる。その事に安堵感を覚え、わたしは思わず微笑んでしまった。
まどか「ん? ほむらちゃん、どうかしたの? 何だか嬉しそうだよ」
ほむら「いいえ、何でもないわよ。何でもないわ……」
【あとがき】
後半部分は大袈裟なキャラクター崩壊が目立ってしまい、あまりの壊れ具合に嫌悪感を抱かれた方もいらっしゃると思いますが、夢オチを強調する為にあえてキャラ崩壊の演出を採用しました。
焼き肉店のドタバタが「ほむ×まど」中心となってしまい、いろいろとネタが作れそうな「杏×さや」のバカップルぶりにまで筆が及ばなかったのが心残りです。
流雲氏による「すきやき少女まどか☆ほむら」の影響を受けているせいか途中から地の文章が暁美ほむらの一人称形式となってしまい、それ以前の地の文章を修正するのに苦労しましたが、ほむらの心境を無理なく描ける利点がありました。
夢オチの後に夢ネタがリプレイされるアイディアは「まんが日本昔ばなし」の「どぼんがぼん」よりヒントを得ました。
最後になりましたが、基本的に「魔法少女まどか☆マギカ Another」は以下の四点による基礎世界観をベースとしており、この設定を踏まえての物語展開を前提としています。
1.五人全員が魔法少女として生存しており、お互いに強い絆で結ばれている。
2.ソウルジェムが持つマイナス要因は全て排除されている。
3.佐倉杏子と巴マミは同居している。
4.Qべぇは基本的に登場しない。
せっかくのif設定なので残虐要素や悲劇的要素は極限まで抑え、互いに助け合う五人の少女を描くようにしています。
以前にも書きましたが、このように原作の基礎設定や世界観が大きく改変されている二次創作小説が苦手な方は次回作以降の閲覧を控えられる事を申し上げます。
店 員「食べ放題セット、お待たせ致しました。こちらが野菜。こちらがロース、カルビ、ハラミの盛り合わせセット。こちらがカルビスープ。こちらがライスになります。全品お代わり自由ですので、今から二時間、ごゆっくりお召し上がり下さい」
夏休み明けの開店初日にも関わらず、家族団欒の夕食時間より少し早いせいか店内は八割程度の入りだった。
わたしたちは待たされる事なく席へ案内され、事前に佐倉杏子と打ち合わせていた席順で座る。
マ ミ「さあ、まずは乾杯しましょう。みんな、グラスを持って」
巴マミの号令に従い、わたしたちは銘々が注文したドリンクのグラスを持つ。
マ ミ「佐倉杏子と暁美ほむら、両名の転入。ソウルジェムの永久浄化成功。この二つを祝して……かんぱ~い」
まどか「かんぱ~い」
さやか「かんぱ~い」
ほむら「乾杯」
杏 子「かんぱ~い」
掲げられた五つのグラスが熱せられた焼網の上空で触れ合い、カチンと乾いた音をたてた。
マ ミ「さて、それではお肉を焼きましょうか。みんな、遠慮しないで食べてね」
杏 子「言われなくても遠慮はしねえよ」
さやか「あ、マミさん。わたしが焼きますよ」
マ ミ「いいから、ここはわたしに任せて。美樹さんは食べる方に集中してね」
杏 子「ああ言ってるんだから肉を焼く係はマミに任せて、あたしたちは食おうぜ」
さやか「でも……」
ほむら「先輩の好意は素直に受けるべきよ、美樹さやか」
さやか「わ、分かったわ」
まどか「それじゃ、わたしは野菜を焼くね」
言うが早いか、まどかは慣れた手つきでステンレス製のトングを操りながら大皿に盛られたピーマンや輪切り玉葱を焼網の上に乗せて焼き始めた。
ほむら(野菜の焼き方、なかなか手慣れているわね。まどかなら素敵な母親になれそうだわ)
ジュ~。ジュ~。
杏 子「ああ。いい匂い」
マ ミ「もう少しの辛抱よ、杏子」
さやか「ちょっと、口から涎が垂れているわよ。まったく、あんたは大きな子供ね。拭いてあげるから動かないで」
杏 子「ん。んん~」
美樹さやかは紙ナプキンで佐倉杏子の口許を拭い、早くもツンデレ同士の百合カップルはアツアツの姿を見せびらかせる。
なんだかんだ言って、この二人は仲が良いわね。わたしも負けていられないわ。
<9月1日 午後6時>
さやか「ほら、杏子。こっちのカルビが焼けてるわよ。あ~んして」
杏 子「あ~ん。モグ、モグ。はあ、おひひい(訳:ああ、美味しい)」
マ ミ「すみません。ライス一人前と盛り合わせセット、追加お願いします」
入店してから約一時間。わたしの目の前には信じられない光景が展開されている。
ほむら(な、なんなの……。この展開は……)
巴マミはライス、肉、野菜をバランスよく口に運びながら、同時にみんなの肉を焼いている(器用に直箸(じかばし)とトングを使い分けるあたり、一応は年上属性が残っているらしい)。確かライスの追加は三皿目になるが、どれだけ空腹状態にしてきたのだろう。
美樹さやかはまどかが焼く野菜とロースを集中的に食べ、たまに佐倉杏子の口へ直箸でつまんだ肉を運ぶ。
佐倉杏子はライスを食べる時しか自分の手を動かさず、美樹さやかの箸から与えられる肉や野菜を食べながら恍惚の表情を浮かべていた。
まどかは……まどかだけは何故かマイペース。小さな口で焼きたての肉をフーフーと冷ましながら、ライスと一緒に食べている。その顔の幸せそうな事と言ったらないわ。
美味しそうに食べるまどかの顔を見られるだけでも千円以上の価値がある。
まどか「あれぇ。ほむらちゃん、さっきから箸が進んでないみたいだね。お肉、嫌いだった?」
ほむら「いえ、そんな事はないわ」
まどか「そう? ご飯も減っていないし、遠慮してるんじゃないかって心配しちゃうよ」
ほむら(ありがとう、まどか。なんて優しい娘(こ)……。わたしの事を気にかけてくれるなんて嬉しすぎるわ。これだけで満腹になってしまいそう)
まどか「ほむらちゃん? どうしたの?」
ほむら「え? あッ。な、なんでもないわ。ありがとう、まどか」
まどか「ほむらちゃん、いつも深刻な考え事してるみたいだから心配してるんだよ。みんなに言えない事で悩んでいるんじゃないかって」
ほむら「そ、そんな事ないわ」
まどか「えへへ、それならよかった。あッ、このハラミが焼けてるわ」
まどかは無邪気な笑顔で焼け具合良好のハラミを自分の箸でつかんだ。そして……。
まどか「ほむらちゃん、あ~んして」
ほむら「え? な、なに?」
まどか「さやかちゃんと杏子ちゃんのマネ。あまり食べていないみたいだから、わたしが食べさせてあげようと思って。それとも、わたしの使った箸は嫌だ?」
わたしはまどかの言葉が終ると同時に首を激しく横に振った。
ほむら(と、とんでもない事だわ。まどかの使った箸でハラミを食べる。この焼き肉パーティーに参加する目的とは逆だけど、結果オーライの展開よ)
こ、こ、この思いを声に出して伝えないと……。
ほむら「い、い、いいえ。ま、ま、まどかの使った箸なら……よ、よ、喜んで」
まどか「あははは。ほむらちゃん、照れた顔も可愛いね。はい、あ~んして」
ほむら「あ、あ、あ~ん」
パクッ。
遠慮がちに開いた口へハラミが滑り込む。最適な焼き加減という事もあるだろうが、まどかに直橋で食べさせてもらったという付加価値が肉の美味しさを何倍にも引き立てている。
ほむら(わけの分からない展開が続くけど、こうなったら関係ないわ。今を楽しむだけよ)
まどか「どう? 美味しい?」
ほむら「え、え、え、ええ。と、と、とても美味しいかったわ。ありがとう」
まどか「うぇひひ。よかったぁ」
杏 子「おい、見ろよ。あっちでもアツアツな事をやってるぜ」
さやか「お熱いよ、お二人さん」
マ ミ「(モグ、モグ、モグ)」
<9月1日 午後6時30分>
さやか「ねえ、杏子ぉ」
杏 子「なんだよ、さやかぁ」
さやか「見て、この焼きアミ、肉の脂で真っ黒に焦げちゃってるわよ」
杏 子「そうだな」
さやか「きっと、わたしたちの仲がいいから嫉妬しちゃったのね」
杏 子「へッ。あたしたちの愛の力なら……この店だって軽く焼き尽くしちまうぜ」
ほむら「ゴフッ。……。ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……。ゲホッ」
バカップルと言うレベルすら超越した二人の会話が耳に入り、ウーロン茶を飲みかけていたわたしはむせてしまった。
マ ミ「あらあら、大丈夫? 暁美さん」
心配そうな声をかけながらも巴マミは平然とカルビを食べている。
さやか「ウーロン茶でむせるなんて、ほむらも意外とドジッ子ねぇ」
杏 子「苦しそうだな。なんだったら、あたしとさやかで背中をさすってやろうか?」
ほむら「だ、大丈夫よ。ゲホッ。し、心配いらないわ。ゴフッ」
まどか「ほむらちゃん、しっかりしてぇ。ほむらちゃん」
今にも泣き出しそうな顔でわたしを見つめるまどか。その大きくて純真無垢な瞳は広大な宇宙のようだわ。吸い込まれてしまいそう……。
ほむら「あ、ありが……ゴホッ、ゴホッ。ありがとう、まどか。も、もう……ゴフッ。もう平気よ」
まどか「駄目だよ、そんなに咳込んでいるじゃない。苦しそうにしているほむらちゃん、ほっとけないよ」
言い終えると同時にまどかは両手でわたしの肩を掴み、自分の胸元へ引き寄せた。
わたしの顔がまどかの小さな胸の谷間に埋まる。
まどか「少しは落ち着いた? ほむらちゃん」
ほむら「ええ。も、もう大丈夫よ。あ、あ、ありがとう。まどか」
まどか「よ~し。それじゃ、ほむらちゃんの為に大サービスしちゃうよ。パフ、パフ、パフ、パフ」
ほむら(ほむふぅ~)
決して大きいとは言えないまどかの両乳房が左右からわたしの顔をサンドイッチのように挟み込み、一定の間隔で圧迫と解放を繰り返す。
ほむら(これまで経験してきた世界で一番幸せだわ。まどかのパフパフ……。まどかのパフパフ……。まどかのパフパフ……)
杏 子「なあ、さやか。あたしにもパフパフしてくれよ」
さやか「だ~め。それは帰ってからのお・た・の・し・み」
杏 子「お持ち帰りか。さやかも情熱的だなぁ」
マ ミ「(モグ、モグ、モグ)あッ、すみません。カルビスープの追加お願いしま~す」
<9月1日 午後6時50分>
マ ミ「さて、そろそろ時間ね。みんな、満腹になったかしら?」
杏 子「おお。これで今夜は間食せずに済みそうだ」
さやか「ちょっと食べすぎちゃったかも……。えへへへ」
まどか「わたしもお腹いっぱいです」
ほむら「大満足だったわ」
マ ミ「それならよかった。さあ、お会計を済ませましょう」
<9月1日 午後6時52分>
杏 子「あ~あ。食った、食った」
まどか「今日は楽しかった~。マミさん、御馳走様でした」
ほむら「誘ってくれた事、感謝するわ。巴マミ先輩」
さやか「御馳走様でしたぁ」
マ ミ「喜んでもらえて嬉しいわ。また明日から勉強と魔法少女を両立させる日々になるけど、頑張りましょうね」
まどか「ハイッ!」
さやか「まかせて下さい、マミさん」
ほむら「頑張りましょう」
杏 子「まかせておけ」
マ ミ「それじゃ、ここで解散ね」
杏 子「わりぃ、マミ。今夜はさやかの家に泊めてもらう事になってよぉ、今日は帰れなくなった」
マ ミ「あら、そうなの」
杏 子「遅くても明日の朝七時には帰るから、鍵を開けといてくれ。それから着替えだけ準備を頼む。下着とワイシャツな」
マ ミ「はいはい」
さやか「ごめんなさい、マミさん。杏子を借りますね」
マ ミ「今夜一晩、杏子の事を頼むわね。美樹さん」
さやか「まかされましたッ!」
杏 子「それじゃ行こうぜ、さ~や~かぁ」
さやか「それでは失礼しま~す」
マ ミ「気をつけてねぇ」
まどか「それじゃ、わたしも帰りますね。今日は誘ってくれて、ありがとうございました」
マ ミ「わたしも楽しかったわ。中間テストが終わったら、またお食事会でも開きましょうね」
まどか「ハイ(≧∇≦)」
ほむら「わたしも帰るわね。今日は御馳走様」
マ ミ「いいえ。こんな頼りない先輩だけど、これからもよろしくね。暁美さん」
ほむら「そんな事ない。あなたは頼りになる先輩よ」
マ ミ「うふふふ。どうもありがとう。それじゃ、また明日」
まどか「さようなら~」
ほむら「さよなら」
<9月1日 午後7時>
まどか「みんな帰っちゃったね」
ほむら「そうね」
まどか「さっきまでワイワイ騒いでいたから、余計に寂しく感じちゃうなぁ」
ほむら「……ねえ、まどか」
まどか「なぁに、ほむらちゃん」
ほむら「よかったら……。わ、わたしの家に来ない? 今夜は誰もいないのよ。まどかさえよければ歓迎するわ」
まどか「えッ。いいの?」
ほむら「親身になって介抱してくれた御礼よ」
まどか「うわぁ、嬉しい~。ほむらちゃん、大好き」
わたしの言葉を待っていたかのように、まどかは目を輝かせながら抱きついてきた。
ほむら「ま、まどか?」
まどか「今夜は楽しもう。お風呂に入ったり、お喋りしたり、一緒の布団で寝たり」
ほむら(まどかと一緒に入浴、団欒、就寝……。あうッ。いけない、想像しただけで鼻血が……)
まどか「あれぇ。大変! ほむらちゃん、鼻血が出てるよ」
ほむら「へ、平気よ。慣れて……な、な、なんでもないわ」
まどか「だ~め。動かないで。わたしが舐めてあげるから」
ほむら「えッ。ちょ、ちょっと……。ま、まどか? あん。く、くすぐったいわ」
まどか「えへへへ。どう? 気持ちいい?」
ほむら(ああ、このまま昇天してしまいそうだわ……。意識が薄れ…て…い…く…)
まどか「あれ? ねえ、ほむらちゃん。ほむらちゃん。ほむらちゃ~ん」
・・・。
・・・・。
・・・・・。
・・・・・・。
<9月1日 午前7時>
???「ほむらちゃん。ほむらちゃん。ほむらちゃん」
ほむら「ううぅん」
???「ほむらちゃん。ほむらちゃん。ほむらちゃん」
ほむら「ま、まどかッ!」
何度も繰り返されるまどかの声で目が覚めた。
ほむら「も、もしかして……。あの焼き肉パーティーは夢だったの?」
???「ほむらちゃん。ほむらちゃん。ほむらちゃん」
携帯電話のアラーム機能がまどかヴォイスを延々と再生し続ける。
この声が無意識のうちに脳内へ信号を送り、あのような夢の終わりになったのだろう。大脳生理学には詳しくないので、この考えが正しいかは分からないが……。
ほむら「まさかの夢オチってわけね。なんとも古典的だわ」
わたしはベッドから降り、カーテンを開け放った。真夏の陽光がガラス窓の向こうから全身に降り注ぎ、容赦なく目を眩ませる。
ほむら「今日から新学期ね。新しい朝、新しい学期、そして……新しい世界」
<9月1日 午後12時半>
杏 子「あ~あ。やっと下校の時間かぁ、疲れた」
さやか「なによ、始業式とホームルームだけじゃないの。これで疲れたなんて言ってたら明日から苦労するわよ」
杏 子「あれだけ長い休みが続いた直後なんだ。半日の登校だって面倒くせぇじゃねえか」
まどか「杏子ちゃんの気持ち、わたしも分かるよ」
杏 子「さすが、話せるなぁ」
さやか「もう。杏子を甘やかしちゃ駄目じゃない、まどか」
ほむら(相変わらずね、三人とも。これなら現実世界に間違いなさそうだわ)
マ ミ「鹿目さん、美樹さん、暁美さん」
さやか「あれ、マミさん。どうしたんですか?」
マ ミ「杏子から話は聞いたかしら?」
まどか「何の話ですか?」
杏 子「あッ。わりぃ、忘れていた」
マ ミ「やっぱりね」
ほむら(こ、この展開……。まさか……)
さやか「なんですか、話って」
マ ミ「今日から駅前に新しいカフェテリアがオープンするのよ。ほら、テナント募集していた空き店舗があったでしょう」
さやか「ああ、あそこですか」
マ ミ「開店祝いで「午後のティーセット」が半額になるんですって。よかったら、帰りに寄らない?」
さやか「御一緒します……と言いたいんですけど、お金を持ってないんですよ」
まどか「わたしも」
ほむら「わたしもよ」
マ ミ「心配無用。わたしの奢りよ」
さやか「え? いいんですか?」
まどか「そんなの悪いですよ」
マ ミ「気にしないで。それにプチ祝賀会も兼ねてるから、ここは是非とも先輩が奢らないとね」
さやか「祝賀会ですか?」
マ ミ「遅くなってしまったけど、暁美さんと杏子の転入祝賀会よ。それと、ソウルジェムの永久浄化を成功させてくれた鹿目さんへの感謝を込めた御礼も兼ねているわ」
まどか「そ、そんな、御礼だなんて」
ほむら「転入祝賀会なんて大袈裟じゃないかしら」
杏 子「遠慮するなよ。せっかくなんだから御馳走になろうぜ」
マ ミ「美樹さんも遠慮しないで。人々の為に自分の身を犠牲にする覚悟を決めた新しい魔法少女の誕生、あなたの歓迎会も含めているのよ」
ほむら「今の話を聞く限りでは、ここにいる四人全員が御馳走になる権利を持っていると判断してよいのかしら」
マ ミ「そうよ」
ほむら(それぞれへの配慮、話の筋道の立て方、お茶会。間違いない。彼女は現実世界の巴マミだわ)
突拍子もない夢の世界ではなく、今は現実世界にいる。その事に安堵感を覚え、わたしは思わず微笑んでしまった。
まどか「ん? ほむらちゃん、どうかしたの? 何だか嬉しそうだよ」
ほむら「いいえ、何でもないわよ。何でもないわ……」
The End
【あとがき】
後半部分は大袈裟なキャラクター崩壊が目立ってしまい、あまりの壊れ具合に嫌悪感を抱かれた方もいらっしゃると思いますが、夢オチを強調する為にあえてキャラ崩壊の演出を採用しました。
焼き肉店のドタバタが「ほむ×まど」中心となってしまい、いろいろとネタが作れそうな「杏×さや」のバカップルぶりにまで筆が及ばなかったのが心残りです。
流雲氏による「すきやき少女まどか☆ほむら」の影響を受けているせいか途中から地の文章が暁美ほむらの一人称形式となってしまい、それ以前の地の文章を修正するのに苦労しましたが、ほむらの心境を無理なく描ける利点がありました。
夢オチの後に夢ネタがリプレイされるアイディアは「まんが日本昔ばなし」の「どぼんがぼん」よりヒントを得ました。
最後になりましたが、基本的に「魔法少女まどか☆マギカ Another」は以下の四点による基礎世界観をベースとしており、この設定を踏まえての物語展開を前提としています。
1.五人全員が魔法少女として生存しており、お互いに強い絆で結ばれている。
2.ソウルジェムが持つマイナス要因は全て排除されている。
3.佐倉杏子と巴マミは同居している。
4.Qべぇは基本的に登場しない。
せっかくのif設定なので残虐要素や悲劇的要素は極限まで抑え、互いに助け合う五人の少女を描くようにしています。
以前にも書きましたが、このように原作の基礎設定や世界観が大きく改変されている二次創作小説が苦手な方は次回作以降の閲覧を控えられる事を申し上げます。
「魔法少女まどか☆マギカ Another」 九月の焼き肉パーティー(前編) *改訂
【はじめに】
先日、秋葉原の同人誌販売ショップ「コミックとらのあな」で『すきやき少女まどか☆ほむら』(発行:リリティア)を購入しました。タイトルからも分かる通り、原作は「魔法少女まどか☆マギカ」です。
五人の魔法少女が新規開店のすき焼き専門店へ夕食に出掛けるという意表をついた設定ですが、この設定に負けず劣らず本編も予測不可能な展開を見せます。
全30ページの短編小説ですが、ユーモラスな描写とシリアスな描写が見事に描き分けられており、たんなるドタバタ劇に始終しない完成度の高さで楽しませてくれました。
物語終盤、マミさんはまどかたちを焼き肉食べ放題に誘うのですが、この場面から「魔法少女たちの晩餐 in 焼き肉食べ放題」のイメージが思い浮かび、それが本作のネタ元となっています。
流雲氏の二次創作小説「すきやき少女まどか☆ほむら」に感謝しつつ、第三作目となる「~まどか☆マギカ」二次創作小説をアップしました。
基本設定ですが、原作に100%忠実なわけではなく、どちらかと言えばオリジナル要素が強くなっています。
詳しくは【あとがき】で触れますが、閲覧にあたっては上記の点に御注意下さい。
また、外食ネタを思いつくにあたり『もしも魔法少女が寿司屋に行ったら』(発行:狗古堂)からも多大な影響を受けました。
2011年9月5日現在、両誌とも「コミックとらのあな」各店舗(または同店のオンライン通販)にて購入可能である事を書き加えておきます。
<8月31日 午後10時>
長かった夏休みも終わり、明日から二学期が始まる。
わたしが見滝原中学校へ転入したのが7月7日だったから、もうすぐ二ヶ月が経つ。
鹿目まどかのおかげでソウルジェムの永久浄化が成功し、魔法少女は魔女化の恐怖に怯えなくても済むようになった。同時に負の作用も全て消滅し、魔女と戦い続ける事だけが魔法少女の宿命になった。
世界の改変に伴い、わたしが今まで体験してきた時間軸とは異なる要因で魔女が誕生するようだが、詳しい原因については確認できていない。いずれは原因を究明しなければならないけれど、圧倒的に知識も情報も少ない世界に改変されたばかり。まずは新しい日常に慣れる事から始めなければ。
<9月1日 午後12時半>
マ ミ「鹿目さん、美樹さん、暁美さん、杏子ぉ。ちょっと待ってくれる?」
わたしたちが校門を出ようとすると、背後から巴マミの呼びとめる声が聞こえてきた。
杏 子「ん?」
まどか「マミさん?」
さやか「どうしたんだろう」
全員揃って立ち止り、後ろを振り返った。級友(クラスメート)と別れた巴マミが大きな胸を縦に揺らしながら走って来る。
マ ミ「ハア、ハア、ハア、ハア。ご、ご、ごめんなさい。ひ、引きとめてしまって」
まどか「だ、大丈夫ですか。マミさん」
さやか「ずいぶんと苦しそうですけど……」
杏 子「まあ、とにかく落ちつけよ」
ほむら「まずは呼吸を整えなさい」
膝に手を当てた前屈みの姿勢で荒々しく呼吸する巴マミ。大した距離でもないのに全力疾走で息をきらせるとは、俊敏さも求められる魔法少女らしからぬ失態だわ。どうしたのかしら。
マ ミ「杏子。あ、あなた……あの事をみんなに伝えてくれた?」
杏 子「あの事? あッ。わりぃ、忘れていた」
マ ミ「や、やっぱりね。ハア、ハア。フゥ~」
話しながらも息を整える巴マミ。ソウルジェムが永久浄化されるようになった事で緊張感が緩んだのか、いつもの彼女らしからぬ態度だわ。
夏休みの間に何かあったのだろうか。不可解な言動、どうにも解せない……。
さやか「なんですか、あの事って」
マ ミ「実はねぇ」
そう言いながら鞄の中を探る。佐倉杏子のガサツさが感染したのか、年上属性をビンビンに感じさせる魅力が薄れているように思えてならない。
マ ミ「これを見て」
まどか「ん? なんですか?」
さやか「新規開店『焼き肉 Q兵衛』。へぇ、新しく焼き肉店がオープンするんですね」
ほむら「この地図を見ると駅前に店があるようね」
さやか「あれッ、ここってテナント募集していた空き店舗じゃないの。へえ、あそこに焼き肉屋がオープンしたんだぁ」
マ ミ「遅くなってしまったけど、暁美さんと杏子の転入祝賀会、そして、ソウルジェム永久浄化に成功した鹿目さんの功績を称え、今夜は五人で焼き肉でも食べに行きましょう。このチラシを持参すれば、最大五名まで開店初日限定の食べ放題セットを注文できるのよ。このセットは中学生までが有効対象だから、わたしたちなら注文できるわ」
焼き肉? 巴マミが? 信じられない発言にわたしは耳を疑った。
さやか「は、はあ……」
まどか「焼き肉……ですか」
マ ミ「あら。二人とも焼き肉は嫌い?」
まどか「い、いえ。嫌いではありませんけど……」
さやか「なんか、マミさんのイメージに合わないなぁと思って」
マ ミ「あら、そうかしら」
さやか「マミさんと食べ放題の組み合わせって言うのが何だか……」
ほむら「そうね。あなたにピッタリなイメージは「紅茶とケーキのスタイリッシュなティータイム」だもの。焼き肉の食べ放題はギャップが大きいわ」
マ ミ「そうなの? 確かに紅茶やケーキは好きだけれど、お肉やお魚、お野菜だって食べるわよ」
ほむら(やっぱり、何かおかしい……。巴マミらしからぬ発言だわ。いったい、どうなっているの?)
