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2018-07

妖艶無残な見立て殺人の美(島田一男「下田子守り唄殺人」より)

 島田一男氏は40年に及ぶ作家生活の中で数多くのシリーズキャラクターを生み出しました。
 四十代以上の推理小説愛読者であれば、刑事弁護士の南郷次郎、鉄道公安官の海堂次郎、特命刑事の千崎進吾といった個性豊かなキャラクターが活躍する作品を最低一冊は読んでいると思いますし、お耳役檜十三郎や御朱印銀次など、時代物にも何人かのシリーズキャラクターがいます。
 熱海周辺を舞台にした犯罪と縁のある“死神監察医”こと松平利春は島田氏の生み出したキャラクターでは(おそらく)最後期にあたり、1989年発表の書下ろし長編「熱海走り湯殺人事件」に初登場しました。

 1992年発表のシリーズ第5作「下田子守り唄殺人」では、遠州子守り唄の歌詞に見立てた連続殺人が扱われています。
 遠州子守唄りの歌詞は無邪気で牧歌的なのですが、それに見立てた殺人死体は意外にもセクシャルな演出が施されており、太鼓詰めにされて両膝を胴から垂らした美女やら、磔刑を思わせる姿で稲掛けに縛り付けられた美女やら、殺されている女性が全裸という事もあり、その様子を想像するだけで陰惨ながらも興奮を禁じ得ない背徳的な美と艶が感じられました。
 無残絵にも通じる、ある意味、リョナラーにとっては嬉しいと思われる現場検証時の描写を以下に紹介します。

 まずは第三の殺人の描写から。
 太鼓に体を突っ込まれた死体の足が胴の縁から垂れ下がっている様子の描写と、直腸温度を測るため大股開き状態にされた事が語られる場面です。
 殺されていたのは、ある病院で副院長をしている女性でした。


【前略】女が太鼓の中で死んでいたって?」
「太鼓は両面共、三つ巴が大きく書いてあるんですがね、裸の女はその巴の一面を破って、円筒型の胴の中へ上半身を埋め込み、両足の膝を胴の縁にダランと垂らしてたんです」

 【中略】
 人だからの中央に、大きな太鼓が置いてあった。その胴の縁から、ブランと女の素足が垂れていた。
 【中略】
「死体を動かさなかったかね?」
「動かさねェですとも。動かそうとしても、コチコチになっていて動かねェんです。直腸温度をはかろうとした時も苦労したんです。股を開かせようとして、二人がかりでやっと拡げた程ですから。裸で死んでいたんで助かりましたよ」

≪徳間文庫『下田子守り唄殺人』P92〜96≫


 続く第四の殺人では、稲掛け(「刈り取った稲を束ね、穂を下にして、掛けて置くところ」。徳間文庫『下田子守り唄殺人』P128より)へ磔状態にされた死体が松平監察医の視点から描写されています。ちなみに、四人目の犠牲者は短大生の若い女性です。
 両手を左右に拡げたポーズでの磔。不謹慎かも知れませんが、腋好きには嬉しい恰好です!


 いた! 正しくそこに全裸の若い女性の変死体が立っていた。
 磔刑になったキリストの姿そのまま、両手を左右に拡げた全裸の女を、十字架様の死刑台に縛り付けて、立ててあるのだ。
≪徳間文庫『下田子守り唄殺人』P129≫


 この後、事件は第五の殺人を経て急転直下の解決を迎えますが……連続猟奇殺人の最後は非常にあっけないものでした。
 もし、これから「下田子守り唄殺人」を読んでみようという方がいるようでしたら、これだけは声を大にして言っておきます!
 全ての謎が理路整然と解き明かされ、意外な犯人が明かされるという本格推理小説を期待するとうっちゃりを食わされる予想外の結末が待っているのでご注意を……。
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死の限界を愉しむ男(蘭郁二郎「息を止める男」より)