杏 子「どうだい。予定がなけりゃ、五人で夕飯を食いに行かねぇか」
さやか「わたしはOKよ。予算にもよるけど」
マ ミ「ええとね、料金は……。二千円ですって。意外とリーズナブルね」
杏 子「あんたにとってはね」
さやか「二千円かぁ。ちょっと厳しいですね」
まどか「わたしも二千円の出費は、ちょっと……」
マ ミ「半額ならわたしが出してあげるわ。可愛い後輩の為ですもの」
杏 子「ほ、本当か」
マ ミ「あなたは関係ないでしょう。わたしが一緒に払うんだから」
杏 子「うッ。それを言われると……」
さやか「ハングリー精神がウリだった杏子ちゃんも丸くなりましたなぁ。マミさんの奢りで夕食とは。くっくっくぅ」
杏 子「み、みろ。マミが余計な事を言うから馬鹿にされちまったじゃねえか」
マ ミ「あらあら、ごめんなんさいね」
さやか「ふふふ、冗談よ。まあ、マミさんが半額出してくれるのなら、あまり懐には響かないわね。わたしも参加しま~す」
杏 子「まどかはどうする?」
まどか「わ、わたし? ううん、そうだなぁ……」
ほむら「心配しないで、まどか。三千円のお小遣いから千円を出費するのも厳しいでしょう。あなたの分はわたしが払うわ」
なんだか変な展開だけれど、まどかと食事できるチャンス。この機会を逃すわけにはいかないわ!
まどか「どうもありがとう。でも、ほむらちゃんだってお小遣いの金額が限られてるんでしょう。あまり無理しないで。(小声で)それにしても、わたしのお小遣いが三千円って事、どうして知ってるんだろう? 相変わらずほむらちゃんは謎が多いなぁ」
ほむら「あなたの為なら喜んで払えるわ」
杏 子「(小声で)なんか気合入ってねえか、ほむら」
マ ミ「(小声で)ええ。あんなに真剣な表情で説得するなんて、よっぽど鹿目さんが好きなのね」
杏 子「(小声で)今の一言、なんか危ないイメージを連想させるんだが……」
マ ミ「(小声で)そうかしら」
<9月1日 午後1時>
お互いに一歩も譲らなかった話し合いだったけれど、わたしが一時的に千円を立て替え、来月と再来月にまどかが五百円づつ返金する事で話はまとまった。
マ ミ「それじゃ全員参加で決定ね。明日から平常授業の日々が戻るけど、今夜はみんなで楽しみましょう」
杏 子「おう。今夜はリミッター解除だ。遠慮しないで食うぞぉ」
さやか「あんたは毎日がリミッター解除状態でしょう。いつも何か食べてるんだから」
杏 子「うッ。またしても厳しい一言。否定できないだけに悔しい……」
さやか「あははは。そういう負け顔も可愛いじゃない」
杏 子「バカ……。なにを言いやがる」
マ ミ「うふふふ、二人とも仲がいいのね」
場をまとめる役目は通常の巴マミと変わらない。ますます不可解だわ。
マ ミ「それじゃ、午後五時に見滝原駅前で合流しましょう」
まどか「は~い」
さやか「は~い」
ほむら「分かったわ」
杏 子「んじゃ、帰るとするか。マミ、帰りに駄菓子屋へ付き合ってくれ。そろそろ『うんまい棒』と『グっさんイカ』がなくなりそうなんだ」
マ ミ「はいはい、分かったわよ」
さやか「さぁて、それではわたしたちも帰るとしましょうか」
まどか「うん」
ほむら「わ、わたしは寄る所があるから、ここで失礼するわ」
さやか「あら、そうなの。急ぎの買い物?」
ほむら「ええ」
まどか「そうなんだ。それなら仕方ないね。夕方に会おう」
ほむら「夕方に会いましょう」
<9月1日 午後3時>
帰宅後、わたしは巴マミが住むマンションの一室へ電話を入れた。
杏 子「もしもし、巴ですが」
ほむら「もしもし、その声は佐倉杏子ね。暁美ほむらよ」
杏 子「ああ、ほむらか。どうしたんだ、あんたが電話してくるなんて珍しいな」
ほむら「あなたに相談があるんだけれど、聞いてくれるかしら?」
杏 子「あたしに相談? へぇ、ますます珍しい事があるもんだ」
ほむら「巴マミは近くにいる?」
杏 子「いや。リビングで一眠りしてる。なんでも腹が減り過ぎて痛くなったから、夕方まで昼寝するんだとよ」
ほむら(ひ、昼寝? あの真面目な巴マミが空腹をまぎらわす為に昼寝ですって? どうなっているの……)
杏 子「おい。おい。ほむら? もしも~し。聞こえてるかぁ」
ほむら「あッ。ご、ごめんなさい。聞こえてるわ」(佐倉杏子は巴マミの変わり様を変に思っていないようね。もう少し様子をみるとしましょう)
杏 子「マミがいたらマズイのか?」
ほむら「まあね。それより用件だけど、あなた、今夜の焼き肉パーティーで美樹さやかの隣に座りたいでしょう?」
わたしは短刀直入に用件を言った。佐倉杏子の性格から考えると、遠まわしに伝えるよりは用件だけを述べた方がよい。
杏 子「はあ? 何を言い出すんだ、急に」
ほむら「彼女の隣に座りたいかと聞いているの」
杏 子「そ、そりゃあ、す、座りてぇけどよ……」
ほむら「それなら同盟を結ばない?」
杏 子「同盟?」
ほむら「そう。あなたは美樹さやかの隣に座りたい、わたしはまどかの隣に座りたい。見事に利害が一致するわ」(まどかの隣に座れれば、あの可愛い口に焼きたてのお肉を入れてあげられる。そして、その箸を使えば……か、か、間接キッス……)
杏 子「そうだな。それは言える」
ほむら「ど、どう? 悪くない話だと思うのだけれど」
杏 子「それで、あたしは何をすればいいんだ?」
ほむら「簡単な事よ。今回の出資者は巴マミでしょう。彼女を先頭に、美樹さやか、あなた、わたし、まどかの順番で店に入るのよ。そうすれば、美樹さやかはまどかとも向き合って座れ、あなたは彼女と隣同士になれるわ。座席は一列三人掛けになっていたから、この順番で入れば理想の座り順となる。この並びで入店できるよう二人で協力し合うのよ」
杏 子「なるほど。この席順なら、ほむらはまどかと隣同士になれる。しかし、なんで一列三人掛けなんて知っているんだ?」
ほむら「事前の情報収集で得た知識よ」
杏 子「相変わらず抜け目ねえな」
ほむら「最高のシチュエーションじゃない? わたしはまどかと、あなたは美樹さやかと隣合えるのだから」
杏 子「よし、そのアイディアにのった。同盟成立だ」
ほむら「あなたに相談してよかったわ。それじゃ、自然な流れで理想の席順になるよう打ち合わせをしましょうか」
<9月1日 午後5時>
杏 子「よう、もう来てたのか。早いじゃねえか」
マ ミ「ごめんなさいね、待たせてしまって」
さやか「いいえ。わたしたちも来たばかりですから」
まどか「あ、ほむらちゃんだ。お~い」
ほむら「お待たせ」
マ ミ「これで全員揃ったわね。さあ、それでは行きましょう」
さやか「あれ、今夜の代金は徴収しないんですか?」
マ ミ「先に集めておいた方がいいかしら。会計前に徴収しようと思っていたのだけれど」
さやか「あまり店の中でお金を出し入れしない方がいいんじゃないですか?」
この会話から判断する限り、美樹さやかの方がしっかりしているわ。いったい、巴マミに何があったのかしら……。どうして、誰も彼女の変化を不思議に思わないの……。
マ ミ「そうね。美樹さんの言う事も一理あるわ。それじゃ、先に代金を徴収しましょう」
さやか「はい、千円。御馳走になります」
ほむら「まどかの分と併せて二千円。お言葉に甘えて御馳走になるわね」
まどか「ちょっと待って、ほむらちゃん」
ほむら「どうしたの、まどか」
まどか「えっへへ~。実はね、お父さんに事情を話したら夕食用にって千円くれたんだ。だから自分で払えるよ」
ほむら「え?」
まどか「ほむらちゃんの申し出、気持ちだけもらっておくね。はい、マミさん。今夜は御馳走になります」
マ ミ「はい、確かに。それじゃ、これは暁美さんにキャッシュバックね」
ほむら「……」
まどか「いつもありがとう、ほむらちゃん。わたしの事を心配してくれて」
ほむら「そ、そんな。まどかに喜んでもらえれば、わたしは……」
杏 子「おい、そろそろ店に入らねぇと混み合ってくるぜ。先頭は出資者であるマミ先輩にお願いするとして、今夜はパーッと盛り上がろうぜ」
マ ミ「そうね。パーッと盛り上がりましょう」
ほむら(冷静沈着な巴マミの口から「パーッと盛り上がりましょう」なんて言葉が聞けるとは驚きだわ。なんだか頭が混乱してきたし、考えるのはやめましょう……)
徴収した千円札を財布にしまい、巴マミは店の中へ入って行く。
杏 子「ほら、あたしたちも行こうぜ。さやか」
さやか「ちょ、ちょっと杏子。腕を引っ張らないでぇ」
その後に続き、佐倉杏子が美樹さやかの腕を引っ張り強引に店の中へ連れ込んだ。店へ入る直前、こちらを向いてウィンクをする。
あんな力技でゴリ押しするなら事前の打ち合わせなんて意味がなかったわね。単純な佐倉杏子には「恋は盲目」という言葉がピッタリだわ。
先日、秋葉原の同人誌販売ショップ「コミックとらのあな」で『すきやき少女まどか☆ほむら』(発行:リリティア)を購入しました。タイトルからも分かる通り、原作は「魔法少女まどか☆マギカ」です。
五人の魔法少女が新規開店のすき焼き専門店へ夕食に出掛けるという意表をついた設定ですが、この設定に負けず劣らず本編も予測不可能な展開を見せます。
全30ページの短編小説ですが、ユーモラスな描写とシリアスな描写が見事に描き分けられており、たんなるドタバタ劇に始終しない完成度の高さで楽しませてくれました。
物語終盤、マミさんはまどかたちを焼き肉食べ放題に誘うのですが、この場面から「魔法少女たちの晩餐 in 焼き肉食べ放題」のイメージが思い浮かび、それが本作のネタ元となっています。
流雲氏の二次創作小説「すきやき少女まどか☆ほむら」に感謝しつつ、第三作目となる「~まどか☆マギカ」二次創作小説をアップしました。
基本設定ですが、原作に100%忠実なわけではなく、どちらかと言えばオリジナル要素が強くなっています。
詳しくは【あとがき】で触れますが、閲覧にあたっては上記の点に御注意下さい。
また、外食ネタを思いつくにあたり『もしも魔法少女が寿司屋に行ったら』(発行:狗古堂)からも多大な影響を受けました。
2011年9月5日現在、両誌とも「コミックとらのあな」各店舗(または同店のオンライン通販)にて購入可能である事を書き加えておきます。
<8月31日 午後10時>
長かった夏休みも終わり、明日から二学期が始まる。
わたしが見滝原中学校へ転入したのが7月7日だったから、もうすぐ二ヶ月が経つ。
鹿目まどかのおかげでソウルジェムの永久浄化が成功し、魔法少女は魔女化の恐怖に怯えなくても済むようになった。同時に負の作用も全て消滅し、魔女と戦い続ける事だけが魔法少女の宿命になった。
世界の改変に伴い、わたしが今まで体験してきた時間軸とは異なる要因で魔女が誕生するようだが、詳しい原因については確認できていない。いずれは原因を究明しなければならないけれど、圧倒的に知識も情報も少ない世界に改変されたばかり。まずは新しい日常に慣れる事から始めなければ。
<9月1日 午後12時半>
マ ミ「鹿目さん、美樹さん、暁美さん、杏子ぉ。ちょっと待ってくれる?」
わたしたちが校門を出ようとすると、背後から巴マミの呼びとめる声が聞こえてきた。
杏 子「ん?」
まどか「マミさん?」
さやか「どうしたんだろう」
全員揃って立ち止り、後ろを振り返った。級友(クラスメート)と別れた巴マミが大きな胸を縦に揺らしながら走って来る。
マ ミ「ハア、ハア、ハア、ハア。ご、ご、ごめんなさい。ひ、引きとめてしまって」
まどか「だ、大丈夫ですか。マミさん」
さやか「ずいぶんと苦しそうですけど……」
杏 子「まあ、とにかく落ちつけよ」
ほむら「まずは呼吸を整えなさい」
膝に手を当てた前屈みの姿勢で荒々しく呼吸する巴マミ。大した距離でもないのに全力疾走で息をきらせるとは、俊敏さも求められる魔法少女らしからぬ失態だわ。どうしたのかしら。
マ ミ「杏子。あ、あなた……あの事をみんなに伝えてくれた?」
杏 子「あの事? あッ。わりぃ、忘れていた」
マ ミ「や、やっぱりね。ハア、ハア。フゥ~」
話しながらも息を整える巴マミ。ソウルジェムが永久浄化されるようになった事で緊張感が緩んだのか、いつもの彼女らしからぬ態度だわ。
夏休みの間に何かあったのだろうか。不可解な言動、どうにも解せない……。
さやか「なんですか、あの事って」
マ ミ「実はねぇ」
そう言いながら鞄の中を探る。佐倉杏子のガサツさが感染したのか、年上属性をビンビンに感じさせる魅力が薄れているように思えてならない。
マ ミ「これを見て」
まどか「ん? なんですか?」
さやか「新規開店『焼き肉 Q兵衛』。へぇ、新しく焼き肉店がオープンするんですね」
ほむら「この地図を見ると駅前に店があるようね」
さやか「あれッ、ここってテナント募集していた空き店舗じゃないの。へえ、あそこに焼き肉屋がオープンしたんだぁ」
マ ミ「遅くなってしまったけど、暁美さんと杏子の転入祝賀会、そして、ソウルジェム永久浄化に成功した鹿目さんの功績を称え、今夜は五人で焼き肉でも食べに行きましょう。このチラシを持参すれば、最大五名まで開店初日限定の食べ放題セットを注文できるのよ。このセットは中学生までが有効対象だから、わたしたちなら注文できるわ」
焼き肉? 巴マミが? 信じられない発言にわたしは耳を疑った。
さやか「は、はあ……」
まどか「焼き肉……ですか」
マ ミ「あら。二人とも焼き肉は嫌い?」
まどか「い、いえ。嫌いではありませんけど……」
さやか「なんか、マミさんのイメージに合わないなぁと思って」
マ ミ「あら、そうかしら」
さやか「マミさんと食べ放題の組み合わせって言うのが何だか……」
ほむら「そうね。あなたにピッタリなイメージは「紅茶とケーキのスタイリッシュなティータイム」だもの。焼き肉の食べ放題はギャップが大きいわ」
マ ミ「そうなの? 確かに紅茶やケーキは好きだけれど、お肉やお魚、お野菜だって食べるわよ」
ほむら(やっぱり、何かおかしい……。巴マミらしからぬ発言だわ。いったい、どうなっているの?)
杏 子「どうだい。予定がなけりゃ、五人で夕飯を食いに行かねぇか」
さやか「わたしはOKよ。予算にもよるけど」
マ ミ「ええとね、料金は……。二千円ですって。意外とリーズナブルね」
杏 子「あんたにとってはね」
さやか「二千円かぁ。ちょっと厳しいですね」
まどか「わたしも二千円の出費は、ちょっと……」
マ ミ「半額ならわたしが出してあげるわ。可愛い後輩の為ですもの」
杏 子「ほ、本当か」
マ ミ「あなたは関係ないでしょう。わたしが一緒に払うんだから」
杏 子「うッ。それを言われると……」
さやか「ハングリー精神がウリだった杏子ちゃんも丸くなりましたなぁ。マミさんの奢りで夕食とは。くっくっくぅ」
杏 子「み、みろ。マミが余計な事を言うから馬鹿にされちまったじゃねえか」
マ ミ「あらあら、ごめんなんさいね」
さやか「ふふふ、冗談よ。まあ、マミさんが半額出してくれるのなら、あまり懐には響かないわね。わたしも参加しま~す」
杏 子「まどかはどうする?」
まどか「わ、わたし? ううん、そうだなぁ……」
ほむら「心配しないで、まどか。三千円のお小遣いから千円を出費するのも厳しいでしょう。あなたの分はわたしが払うわ」
なんだか変な展開だけれど、まどかと食事できるチャンス。この機会を逃すわけにはいかないわ!