 日本SF界の先駆者として海野十三氏と並び称される蘭郁二郎氏のデビュー作は、呼吸停止時の苦しみに酔いしれる水島という男を主人公にした奇抜な発想のフェチシズム掌編でした。
 タイトルもズバリそのまま「息を止める男」です! 昭和6年に平凡社から刊行された「江戸川乱歩全集」の付録冊子『探偵趣味』に掲載されました。
 江戸川乱歩氏は本作について「もっと練って探偵小説的な事件を付加え、長く書いたらいつか新青年に当選した「股から覗く」に似た好短篇が出来るかも知れない」と評していますが、実際、主人公のマゾヒスト性を活かした探偵小説的事件を書き加えてみたら、寸評の中で引き合いに出されている「股から覗く」(作者は葛山二郎氏。同作については過去にも当ブログで紹介しています)や乱歩氏の代表作「陰獣」のようなフェチシズム探偵小説の快作に仕上がっただろうと思います。

 蘭作品に詳しいSF研究家の會津信吾氏は、本作のモチーフを「死のギリギリまで自分を追いこむマゾヒスティックな快感と、体内回帰願望が入りまじった、異常感覚の世界」と表現していますが言い得て妙です!
 苦痛と快楽を同時に愉しむ男の様子、どうぞご覧下さい。


 【前略】まあ話を聞くよりは自分でちょっと息を止めてみ給え、始めの二三十秒はなんでもないかも知れないが、仕舞いになるとこめかみ(原文は4字に傍点)の辺の脈管の搏動が頭の芯まで響いて来る。胸の中は空っぽになってわくわくと込み上げるようになる――遂、堪らなくなって、ハァーと大きく息を吸うと胸の中の汚いものがすっかり嘔き出されたようにすがすがしい気持になって、虐げられた心臓は嬉しそうに生れ変ったような新らしい力でドキンドキンと動き出す。
 僕はその胸のわくわくする快感が堪らなく好きなのだ。ハァーと大きく息する時の気持、快よい心臓の響き。僕はこれ等の快感を味わうためには何者も惜しくないと思っている」

≪論創社『論創ミステリ叢書60 蘭郁二郎探偵小説選Ⅱ』P2≫

 【中略】もう二十分も経った。その瞬間不吉な想像が後頭部に激しい痛みを残して通り過ぎた。彼は自殺したのではないかしら、日頃変り者で通っている彼のことだ、自殺するに事を欠いて親しい友人の私の面前で一生に一度の大きな芝居をしながら死んで行こうとしているのではないだろうか、死の道程を見詰めている。そんな不吉な幻が私に軽い眩暈を感ぜしめた。
 彼の顔は不自然に歪んで来た、歪んだ頬はひきつけたように震えた。私は自分を落付けるために勢一杯の努力をした、しかし遂にはこの重苦しい雰囲気の重圧には耐えられなくなってしまった、そうして、死の痙攣、断末魔の苦悶、そんな妙な形容詞が脳裏に浮んだ瞬間私は腰掛けていた椅子をはねのけて彼を抱き起し、力一杯ゆすぶって目をさまさせようと大声で水島の名を呼んでいたのだった――。

【中略】彼の青白い顔には次第に血の気が表われて来た。しかしそうして少しの後、口が听(き)けるようになると直ぐ乾からびた声で、
 「駄目だなぁ君は、今やっと最後の快感にはいり始めたのに……」そういって力のない瞳で私を見詰めるのだった。
【後略】
≪論創社『論創ミステリ叢書60 蘭郁二郎探偵小説選Ⅱ』P4≫


 デビュー作だけあって「息を止める男」は現在でも手軽に読む事ができ、光文社文庫の『幻の探偵雑誌8 「探偵クラブ」傑作選』や論創社の「論創ミステリ叢書60 蘭郁二郎探偵小説選Ⅱ』へ収録されている他、青空文庫にも登録されています。

昭和モダンな水着のエロス(乾信一郎「髭と猛獣」より)