まどか「どうもありがとう。でも、ほむらちゃんだってお小遣いの金額が限られてるんでしょう。あまり無理しないで。(小声で)それにしても、わたしのお小遣いが三千円って事、どうして知ってるんだろう? 相変わらずほむらちゃんは謎が多いなぁ」
ほむら「あなたの為なら喜んで払えるわ」
杏 子「(小声で)なんか気合入ってねえか、ほむら」
マ ミ「(小声で)ええ。あんなに真剣な表情で説得するなんて、よっぽど鹿目さんが好きなのね」
杏 子「(小声で)今の一言、なんか危ないイメージを連想させるんだが……」
マ ミ「(小声で)そうかしら」
<9月1日 午後1時>
お互いに一歩も譲らなかった話し合いだったけれど、わたしが一時的に千円を立て替え、来月と再来月にまどかが五百円づつ返金する事で話はまとまった。
マ ミ「それじゃ全員参加で決定ね。明日から平常授業の日々が戻るけど、今夜はみんなで楽しみましょう」
杏 子「おう。今夜はリミッター解除だ。遠慮しないで食うぞぉ」
さやか「あんたは毎日がリミッター解除状態でしょう。いつも何か食べてるんだから」
杏 子「うッ。またしても厳しい一言。否定できないだけに悔しい……」
さやか「あははは。そういう負け顔も可愛いじゃない」
杏 子「バカ……。なにを言いやがる」
マ ミ「うふふふ、二人とも仲がいいのね」
場をまとめる役目は通常の巴マミと変わらない。ますます不可解だわ。
マ ミ「それじゃ、午後五時に見滝原駅前で合流しましょう」
まどか「は~い」
さやか「は~い」
ほむら「分かったわ」
杏 子「んじゃ、帰るとするか。マミ、帰りに駄菓子屋へ付き合ってくれ。そろそろ『うんまい棒』と『グっさんイカ』がなくなりそうなんだ」
マ ミ「はいはい、分かったわよ」
さやか「さぁて、それではわたしたちも帰るとしましょうか」
まどか「うん」
ほむら「わ、わたしは寄る所があるから、ここで失礼するわ」
さやか「あら、そうなの。急ぎの買い物?」
ほむら「ええ」
まどか「そうなんだ。それなら仕方ないね。夕方に会おう」
ほむら「夕方に会いましょう」
<9月1日 午後3時>
帰宅後、わたしは巴マミが住むマンションの一室へ電話を入れた。
杏 子「もしもし、巴ですが」
ほむら「もしもし、その声は佐倉杏子ね。暁美ほむらよ」
杏 子「ああ、ほむらか。どうしたんだ、あんたが電話してくるなんて珍しいな」
ほむら「あなたに相談があるんだけれど、聞いてくれるかしら?」
杏 子「あたしに相談? へぇ、ますます珍しい事があるもんだ」
ほむら「巴マミは近くにいる?」
杏 子「いや。リビングで一眠りしてる。なんでも腹が減り過ぎて痛くなったから、夕方まで昼寝するんだとよ」
ほむら(ひ、昼寝? あの真面目な巴マミが空腹をまぎらわす為に昼寝ですって? どうなっているの……)
杏 子「おい。おい。ほむら? もしも~し。聞こえてるかぁ」
ほむら「あッ。ご、ごめんなさい。聞こえてるわ」(佐倉杏子は巴マミの変わり様を変に思っていないようね。もう少し様子をみるとしましょう)
杏 子「マミがいたらマズイのか?」
ほむら「まあね。それより用件だけど、あなた、今夜の焼き肉パーティーで美樹さやかの隣に座りたいでしょう?」
わたしは短刀直入に用件を言った。佐倉杏子の性格から考えると、遠まわしに伝えるよりは用件だけを述べた方がよい。
杏 子「はあ? 何を言い出すんだ、急に」
ほむら「彼女の隣に座りたいかと聞いているの」
杏 子「そ、そりゃあ、す、座りてぇけどよ……」
ほむら「それなら同盟を結ばない?」
杏 子「同盟?」
ほむら「そう。あなたは美樹さやかの隣に座りたい、わたしはまどかの隣に座りたい。見事に利害が一致するわ」(まどかの隣に座れれば、あの可愛い口に焼きたてのお肉を入れてあげられる。そして、その箸を使えば……か、か、間接キッス……)
杏 子「そうだな。それは言える」
ほむら「ど、どう? 悪くない話だと思うのだけれど」
杏 子「それで、あたしは何をすればいいんだ?」
ほむら「簡単な事よ。今回の出資者は巴マミでしょう。彼女を先頭に、美樹さやか、あなた、わたし、まどかの順番で店に入るのよ。そうすれば、美樹さやかはまどかとも向き合って座れ、あなたは彼女と隣同士になれるわ。座席は一列三人掛けになっていたから、この順番で入れば理想の座り順となる。この並びで入店できるよう二人で協力し合うのよ」
杏 子「なるほど。この席順なら、ほむらはまどかと隣同士になれる。しかし、なんで一列三人掛けなんて知っているんだ?」
ほむら「事前の情報収集で得た知識よ」
杏 子「相変わらず抜け目ねえな」
ほむら「最高のシチュエーションじゃない? わたしはまどかと、あなたは美樹さやかと隣合えるのだから」
杏 子「よし、そのアイディアにのった。同盟成立だ」
ほむら「あなたに相談してよかったわ。それじゃ、自然な流れで理想の席順になるよう打ち合わせをしましょうか」
<9月1日 午後5時>
杏 子「よう、もう来てたのか。早いじゃねえか」
マ ミ「ごめんなさいね、待たせてしまって」
さやか「いいえ。わたしたちも来たばかりですから」
まどか「あ、ほむらちゃんだ。お~い」
ほむら「お待たせ」
マ ミ「これで全員揃ったわね。さあ、それでは行きましょう」
さやか「あれ、今夜の代金は徴収しないんですか?」
マ ミ「先に集めておいた方がいいかしら。会計前に徴収しようと思っていたのだけれど」
さやか「あまり店の中でお金を出し入れしない方がいいんじゃないですか?」
この会話から判断する限り、美樹さやかの方がしっかりしているわ。いったい、巴マミに何があったのかしら……。どうして、誰も彼女の変化を不思議に思わないの……。
マ ミ「そうね。美樹さんの言う事も一理あるわ。それじゃ、先に代金を徴収しましょう」
さやか「はい、千円。御馳走になります」
ほむら「まどかの分と併せて二千円。お言葉に甘えて御馳走になるわね」
まどか「ちょっと待って、ほむらちゃん」
ほむら「どうしたの、まどか」
まどか「えっへへ~。実はね、お父さんに事情を話したら夕食用にって千円くれたんだ。だから自分で払えるよ」
ほむら「え?」
まどか「ほむらちゃんの申し出、気持ちだけもらっておくね。はい、マミさん。今夜は御馳走になります」
マ ミ「はい、確かに。それじゃ、これは暁美さんにキャッシュバックね」
ほむら「……」
まどか「いつもありがとう、ほむらちゃん。わたしの事を心配してくれて」
ほむら「そ、そんな。まどかに喜んでもらえれば、わたしは……」
杏 子「おい、そろそろ店に入らねぇと混み合ってくるぜ。先頭は出資者であるマミ先輩にお願いするとして、今夜はパーッと盛り上がろうぜ」
マ ミ「そうね。パーッと盛り上がりましょう」
ほむら(冷静沈着な巴マミの口から「パーッと盛り上がりましょう」なんて言葉が聞けるとは驚きだわ。なんだか頭が混乱してきたし、考えるのはやめましょう……)
徴収した千円札を財布にしまい、巴マミは店の中へ入って行く。
杏 子「ほら、あたしたちも行こうぜ。さやか」
さやか「ちょ、ちょっと杏子。腕を引っ張らないでぇ」
その後に続き、佐倉杏子が美樹さやかの腕を引っ張り強引に店の中へ連れ込んだ。店へ入る直前、こちらを向いてウィンクをする。
あんな力技でゴリ押しするなら事前の打ち合わせなんて意味がなかったわね。単純な佐倉杏子には「恋は盲目」という言葉がピッタリだわ。
⇒ To be continued
「魔法少女まどか☆マギカ Another」 真夏の海と魔法少女たち(後編)
<第三部・夜の別荘>
魔女少女五人によって魔女が倒され、S海岸は再び静けさを取り戻した。
さやかの傷もマミの治癒魔法によって癒され、痛々しい傷の痕跡は全く見られない。
夜の散歩を中止した五人はマミの別荘に戻り、そこで長い夏の夜を過ごす事になった。
マ ミ「さあ、スイカが切れたわよ」
蚊取り線香を焚いたテラスで談笑していた四人はマミの声に反応し、おしゃべりを中断した。
杏 子「待ってましたぁ」
まどか「うわぁ、美味しそう」
さやか「マミさんが切ると見た目まで美味しそうだわ」
ほむら「これも才能と言うのかしら」
マ ミ「あら、嬉しい事を言ってくれるわね」
お盆がテーブルの上に置かれ、マミが一人一人にスイカの乗った皿を配る。
マ ミ「お塩も用意したから好きに使ってね」
さやか「は~い」
杏 子「それじゃ頂くとするか」
まどか「頂きま~す」
さやか「頂きま~す」
スイカを食べながら談笑の続きに興じる三人。しかし、少し離れた所に座っていたほむらだけはスイカに手をつけず、話の輪にも加わらなかった。
マ ミ「どうしたの暁美さん、スイカは嫌いだったかしら」
その脇の椅子に腰をおろしたマミが尋ねる。
ほむら「いいえ」
マ ミ「それなら遠慮しないで食べて」
ほむら「ありがとう」
御礼は言うものの、心ここに有らずという状態だった。
マ ミ「どうしたの。何か悩み事?」
ほむら「いいえ」
マ ミ「……」
ほむら「まどかのおかげでソウルジェムの呪縛から解放され、グリーフシードの奪い合いもなくなったわ」
マ ミ「そうね。鹿目さんには感謝してもしきれないわ」
ほむら「わたしは目を覆いたくなる惨劇の現場を何度も見てきた。そして、そのたびに絶望してきたわ。悲劇の連鎖を食い止められない自分自身の無力さを憎んだ」
マ ミ「暁美さん……」
ほむら「この世界に魔女が存在する限り、わたしたち魔法少女の使命は終わらない。でも、あの地獄のような別の時間軸に比べたら、魔女と戦い続ける宿命なんて何でもない事だわ」
マ ミ「……」
ほむら「今日一日は本当に楽しかった。平和な世界に生きている喜びと永らく忘れていた安らぎを実感できたわ。そのせいか変に気分が高揚しているのよ。魔女少女に仲間はいらない、お喋りなんて耳障りな雑音のキャッチボールでしかない、同業者の屍を踏み越えても魔女を倒す。大袈裟に言えば、これがわたしの人生哲学だったわ。でも今は違う。鹿目まどか、美樹さやか、佐倉杏子、巴マミ。四人は大切な仲間であり、どんな話題でも楽しく会話でき、危機に陥った時は助けたい、そう思えるようなったわ。この楽しい時間が一秒でも長く続いてほしい。そんな事を考えていたら、つい自失してしまったの」
長い語りを終えたほむらは顔をあげて空を見た。月光に照らされたほむらの横顔は神々しいまでに美しく見える。
マ ミ「うふふふふ」
ほむら「何がおかしいの」
マ ミ「ごめんなさい、笑ったりして。実は杏子も同じような事を言っていたのよ。懐かしい温もりに安らぎを感じる、って」
ほむら「え? あの佐倉杏子が」
マ ミ「そう。あなたが体験してきた地獄のような日々と比べれば大した事はないかも知れないけど、杏子は杏子なりに自分自身が抱える過去に囚われながら魔女少女として魔女と一人で戦っていたの」
今度はほむらが沈黙する番だった。
マ ミ「わたしも悩みを打ち明けられる友達や家族がいない孤独な毎日を送りながら、魔女との戦いが怖くて逃げ出したくなるのを我慢して一人で戦い続けた。そんな精神状態でソウルジェムの秘密を知ってしまい、わたしも杏子も気が狂いそうになったわ」
ほむら「そうだったの……」
マ ミ「ソウルジェムの秘密を知ってから、わたしと杏子は同居するようになったのよ。お互いに一人でいると不安で仕方がなかった。多少なりとも不安を解消できればと、わたしが言い出したの」
ほむら「佐倉杏子にも不安という感情があったとは意外だわ」
マ ミ「そんな絶望のドン底にいる時、鹿目さんと美樹さんに出会ったの。二人は魔法少女の話も、魔女の話も、ソウルジェムの話も真剣になって聞いてくれた。そして、魔女と戦うわたしたちの事を尊敬してくれたわ。あの純真無垢な瞳は自分自身を奮い立たせる起爆剤になったのよ」
ほむら「……」
マ ミ「魔女との戦いに勝利できた後、わたしは紅茶を飲む事で恐怖心を誤魔化し、無理に心を落ち着かせていたわ。杏子も同じよ。空腹を満たす事で余計な事を考えないようにしていたの」
ほむら「恐怖を克服する為に……そんな事を……」
マ ミ「鹿目さんがソウルジェムの永久浄化に成功し、わたしたちを絶望させる負の作用は全て消え去った。鹿目さんの勇気ある行動の延長に平和な生活があるって考えると、ついセンチメンタルな気分に浸ってしまうのよ」
まどかの笑顔を見ながらマミは話し続ける。
マ ミ「こんなに開放的な気分で夏を迎えたのは生まれて初めてだわ。ハシャギ過ぎないように自分を抑えているけど、本当は嬉しくて楽しくて仕方がないのよ。みんなに別荘へ来てもらったのも、そんな気持ちの表れかも知れないわね」
ほむら「そう。そうだったのね」
マ ミ「わたしも暁美さんと同じ。この楽しい時間が一秒で永く続いてほしいと思っているわ」
スイカを食べ終え、蚊取り線香も燃え尽きたので五人はテラスから室内へ引き揚げた。
まどか「スイカ、美味しかったね」
さやか「うん。瑞々しくて食べ応えあったわ」
杏 子「種なしスイカを選ぶあたり、さすがマミだよなぁ。まだ三切れは食べられそうだ」
ほむら「(小声で)これで本当に不安という感情をもっているのかしら」
マ ミ「(小声で)ああ見ても杏子は繊細なのよ。良くも悪くも純情なの」
ほむら「(小声で)そうには見えないけれど……」
さやか「ねえねえ、そろそろお風呂に入らない。何だか汗かいちゃったわ」
まどか「風が止んだせいか、ちょっと蒸してたもんね」
マ ミ「そうね。もうすぐ九時だし、そろそろお風呂へ入りましょう」
まどか「ねえ、さやかちゃん。一緒に入ろう。実はさやかちゃんとお風呂に入るの楽しみにしてたんだぁ」
さやか「おッ、さてはお主、胸の発育に自信があるのだな」
まどか「うぇひひ。まあ、少しは自信があるかな」
ほむら「そういう事なら、わたしも一緒に入るわ」
まどか「それじゃ三人で入ろう」
杏 子「ちょっと待って。あしたも一緒に入る」
さやか「あんたも? 四人一緒は無理じゃない」
杏 子「な、なんだよ。あたしだけ仲間外れかよ」
さやか「そう言うわけじゃないけど……」
マ ミ「大丈夫よ、杏子。みんなで一緒に入りましょうよ」
さやか「ここのお風呂は五人も入れるんですか?」
マ ミ「ええ。この別荘は父が接待客の宿泊施設として購入したの。ほら、この周辺は民宿中心でしょう。その関係で浴室も大きめに設計されているわ。わたしたち五人なら狭さを感じずに入れる筈よ」
杏 子「なるほど。どうりで建物全体が広いわけだ。さすがセレブは違うな」
さやか「でも、こんな大きな別荘なのに夏だけしか使わないのは勿体ないですね」
杏 子「ああ。維持管理も大変だろうなぁ」
マ ミ「維持管理は後見人の叔父が行っているわ。冬は叔父一家がお正月を過ごすのに使っているの」
杏 子「ふ~ん、そうなんだ」
マ ミ「それじゃ入浴の準備をしておいてね。わたしはお風呂の用意をしてくるわ」
まどか(みんなで入浴かぁ。楽しそう)
さやか(まどかにだけは負けないと思うけど……。不安だなぁ)
ほむら(ま、まどかと一緒に入浴……)
杏 子(さやかのヌード、さやかのヌード、さやかのヌード……)
さやか「うわ~、広い浴槽。うちの浴槽の三倍はありそう」
脱衣所と浴室を仕切る引き戸を開け、さやかが驚きの声をあげた。
マ ミ「お湯張りや掃除が大変だけどね」
さやか「確かに」
まどか「この大きさなら五人全員でも余裕で入れるね」
さやか「ええ。さあ、ちゃっちゃと服を脱いじゃおう」
まどか「うん」
ほむら「五人全員で入浴……」
杏 子「さやかと隣り合って入浴……」
マ ミ「暁美さんも杏子も立っていないで服を脱いだら。ん? どうしたの?」
杏 子「ああ、いやぁ、何でもない。何でも……」
ほむら「あまりの広さに驚いただけよ」
マ ミ「あら、ありがとう」
杏 子「(小声で)ふぅ。鈍感な奴で助かった」
さやか「それじゃ、お先にぃ~」
まどか「あぁん、待ってよぉ」
マ ミ「タイルで滑らないように気をつけてね」
さやか「は~い」
まどか「分かりました」
ほむら(まどか、今行くわ)
さやか、まどかに続き、ほむらも服を脱ぎ終え、引き戸を開けて浴室に入っていった。
杏 子「なあ、マミ」
マ ミ「なぁに?」
杏 子「そのブラジャー買う時って恥ずかしくないのか」
マ ミ「な、何を言うの。バカねぇ」
杏 子「いや、だって……」
マ ミ「だって? だって、どうしたの?」
杏 子「あんたのような中学生が大人用のブラジャーを買う姿、どうも想像できないんだよ」
マ ミ「あのねぇ、杏子。今はネットショッピングという便利な機能があるの。ボタン一つで商品が買える世の中なのよ」
ザパァン。ザパァン。
引き戸の向こうから掛け湯をする音が聞こえる。
マ ミ「ほらほら、くだらない事を言ってないで服を脱ぎなさい。グズグズしてると先に行くわよ」
杏 子「あ~。いい湯だなぁ。冷水で掛け湯したせいか体が芯から温まる」
さやか「ちょっと、杏子。お湯の中にタオルを入れないでよ」
杏 子「いいじゃねえか、固い事言うなよ。ここは銭湯じゃねぇんだから」
まどか「そうだよ、さやかちゃん。細かい事は気にしない、気にしない」
ほむら「知らない仲ではないし、大目に見てあげたら」
杏 子「さっすが、まどかとほむらは良い娘(いいこ)だねぇ。ヨシヨシ」
まどか「あっはは、やめて、杏子ちゃん。頭がくすぐったいよ~」
ほむら「感謝は気持ちだけで十分よ」
杏 子「へへへ、お次は胸だ。……。おッ、まどか。なんだか発育してきたんじゃねえか」
もみ、もみ、もみ。
まどか「ああん、杏子ちゃんったら」
ほむら「わ、わ、わ、わたしも……」
もみ、もみ、もみ。
ほむら(ああ……。し、幸せ。これがまどかの胸。小さくて、ほっそりしてて、可愛い。何度も時を繰り返してきたけど、心の底から幸せを感じられるのは初めてだわ。この世界が続けば……)
まどか「ちょ、ちょっと……。ほ、ほむらちゃんまで。あは、あは、あははは。く、くすぐったいよ~。さやかちゃん、マミさん、助けて~」
さやか「ちょっと、なにやってんの。二人だけでズルイわよ。わたしも仲間に入れなさい」
まどか「えッ? さ、さやかちゃん?」
さやか「まどか、覚悟ぉ~」
もみ、もみ、もみ。
まどか「あっはははは~。や、や、やだぁ。マミさ~ん、助けて下さ~い」
マ ミ「あらあら、楽しそうね。それなら……」
もみ、もみ、もみ。
まどか「もう~。どうなってるのぉ」
前後左右から完全包囲されたまどか。その小さな胸は白魚のような指に揉まれ、脳天を直撃するような快感が全身を走り抜ける。
杏 子「(小声で)これでいいか、ほむら。ちょっとアドリブが入っちまったけど」
まどかの背後から胸を揉んでいた杏子は手を休め、自分の右手前方にいるほむらへ小声で話しかけた。
ほむら「(小声で)ええ。ありがとう」
杏 子「(小声で)あんたの口から御礼が聞けるとは思わなかったぜ」
ほむら「(小声で)驚く程の事でもないでしょう」
杏 子「(小声で)それじゃ、次はほむらの番だ。頼むぜ。さ、さ、さやかと……その……」
ほむら「(小声で)分かっている。美樹さやかと裸でスキンシップを取りたいのでしょう。自信はないけど……やってみるわ」(こういう事は苦手なのだけど、佐倉杏子には借りができたし……。まあ、とにかく行動あるのみね)
まどか「ふえ~。みんな、ひどいよ~」
くすぐり地獄から解放されたまどかの顔は真っ赤に火照っていた。
さやか「あははは、悪い悪い」
マ ミ「ちょっと調子に乗りすぎちゃったわね。ごめんなさい」
杏 子「まあ、裸の付き合いって事で許してくれ」
ほむら「ごめんなさい、まどか。大丈夫?」
まどか「うん、大丈夫だよ」
ほむら「お詫びに背中を洗ってあげるわ」
まどか「え?」
ほむら「さあ、お湯から出て。心を込めて背中を洗ってあげるから」
さやか「ま、待ちなさい。まどか、わたしが洗ってあげるわ。ほら、お風呂から出て」
負けじとさやかが名乗り出た。そして、先手必勝とばかりにまどかの手を引いて湯舟からあがる。
まどか「ちょ、ちょっと。さやかちゃん」
ほむら(予想通りだわ。美樹さやかが名乗りをあげると思った)
思惑通りに事が運び大満足のほむらは、肩まで湯に浸っている杏子の耳元に口を近づけて囁いた。
ほむら「(小声で)何をグズグズしているの、今が絶好のチャンスよ。美樹さやかがまどかの背中を洗っているのを口実に、あなたは美樹さやかの背中を洗ってやりなさい」
杏 子「(小声で)お、おう。そうだな」
ほむら「(小声で)これで貸し借りなしね」
杏 子「(小声で)ああ。あたしの方が得したっぽいがな」
ほむら「(小声で)わたしは……ま、まどかの、む、胸にさわれただけで、ま、満足よ……」
のぼせたのか、興奮したのか、ほむらも顔を真っ赤に火照らせた。
杏 子「(小声で)おいおい、顔が真っ赤だぞ。大丈夫か」
ほむら「(小声で)大丈夫よ。早く行きなさい」
杏 子「(小声で)お、おう」
さやか、まどかに続いて杏子も湯舟から出た。
大勢の客が入浴する事を前提に設計されただけあって洗い場も広く、ちょっとした小部屋なみのスペースになっていた。
さやかは入浴前にマミから渡されたリネンのボディタオルを石鹸で泡立たせ、それでまどかの背中を丁寧に洗っている。一方のまどかは恍惚とした表情でバススツールに座っていた。
さやか「どう、まどか。気持ちいい?」
まどか「はふぅ。うん。とっても」
杏 子「さ、さやか」
さやか「何よ」
まどかと二人だけの時間を邪魔され、さやかは不機嫌な声で答える。
杏 子「よかったら、あ、あたしが背中を洗ってやるよ」
さやか「はあ? あんたが背中を洗ってくれるの? あたしの?」
杏 子「おう。い、嫌なら、いいんだけどよ」
突然の申し出に困惑したのか、さやかはまどかの背中を洗う手を休めた。
まどか「洗ってもらいなよ、さやかちゃん」
ほむら「遠慮しないで好意を受けたらどう?」
杏 子(ナイスフォロー。まどか、ほむら)
心の中で喜ぶ杏子。しかし、そんな事は表情に出さない。
周囲の声に後押しされたのか、それとも場の空気を読んだのか、さやかは少し照れながら言った。
さやか「それじゃ、お願いするわ」
杏 子「まかせとけ」(よしッ、作戦成功だ~\(^0^)/)
さやかの後ろにバススツールを置き、腰かける杏子。洗面器に満たしたお湯でボディタオルを濡らし、たっぷりと泡立たせてからさやかの背中を優しく擦った。
さやか「はぁぁ。いい気持ち。ガサツっぽく見えて、意外と繊細な手つきなのね。見直したわ」
杏 子「そ、そうか。へへへへ」
照れ隠しに笑う杏子だが心底の嬉しさは隠しきれない。
まどか「くぅぅぅ。いい気持ちぃぃぃ」
さやか「はあ。そこそこ。あ~、気持ちいい」
洗い場に展開される和気藹々とした場面を見ながらマミが口を開いた。
マ ミ「ねえ、暁美さん」
ほむら「なに?」
マ ミ「わたしたちも参加しない?」
ほむら「参加? あの中に加わるって事かしら」
マ ミ「ええ」
短く返事をした後、一列になって仲好くスキンシップを取っている三人に向かって言った。
マ ミ「ねえ、わたしたちも仲間に入れてくれないかしら」
杏 子「仲間に入れてくれって、どういう事だ?」
マ ミ「輪になって背中を洗いっこするのよ。わたしは杏子の、杏子は美樹さんの、美樹さんは鹿目さんの、鹿目さんは暁美さんの、暁美さんはわたしの背中を洗う。どうかしら?」
まどか「いいですね。わたしは賛成です」
さやか「そうね、なかなか楽しそう」
杏 子「あたしは異議なしだ」
マ ミ「ありがとう。それじゃ暁美さん、あがりましょう。円環の理へ導かれるままに。(小声で)鹿目さんに背中を洗ってもらうのも悪くないでしょう。あまり美樹さんの事を悪く思っちゃ駄目よ」
ほむら「(小声で)大丈夫、気にしてないわ」(ああなる事は予想していたもの)
さやか「あ~あ、さっぱりしたぁ」
まどか「いいお湯だったね」
ほむら(まどかの胸の感触、忘れられないわ)
杏 子(さやかの背中、さやかのヌード、さやかの髪の香り。今夜は最高の夜だ)
マ ミ「お風呂上りと言えば牛乳よねぇ。はい、どうぞ」
バスタオルを体に巻いたまま、マミはキッチンの冷蔵庫から瓶牛乳を五本持ってきた。
杏 子「瓶牛乳か。風呂上がりの定番だな。遠慮なく頂くよ」
ほむら「用意周到ね。わたしも頂くわ」
まどか「わたし、牛乳は大好きなんです。頂きますね」
さやか「これを飲めばマミさんのように胸が大きくなるんですね。そう言う事なら頂きます」
ほむら「ゴクゴク。水をさすようで悪いけど、乳飲料の摂取と胸の成長における因果関係は俗説らしいわよ。科学的な根拠はないと雑誌で読んだ事があるわ」
さやか「えぇぇ。そうなの?」
マ ミ「へえ。それは初耳だわ」
まどか「ほむらちゃん、何でも知ってるんだね」
杏 子「おいおい、驚く前によぉ。ゴクゴク。どんな雑誌を読んでるのか突っ込めよ」
さやか「するとマミさんの胸が大きいのは天然って事ですか?」
まどか「さ、さやかちゃん……。ストレートに聞くんだね」
マ ミ「あらあら、返事に困る質問ねえ。なんて答えればいいのかしら」
杏 子「きっと、マミの前世は牛だったんじゃねえか」
ほむら「それもホルスタイン」
マ ミ「あ、あなたたち……。わたしだって好きで胸が大きいわけじゃないのよッ」
午後十一時。
楽しい団欒の時も終わり、五人はクーラーの効いた寝室で眠りについた。
その寝顔は幼さの抜けきらない女子中学生の顔であり、魔女と戦う魔法少女の顔ではない。
ほむら「すぅ。すぅ」
まどか「くふぅ。くふぅ」
さやか「ん~。ん~」
杏 子「んぐぅ~。んぐぅ~」
マ ミ「くぅぅぅ。くぅぅぅ」
夜の帳に支配された闇の中、少女たちの寝息が即興のアンサブルを奏でる。
意を決して魔法少女の契約を交わし、守られる立場から戦場へ立つ覚悟を決めた鹿目まどか。
幾つもの地獄を見ながら、運命を書き換えるべく数々の時間軸を体験してきた暁美ほむら。
失恋の痛手を乗り越え、自分の体が傷つく事も顧みずに正義の剣を振るう美樹さやか。
裏切られる辛さと孤独の悲しさを知るが故、仲間を思う熱い心を持つ佐倉杏子。
一人孤独に魔女と戦い続け、自分に続く後輩を優しく指導する巴マミ。
この世界に魔女が存在する限り、常に死と隣り合わせの戦いへ身を投じなければならない。
そんな宿命を負いながらも、彼女たちは今を必死に生き、青春を謳歌している。
楽しい明日がくる事を夢見ながら眠る五人をあやすかのように、八月の夜はゆっくりと時を刻んでいく……。
【あとがき】
五人全員が生存するif世界における、魔法少女たちが過ごす夏休みの断片を妄想のままに綴ってみました。
当初は昼間のバカンスだけを描く予定でしたが、どうも話が思い浮かばず、魔女戦や入浴シーンで話を膨らませてしまいましたが、その結果として全体的に書き込み不足(海水浴やビーチでのバカンス、別荘での団欒)の物語になってしまったのは反省すべき点です。
苦しまぎれのマイ設定も多く、原作のもつ悲壮感が漂う二次創作を好まれる方には抵抗のある内容かも知れませんが御容赦下さい(個人的には「全員生存+仲良し+魔法少女」をif世界の基本設定としており、この世界観で物語を作っています)。
マミさんが恐怖を克服する為に紅茶を飲むようになった設定については、コドウ氏の二次創作短編漫画「理由」(発行=シャングリラ『ハニー・トラップ』所収)よりアイディアを拝借しました。作者のコドウ氏に記して感謝致します。
完成度については閲覧者各位の評価に委ねますが、今後も「魔法少女まどか☆マギカ」の二次創作小説をアップしていきますので、こうしたif世界の物語に興味があれば目を通して頂きたく思います。
魔女少女五人によって魔女が倒され、S海岸は再び静けさを取り戻した。
さやかの傷もマミの治癒魔法によって癒され、痛々しい傷の痕跡は全く見られない。
夜の散歩を中止した五人はマミの別荘に戻り、そこで長い夏の夜を過ごす事になった。
マ ミ「さあ、スイカが切れたわよ」
蚊取り線香を焚いたテラスで談笑していた四人はマミの声に反応し、おしゃべりを中断した。
杏 子「待ってましたぁ」
まどか「うわぁ、美味しそう」
さやか「マミさんが切ると見た目まで美味しそうだわ」
ほむら「これも才能と言うのかしら」
マ ミ「あら、嬉しい事を言ってくれるわね」
お盆がテーブルの上に置かれ、マミが一人一人にスイカの乗った皿を配る。
マ ミ「お塩も用意したから好きに使ってね」
さやか「は~い」
杏 子「それじゃ頂くとするか」
まどか「頂きま~す」
さやか「頂きま~す」
スイカを食べながら談笑の続きに興じる三人。しかし、少し離れた所に座っていたほむらだけはスイカに手をつけず、話の輪にも加わらなかった。
マ ミ「どうしたの暁美さん、スイカは嫌いだったかしら」
その脇の椅子に腰をおろしたマミが尋ねる。
ほむら「いいえ」
マ ミ「それなら遠慮しないで食べて」
ほむら「ありがとう」
御礼は言うものの、心ここに有らずという状態だった。
マ ミ「どうしたの。何か悩み事?」
ほむら「いいえ」
マ ミ「……」
ほむら「まどかのおかげでソウルジェムの呪縛から解放され、グリーフシードの奪い合いもなくなったわ」
マ ミ「そうね。鹿目さんには感謝してもしきれないわ」
ほむら「わたしは目を覆いたくなる惨劇の現場を何度も見てきた。そして、そのたびに絶望してきたわ。悲劇の連鎖を食い止められない自分自身の無力さを憎んだ」
マ ミ「暁美さん……」
ほむら「この世界に魔女が存在する限り、わたしたち魔法少女の使命は終わらない。でも、あの地獄のような別の時間軸に比べたら、魔女と戦い続ける宿命なんて何でもない事だわ」
マ ミ「……」
ほむら「今日一日は本当に楽しかった。平和な世界に生きている喜びと永らく忘れていた安らぎを実感できたわ。そのせいか変に気分が高揚しているのよ。魔女少女に仲間はいらない、お喋りなんて耳障りな雑音のキャッチボールでしかない、同業者の屍を踏み越えても魔女を倒す。大袈裟に言えば、これがわたしの人生哲学だったわ。でも今は違う。鹿目まどか、美樹さやか、佐倉杏子、巴マミ。四人は大切な仲間であり、どんな話題でも楽しく会話でき、危機に陥った時は助けたい、そう思えるようなったわ。この楽しい時間が一秒でも長く続いてほしい。そんな事を考えていたら、つい自失してしまったの」
長い語りを終えたほむらは顔をあげて空を見た。月光に照らされたほむらの横顔は神々しいまでに美しく見える。
マ ミ「うふふふふ」
ほむら「何がおかしいの」
マ ミ「ごめんなさい、笑ったりして。実は杏子も同じような事を言っていたのよ。懐かしい温もりに安らぎを感じる、って」
ほむら「え? あの佐倉杏子が」
マ ミ「そう。あなたが体験してきた地獄のような日々と比べれば大した事はないかも知れないけど、杏子は杏子なりに自分自身が抱える過去に囚われながら魔女少女として魔女と一人で戦っていたの」
今度はほむらが沈黙する番だった。
マ ミ「わたしも悩みを打ち明けられる友達や家族がいない孤独な毎日を送りながら、魔女との戦いが怖くて逃げ出したくなるのを我慢して一人で戦い続けた。そんな精神状態でソウルジェムの秘密を知ってしまい、わたしも杏子も気が狂いそうになったわ」
ほむら「そうだったの……」
マ ミ「ソウルジェムの秘密を知ってから、わたしと杏子は同居するようになったのよ。お互いに一人でいると不安で仕方がなかった。多少なりとも不安を解消できればと、わたしが言い出したの」
ほむら「佐倉杏子にも不安という感情があったとは意外だわ」
マ ミ「そんな絶望のドン底にいる時、鹿目さんと美樹さんに出会ったの。二人は魔法少女の話も、魔女の話も、ソウルジェムの話も真剣になって聞いてくれた。そして、魔女と戦うわたしたちの事を尊敬してくれたわ。あの純真無垢な瞳は自分自身を奮い立たせる起爆剤になったのよ」
ほむら「……」
マ ミ「魔女との戦いに勝利できた後、わたしは紅茶を飲む事で恐怖心を誤魔化し、無理に心を落ち着かせていたわ。杏子も同じよ。空腹を満たす事で余計な事を考えないようにしていたの」
ほむら「恐怖を克服する為に……そんな事を……」
マ ミ「鹿目さんがソウルジェムの永久浄化に成功し、わたしたちを絶望させる負の作用は全て消え去った。鹿目さんの勇気ある行動の延長に平和な生活があるって考えると、ついセンチメンタルな気分に浸ってしまうのよ」
まどかの笑顔を見ながらマミは話し続ける。
マ ミ「こんなに開放的な気分で夏を迎えたのは生まれて初めてだわ。ハシャギ過ぎないように自分を抑えているけど、本当は嬉しくて楽しくて仕方がないのよ。みんなに別荘へ来てもらったのも、そんな気持ちの表れかも知れないわね」
ほむら「そう。そうだったのね」
マ ミ「わたしも暁美さんと同じ。この楽しい時間が一秒で永く続いてほしいと思っているわ」
スイカを食べ終え、蚊取り線香も燃え尽きたので五人はテラスから室内へ引き揚げた。
まどか「スイカ、美味しかったね」
さやか「うん。瑞々しくて食べ応えあったわ」
杏 子「種なしスイカを選ぶあたり、さすがマミだよなぁ。まだ三切れは食べられそうだ」
ほむら「(小声で)これで本当に不安という感情をもっているのかしら」
マ ミ「(小声で)ああ見ても杏子は繊細なのよ。良くも悪くも純情なの」
ほむら「(小声で)そうには見えないけれど……」
さやか「ねえねえ、そろそろお風呂に入らない。何だか汗かいちゃったわ」
まどか「風が止んだせいか、ちょっと蒸してたもんね」
マ ミ「そうね。もうすぐ九時だし、そろそろお風呂へ入りましょう」
まどか「ねえ、さやかちゃん。一緒に入ろう。実はさやかちゃんとお風呂に入るの楽しみにしてたんだぁ」
さやか「おッ、さてはお主、胸の発育に自信があるのだな」
まどか「うぇひひ。まあ、少しは自信があるかな」
ほむら「そういう事なら、わたしも一緒に入るわ」
まどか「それじゃ三人で入ろう」
杏 子「ちょっと待って。あしたも一緒に入る」
さやか「あんたも? 四人一緒は無理じゃない」
杏 子「な、なんだよ。あたしだけ仲間外れかよ」
さやか「そう言うわけじゃないけど……」
マ ミ「大丈夫よ、杏子。みんなで一緒に入りましょうよ」
さやか「ここのお風呂は五人も入れるんですか?」
マ ミ「ええ。この別荘は父が接待客の宿泊施設として購入したの。ほら、この周辺は民宿中心でしょう。その関係で浴室も大きめに設計されているわ。わたしたち五人なら狭さを感じずに入れる筈よ」
杏 子「なるほど。どうりで建物全体が広いわけだ。さすがセレブは違うな」
さやか「でも、こんな大きな別荘なのに夏だけしか使わないのは勿体ないですね」
杏 子「ああ。維持管理も大変だろうなぁ」
マ ミ「維持管理は後見人の叔父が行っているわ。冬は叔父一家がお正月を過ごすのに使っているの」
杏 子「ふ~ん、そうなんだ」
マ ミ「それじゃ入浴の準備をしておいてね。わたしはお風呂の用意をしてくるわ」
まどか(みんなで入浴かぁ。楽しそう)
さやか(まどかにだけは負けないと思うけど……。不安だなぁ)
ほむら(ま、まどかと一緒に入浴……)
杏 子(さやかのヌード、さやかのヌード、さやかのヌード……)
さやか「うわ~、広い浴槽。うちの浴槽の三倍はありそう」
脱衣所と浴室を仕切る引き戸を開け、さやかが驚きの声をあげた。
マ ミ「お湯張りや掃除が大変だけどね」
さやか「確かに」
まどか「この大きさなら五人全員でも余裕で入れるね」
さやか「ええ。さあ、ちゃっちゃと服を脱いじゃおう」
まどか「うん」
ほむら「五人全員で入浴……」
杏 子「さやかと隣り合って入浴……」
マ ミ「暁美さんも杏子も立っていないで服を脱いだら。ん? どうしたの?」
杏 子「ああ、いやぁ、何でもない。何でも……」
ほむら「あまりの広さに驚いただけよ」
マ ミ「あら、ありがとう」
杏 子「(小声で)ふぅ。鈍感な奴で助かった」
さやか「それじゃ、お先にぃ~」
まどか「あぁん、待ってよぉ」
マ ミ「タイルで滑らないように気をつけてね」
さやか「は~い」
まどか「分かりました」
ほむら(まどか、今行くわ)
さやか、まどかに続き、ほむらも服を脱ぎ終え、引き戸を開けて浴室に入っていった。
杏 子「なあ、マミ」
マ ミ「なぁに?」
杏 子「そのブラジャー買う時って恥ずかしくないのか」
マ ミ「な、何を言うの。バカねぇ」
杏 子「いや、だって……」
マ ミ「だって? だって、どうしたの?」
杏 子「あんたのような中学生が大人用のブラジャーを買う姿、どうも想像できないんだよ」
マ ミ「あのねぇ、杏子。今はネットショッピングという便利な機能があるの。ボタン一つで商品が買える世の中なのよ」
ザパァン。ザパァン。
引き戸の向こうから掛け湯をする音が聞こえる。
マ ミ「ほらほら、くだらない事を言ってないで服を脱ぎなさい。グズグズしてると先に行くわよ」
杏 子「あ~。いい湯だなぁ。冷水で掛け湯したせいか体が芯から温まる」
さやか「ちょっと、杏子。お湯の中にタオルを入れないでよ」
杏 子「いいじゃねえか、固い事言うなよ。ここは銭湯じゃねぇんだから」
まどか「そうだよ、さやかちゃん。細かい事は気にしない、気にしない」
ほむら「知らない仲ではないし、大目に見てあげたら」
杏 子「さっすが、まどかとほむらは良い娘(いいこ)だねぇ。ヨシヨシ」
まどか「あっはは、やめて、杏子ちゃん。頭がくすぐったいよ~」
ほむら「感謝は気持ちだけで十分よ」
杏 子「へへへ、お次は胸だ。……。おッ、まどか。なんだか発育してきたんじゃねえか」
もみ、もみ、もみ。
まどか「ああん、杏子ちゃんったら」
ほむら「わ、わ、わ、わたしも……」
もみ、もみ、もみ。
ほむら(ああ……。し、幸せ。これがまどかの胸。小さくて、ほっそりしてて、可愛い。何度も時を繰り返してきたけど、心の底から幸せを感じられるのは初めてだわ。この世界が続けば……)
まどか「ちょ、ちょっと……。ほ、ほむらちゃんまで。あは、あは、あははは。く、くすぐったいよ~。さやかちゃん、マミさん、助けて~」
さやか「ちょっと、なにやってんの。二人だけでズルイわよ。わたしも仲間に入れなさい」
まどか「えッ? さ、さやかちゃん?」
さやか「まどか、覚悟ぉ~」
もみ、もみ、もみ。
まどか「あっはははは~。や、や、やだぁ。マミさ~ん、助けて下さ~い」
マ ミ「あらあら、楽しそうね。それなら……」
もみ、もみ、もみ。
まどか「もう~。どうなってるのぉ」
前後左右から完全包囲されたまどか。その小さな胸は白魚のような指に揉まれ、脳天を直撃するような快感が全身を走り抜ける。
杏 子「(小声で)これでいいか、ほむら。ちょっとアドリブが入っちまったけど」
まどかの背後から胸を揉んでいた杏子は手を休め、自分の右手前方にいるほむらへ小声で話しかけた。
ほむら「(小声で)ええ。ありがとう」
杏 子「(小声で)あんたの口から御礼が聞けるとは思わなかったぜ」
ほむら「(小声で)驚く程の事でもないでしょう」
杏 子「(小声で)それじゃ、次はほむらの番だ。頼むぜ。さ、さ、さやかと……その……」
ほむら「(小声で)分かっている。美樹さやかと裸でスキンシップを取りたいのでしょう。自信はないけど……やってみるわ」(こういう事は苦手なのだけど、佐倉杏子には借りができたし……。まあ、とにかく行動あるのみね)
まどか「ふえ~。みんな、ひどいよ~」
くすぐり地獄から解放されたまどかの顔は真っ赤に火照っていた。
さやか「あははは、悪い悪い」
マ ミ「ちょっと調子に乗りすぎちゃったわね。ごめんなさい」
杏 子「まあ、裸の付き合いって事で許してくれ」
ほむら「ごめんなさい、まどか。大丈夫?」
まどか「うん、大丈夫だよ」
ほむら「お詫びに背中を洗ってあげるわ」
まどか「え?」
ほむら「さあ、お湯から出て。心を込めて背中を洗ってあげるから」
さやか「ま、待ちなさい。まどか、わたしが洗ってあげるわ。ほら、お風呂から出て」
負けじとさやかが名乗り出た。そして、先手必勝とばかりにまどかの手を引いて湯舟からあがる。
まどか「ちょ、ちょっと。さやかちゃん」
ほむら(予想通りだわ。美樹さやかが名乗りをあげると思った)
思惑通りに事が運び大満足のほむらは、肩まで湯に浸っている杏子の耳元に口を近づけて囁いた。
ほむら「(小声で)何をグズグズしているの、今が絶好のチャンスよ。美樹さやかがまどかの背中を洗っているのを口実に、あなたは美樹さやかの背中を洗ってやりなさい」
杏 子「(小声で)お、おう。そうだな」
ほむら「(小声で)これで貸し借りなしね」
杏 子「(小声で)ああ。あたしの方が得したっぽいがな」
ほむら「(小声で)わたしは……ま、まどかの、む、胸にさわれただけで、ま、満足よ……」
のぼせたのか、興奮したのか、ほむらも顔を真っ赤に火照らせた。
杏 子「(小声で)おいおい、顔が真っ赤だぞ。大丈夫か」
ほむら「(小声で)大丈夫よ。早く行きなさい」
杏 子「(小声で)お、おう」
さやか、まどかに続いて杏子も湯舟から出た。
大勢の客が入浴する事を前提に設計されただけあって洗い場も広く、ちょっとした小部屋なみのスペースになっていた。
さやかは入浴前にマミから渡されたリネンのボディタオルを石鹸で泡立たせ、それでまどかの背中を丁寧に洗っている。一方のまどかは恍惚とした表情でバススツールに座っていた。
さやか「どう、まどか。気持ちいい?」
まどか「はふぅ。うん。とっても」
杏 子「さ、さやか」
さやか「何よ」
まどかと二人だけの時間を邪魔され、さやかは不機嫌な声で答える。
杏 子「よかったら、あ、あたしが背中を洗ってやるよ」
さやか「はあ? あんたが背中を洗ってくれるの? あたしの?」
杏 子「おう。い、嫌なら、いいんだけどよ」
突然の申し出に困惑したのか、さやかはまどかの背中を洗う手を休めた。
まどか「洗ってもらいなよ、さやかちゃん」
ほむら「遠慮しないで好意を受けたらどう?」
杏 子(ナイスフォロー。まどか、ほむら)
心の中で喜ぶ杏子。しかし、そんな事は表情に出さない。
周囲の声に後押しされたのか、それとも場の空気を読んだのか、さやかは少し照れながら言った。
さやか「それじゃ、お願いするわ」
杏 子「まかせとけ」(よしッ、作戦成功だ~\(^0^)/)
さやかの後ろにバススツールを置き、腰かける杏子。洗面器に満たしたお湯でボディタオルを濡らし、たっぷりと泡立たせてからさやかの背中を優しく擦った。
さやか「はぁぁ。いい気持ち。ガサツっぽく見えて、意外と繊細な手つきなのね。見直したわ」
杏 子「そ、そうか。へへへへ」
照れ隠しに笑う杏子だが心底の嬉しさは隠しきれない。
まどか「くぅぅぅ。いい気持ちぃぃぃ」
さやか「はあ。そこそこ。あ~、気持ちいい」
洗い場に展開される和気藹々とした場面を見ながらマミが口を開いた。
マ ミ「ねえ、暁美さん」
ほむら「なに?」
マ ミ「わたしたちも参加しない?」
ほむら「参加? あの中に加わるって事かしら」
マ ミ「ええ」
短く返事をした後、一列になって仲好くスキンシップを取っている三人に向かって言った。
マ ミ「ねえ、わたしたちも仲間に入れてくれないかしら」
杏 子「仲間に入れてくれって、どういう事だ?」
マ ミ「輪になって背中を洗いっこするのよ。わたしは杏子の、杏子は美樹さんの、美樹さんは鹿目さんの、鹿目さんは暁美さんの、暁美さんはわたしの背中を洗う。どうかしら?」