 今でこそ裸体に近いエロチックな水着の女性をプールや海で見かける事は珍しくありませんが、第二次大戦後の日本へアメリカ文化が一気に輸入(?)されるまで、海水浴場で見られる女性の水着といえば肌の露出が控え目なセパレートタイプの水着が圧倒的に多かったようです。 
 もちろん、昭和モダンと呼ばれる時代にも過激なデザインの水着で海水浴場を闊歩する女性の姿は皆無ではありませんでしたが、そうした水着の持ち主は主として富裕層の有閑マダムか資産家令嬢に限られており、肌の露出が多い一般的なデザインではありませんでした(たぶん……。間違っていたら申し訳ありません)。

 昭和モダンの時代には珍しい肌露出が多い水着姿で海水浴に出掛ける淑女が描写されたユーモア小説を乾信一郎氏の作品から見つけたので、三角ビキニどころかヴィスチェ水着やモノキニ程度の露出度すら珍しく見られていた(であろう)古き良きの水着描写を以下に紹介します。
 乾信一郎氏は6歳までのアメリカで育ったせいか洒落た感覚を持っており、そのモダンなセンスは探偵小説の牙城的雑誌『新青年』編集部時代に遺憾なく発揮されました。
 乾氏に関する詳しい評伝は天瀬裕康氏によって『悲しくてもユーモアを ―文芸人・乾信一郎の自伝的な評伝』としてまとめられており、乾信一郎という作家に興味をもたれた方には一読をお薦めします!


 「もし、お嬢さま……」
 平山執事がうしろから呼びかけた。
 「うるさいわね! なによ!」
 呼びとめられた房子さんは、今や、派手な真紅(まっか)の水着一枚で玄関をとび出ようというところである。
 「……ええ……はなはだ差出がましい次第ではございますが、ソノ……」
 「じれったいわね! ぼくひと泳ぎしようと思って出かけるところだよ。用なら帰ってからにして」

【中略】
 「は。只今申上げます。先刻、お嬢さまは淑女云々と申されましたが、実は問題はそれなのでございまして、甚だ差出がましいようではございますが、お嬢さま御自身でも淑女と思召(おぼしめ)していらっしゃる以上は、もう少し御服装(おみなり)に御注意が肝要かと存じます……」
 「いやに廻りっくどいな。お前の言うことはいつもこうだから癪に障る!」
 「恐れ入ります」
 「恐れ入らなくたっていいわよ。みなりに気をつけろったって、海水着一枚じゃ仕様がないじゃないの」
 「その海水着一枚が問題でございます」
 「どう問題なの?」
 と房子さんは、肩からケープを外して胸を張ってみせた。
 「忌憚なく申上げますが、その水着では、余りに肉体の露出する部分が多分過ぎるようでございまして、例えば背中なぞは俗に申します「丸出し」になって居(お)りますし、男子用の如きパンツも好い趣味とは申し上げられません」
 「いやな平山」
 と、そこはさすがに二十(はたち)の房子さんである。あわててケープを羽織った。

【中略】
 「は、じゃないわよ! 此の海水着がいけないって言うんなら、一体どんな海水着を着りゃいいんだい?」
 「は。さればでございます……」
 「よしてよ、その、さればでございますッてやつは?」
 「は、されば……いや……、まず、此の様な水着がお嬢さまには適当かと存じます」
 そう言って、平山執事は、此の暑いのにキチンと着込んだ黒い上衣(うわぎ)の下からゾロリと一着の海水着を引張り出して、ひろげてみせた。濃い水色の、型も下品におちないスマートさだった。

≪アトリエ社『百万人の行進』P268~272≫


 平山執事のセリフから察するに、房子さんは大胆なビキニ水着で海水浴に出掛けるところだったようですw
 それにしても「背中なぞは俗に申します「丸出し」になって」だの、「男子用の如きパンツ」だの、酷い言われようです……。