まどか「いいですね。わたしは賛成です」
さやか「そうね、なかなか楽しそう」
杏 子「あたしは異議なしだ」
マ ミ「ありがとう。それじゃ暁美さん、あがりましょう。円環の理へ導かれるままに。(小声で)鹿目さんに背中を洗ってもらうのも悪くないでしょう。あまり美樹さんの事を悪く思っちゃ駄目よ」
ほむら「(小声で)大丈夫、気にしてないわ」(ああなる事は予想していたもの)
さやか「あ~あ、さっぱりしたぁ」
まどか「いいお湯だったね」
ほむら(まどかの胸の感触、忘れられないわ)
杏 子(さやかの背中、さやかのヌード、さやかの髪の香り。今夜は最高の夜だ)
マ ミ「お風呂上りと言えば牛乳よねぇ。はい、どうぞ」
バスタオルを体に巻いたまま、マミはキッチンの冷蔵庫から瓶牛乳を五本持ってきた。
杏 子「瓶牛乳か。風呂上がりの定番だな。遠慮なく頂くよ」
ほむら「用意周到ね。わたしも頂くわ」
まどか「わたし、牛乳は大好きなんです。頂きますね」
さやか「これを飲めばマミさんのように胸が大きくなるんですね。そう言う事なら頂きます」
ほむら「ゴクゴク。水をさすようで悪いけど、乳飲料の摂取と胸の成長における因果関係は俗説らしいわよ。科学的な根拠はないと雑誌で読んだ事があるわ」
さやか「えぇぇ。そうなの?」
マ ミ「へえ。それは初耳だわ」
まどか「ほむらちゃん、何でも知ってるんだね」
杏 子「おいおい、驚く前によぉ。ゴクゴク。どんな雑誌を読んでるのか突っ込めよ」
さやか「するとマミさんの胸が大きいのは天然って事ですか?」
まどか「さ、さやかちゃん……。ストレートに聞くんだね」
マ ミ「あらあら、返事に困る質問ねえ。なんて答えればいいのかしら」
杏 子「きっと、マミの前世は牛だったんじゃねえか」
ほむら「それもホルスタイン」
マ ミ「あ、あなたたち……。わたしだって好きで胸が大きいわけじゃないのよッ」
午後十一時。
楽しい団欒の時も終わり、五人はクーラーの効いた寝室で眠りについた。
その寝顔は幼さの抜けきらない女子中学生の顔であり、魔女と戦う魔法少女の顔ではない。
ほむら「すぅ。すぅ」
まどか「くふぅ。くふぅ」
さやか「ん~。ん~」
杏 子「んぐぅ~。んぐぅ~」
マ ミ「くぅぅぅ。くぅぅぅ」
夜の帳に支配された闇の中、少女たちの寝息が即興のアンサブルを奏でる。
意を決して魔法少女の契約を交わし、守られる立場から戦場へ立つ覚悟を決めた鹿目まどか。
幾つもの地獄を見ながら、運命を書き換えるべく数々の時間軸を体験してきた暁美ほむら。
失恋の痛手を乗り越え、自分の体が傷つく事も顧みずに正義の剣を振るう美樹さやか。
裏切られる辛さと孤独の悲しさを知るが故、仲間を思う熱い心を持つ佐倉杏子。
一人孤独に魔女と戦い続け、自分に続く後輩を優しく指導する巴マミ。
この世界に魔女が存在する限り、常に死と隣り合わせの戦いへ身を投じなければならない。
そんな宿命を負いながらも、彼女たちは今を必死に生き、青春を謳歌している。
楽しい明日がくる事を夢見ながら眠る五人をあやすかのように、八月の夜はゆっくりと時を刻んでいく……。
The End
【あとがき】
五人全員が生存するif世界における、魔法少女たちが過ごす夏休みの断片を妄想のままに綴ってみました。
当初は昼間のバカンスだけを描く予定でしたが、どうも話が思い浮かばず、魔女戦や入浴シーンで話を膨らませてしまいましたが、その結果として全体的に書き込み不足(海水浴やビーチでのバカンス、別荘での団欒)の物語になってしまったのは反省すべき点です。
苦しまぎれのマイ設定も多く、原作のもつ悲壮感が漂う二次創作を好まれる方には抵抗のある内容かも知れませんが御容赦下さい(個人的には「全員生存+仲良し+魔法少女」をif世界の基本設定としており、この世界観で物語を作っています)。
マミさんが恐怖を克服する為に紅茶を飲むようになった設定については、コドウ氏の二次創作短編漫画「理由」(発行=シャングリラ『ハニー・トラップ』所収)よりアイディアを拝借しました。作者のコドウ氏に記して感謝致します。
完成度については閲覧者各位の評価に委ねますが、今後も「魔法少女まどか☆マギカ」の二次創作小説をアップしていきますので、こうしたif世界の物語に興味があれば目を通して頂きたく思います。
「魔法少女まどか☆マギカ Another」 真夏の海と魔法少女たち(中編)
<第二部・夜の浜辺>
紺青の夜空に星が輝き、満月が夜の砂浜を明るく照らす。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返った夜の海辺。月明かりを照明に砂浜を散歩する五人の人影があった。
マ ミ「やっぱり海風は涼しいわね。昼間の暑さが信じられないわ」
杏 子「そうだな」
まどか「これもマミさんが別荘に誘ってくれたおかげですね」
さやか「本当ね」
マ ミ「あの別荘も両親が遺してくれた不動産なのよ。みんなで楽しく集まれる場所になれば嬉しいわ」
杏 子「マミの美味しい手料理まで食べられるし、至れり尽くせりだよな」
ほむら「海まで徒歩十分程度。環境も申し分ないわね」
マ ミ「うふふふ。どうもありがとう」
まどか「それにしても静かですね」
杏 子「昼間の騒々しさがウソみたいだよな」
さやか「……。静かな夜を楽しく過ごせるのもまどかのおかげよね」
マ ミ「ええ。自分自身の存在が消滅する危険も顧みず、ソウルジェムの永久浄化を成功させてくれたんだもの。この世界は鹿目さんが救ったも同然だわ」
杏 子「まどかには感謝してるよ。あんたは正真正銘の女神だ」
ほむら「本来、魔法少女は共存を否定し相容れない間柄の筈だったわ。グリーフシードを巡る争いで必ず共存の和が乱れる。その問題を根本的に解決してくれたまどかの業績は永遠(とわ)に称えられるべきよ」
まどか「そ、そんな大袈裟だよ。わたしは……自分に与えられた役割を果たしただけなんだから」
ほむら「役割を果たした。結果論として聞けば言葉の重みが薄れるけれど、どうなるか分からない状況で自分の命を賭けた行動を躊躇せずに取った勇気、わたしは心から尊敬するわ。そして心から愛している」
まどか「ほ、ほむらちゃん」
ほむら「感謝しているわ、まどか」
さやか「ありがとう、まどか」
マ ミ「どうもありがとう、鹿目さん」
杏 子「ありがとう、まどか」
談笑しながら海岸を散歩する五人だが、マミは妙な違和感を覚えた。
マ ミ(おかしいわ。いくら歩いても全く進んだ気がしない)
杏 子「(小声で)マミ、気付いているか」
マミの脇に歩み寄った杏子が小声で話しかけた。
マ ミ「(小声で)ええ。この海岸、何かおかしいわ」
杏 子「(小声で)どうやら魔女の結界に取り込まれようだ。道路の上を見てみろ、同じ街並みが延々と続いている」
マ ミ「(小声で)本当だわ」
杏 子「(小声で)それに霧も出始めている。油断するなよ」
マ ミ「(小声で)分かってるわ」
ブオォォォォ。
さやか「キャッ」
まどか「凄い風。砂が目に入っちゃった」
ほむら「くッ」
マ ミ「どうやら……」
杏 子「おいでなすったらしい」
突如として強風が吹き荒れ砂塵を巻き上げた。五人は視界を封じられ、全身に細かい砂粒がピシピシと当たる。
コオォォォォォ。
やがて風も収まり、夜の浜辺は静けさを取り戻した。
さやか「どうやら収まったようね」
まどか「なんだったんだろう、今の風」
ほむら「どうやら魔女の結界に取り込まれたらしいわ」
まどか「え? 魔女の結界」
さやか「そんな……」
マ ミ「本当よ。周囲を見て。砂浜と海が果てしなく続いているでしょう」
杏 子「海から来るか、砂浜から来るか。それが分かるまで下手に動かない方がいいようだな」
マ ミ「ねえ、あれを見て。海面が盛り上がってくるわ」
杏 子「すると海か」
ほむら「出てくるわよ」
ザバァァン。
ほむらの言葉が終わると同時に海中から魔女が姿を現した。
海中から現れたのは身長3メートルはあろうかと思われる美しい全裸の女性だった。その下半身は毒々しい外見の巨大なヒョウモンダコになっている。
人魚の蛸バージョンと言うのだろうか。美女とヒョウモンダコの組み合わせが不気味さを強調している。
杏 子「現れやがったな」
さやか「なにあれ~。気持ち悪い」
ほむら「どうやら魔女と使い魔が一体化しているようね。初めて見るタイプだわ」
マ ミ「まさか避暑地で魔女退治する事になるとは思ってもみなかったわね」
さやか「これも魔法少女の宿命かしら」
杏 子「結界に取り込まれた時点で戦う以外の選択肢は選べない。しかたねぇ、相手をしてやるか」
まどか「頑張ろう、ほむらちゃん」
ほむら「ええ」(どんな時でもマイペースなまどか。そんなところも好きよ)
杏 子「それじゃ……」
マ ミ「楽しい休みを邪魔する……」
さやか「KYな魔女と使い魔を……」
ほむら「退治すると……」
まどか「しましょう」
ソウルジェムを取り出した五人は思い思いのアクションで魔法少女に変身した。

(C)Magica Quartet/Aniplex/Madoka Partners/MBS
マ ミ「まずは触手から退治しておいた方がよさそうね。みんな、ちょっと離れていて」
そう言うとマミは空高く飛び上がり、大量のマスケット銃を召喚した。
さやか「出たぁ、マミさんのマスケット銃大量召喚」
まどか「あれなら複数のターゲットを攻撃するのにピッタリだね」
マ ミ「射ぬけ、悪なる闇を。スペクタキュラー・デッド・オブ・アンリミテッド(Spectacular Dead of Unlimited)」
杏 子「毎回毎回、決めゼリフと技名を叫んでるけど恥ずかしくねぇのかな。あたしには絶対にマネできない」
さやか「いいじゃない、いかにも魔法少女って感じがして」
まどか「わたしも技名を考えようかなぁ」
ほむら「まどか、それはやめた方がいいと思うわ」
まどか「そうかなぁ」
こんな会話が地上でかわされている間にも、マミが召喚した数十丁のマスケット銃から一斉に発射されたエネルギー弾は魔女を中心とした海面一帯を撃ち続ける。
杏 子「おいおい、ちょっとやり過ぎじゃねえか」
さやか「きっとバカンスを邪魔されて怒ってるのよ」
まどか「マミさ~ん、頑張ってぇ」
数十秒後、ようやく一斉射撃が止んだ。同時にマミが地上へ降り立つ。
マ ミ「ふう。ちょっとハリキリ過ぎちゃったわ」
杏 子「ハリキリ過ぎだよ」
マ ミ「それより使い魔は?」
ほむら「よく見えないわ。あれだけの攻撃だから無傷って事はないと思うけど……」
波際の砂が巻き上げた砂煙も晴れ、徐々に視界が開けてきた。
杏 子「どうだ。決着か?」
マ ミ「う、嘘でしょう。無傷よ」
杏 子「なにッ!」
ほむら「そんな馬鹿な……」
さやか「バリアか何かで攻撃を防いだのかしら」
杏 子「チッ。面倒くせぇヤツが出てきたな」
まどか「あの触手に何か秘密があるんじゃないのかな」
ほむら「そうかも知れないわね。わたしが様子を見てみる」
杏 子「どうするんだ、ほむら」
ほむら「まかせておいて」
そう言うとほむらは時限爆弾を三つ召喚し、魔女に向かって投げつけた。
ボムッ。ボムッ。ボムッ。
数秒後に三つの爆弾が同時に爆発した。爆風によって再び砂煙が周囲に立ち込める。
杏 子「今度はどうだ?」
さやか「……。駄目だわ。やっぱり無傷よ」
まどか「そんなぁ」
マ ミ「どうなっているの」
さやか「攻撃が全く通用しない魔女がいるなんて」
ほむら「いいえ、美樹さやか。攻撃が通用しないんじゃないわ。使い魔の触手が魔女本体を守っているのよ」
さやか「え? ど、どういう事」
ほむら「爆弾が爆発した直後に時間を止めて分かったわ。あの使い魔は八本の触手でドーム状の防御壁を作り、魔女本体を覆って爆発から守っていたのよ」
杏 子「エネルギー弾の一斉射撃にも爆弾にも堪えられる触手か。やっかいだな」
ほむら「これは推測だけど、無数の吸盤からエネルギーを排出して膜を作り、それで防御壁を保護しているのよ。吸盤一つから排出するエネルギーは微々たる量でも数が揃えば相当のエネルギーになるわ」
マ ミ「暁美さんの推測は当たっているかも知れないわね。剥き出しの触手がエネルギー弾や爆弾に耐えられる筈がないもの」
さやか「それじゃ、魔女本体を倒すには近距離からの直接攻撃しか方法がないわけ?」
マ ミ「触手の防御壁を無効化できないのであれば、それしか方法はないわね」
鉄壁の防御でマミとほむらの攻撃に耐えた魔女は逆襲のチャンスとさとったのか、目を赤く光らせ五人の魔法少女を睨みつけた。
杏 子「今度はヤツの攻撃がくるみたいだぜ」
マ ミ「みんな、気をつけて」
魔 女「ギィエェェェ」
魔女の奇声と同時に使い魔は前方の触手二本をクネクネと動かし、数秒後、その触手で浜辺の魔法少女たちに襲いかかってきた。
杏 子「マミ、ほむらとまどかを頼む。さやか、ぬかるなよ」
さやか「分かってるって」
さやかは月明かりに輝やく二本のサーベルを構え、杏子は巨大な槍を両手で持つ。
さやか「でやぁ」
杏 子「おりゃぁ」
気合の掛け声と共に襲い来る触手を迎え撃つ二人。
ザクッ。ザシュッ。
ザクッ。ザシュッ。
見事な一撃によって二本の触手は切断され、断面から赤黒い液体を吹き出しながら砂浜に落ちる。
ピクピクと動く触手の断末魔はグロテスクだったが、その液体で周囲の砂が赤く染まっていく様子も不気味であった。
魔女「ギニァアアア」
悲鳴のように甲高い叫び声をあげた魔女は、途中から先が切断された二本の触手を引き戻す。
杏 子「このままじゃ埒があかねえ。一気に仕掛けるか」
ほむら「待って、佐倉杏子。まだ敵は手の内を明かしていない。もう少し様子を見るべきだわ」
杏 子「そんな悠長な事を言ってられるかよ」
さやか「ほむらの言う通りよ。魔女自身の攻撃方法も不明なんだし、下手に近づくのは危険だわ」
杏 子「だけどよぉ……」
ほむら「あぶないッ」
杏 子「え? ……ほ、ほむら」
杏子がハッとした次の瞬間、彼女の体はほむらに抱きかかえられていた。
まどか「杏子ちゃん、大丈夫?」
マ ミ「ケガはない?」
杏 子「あ、ああ。しかし、何がどうなってるんだ」
マ ミ「あなた方が言い合っている時、蛸の口から液体が吐き出されたのよ。ほら、そこを見て」
マミが指さした所を見ると、紫色の液体がジュワジュワと音を立てながら砂浜に染み込んでいる。
ほむら「あの毒々しい外見はヒョウモンダコよ。唾液には神経毒のテトロドトキシンが含まれているわ。皮膚から毒性が吸収される事はないと思う【註1】けれど、相手は使い魔だから動物学の常識は通用しないかも知れない。万が一の事を考えての行動よ」
まどか「ほむらちゃんって物知りだねぇ」
魔女との戦闘中でありながら、まどかが変なところで感心する。
杏 子「す、すまねぇ。助かったよ」
魔 女「キエェェェ」
魔女が奇声を発すると、下半身のヒョウモンダコは口から紫色の液体を砂浜に向かって吐き出した。まるでホースから放水しているように見える。
杏 子「同じ手を二度もくうかよ」
不意打ちでない限り、この程度の攻撃ならば難なく回避できる。
五人は吐き出される毒液を避けながら四方に散り、相手の出方を待った。
魔女「グググググ。ゴモォォォォ」
美しい顔に憤怒の形相を浮かべ、魔女は次の攻撃を仕掛ける。
切断されていない六本の触手が海上へ出し、四方にバラけた魔法少女たちを狙って触手に付着している吸盤を手裏剣のように飛ばしてきたのだ。
さやか「また飛び道具。いい加減にしてほしいわね」
ザクッ。
杏 子「まったくだ」
ザクッ。
文句を言いながらも迫り来る吸盤を撃墜していく二人。しかし、休む間もない襲撃におされ始め、だんだん動きが鈍くなってくる。
ほむらは銃を召喚して応戦し、まどかとマミも正確なコントロールで次々と襲いくる吸盤を撃ち落としていくが、圧倒的数の前に自分の身を守るのが精一杯で仲間の援護射撃をする余裕がない。
さやか「キャッ」
悲鳴がする方を見ると、さやかが左腕から血を流しながら片手でサーベルを振るっている。足元には鋭い刃を光らせる一本のサーベルが落ちていた。
杏 子「さやか、大丈夫かッ。くそっ、忌々しい吸盤だ」
さやか「な、なんとかね……。痛ッ」(駄目だ、左肩が痛くて思うように動かない。このままじゃ……やられる)
吸盤自体に特別な攻撃能力はないものの、触手から剥離して飛来する際のスピードが速いので弾丸と同じ殺傷力がある。
左肩をかすめただけとはいえ、まだ中学生のさやかには相当なダメージであった。
痛みに耐えながら右手だけで戦い続けるさやか。しかし、その動きは徐々に鈍ってくる。
さやか「もう駄目だ……」
自分に向けて新たな吸盤が発射されたのは確認できたが、それを迎撃する力も余裕もない。
さやか(癒しの祈りで契約しながら、自分自身の傷は回復させられないなんて……。わたしって、ほんとバカ……。まどか、ほむら、マミさん、さようなら。杏子、今までありがとう)
さやかが目を閉じて死を覚悟した時、奇蹟は起こった。
ザシュッ。
杏 子「お休みの時間には早いぜ」
さやか「きょ、杏子……」
さやかが目を開けると目の前には杏子の背中があった。四方から迫り来る吸盤の大群を華麗な槍さばきで撃ち落としていく。
杏 子「こんなところで大切な仲間に死なれちゃ寝覚めが悪いからな」
さやか「な、仲間」
いつも口喧嘩ばかりしている杏子の口から自分に向けて「仲間」という言葉が発せられ、さやかは面食らった。
杏 子「ぼんやりするな、もう少しの辛抱だ。そろそろ敵も弾切れらしい」
そう言えば雨霰(あめあられ)と飛び来る吸盤の数が目に見えて減ってきている。
魔 女「キョオォォォ」
負傷したさやかと彼女を庇う杏子。ターゲットを切り替えた魔女は負傷した前方の触手まで海面へ出し、二人に向かって残りの吸盤を惜し気なく集中放射した。
杏 子「チッ。なんて数だ。マミのマスケット銃乱射よりもタチが悪いぜ」
さやか「ごめん、杏子。わたしのせいで……あんた一人に苦労かけちゃって」
杏 子「気にするな。仲間が困ってる時に手を貸すのが友情ってもんだろ」
さやか「きょ、杏子……。グスッ。どうも……あり……が……とう」
杏 子「さぁて、覚悟を決めるか」
杏子があきらめかけた時、銃声と共に幾つかの吸盤が砂の上へ落ちた。
マ ミ「やらせないわよッ」
杏 子「マミッ!」
続けて飛来する吸盤も次々と撃墜され、杏子とさやかの周辺に吸盤の山が築かれた。
まどか「さやかちゃんも杏子ちゃんも傷つけさせない」
ほむら「二人はわたしたちが守ってみせる」
さやか「まどか! ほむら!」
杏 子「へへへ。最後の最後まで奇蹟は信じてみるもんだな」
さやか「そうね」
全ての吸盤を撃ち尽くした魔女はツルツルになった触手で海面を叩きながら悔しがっている。
ほむら「どうやら吸盤を撃ち尽くしたようね。巴マミ、今なら触手の防御壁を破壊できるかも知れないわよ」
マ ミ「分かったわ」
空高く飛び上がり、マミは再び大量のマスケット銃を召喚した。
マ ミ「負の世界からの使者よ、永久(とこしえ)の闇に沈め。エンド・オブ・デストラクション(End of destruction)」
まどか「あれ? さっきと技の名前が違うね」
杏 子「思い付きで技名を叫んでるんじゃねえか」
ほむら「そうかも知れないわね」
さやか「あれはマミさんだから似合うのよ」
そんな事を言っている間に一斉射撃も終わり、マミが地上へ降り立った。
マ ミ「ふぅ。今度はどうかしら?」
杏 子「……」
まどか「……」
さやか「……」
ほむら「……。見て、今度の攻撃は効果があったわ」
杏 子「すげぇ。ドーム状の防御壁がハチの巣じゃねえか」
魔 女「ウグググゥゥゥ」
ほむら「今がチャンスよ。一気にトドメを刺しましょう」
杏 子「あたしが行く。この槍で魔女の心臓を一突きして決着だ」
マ ミ「鹿目さん、暁美さん、あなたたちは杏子の後方支援をお願い。死角からの攻撃に注意してあげて」
まどか「はいッ」
ほむら「分かったわ」
マ ミ「さあ、美樹さん。傷を見せて頂戴。……。あらあら、こんなに血が流れているわ。痛かったでしょう。もう少し我慢してね」
さやか「は、はい……。うくッ」
杏 子「この野郎、よくもさやかに傷を負わせやがったな。あたしが落し前をつけてやるぜ」
傷の痛みに顔をしかめるさやかに一瞥をくれ、杏子は槍の柄をグッと握り締めながら魔女に向かって走って行く。
さやか「きょ、杏子ったら」
まどか「杏子ちゃん、よっぽどさやかちゃんの事が好きなんだね」
さやか「なに言ってんのよ、まどかったら」
ほむら「自分の気持ちに少しは素直になりなさい、美樹さやか」
さやか「ほ、ほむらまで……」
マ ミ「仲良きことは美しきかな。友情は大切にしないとだめよ」
さやか「ゆ、友情……ですか」
マ ミ「そうよ。夕食の時に杏子は「今日の休み時間にさやかが……」とか「さやかと一緒のグループになっちまってよぉ」とか美樹さんの事ばかり話すの。照れ隠しもあって自分の気持ちを素直に表現できないのね。不器用って言っては口が悪いけれど、そんなところが杏子の可愛いところでもあるわ」
諭すように言いながらマミは治癒魔法でさやかの傷を癒す。肩の肉が少し抉れただけなので傷痕も残らず、治癒は数秒で完了した。
この程度の傷ならば、マミの治癒魔法でもじゅうぶんに完治させられるのである。
波際まで走り寄った杏子は勢いをつけて飛び上がり、魔女までの距離を一気に詰めた。
杏 子「でやぁぁぁ」
触手をボロボロにされた満身創痍の魔女は反撃するパワーも失くしたのか、杏子の雄たけびに何の反応もしない。
ズブッ!