 底本(昭和14年発行)の原文は旧字・旧かな遣いとなっているため、文章の引用にあたって新字・新かな遣いに修正しました。

ホテルでイチャつく秘書と風呂場で縛り上げられる人妻(嵯峨島昭「深海恐竜(ニュー・ネッシー)殺人事件」より)

 官能小説文壇の大御所として活躍していた宇能鴻一郎氏は覆面作家として推理小説を書いた時期もあり、酒島章警視が主役のグルメミステリーや冒険推理小説を多数発表しました。
 そのうちの一作に「深海恐竜(ニュー・ネッシー)殺人事件」と題するノン・シリーズの長編があります。
 ニュー・ネッシーとは改めて説明するまでもなく、昭和52年4月25日にトロール船「瑞洋丸」がニュージーランド付近の海域で引き揚げた巨大な未確認水棲生物(の腐乱死体)の事。本作はタイトル通り、このニュー・ネッシーの捕獲を巡る冒険がメインテーマとなっています。
 前半はニュー・ネッシーの正体探りに絡んだ殺人事件が、中盤は謎めいた紳士の過去が、後半はニュー・ネッシーを捕獲しようする人々の姿が描かれ、冒険推理小説としては手堅い構成に仕上がっています。
 本作の中盤以降には何箇所か美人秘書や若い人妻のサービスシーンが用意されており、官能小説家である宇能氏の面目躍如たる筆の冴えを堪能できます。

 まずは、謎めいた怪紳士の蜂須賀伯爵と美人秘書の高野弘美がイチャイチャキャッキャするシーンからご紹介しましょう。
 その行為のストレートな描写がなくとも、ベッドの上で繰り広げられる艶めかしい男女の行為を読者に想像させる筆運びには脱帽させられました。
 舞台は赤坂にある高級ホテル。一泊24万円の特別室での出来事です。


 その寝室から、中国服の小柄な美人が出てきた。雌鹿のように軽やかなハイヒールを運んで、デスクの前に立った。
 「お呼びになりまして? 蜂須賀さん。いえ、モナコの国籍と爵位もお買いになったのね。蜂須賀伯爵と言わなくちゃいけないわね」
 「別に君を呼んではいないが」
 「いえ、たしかにベルが鳴ったわ」
 と女は蜂須賀のデスクに腰をのせ、身をひねって振り返り、嫣然(えんぜん)と笑った。
 「そうか、なるほど、たしかに呼んだよ」
 というと、蜂須賀伯爵は、女をかるがると抱き上げた。隣りの、白い猫脚の寝台がおいてある部屋に抱いていった。
 ――しばらくのちに、広いベッドの中でながながと脚を触れ合わせながら、蜂須賀伯爵は言った。

【中略】
 やがて服装をととのえて、居間にもどって、高野弘美はオーストリッチのハンドバッグから、白い封筒を抜き出した。
≪徳間ノベルス『深海恐竜(ニュー・ネッシー)殺人事件』P156≫


 続いては運命の荒波に翻弄される不幸な人妻が風呂場で悪漢に縛り上られる場面、その人妻が若い頃に暴力で犯される場面を紹介します。
 週刊誌記者の本間逸男は、ひょんな事から知り合いになった青年の母親が好きになってしまい、とうとう、その家に侵入する決意をかためたところ、若く美しい人妻が浴室で縛り上げられている場面に出くわしてしまうのです。
 不幸な運命に弄ばれる美しい女性の名は平井由紀子と言います。


 湯の匂いがした。浴室らしい部屋から、明りが洩れていた。ひそやかな湯の音がした。
 本間逸男は石に上って、浴室の中をのぞきこんだ。排気のために横長の細いアルミサッシが半分、開かれていた。
 呼吸が止まった。夢にまで思いつづけていた女が、こちらに背をむけて、洗い場にしゃがみ、体に石鹸を塗っていた。
 生えぎわの美しい首筋、なだらかな肩、すんなりした腕で体を洗う身のこなしは、自分で自分を愛撫しているようだった。
 洗いながら体をななめ横にむけたとき、ちらと、丸い乳房が見えた。