杏子の槍が魔女の心臓を貫いた。
魔 女「ギシャアアァァァァ」
まどか「やったぁ」
さやか「杏子……」
マ ミ「どうやら勝負あったようね」
ほむら「ええ」
杏子が槍を引き抜くと魔女の姿は黒い霧になって無影無踪した。
魔女の消滅で結界が破れ、再び静かな夜の浜辺に戻る。
マ ミ「御苦労様、杏子」
杏 子「ああ」
ほむら「あの魔女は孵化した直後だったのかも知れないわね。あるいは変異種だったのかしら」
杏 子「使い魔と一体化した魔女なんて聞いた事ねえし、その可能性はあるな」
マ ミ「後先考えない力押しの攻撃、単調な攻撃パターン。思った以上の敵ではなかったのが幸いだったわね」
ほむら(ソウルジェムの呪縛がなくなったにも関わらず、使い魔や魔女が存在する理由。その謎を解くカギが、このような変異種の誕生にあるのかも知れない……)
杏 子「まあ、今回も無事に勝てたし、結果オーライってとこだな」
さやか「……きょ、杏子」
杏 子「ん? どうした、さやか」
さやか「さっきは……ど、どうもありがとう。危険を顧みず助けに来てくれた杏子、すごく格好よかった」
杏 子「気にすんなよ」
さやか「……」
杏 子「さやかの為なら自分の命だって賭けられる。だって、あ、あたしは……あんたが……す、す、す……」
さやか「なによ、『す』って?」
杏 子「だから……。その……」
マ ミ「(小声で)ああん、もう、じれったいわねぇ」
ほむら「(小声で)好きなら好きと素直に告白すればいいじゃないの」
まどか「(小声で)夜の浜辺で愛の告白なんて漫画みたい」
杏 子「す、す……。す、少しは察しろ、この鈍感娘」
さやか「ど、鈍感娘ぇ? 失礼ね、なんて言い方。あ~あ、ガサツな戦闘バカに御礼なんか言うんじゃなかったわ」
杏 子「ガサツな戦闘バカだと? それが恩人に対する態度か」
さやか「助けてくれって言った覚えはないわ」
杏 子「かわいくねぇ奴だな。目をウルウルさせながら『危険を顧みず助けに来てくれた杏子、すごく格好よかった』なんて言ってたくせに」
さやか「うッ。そ、それを言われると……」
まどか「はははは。さやかちゃんと杏子ちゃん、いいコンビだね」
ほむら「お似合いのカップルと言うべきかしら」
マ ミ「喧嘩するほど仲がいい。さすが名コンビね」
杏 子「へ、へへへへ。あ~っはははは」
さやか「くすっ。あははははは」
杏 子「せっかくの旅行だ、喧嘩はやめようぜ」
さやか「そうね。ごめん、杏子」
杏 子「あ、あたしの方こそ。悪かった」
マ ミ「どうやら仲直りしたようね。さあ、帰って冷たいスイカでも食べましょう」
杏 子「スイカだって。さすがマミ、気がきくなぁ」
さやか「食べ過ぎてお腹を壊さないでよ」
杏 子「分かってるって」
【註1】テトロドトキシンは一部の真正細菌によって生産されるアルカロイド。基本的には経口摂取した場合に効果を発揮すると言われています。皮膚から浸透した事例は確認できず、皮膚浸透による効果の有無については調べきれませんでした。余談になりますが、アメリカの推理ドラマ「刑事コロンボ 美食の報酬」ではテトロドトキシンを利用した殺人が描かれています。
紺青の夜空に星が輝き、満月が夜の砂浜を明るく照らす。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返った夜の海辺。月明かりを照明に砂浜を散歩する五人の人影があった。
マ ミ「やっぱり海風は涼しいわね。昼間の暑さが信じられないわ」
杏 子「そうだな」
まどか「これもマミさんが別荘に誘ってくれたおかげですね」
さやか「本当ね」
マ ミ「あの別荘も両親が遺してくれた不動産なのよ。みんなで楽しく集まれる場所になれば嬉しいわ」
杏 子「マミの美味しい手料理まで食べられるし、至れり尽くせりだよな」
ほむら「海まで徒歩十分程度。環境も申し分ないわね」
マ ミ「うふふふ。どうもありがとう」
まどか「それにしても静かですね」
杏 子「昼間の騒々しさがウソみたいだよな」
さやか「……。静かな夜を楽しく過ごせるのもまどかのおかげよね」
マ ミ「ええ。自分自身の存在が消滅する危険も顧みず、ソウルジェムの永久浄化を成功させてくれたんだもの。この世界は鹿目さんが救ったも同然だわ」
杏 子「まどかには感謝してるよ。あんたは正真正銘の女神だ」
ほむら「本来、魔法少女は共存を否定し相容れない間柄の筈だったわ。グリーフシードを巡る争いで必ず共存の和が乱れる。その問題を根本的に解決してくれたまどかの業績は永遠(とわ)に称えられるべきよ」
まどか「そ、そんな大袈裟だよ。わたしは……自分に与えられた役割を果たしただけなんだから」
ほむら「役割を果たした。結果論として聞けば言葉の重みが薄れるけれど、どうなるか分からない状況で自分の命を賭けた行動を躊躇せずに取った勇気、わたしは心から尊敬するわ。そして心から愛している」
まどか「ほ、ほむらちゃん」
ほむら「感謝しているわ、まどか」
さやか「ありがとう、まどか」
マ ミ「どうもありがとう、鹿目さん」
杏 子「ありがとう、まどか」
談笑しながら海岸を散歩する五人だが、マミは妙な違和感を覚えた。
マ ミ(おかしいわ。いくら歩いても全く進んだ気がしない)
杏 子「(小声で)マミ、気付いているか」
マミの脇に歩み寄った杏子が小声で話しかけた。
マ ミ「(小声で)ええ。この海岸、何かおかしいわ」
杏 子「(小声で)どうやら魔女の結界に取り込まれようだ。道路の上を見てみろ、同じ街並みが延々と続いている」
マ ミ「(小声で)本当だわ」
杏 子「(小声で)それに霧も出始めている。油断するなよ」
マ ミ「(小声で)分かってるわ」
ブオォォォォ。
さやか「キャッ」
まどか「凄い風。砂が目に入っちゃった」
ほむら「くッ」
マ ミ「どうやら……」
杏 子「おいでなすったらしい」
突如として強風が吹き荒れ砂塵を巻き上げた。五人は視界を封じられ、全身に細かい砂粒がピシピシと当たる。
コオォォォォォ。
やがて風も収まり、夜の浜辺は静けさを取り戻した。
さやか「どうやら収まったようね」
まどか「なんだったんだろう、今の風」
ほむら「どうやら魔女の結界に取り込まれたらしいわ」
まどか「え? 魔女の結界」
さやか「そんな……」
マ ミ「本当よ。周囲を見て。砂浜と海が果てしなく続いているでしょう」
杏 子「海から来るか、砂浜から来るか。それが分かるまで下手に動かない方がいいようだな」
マ ミ「ねえ、あれを見て。海面が盛り上がってくるわ」
杏 子「すると海か」
ほむら「出てくるわよ」
ザバァァン。
ほむらの言葉が終わると同時に海中から魔女が姿を現した。
海中から現れたのは身長3メートルはあろうかと思われる美しい全裸の女性だった。その下半身は毒々しい外見の巨大なヒョウモンダコになっている。
人魚の蛸バージョンと言うのだろうか。美女とヒョウモンダコの組み合わせが不気味さを強調している。
杏 子「現れやがったな」
さやか「なにあれ~。気持ち悪い」
ほむら「どうやら魔女と使い魔が一体化しているようね。初めて見るタイプだわ」
マ ミ「まさか避暑地で魔女退治する事になるとは思ってもみなかったわね」
さやか「これも魔法少女の宿命かしら」
杏 子「結界に取り込まれた時点で戦う以外の選択肢は選べない。しかたねぇ、相手をしてやるか」
まどか「頑張ろう、ほむらちゃん」
ほむら「ええ」(どんな時でもマイペースなまどか。そんなところも好きよ)
杏 子「それじゃ……」
マ ミ「楽しい休みを邪魔する……」
さやか「KYな魔女と使い魔を……」
ほむら「退治すると……」
まどか「しましょう」
ソウルジェムを取り出した五人は思い思いのアクションで魔法少女に変身した。

(C)Magica Quartet/Aniplex/Madoka Partners/MBS
マ ミ「まずは触手から退治しておいた方がよさそうね。みんな、ちょっと離れていて」
そう言うとマミは空高く飛び上がり、大量のマスケット銃を召喚した。
さやか「出たぁ、マミさんのマスケット銃大量召喚」
まどか「あれなら複数のターゲットを攻撃するのにピッタリだね」
マ ミ「射ぬけ、悪なる闇を。スペクタキュラー・デッド・オブ・アンリミテッド(Spectacular Dead of Unlimited)」
杏 子「毎回毎回、決めゼリフと技名を叫んでるけど恥ずかしくねぇのかな。あたしには絶対にマネできない」
さやか「いいじゃない、いかにも魔法少女って感じがして」
まどか「わたしも技名を考えようかなぁ」
ほむら「まどか、それはやめた方がいいと思うわ」
まどか「そうかなぁ」
こんな会話が地上でかわされている間にも、マミが召喚した数十丁のマスケット銃から一斉に発射されたエネルギー弾は魔女を中心とした海面一帯を撃ち続ける。
杏 子「おいおい、ちょっとやり過ぎじゃねえか」
さやか「きっとバカンスを邪魔されて怒ってるのよ」
まどか「マミさ~ん、頑張ってぇ」
数十秒後、ようやく一斉射撃が止んだ。同時にマミが地上へ降り立つ。
マ ミ「ふう。ちょっとハリキリ過ぎちゃったわ」
杏 子「ハリキリ過ぎだよ」
マ ミ「それより使い魔は?」
ほむら「よく見えないわ。あれだけの攻撃だから無傷って事はないと思うけど……」
波際の砂が巻き上げた砂煙も晴れ、徐々に視界が開けてきた。
杏 子「どうだ。決着か?」
マ ミ「う、嘘でしょう。無傷よ」
杏 子「なにッ!」
ほむら「そんな馬鹿な……」
さやか「バリアか何かで攻撃を防いだのかしら」
杏 子「チッ。面倒くせぇヤツが出てきたな」
まどか「あの触手に何か秘密があるんじゃないのかな」
ほむら「そうかも知れないわね。わたしが様子を見てみる」
杏 子「どうするんだ、ほむら」
ほむら「まかせておいて」
そう言うとほむらは時限爆弾を三つ召喚し、魔女に向かって投げつけた。
ボムッ。ボムッ。ボムッ。
数秒後に三つの爆弾が同時に爆発した。爆風によって再び砂煙が周囲に立ち込める。
杏 子「今度はどうだ?」
さやか「……。駄目だわ。やっぱり無傷よ」
まどか「そんなぁ」
マ ミ「どうなっているの」
さやか「攻撃が全く通用しない魔女がいるなんて」
ほむら「いいえ、美樹さやか。攻撃が通用しないんじゃないわ。使い魔の触手が魔女本体を守っているのよ」
さやか「え? ど、どういう事」
ほむら「爆弾が爆発した直後に時間を止めて分かったわ。あの使い魔は八本の触手でドーム状の防御壁を作り、魔女本体を覆って爆発から守っていたのよ」
杏 子「エネルギー弾の一斉射撃にも爆弾にも堪えられる触手か。やっかいだな」
ほむら「これは推測だけど、無数の吸盤からエネルギーを排出して膜を作り、それで防御壁を保護しているのよ。吸盤一つから排出するエネルギーは微々たる量でも数が揃えば相当のエネルギーになるわ」
マ ミ「暁美さんの推測は当たっているかも知れないわね。剥き出しの触手がエネルギー弾や爆弾に耐えられる筈がないもの」
さやか「それじゃ、魔女本体を倒すには近距離からの直接攻撃しか方法がないわけ?」
マ ミ「触手の防御壁を無効化できないのであれば、それしか方法はないわね」
鉄壁の防御でマミとほむらの攻撃に耐えた魔女は逆襲のチャンスとさとったのか、目を赤く光らせ五人の魔法少女を睨みつけた。
杏 子「今度はヤツの攻撃がくるみたいだぜ」
マ ミ「みんな、気をつけて」
魔 女「ギィエェェェ」
魔女の奇声と同時に使い魔は前方の触手二本をクネクネと動かし、数秒後、その触手で浜辺の魔法少女たちに襲いかかってきた。
杏 子「マミ、ほむらとまどかを頼む。さやか、ぬかるなよ」
さやか「分かってるって」
さやかは月明かりに輝やく二本のサーベルを構え、杏子は巨大な槍を両手で持つ。
さやか「でやぁ」
杏 子「おりゃぁ」
気合の掛け声と共に襲い来る触手を迎え撃つ二人。
ザクッ。ザシュッ。
ザクッ。ザシュッ。
見事な一撃によって二本の触手は切断され、断面から赤黒い液体を吹き出しながら砂浜に落ちる。
ピクピクと動く触手の断末魔はグロテスクだったが、その液体で周囲の砂が赤く染まっていく様子も不気味であった。
魔女「ギニァアアア」
悲鳴のように甲高い叫び声をあげた魔女は、途中から先が切断された二本の触手を引き戻す。
杏 子「このままじゃ埒があかねえ。一気に仕掛けるか」
ほむら「待って、佐倉杏子。まだ敵は手の内を明かしていない。もう少し様子を見るべきだわ」
杏 子「そんな悠長な事を言ってられるかよ」
さやか「ほむらの言う通りよ。魔女自身の攻撃方法も不明なんだし、下手に近づくのは危険だわ」
杏 子「だけどよぉ……」
ほむら「あぶないッ」
杏 子「え? ……ほ、ほむら」
杏子がハッとした次の瞬間、彼女の体はほむらに抱きかかえられていた。
まどか「杏子ちゃん、大丈夫?」
マ ミ「ケガはない?」
杏 子「あ、ああ。しかし、何がどうなってるんだ」
マ ミ「あなた方が言い合っている時、蛸の口から液体が吐き出されたのよ。ほら、そこを見て」
マミが指さした所を見ると、紫色の液体がジュワジュワと音を立てながら砂浜に染み込んでいる。
ほむら「あの毒々しい外見はヒョウモンダコよ。唾液には神経毒のテトロドトキシンが含まれているわ。皮膚から毒性が吸収される事はないと思う【註1】けれど、相手は使い魔だから動物学の常識は通用しないかも知れない。万が一の事を考えての行動よ」
まどか「ほむらちゃんって物知りだねぇ」
魔女との戦闘中でありながら、まどかが変なところで感心する。
杏 子「す、すまねぇ。助かったよ」
魔 女「キエェェェ」
魔女が奇声を発すると、下半身のヒョウモンダコは口から紫色の液体を砂浜に向かって吐き出した。まるでホースから放水しているように見える。
杏 子「同じ手を二度もくうかよ」
不意打ちでない限り、この程度の攻撃ならば難なく回避できる。
五人は吐き出される毒液を避けながら四方に散り、相手の出方を待った。
魔女「グググググ。ゴモォォォォ」
美しい顔に憤怒の形相を浮かべ、魔女は次の攻撃を仕掛ける。
切断されていない六本の触手が海上へ出し、四方にバラけた魔法少女たちを狙って触手に付着している吸盤を手裏剣のように飛ばしてきたのだ。
さやか「また飛び道具。いい加減にしてほしいわね」
ザクッ。
杏 子「まったくだ」
ザクッ。
文句を言いながらも迫り来る吸盤を撃墜していく二人。しかし、休む間もない襲撃におされ始め、だんだん動きが鈍くなってくる。
ほむらは銃を召喚して応戦し、まどかとマミも正確なコントロールで次々と襲いくる吸盤を撃ち落としていくが、圧倒的数の前に自分の身を守るのが精一杯で仲間の援護射撃をする余裕がない。
さやか「キャッ」
悲鳴がする方を見ると、さやかが左腕から血を流しながら片手でサーベルを振るっている。足元には鋭い刃を光らせる一本のサーベルが落ちていた。
杏 子「さやか、大丈夫かッ。くそっ、忌々しい吸盤だ」
さやか「な、なんとかね……。痛ッ」(駄目だ、左肩が痛くて思うように動かない。このままじゃ……やられる)
吸盤自体に特別な攻撃能力はないものの、触手から剥離して飛来する際のスピードが速いので弾丸と同じ殺傷力がある。
左肩をかすめただけとはいえ、まだ中学生のさやかには相当なダメージであった。
痛みに耐えながら右手だけで戦い続けるさやか。しかし、その動きは徐々に鈍ってくる。
さやか「もう駄目だ……」
自分に向けて新たな吸盤が発射されたのは確認できたが、それを迎撃する力も余裕もない。
さやか(癒しの祈りで契約しながら、自分自身の傷は回復させられないなんて……。わたしって、ほんとバカ……。まどか、ほむら、マミさん、さようなら。杏子、今までありがとう)
さやかが目を閉じて死を覚悟した時、奇蹟は起こった。
ザシュッ。
杏 子「お休みの時間には早いぜ」
さやか「きょ、杏子……」
さやかが目を開けると目の前には杏子の背中があった。四方から迫り来る吸盤の大群を華麗な槍さばきで撃ち落としていく。
杏 子「こんなところで大切な仲間に死なれちゃ寝覚めが悪いからな」
さやか「な、仲間」
いつも口喧嘩ばかりしている杏子の口から自分に向けて「仲間」という言葉が発せられ、さやかは面食らった。
杏 子「ぼんやりするな、もう少しの辛抱だ。そろそろ敵も弾切れらしい」
そう言えば雨霰(あめあられ)と飛び来る吸盤の数が目に見えて減ってきている。
魔 女「キョオォォォ」
負傷したさやかと彼女を庇う杏子。ターゲットを切り替えた魔女は負傷した前方の触手まで海面へ出し、二人に向かって残りの吸盤を惜し気なく集中放射した。
杏 子「チッ。なんて数だ。マミのマスケット銃乱射よりもタチが悪いぜ」
さやか「ごめん、杏子。わたしのせいで……あんた一人に苦労かけちゃって」
杏 子「気にするな。仲間が困ってる時に手を貸すのが友情ってもんだろ」
さやか「きょ、杏子……。グスッ。どうも……あり……が……とう」
杏 子「さぁて、覚悟を決めるか」
杏子があきらめかけた時、銃声と共に幾つかの吸盤が砂の上へ落ちた。
マ ミ「やらせないわよッ」
杏 子「マミッ!」
続けて飛来する吸盤も次々と撃墜され、杏子とさやかの周辺に吸盤の山が築かれた。
まどか「さやかちゃんも杏子ちゃんも傷つけさせない」
ほむら「二人はわたしたちが守ってみせる」
さやか「まどか! ほむら!」
杏 子「へへへ。最後の最後まで奇蹟は信じてみるもんだな」
さやか「そうね」
全ての吸盤を撃ち尽くした魔女はツルツルになった触手で海面を叩きながら悔しがっている。
ほむら「どうやら吸盤を撃ち尽くしたようね。巴マミ、今なら触手の防御壁を破壊できるかも知れないわよ」
マ ミ「分かったわ」
空高く飛び上がり、マミは再び大量のマスケット銃を召喚した。
マ ミ「負の世界からの使者よ、永久(とこしえ)の闇に沈め。エンド・オブ・デストラクション(End of destruction)」
まどか「あれ? さっきと技の名前が違うね」
杏 子「思い付きで技名を叫んでるんじゃねえか」
ほむら「そうかも知れないわね」
さやか「あれはマミさんだから似合うのよ」
そんな事を言っている間に一斉射撃も終わり、マミが地上へ降り立った。
マ ミ「ふぅ。今度はどうかしら?」
杏 子「……」
まどか「……」
さやか「……」
ほむら「……。見て、今度の攻撃は効果があったわ」
杏 子「すげぇ。ドーム状の防御壁がハチの巣じゃねえか」
魔 女「ウグググゥゥゥ」
ほむら「今がチャンスよ。一気にトドメを刺しましょう」
杏 子「あたしが行く。この槍で魔女の心臓を一突きして決着だ」
マ ミ「鹿目さん、暁美さん、あなたたちは杏子の後方支援をお願い。死角からの攻撃に注意してあげて」
まどか「はいッ」
ほむら「分かったわ」
マ ミ「さあ、美樹さん。傷を見せて頂戴。……。あらあら、こんなに血が流れているわ。痛かったでしょう。もう少し我慢してね」
さやか「は、はい……。うくッ」
杏 子「この野郎、よくもさやかに傷を負わせやがったな。あたしが落し前をつけてやるぜ」
傷の痛みに顔をしかめるさやかに一瞥をくれ、杏子は槍の柄をグッと握り締めながら魔女に向かって走って行く。
さやか「きょ、杏子ったら」
まどか「杏子ちゃん、よっぽどさやかちゃんの事が好きなんだね」
さやか「なに言ってんのよ、まどかったら」
ほむら「自分の気持ちに少しは素直になりなさい、美樹さやか」
さやか「ほ、ほむらまで……」
マ ミ「仲良きことは美しきかな。友情は大切にしないとだめよ」
さやか「ゆ、友情……ですか」
マ ミ「そうよ。夕食の時に杏子は「今日の休み時間にさやかが……」とか「さやかと一緒のグループになっちまってよぉ」とか美樹さんの事ばかり話すの。照れ隠しもあって自分の気持ちを素直に表現できないのね。不器用って言っては口が悪いけれど、そんなところが杏子の可愛いところでもあるわ」
諭すように言いながらマミは治癒魔法でさやかの傷を癒す。肩の肉が少し抉れただけなので傷痕も残らず、治癒は数秒で完了した。
この程度の傷ならば、マミの治癒魔法でもじゅうぶんに完治させられるのである。
波際まで走り寄った杏子は勢いをつけて飛び上がり、魔女までの距離を一気に詰めた。
杏 子「でやぁぁぁ」
触手をボロボロにされた満身創痍の魔女は反撃するパワーも失くしたのか、杏子の雄たけびに何の反応もしない。
ズブッ!
杏子の槍が魔女の心臓を貫いた。
魔 女「ギシャアアァァァァ」
まどか「やったぁ」
さやか「杏子……」
マ ミ「どうやら勝負あったようね」
ほむら「ええ」
杏子が槍を引き抜くと魔女の姿は黒い霧になって無影無踪した。
魔女の消滅で結界が破れ、再び静かな夜の浜辺に戻る。
マ ミ「御苦労様、杏子」
杏 子「ああ」
ほむら「あの魔女は孵化した直後だったのかも知れないわね。あるいは変異種だったのかしら」
杏 子「使い魔と一体化した魔女なんて聞いた事ねえし、その可能性はあるな」
マ ミ「後先考えない力押しの攻撃、単調な攻撃パターン。思った以上の敵ではなかったのが幸いだったわね」
ほむら(ソウルジェムの呪縛がなくなったにも関わらず、使い魔や魔女が存在する理由。その謎を解くカギが、このような変異種の誕生にあるのかも知れない……)
杏 子「まあ、今回も無事に勝てたし、結果オーライってとこだな」
さやか「……きょ、杏子」
杏 子「ん? どうした、さやか」
さやか「さっきは……ど、どうもありがとう。危険を顧みず助けに来てくれた杏子、すごく格好よかった」
杏 子「気にすんなよ」
さやか「……」
杏 子「さやかの為なら自分の命だって賭けられる。だって、あ、あたしは……あんたが……す、す、す……」
さやか「なによ、『す』って?」
杏 子「だから……。その……」
マ ミ「(小声で)ああん、もう、じれったいわねぇ」
ほむら「(小声で)好きなら好きと素直に告白すればいいじゃないの」
まどか「(小声で)夜の浜辺で愛の告白なんて漫画みたい」
杏 子「す、す……。す、少しは察しろ、この鈍感娘」
さやか「ど、鈍感娘ぇ? 失礼ね、なんて言い方。あ~あ、ガサツな戦闘バカに御礼なんか言うんじゃなかったわ」
杏 子「ガサツな戦闘バカだと? それが恩人に対する態度か」
さやか「助けてくれって言った覚えはないわ」
杏 子「かわいくねぇ奴だな。目をウルウルさせながら『危険を顧みず助けに来てくれた杏子、すごく格好よかった』なんて言ってたくせに」
さやか「うッ。そ、それを言われると……」
まどか「はははは。さやかちゃんと杏子ちゃん、いいコンビだね」
ほむら「お似合いのカップルと言うべきかしら」
マ ミ「喧嘩するほど仲がいい。さすが名コンビね」
杏 子「へ、へへへへ。あ~っはははは」
さやか「くすっ。あははははは」
杏 子「せっかくの旅行だ、喧嘩はやめようぜ」
さやか「そうね。ごめん、杏子」
杏 子「あ、あたしの方こそ。悪かった」
マ ミ「どうやら仲直りしたようね。さあ、帰って冷たいスイカでも食べましょう」
杏 子「スイカだって。さすがマミ、気がきくなぁ」
さやか「食べ過ぎてお腹を壊さないでよ」
杏 子「分かってるって」
⇒ To be continued
【註1】テトロドトキシンは一部の真正細菌によって生産されるアルカロイド。基本的には経口摂取した場合に効果を発揮すると言われています。皮膚から浸透した事例は確認できず、皮膚浸透による効果の有無については調べきれませんでした。余談になりますが、アメリカの推理ドラマ「刑事コロンボ 美食の報酬」ではテトロドトキシンを利用した殺人が描かれています。
「魔法少女まどか☆マギカ Another」 真夏の海と魔法少女たち(前編)
【はじめに】
夏コミ新刊として発行された「魔法少女まどか☆マギカ」の二次創作作品『水着も浴衣もあるんだよ! モチロン魔法少女もね!』(発行:アメチャン(空歩&最上蜜柑))は、全員生存のハッピーエンド世界という最高の舞台設定で描かれた漫画でした。海水浴で楽しい時間を過ごす前半パート、夜の旅館で魔女と戦う後半パートで構成されており、最後はハッピーエンドで締め括られます。
五人の魔法少女が夢の共演を果たしたうえ、原作とは真逆な明るい物語が展開(魔女戦のパートはシリアス路線でしたが)され、全26ページを楽しく読めました。
この作品の影響を大いに受け、二作目となる「~まどか☆マギカ」の二次創作小説では「海水浴と夏休み」をテーマに選びましたが、ほのぼの系の物語を作るのは苦手なので「~まどマギ」ファンの鑑賞に堪えられる話に仕上がったかは自信がありません……。
今回も各キャラクターのイメージを壊さないように気をつけましたが、かなり個人的好みを含んでいる為、原作に忠実なキャラクター描写を好まれる方は閲覧を控えて下さい。また、if世界という事で基本設定にも大幅な改変(杏子とマミさんの同居設定,全員生存フラグの理由,変身まどかと魔女が共存する世界観……等々)があるので御注意願います。
放送終了から早くも五ヶ月が経とうとしますが、未だに作品への情熱が冷めず、逆にオリジナル作品の新作が見られないフラストレーションが創作意欲に変換されて行きます。
こんな魅力的なアニメ作品は久々であり、これからも作品を愛するファンによる優れた二次創作作品が(媒体を問わず)次々と作りだされる事を願っています。
<第一部・昼の浜辺>
真夏の太陽が容赦なく照りつけるS海岸のビーチ。
人混みを避けた海岸端の一角に陣取った五人の少女たちはビーチパラソルを立てたり、ビニールシートを敷いたり、ビーチチェアをセットしたり、忙しげに動き回っている。
杏 子「さやか、パラソルの角度を見てくれ。これくらいで大丈夫か」
さやか「もう少し後ろに倒してくれる。……。はい、そこでストップ」
ほむら「まどか、チェアの位置はここで良いかしら?」
まどか「うん、大丈夫だよ」
マ ミ「美樹さん、もう少しシートを引っ張ってくれる。……。それくらいね。どうもありがとう」
杏 子「さて、陣地も完成した事だし、たっぷりと楽しもうか」
マ ミ「あんまりハメを外さないようにね」
杏 子「分かってるよ」
さやか「はははは。こうしてみると、マミさんが保護者で杏子が娘みたい」
杏 子「な、なんだと」
マ ミ「はいはい、仲良くしましょうね」
杏 子「マミ……。お前まで調子を合わせてんじゃねえよ……」
ほむら「まどか、海に入りましょう。照り返しで体が火照ってきたわ」
まどか「そうだね。それじゃ、行って来ます」
杏 子「あまり遠くまで行くなよ。沖へ出ても助けにいってやらねぇからな」
さやか「後であたしも行くから~」
まどか「うん。先に海で待ってるね」
杏 子「さて、あたしは日焼け止めを塗って食べ歩きをしてくるかな」
マ ミ「まだ食べるの。待ち合わせ時間前に喫茶店でサンドイッチを食べて、電車の中でお弁当を食べて、バスの待ち時間にポップコーンを一袋食べてるんでしょう。どこに食べ物の入る余裕があるのかしら」
さやか「ええ~? 待ち合わせ前にサンドイッチを食べてたの? 呆れた。あんたの胃袋はどうなってんのよ」
杏 子「う、うるせぇよ。それよりさやか、日焼け止めオイルを塗ってくれ」
さやか「えッ、あたしがぁ?」
杏 子「いいだろう、へるもんじぇないんだから。それとも、あたしの背中にさわるのが怖いのかぁ」
さやか「そ、そんな事あるわけないでしょう」
マ ミ「うふふふふ。二人とも仲がいいわね。お似合いの夫婦みたいよ」
さやか「ちょ、ちょ、ちょっとマミさん、何を言うんですか。冗談きついなぁ」
杏 子「あたしとさやかが夫婦だって? アッハハハハ、悪くないかもしれないな」
さやか「あんたまで何を言ってんのよ。ほら、背中に塗ってあげるから日焼け止めオイルを貸しなさいよ」
マ ミ(なんて幸せな時間なんだろう。一人だった頃が嘘のようだわ)
ビーチチェアに体を横たえながら、マミは穏やかに流れる時間に安らぎと幸せを感じていた。
さやか「あんたの持って来た日焼け止め、なんだかベタベタするわね」
杏 子「そうか?」
さやか「瓶の形も変わってるし、ラベルも貼ってないわ。どこのメーカーの日焼け止めを買ったの」
杏 子「メーカーなんて知らねえな。マミの薦める日焼け止めオイルを買ったんだから」
マ ミ「あら、その瓶……。美樹さん、それは日焼け止めオイルじゃないわ、オリーブオイルよ」
さやか「え?」
杏 子「な、何だって。オリーブオイルだと。貸せッ」
さやか「あん。なによ、乱暴ねぇ」
さやかの手からオイルの小瓶を引ったくる杏子。
杏 子「ほ、本当だ。これは昨日買ったサラダ用オリーブオイルの小瓶だ」
さやか「えええぇぇぇ」
杏 子「そうか。今日は可燃ゴミの収集日だったから、ゴミになる瓶のラベルを全部剥がして夜のうちに捨てたんだった。それでバッグへ入れ間違えたんだな」
さやか「何やってんのよ、ドジねえ。マミさんと同居するようになってから少しは年頃の女らしい暮らしができるようになったと思ったけど……。やっぱり、あんたには野性的な生き方が合ってるわね」
杏 子「う、うるせぇ。お前も塗る前に気付け」
さやか「なに言ってんよ。あんたがドジなだけでしょう」
マ ミ「まあまあ、二人とも落ち着いて」
さやか「マミさ~ん」
マ ミ「杏子、あなたの不注意が原因でしょう。怒鳴っては駄目よ。それにしても、美樹さんへ瓶を渡す前に気がつかなかったの?」
杏 子「あ、ああ。オリーブオイルも日焼け止めオイルも使い慣れてねぇからな」
マ ミ「ほら、このタオルで背中を拭きなさい。日焼け止めオイルはわたしのを使っていいわ」
杏 子「サンキュウ。そ、それから、さやか……」
さやか「なによ」
杏 子「ど、怒鳴って悪かったな。あたしがいけなかったのに……」
さやか「気にしてないわ、いつもの事だもの。ほら、後ろを向きなさいよ。背中を拭いてあげるから」
杏 子「ありがと」
マ ミ「うふふふふ。本当に良いコンビね、二人とも」
さやか「ほら、背中全体にオイルを塗ってあげたから、あとは自分で塗りなさいよ」
杏 子「おお、サンキュウ」
さやか「それじゃ、マミさん。わたしも海に入ってきますね」
マ ミ「気をつけてね。わたしも一息ついたら行くから。杏子はどうするの」
杏 子「あたしは午後から海に入るよ。まずは海の家ならではの食べ歩きをしてくる」
マ ミ「相変わらずね」
杏 子「あたしに構わず子供たちを見てやれよ。お母さん」
さやか「何が子供よ。日焼け止めとオリーブオイルを間違えて持ってくるようなドジッ子に言われたくないわ」
杏 子「チッ。一本取られたな」
さやか「それじゃ、行ってきま~す」
杏 子「……。こんな楽しい時間を過ごすのは何年ぶりかな」
マ ミ「え?」
杏 子「一年前までの孤独だった毎日が嘘のようだなって、ふと思っちまってさ。昼間は学校でさやかたちと笑い合い、夜はあんたと一緒。なんだか懐かしい温もりに安らぎを感じるよ」
マ ミ「それはわたしも同じよ、杏子。魔法少女としての悩みや苦しみを打ち明けられる友達がいなければ、学校から帰っても家には誰もいない。そんな一人っきりの生活が嘘のようだわ」
杏 子「仲間がいるっていうのも悪くないな」
マ ミ「そうね」
杏 子「へへッ、なんか湿っぽい話になっちまったな。それじゃ、ちょっと買い物に行ってくる。さやかたちと一緒に海へ入るなら椅子の上に帽子でも置いていってくれよ。目印がないと迷っちまいそうだから」
マ ミ「あなたが戻って来るまでは席を外さないから大丈夫よ。それよりお金は持ってるの?」
杏 子「あッ。サイフを別荘に置いてきちまった……」
マ ミ「まったく。ちょっと待ってなさい。……。はい。これ以上は買い食いしちゃだめよ」
杏 子「五千円札! こんなに貰えねえよ、もっと細かくしてくれないか」
マ ミ「困ったわね。あとは小銭しかないのよ。持ち歩きやすい500円玉は……ええと、4枚しかないわ」
杏 子「それなら2,000円で買えるだけにするよ。ほら、これは返す」
マ ミ「はい、確かに。それじゃ500円玉を1枚、2枚、3枚、4枚ね」
杏 子「サンキュウ。それじゃ行ってくる」
まどか「ちょ、ちょっと……。あはははは。冷たいよ、ほむらちゃん。いやだぁ。やめてぇ、さやかちゃんまで。集中攻撃はひどいよ~」
さやか「あはははは。それなら次はほむらに……うぷッ」
ほむら「油断大敵よ、美樹さやか」
まどか「今度はさやかちゃんを集中攻撃するよ、ほむらちゃん」
ほむら「分かったわ」
バシャ。バシャ。バシャ。バシャ。
さやか「やったわね。それなら……むぐッ。ゴホッ、ゴホッ。ちょっとタイム。ゴホッ。海水が口の中に入ちゃった。ゴホッ」
まどか「ご、ごめんね、さやかちゃん。大丈夫」
ほむら「悪かったわ。痛むでしょう。すぐにウガイをしたほうがいいわ」
さやか「だ、だいじょ……ゴホッ。やっぱ駄目だ。ちょっとビーチへあがるね」
まどか「わたしたちも一度あがろうか、ほむらちゃん」
ほむら「そうね」
海水を飲み込んでしまったさやかの体を両脇から支え、三人は海から出た。
ほむら「あら。あそこを歩いているのは佐倉杏子じゃないかしら」
まどか「どれどれ。あ、本当だ。杏子ちゃ~ん」
杏 子「ん? よう、こんな所で会うとは……って、どうしたんだ。さやかのやつ、いつになくゲンナリした顔をしてるみたいだけど」
さやか「う、うるさい。ゴホッ。ゲンナリした顔で悪かったわ……ゴホッ、ゴホッ」
杏 子「おい、無理するな」
まどか「さやかちゃん、海水を飲んじゃってノドが痛いみたいなの」
杏 子「そうか。それなら何か買ってきてやるよ」
ほむら「目の前にカキ氷の販売ワゴンがあるわ。とりあえず、あれでノドを潤しましょう」
杏 子「そうだな。待ってな、さやか。すぐに買ってきてやる」
さやか「わ、悪いわね、杏子」
杏 子「気にすんな。さっきのお詫びだよ」
まどか「さっきのお詫び?」
杏 子「な、なんでもない。気にすんな。それじゃ、ちょっと待ってな」
数分後。杏子は大きな紙トレイに五つの紙コップをのせて戻ってきた。紙コップにはカキ氷が入っており、先端をスプーンとしても使える長いストローが挿してある。
杏 子「ほら、みぞれを買ってきた。これならノドにも優しいだろう」
さやか「あ、ありがとう。頂くわね」
杏 子「まどかとほむらの分もあるぞ。レモンとイチゴ、ブルーハワイ、好きな味を選びな」
まどか「ありがとう、杏子ちゃん。ほむらちゃんはどの味にする?」
ほむら「わたしはレモンにするわ。まどかは? レモンがよかったら譲るわよ」
まどか「わたしはイチゴにする」
杏 子「オッケー。それじゃ取ってくれ。あたしは両手が塞がってるから」
ほむら「ありがとう、杏子ちゃん。頂くね」
まどか「ありがとう。御馳走になるわ」
杏 子「気にするな。これは保護者の奢りだ」
まどか「保護者?」
杏 子「このミルク抹茶金時が似合うヤツだよ」
まどか「それって、もしかして……」
ほむら「巴マミ」
杏 子「正解。一歳年上とは思えない発育し過ぎた胸には練乳が似合うだろう? 五つセットで1,000円だったから全フレーバーを一つずつ選んできたんだが、凄い偶然だと思わないか」
まどか「え、ええと。なんて返事をしたらいいんだろう」
ほむら「巴マミのバストが羨ましいのね、佐倉杏子」
杏 子「うッ。そ、そんな事ねえよ。でかい乳なんて邪魔なだけだ」
さやか「負け惜しみは見苦しいわよ。素直に羨ましいって言ったらどう」
杏 子「さやか。な、なんだ、ノドは大丈夫なのか」
さやか「えへへへへ。みぞれを半分流しこんだらスッキリしたわ」
ほむら「どうやら大事に至らなかったようね」
まどか「よかったぁ」
さやか「ごめんね、心配かけて」
杏 子「おい、ノロノロ立ち話してる暇はねえぞ。氷が溶ける前に戻ろうぜ」
まどか「あ、待ってよ~」
ほむら「いま行くわ」
さやか「ノロノロしてて悪かったわね」
まどか「マミさ~ん」
マ ミ「あら、もうあがったの?」
さやか「えへへ。いろいろあって休憩しに戻って来ました」
杏 子「このドジがなぁ……」
さやか「ド、ドジとは何よ。あんたに言われたくないわ」
マ ミ「どうしたの? 何かあったの?」
ほむら「大した事ではないわ。水遊びの最中に美樹さやかが誤って海水を飲ん込んでしまい、カキ氷を流し込んで何とか落ち着いただけの事よ」
マ ミ「あらあら、それは災難だったわね。大丈夫だった、美樹さん?」
さやか「はい」
杏 子「そんなわけで食べ歩きは中止して、5つセット1,000円のカキ氷を買ってきた。みんなで食おうぜ」
マ ミ「あら、杏子にしては気がきくわね。1,000円も残して戻ってくるなんて、明日は雨かしら」
杏 子「こんな格好で両手が塞がってちゃ、ゆっくり食ってもいられねえからな。さやか、悪いけどマミにミルク抹茶金時を渡してやって」
さやか「オッケー」
マ ミ「ミルク抹茶金時? なかなか渋い味を選んだわね」
杏 子「マミさんは我々の保護者ですから。大人の味を楽しんでもらおうと思いましてね」
マ ミ「杏子ったら、まだ言ってるのね」
さやか「はい、どうぞ。マミさ……あッ」
砂に足をとられ、さやかは体のバランスを崩した。辛うじて転倒は免れたものの、この衝撃で練乳がかかっている氷の一部が前方へ吹っ飛んだ。
ベチャッ。
マ ミ「キャッ。冷た~い」
さやか「ご、ごめんなさい。マミさん」
マ ミ「気にしないで。ちょっと驚いただけよ」
杏 子「くっくくく。あ~っはははは」
さやか「な、何よ、急に笑い出したりして」
杏 子「マミの左胸を見てみろ。あ~っはははは」
さやか「左胸?」
まどか「?」
ほむら「ふふっ」
マ ミ「え? あら、いやだ。練乳がついてしまったわ」
杏 子「くっくっく。ほむらは分かってくれたみたいだな。お乳を出しているホルスタインそっくりだ。あっはははは」
さやか「あわわわ。ご、ご、ごめんなさい、マミさん。悪気があったわけじゃないんです。そ、その、砂に足をとられてしまって……」
マ ミ「大丈夫よ、美樹さん。落ち着いて。杏子、あなたも笑い過ぎよ」
杏 子「わ、わりぃ。あまりにも似合いすぎていたんで」
マ ミ「失礼しちゃうわね。そんな事を言うなら、もうお小遣いをあげないわよ」
さやか「へえ、杏子ったら、マミさんからお小遣いを貰ってたんだぁ。あんたこそマミさんの子供じゃないの。ねえ、まどか、ほむら」
まどか「マミさんなら優しいお母さんになれるわよ」
さやか「そういう問題じゃないでしょう」
ほむら「母性的な魅力なら五人の中でダントツね」
さやか「そういう問題でもない……って、もういいや」
杏 子「おっと、他人事(ひとごと)じゃねえや。この暑さで氷が溶けだしてきてる。さっさと食べようぜ。食い終わったらトレイの上に紙コップを戻してくれ、後で捨ててくるから」
まどか「それじゃ、頂きます。マミさん」
ほむら「頂きます」
さやか「御馳走になりま~す」
まどか「(シャリ、シャリ、シャリ)」
ほむら「(ほむ、ほむ、ほむ)」
さやか「(シャク、シャク、シャク)」
杏 子「(シャリ、シャリ、シャリ)」
マ ミ「(シャク、シャク、シャク)」
さやか「ん~。頭にキーンとくるわ」
ほむら「……んん……」
まどか「これがいいんだよねぇ」
杏 子「そうそう、この頭にキーンとくる感じがカキ氷を食べる楽しみの一つなんだよなぁ」
マ ミ「和風な抹茶のいい味。落ち着くわ。紅茶とはちがった甘さは練乳と相性バッチリね」
さやか「さすがマミさん、大人っぽい抹茶の雰囲気が似合うなぁ」
まどか「そうだね。わたしたちが抹茶味のカキ氷を食べても、背伸びしている子供が大人の味を求めているようにしか見えないものね」
ほむら「わたしたちにはマネできないわ」
杏 子「あ~。食った食った」
さやか「そんな事を言って、本当は物足りないんでしょう」
杏 子「まあな」
マ ミ「まったく。あなたは食欲の権化ね」
まどか「ねえねえ、せっかくなんだから、今度はみんな一緒に海で遊ばない?」
さやか「いいわね。マミさんも海に入りましょうよ。ついでに杏子も」
杏 子「つ、ついでにって……」
マ ミ「そうね。せっかく海水浴にきたんだし、海へ入らないともったいないわね」
さやか「そうですよ」
マ ミ「それじゃ行きましょうか」
マミは細々(こまごま)したビーチ用アイテムと昼食用資金が入った防水バッグを手に持つと、ビーチチェアをたたんでビニールシートの上に寝かせ、ビーチパラソルをスタンドから抜いてビーチチェアの脇に置いた。
さやか「よ~し、海まで競争だぁ」
杏 子「負けねえぞ」
まどか「わたしだって」
ほむら「美樹さやか、今度は転ばないように気をつけなさい」
さやか「大丈夫だって、心配無用よ」
マ ミ「ちょっと待って、みんな走るのが早いわよ~」
杏 子「大きな胸が邪魔で走れねえんじゃねえか。グズグズしていると置いてくぞ」
さやか「(小声で)杏子って自分の胸が小さい事がコンプレックスなのかしら」
ほむら「(小声で)なぜか巴マミの胸ばかり気にしているわね」
まどか「(小声で)水着だと普段よりもバストの大きさが目立つからじゃないの」
杏 子「おい。しっかりと聞こえてるぞ」
さやか「なんだったら今夜、わたしが大きくなる様に念じながら胸を揉んであげましょうかぁ」
杏 子「本当か……(´д`*)。あッ」
ほむら「……えッ?」
まどか「きょ、杏子ちゃん?」
さやか「あ、あんた……」
杏 子「い、いや。その……。ち、違うんだ。今のは勢いと言うか何と言うか」
さやか「な~んだ。胸を揉んでほしかったのか。それなら恥ずかしがらずに言えばいいのに。まかせておきなさい。このわたしが心を込めて揉んであげるから」
杏 子「な、何を言い出すんだ。あたしは……。その……。ただ……」
ほむら「それなら、わたしはまどかの胸を揉んであげるわ。まどか、一緒に大きくなりましょう」
まどか「う、うん」(ほむらちゃんも意外とノリがいいんだなぁ。知らなかった)
夏コミ新刊として発行された「魔法少女まどか☆マギカ」の二次創作作品『水着も浴衣もあるんだよ! モチロン魔法少女もね!』(発行:アメチャン(空歩&最上蜜柑))は、全員生存のハッピーエンド世界という最高の舞台設定で描かれた漫画でした。海水浴で楽しい時間を過ごす前半パート、夜の旅館で魔女と戦う後半パートで構成されており、最後はハッピーエンドで締め括られます。
五人の魔法少女が夢の共演を果たしたうえ、原作とは真逆な明るい物語が展開(魔女戦のパートはシリアス路線でしたが)され、全26ページを楽しく読めました。
この作品の影響を大いに受け、二作目となる「~まどか☆マギカ」の二次創作小説では「海水浴と夏休み」をテーマに選びましたが、ほのぼの系の物語を作るのは苦手なので「~まどマギ」ファンの鑑賞に堪えられる話に仕上がったかは自信がありません……。
今回も各キャラクターのイメージを壊さないように気をつけましたが、かなり個人的好みを含んでいる為、原作に忠実なキャラクター描写を好まれる方は閲覧を控えて下さい。また、if世界という事で基本設定にも大幅な改変(杏子とマミさんの同居設定,全員生存フラグの理由,変身まどかと魔女が共存する世界観……等々)があるので御注意願います。
放送終了から早くも五ヶ月が経とうとしますが、未だに作品への情熱が冷めず、逆にオリジナル作品の新作が見られないフラストレーションが創作意欲に変換されて行きます。
こんな魅力的なアニメ作品は久々であり、これからも作品を愛するファンによる優れた二次創作作品が(媒体を問わず)次々と作りだされる事を願っています。
<第一部・昼の浜辺>
真夏の太陽が容赦なく照りつけるS海岸のビーチ。
人混みを避けた海岸端の一角に陣取った五人の少女たちはビーチパラソルを立てたり、ビニールシートを敷いたり、ビーチチェアをセットしたり、忙しげに動き回っている。
杏 子「さやか、パラソルの角度を見てくれ。これくらいで大丈夫か」
さやか「もう少し後ろに倒してくれる。……。はい、そこでストップ」
ほむら「まどか、チェアの位置はここで良いかしら?」
まどか「うん、大丈夫だよ」
マ ミ「美樹さん、もう少しシートを引っ張ってくれる。……。それくらいね。どうもありがとう」
杏 子「さて、陣地も完成した事だし、たっぷりと楽しもうか」
マ ミ「あんまりハメを外さないようにね」
杏 子「分かってるよ」
さやか「はははは。こうしてみると、マミさんが保護者で杏子が娘みたい」
杏 子「な、なんだと」
マ ミ「はいはい、仲良くしましょうね」
杏 子「マミ……。お前まで調子を合わせてんじゃねえよ……」
ほむら「まどか、海に入りましょう。照り返しで体が火照ってきたわ」
まどか「そうだね。それじゃ、行って来ます」
杏 子「あまり遠くまで行くなよ。沖へ出ても助けにいってやらねぇからな」
さやか「後であたしも行くから~」
まどか「うん。先に海で待ってるね」
杏 子「さて、あたしは日焼け止めを塗って食べ歩きをしてくるかな」
マ ミ「まだ食べるの。待ち合わせ時間前に喫茶店でサンドイッチを食べて、電車の中でお弁当を食べて、バスの待ち時間にポップコーンを一袋食べてるんでしょう。どこに食べ物の入る余裕があるのかしら」
さやか「ええ~? 待ち合わせ前にサンドイッチを食べてたの? 呆れた。あんたの胃袋はどうなってんのよ」
杏 子「う、うるせぇよ。それよりさやか、日焼け止めオイルを塗ってくれ」
さやか「えッ、あたしがぁ?」
杏 子「いいだろう、へるもんじぇないんだから。それとも、あたしの背中にさわるのが怖いのかぁ」
さやか「そ、そんな事あるわけないでしょう」
マ ミ「うふふふふ。二人とも仲がいいわね。お似合いの夫婦みたいよ」
さやか「ちょ、ちょ、ちょっとマミさん、何を言うんですか。冗談きついなぁ」
杏 子「あたしとさやかが夫婦だって? アッハハハハ、悪くないかもしれないな」
さやか「あんたまで何を言ってんのよ。ほら、背中に塗ってあげるから日焼け止めオイルを貸しなさいよ」
マ ミ(なんて幸せな時間なんだろう。一人だった頃が嘘のようだわ)
ビーチチェアに体を横たえながら、マミは穏やかに流れる時間に安らぎと幸せを感じていた。
さやか「あんたの持って来た日焼け止め、なんだかベタベタするわね」
杏 子「そうか?」
さやか「瓶の形も変わってるし、ラベルも貼ってないわ。どこのメーカーの日焼け止めを買ったの」
杏 子「メーカーなんて知らねえな。マミの薦める日焼け止めオイルを買ったんだから」
マ ミ「あら、その瓶……。美樹さん、それは日焼け止めオイルじゃないわ、オリーブオイルよ」
さやか「え?」
杏 子「な、何だって。オリーブオイルだと。貸せッ」
さやか「あん。なによ、乱暴ねぇ」
さやかの手からオイルの小瓶を引ったくる杏子。
杏 子「ほ、本当だ。これは昨日買ったサラダ用オリーブオイルの小瓶だ」
さやか「えええぇぇぇ」
杏 子「そうか。今日は可燃ゴミの収集日だったから、ゴミになる瓶のラベルを全部剥がして夜のうちに捨てたんだった。それでバッグへ入れ間違えたんだな」
さやか「何やってんのよ、ドジねえ。マミさんと同居するようになってから少しは年頃の女らしい暮らしができるようになったと思ったけど……。やっぱり、あんたには野性的な生き方が合ってるわね」
杏 子「う、うるせぇ。お前も塗る前に気付け」
さやか「なに言ってんよ。あんたがドジなだけでしょう」
マ ミ「まあまあ、二人とも落ち着いて」
さやか「マミさ~ん」
マ ミ「杏子、あなたの不注意が原因でしょう。怒鳴っては駄目よ。それにしても、美樹さんへ瓶を渡す前に気がつかなかったの?」
杏 子「あ、ああ。オリーブオイルも日焼け止めオイルも使い慣れてねぇからな」
マ ミ「ほら、このタオルで背中を拭きなさい。日焼け止めオイルはわたしのを使っていいわ」
杏 子「サンキュウ。そ、それから、さやか……」
さやか「なによ」
杏 子「ど、怒鳴って悪かったな。あたしがいけなかったのに……」
さやか「気にしてないわ、いつもの事だもの。ほら、後ろを向きなさいよ。背中を拭いてあげるから」
杏 子「ありがと」
マ ミ「うふふふふ。本当に良いコンビね、二人とも」
さやか「ほら、背中全体にオイルを塗ってあげたから、あとは自分で塗りなさいよ」
杏 子「おお、サンキュウ」
さやか「それじゃ、マミさん。わたしも海に入ってきますね」
マ ミ「気をつけてね。わたしも一息ついたら行くから。杏子はどうするの」
杏 子「あたしは午後から海に入るよ。まずは海の家ならではの食べ歩きをしてくる」
マ ミ「相変わらずね」
杏 子「あたしに構わず子供たちを見てやれよ。お母さん」
さやか「何が子供よ。日焼け止めとオリーブオイルを間違えて持ってくるようなドジッ子に言われたくないわ」
杏 子「チッ。一本取られたな」
さやか「それじゃ、行ってきま~す」
杏 子「……。こんな楽しい時間を過ごすのは何年ぶりかな」
マ ミ「え?」
杏 子「一年前までの孤独だった毎日が嘘のようだなって、ふと思っちまってさ。昼間は学校でさやかたちと笑い合い、夜はあんたと一緒。なんだか懐かしい温もりに安らぎを感じるよ」
マ ミ「それはわたしも同じよ、杏子。魔法少女としての悩みや苦しみを打ち明けられる友達がいなければ、学校から帰っても家には誰もいない。そんな一人っきりの生活が嘘のようだわ」
杏 子「仲間がいるっていうのも悪くないな」
マ ミ「そうね」
杏 子「へへッ、なんか湿っぽい話になっちまったな。それじゃ、ちょっと買い物に行ってくる。さやかたちと一緒に海へ入るなら椅子の上に帽子でも置いていってくれよ。目印がないと迷っちまいそうだから」
マ ミ「あなたが戻って来るまでは席を外さないから大丈夫よ。それよりお金は持ってるの?」
杏 子「あッ。サイフを別荘に置いてきちまった……」
マ ミ「まったく。ちょっと待ってなさい。……。はい。これ以上は買い食いしちゃだめよ」
杏 子「五千円札! こんなに貰えねえよ、もっと細かくしてくれないか」
マ ミ「困ったわね。あとは小銭しかないのよ。持ち歩きやすい500円玉は……ええと、4枚しかないわ」
杏 子「それなら2,000円で買えるだけにするよ。ほら、これは返す」
マ ミ「はい、確かに。それじゃ500円玉を1枚、2枚、3枚、4枚ね」
杏 子「サンキュウ。それじゃ行ってくる」
まどか「ちょ、ちょっと……。あはははは。冷たいよ、ほむらちゃん。いやだぁ。やめてぇ、さやかちゃんまで。集中攻撃はひどいよ~」
さやか「あはははは。それなら次はほむらに……うぷッ」
ほむら「油断大敵よ、美樹さやか」
まどか「今度はさやかちゃんを集中攻撃するよ、ほむらちゃん」
ほむら「分かったわ」
バシャ。バシャ。バシャ。バシャ。
さやか「やったわね。それなら……むぐッ。ゴホッ、ゴホッ。ちょっとタイム。ゴホッ。海水が口の中に入ちゃった。ゴホッ」
まどか「ご、ごめんね、さやかちゃん。大丈夫」
ほむら「悪かったわ。痛むでしょう。すぐにウガイをしたほうがいいわ」
さやか「だ、だいじょ……ゴホッ。やっぱ駄目だ。ちょっとビーチへあがるね」
まどか「わたしたちも一度あがろうか、ほむらちゃん」
ほむら「そうね」
海水を飲み込んでしまったさやかの体を両脇から支え、三人は海から出た。
ほむら「あら。あそこを歩いているのは佐倉杏子じゃないかしら」
まどか「どれどれ。あ、本当だ。杏子ちゃ~ん」
杏 子「ん? よう、こんな所で会うとは……って、どうしたんだ。さやかのやつ、いつになくゲンナリした顔をしてるみたいだけど」
さやか「う、うるさい。ゴホッ。ゲンナリした顔で悪かったわ……ゴホッ、ゴホッ」
杏 子「おい、無理するな」
まどか「さやかちゃん、海水を飲んじゃってノドが痛いみたいなの」
杏 子「そうか。それなら何か買ってきてやるよ」
ほむら「目の前にカキ氷の販売ワゴンがあるわ。とりあえず、あれでノドを潤しましょう」
杏 子「そうだな。待ってな、さやか。すぐに買ってきてやる」
さやか「わ、悪いわね、杏子」
杏 子「気にすんな。さっきのお詫びだよ」
まどか「さっきのお詫び?」
杏 子「な、なんでもない。気にすんな。それじゃ、ちょっと待ってな」
数分後。杏子は大きな紙トレイに五つの紙コップをのせて戻ってきた。紙コップにはカキ氷が入っており、先端をスプーンとしても使える長いストローが挿してある。
杏 子「ほら、みぞれを買ってきた。これならノドにも優しいだろう」
さやか「あ、ありがとう。頂くわね」
杏 子「まどかとほむらの分もあるぞ。レモンとイチゴ、ブルーハワイ、好きな味を選びな」
まどか「ありがとう、杏子ちゃん。ほむらちゃんはどの味にする?」
ほむら「わたしはレモンにするわ。まどかは? レモンがよかったら譲るわよ」
まどか「わたしはイチゴにする」
杏 子「オッケー。それじゃ取ってくれ。あたしは両手が塞がってるから」
ほむら「ありがとう、杏子ちゃん。頂くね」
まどか「ありがとう。御馳走になるわ」
杏 子「気にするな。これは保護者の奢りだ」
まどか「保護者?」
杏 子「このミルク抹茶金時が似合うヤツだよ」
まどか「それって、もしかして……」
ほむら「巴マミ」
杏 子「正解。一歳年上とは思えない発育し過ぎた胸には練乳が似合うだろう? 五つセットで1,000円だったから全フレーバーを一つずつ選んできたんだが、凄い偶然だと思わないか」
まどか「え、ええと。なんて返事をしたらいいんだろう」
ほむら「巴マミのバストが羨ましいのね、佐倉杏子」
杏 子「うッ。そ、そんな事ねえよ。でかい乳なんて邪魔なだけだ」
さやか「負け惜しみは見苦しいわよ。素直に羨ましいって言ったらどう」
杏 子「さやか。な、なんだ、ノドは大丈夫なのか」
さやか「えへへへへ。みぞれを半分流しこんだらスッキリしたわ」
ほむら「どうやら大事に至らなかったようね」
まどか「よかったぁ」
さやか「ごめんね、心配かけて」
杏 子「おい、ノロノロ立ち話してる暇はねえぞ。氷が溶ける前に戻ろうぜ」
まどか「あ、待ってよ~」
ほむら「いま行くわ」
さやか「ノロノロしてて悪かったわね」
まどか「マミさ~ん」
マ ミ「あら、もうあがったの?」
さやか「えへへ。いろいろあって休憩しに戻って来ました」
杏 子「このドジがなぁ……」
さやか「ド、ドジとは何よ。あんたに言われたくないわ」
マ ミ「どうしたの? 何かあったの?」
ほむら「大した事ではないわ。水遊びの最中に美樹さやかが誤って海水を飲ん込んでしまい、カキ氷を流し込んで何とか落ち着いただけの事よ」
マ ミ「あらあら、それは災難だったわね。大丈夫だった、美樹さん?」
さやか「はい」
杏 子「そんなわけで食べ歩きは中止して、5つセット1,000円のカキ氷を買ってきた。みんなで食おうぜ」
マ ミ「あら、杏子にしては気がきくわね。1,000円も残して戻ってくるなんて、明日は雨かしら」
杏 子「こんな格好で両手が塞がってちゃ、ゆっくり食ってもいられねえからな。さやか、悪いけどマミにミルク抹茶金時を渡してやって」
さやか「オッケー」
マ ミ「ミルク抹茶金時? なかなか渋い味を選んだわね」
杏 子「マミさんは我々の保護者ですから。大人の味を楽しんでもらおうと思いましてね」
マ ミ「杏子ったら、まだ言ってるのね」
さやか「はい、どうぞ。マミさ……あッ」
砂に足をとられ、さやかは体のバランスを崩した。辛うじて転倒は免れたものの、この衝撃で練乳がかかっている氷の一部が前方へ吹っ飛んだ。
ベチャッ。
マ ミ「キャッ。冷た~い」
さやか「ご、ごめんなさい。マミさん」
マ ミ「気にしないで。ちょっと驚いただけよ」
杏 子「くっくくく。あ~っはははは」
さやか「な、何よ、急に笑い出したりして」
杏 子「マミの左胸を見てみろ。あ~っはははは」
さやか「左胸?」
まどか「?」
ほむら「ふふっ」
マ ミ「え? あら、いやだ。練乳がついてしまったわ」
杏 子「くっくっく。ほむらは分かってくれたみたいだな。お乳を出しているホルスタインそっくりだ。あっはははは」
さやか「あわわわ。ご、ご、ごめんなさい、マミさん。悪気があったわけじゃないんです。そ、その、砂に足をとられてしまって……」
マ ミ「大丈夫よ、美樹さん。落ち着いて。杏子、あなたも笑い過ぎよ」
杏 子「わ、わりぃ。あまりにも似合いすぎていたんで」
マ ミ「失礼しちゃうわね。そんな事を言うなら、もうお小遣いをあげないわよ」
さやか「へえ、杏子ったら、マミさんからお小遣いを貰ってたんだぁ。あんたこそマミさんの子供じゃないの。ねえ、まどか、ほむら」
まどか「マミさんなら優しいお母さんになれるわよ」
さやか「そういう問題じゃないでしょう」
ほむら「母性的な魅力なら五人の中でダントツね」
さやか「そういう問題でもない……って、もういいや」
杏 子「おっと、他人事(ひとごと)じゃねえや。この暑さで氷が溶けだしてきてる。さっさと食べようぜ。食い終わったらトレイの上に紙コップを戻してくれ、後で捨ててくるから」
まどか「それじゃ、頂きます。マミさん」
ほむら「頂きます」
さやか「御馳走になりま~す」
まどか「(シャリ、シャリ、シャリ)」
ほむら「(ほむ、ほむ、ほむ)」
さやか「(シャク、シャク、シャク)」
杏 子「(シャリ、シャリ、シャリ)」
マ ミ「(シャク、シャク、シャク)」
さやか「ん~。頭にキーンとくるわ」
ほむら「……んん……」
まどか「これがいいんだよねぇ」
杏 子「そうそう、この頭にキーンとくる感じがカキ氷を食べる楽しみの一つなんだよなぁ」
マ ミ「和風な抹茶のいい味。落ち着くわ。紅茶とはちがった甘さは練乳と相性バッチリね」
さやか「さすがマミさん、大人っぽい抹茶の雰囲気が似合うなぁ」
まどか「そうだね。わたしたちが抹茶味のカキ氷を食べても、背伸びしている子供が大人の味を求めているようにしか見えないものね」
ほむら「わたしたちにはマネできないわ」
杏 子「あ~。食った食った」
さやか「そんな事を言って、本当は物足りないんでしょう」
杏 子「まあな」
マ ミ「まったく。あなたは食欲の権化ね」
まどか「ねえねえ、せっかくなんだから、今度はみんな一緒に海で遊ばない?」
さやか「いいわね。マミさんも海に入りましょうよ。ついでに杏子も」
杏 子「つ、ついでにって……」
マ ミ「そうね。せっかく海水浴にきたんだし、海へ入らないともったいないわね」
さやか「そうですよ」
マ ミ「それじゃ行きましょうか」
マミは細々(こまごま)したビーチ用アイテムと昼食用資金が入った防水バッグを手に持つと、ビーチチェアをたたんでビニールシートの上に寝かせ、ビーチパラソルをスタンドから抜いてビーチチェアの脇に置いた。
さやか「よ~し、海まで競争だぁ」
杏 子「負けねえぞ」
まどか「わたしだって」
ほむら「美樹さやか、今度は転ばないように気をつけなさい」
さやか「大丈夫だって、心配無用よ」
マ ミ「ちょっと待って、みんな走るのが早いわよ~」
杏 子「大きな胸が邪魔で走れねえんじゃねえか。グズグズしていると置いてくぞ」
さやか「(小声で)杏子って自分の胸が小さい事がコンプレックスなのかしら」
ほむら「(小声で)なぜか巴マミの胸ばかり気にしているわね」
まどか「(小声で)水着だと普段よりもバストの大きさが目立つからじゃないの」
杏 子「おい。しっかりと聞こえてるぞ」
さやか「なんだったら今夜、わたしが大きくなる様に念じながら胸を揉んであげましょうかぁ」
杏 子「本当か……(´д`*)。あッ」
ほむら「……えッ?」
まどか「きょ、杏子ちゃん?」
さやか「あ、あんた……」
杏 子「い、いや。その……。ち、違うんだ。今のは勢いと言うか何と言うか」
さやか「な~んだ。胸を揉んでほしかったのか。それなら恥ずかしがらずに言えばいいのに。まかせておきなさい。このわたしが心を込めて揉んであげるから」
杏 子「な、何を言い出すんだ。あたしは……。その……。ただ……」
ほむら「それなら、わたしはまどかの胸を揉んであげるわ。まどか、一緒に大きくなりましょう」
まどか「う、うん」(ほむらちゃんも意外とノリがいいんだなぁ。知らなかった)
⇒ To be continued