【中略】
 湯を浴びて、彼女はまともにこちらに体をむけた。立ち上った。すっかり目に入った。しかしそれは一瞬で、彼女の体は静かに、湯の中に、沈んだ。
【中略】
 応接間の引き戸の、カギはかかっていなかった。靴をぬいで上って、玄関に出た。二階に上った。
 そのとき、階下の浴室のあたらいで、女の悲鳴が聞えた。それは一瞬で、あとは柔らかい肉体がぶっつかり合うような、鈍い震動がつたわってきた。それもたちまち静かになった。
 本間逸男は飛び上った。入浴中の彼女の身に変事が起った、と直観した。
 階段を二飛びでかけおりた。見当をつけて浴室に突進した。
 ドアをあけて、飛びこんだ。と、脱衣場にころがった、白いものが目に入った。猿ぐつわをかけられて縛り上げられた、全裸の彼女だった。
 声を呑んだとき、いきなり頭を殴られた。ドアのかげに犯人がひそんでいたらしかった。

【中略】
 「平井信一か。逃げまわっていたが、やっと捕まったな」
 ぼんやりと記憶が回復した。自分は平井信一とまちがえられているらしい。それなら、当分、彼になりすまして様子を見るとするか。
 「おふくろは、どうしたんだ」
 「お前をおびきよせ、会長が聞きたいことを吐かせるために、来てもらったのよ。ちょっと手荒いマネをしたのは悪かったがな。正直に言わねえと、お前の母親は、組員たちに、輪姦(まわ)されるぜ。何しろ美人だし、女ざかりの色気があるからな。裸でしばり上げられるところを見て、オレもムズムズしてきたよ」

≪徳間ノベルス『深海恐竜(ニュー・ネッシー)殺人事件』P204~206≫


 若い頃の由紀子には倉沢という婚約者がいたのですが、彼は赴任先のニューシーランドで消息を絶ってしまいます。愛する者を探すため、由紀子は倉沢の同僚である平井健太郎と一緒に現地へ向かったのですが、そこで由紀子は平井に力づくで犯されてしまいました……。


 とつぜん、由紀子は、抱きすくめられた。ベッドに押し倒された。
 「いや、いや、いやっ」

【中略】
 「いや、止めて、止めて」
 「拒むのか。ようし」
 本気になると男の力は強かった。由紀子は口をふさがれ、下着をはがれた
(原文ママ)
 十五分後、由紀子はベッドに顔を伏せて、すすり泣いていた。
 平井健太郎は、タバコに火をつけながら、冷然と見おろしていた。

≪徳間ノベルス『深海恐竜(ニュー・ネッシー)殺人事件』P212≫

汗を流して石の蓋を動かす人妻(斎藤栄「龍王殺人事件」より)

 以前に紹介した「レティシア・カーベリーの事件簿」では、可愛らしい少女が脱輪した自動車を動かそうと奮闘する姿をご紹介しました。今回は、二十代の若妻が古井戸を塞ぐ巨大な石の蓋を動かそうと汗だくになって力(りき)む姿が見られる推理小説をご紹介します。
 該当作品は昭和56年に発表された斎藤栄氏の短編「龍王殺人事件」。短編集『龍王殺人事件』に表題作として収録されました。

 性格の不一致から夫婦仲が冷めていた八代夫妻。妻の琴子は旧友の物部(もののべ)と結託し、冷酷で残忍な夫の殺害を目論みます。
 琴子と物部は結託し、八代を殺して物部家の別送にある古井戸へ死体を投げ捨てる犯罪計画を決行。無事に計画は成功したと思われた矢先、琴子の耳に八代生存を疑わせる連絡が入りました。
 夫の死体を自分の目で確かめるべく物部家の別送を訪れた琴子は、古井戸の中を覗くため、重い石の蓋を汗だくになりながら動かします。


 松の木や柏などが、左右から覆いかぶさって来ている道は、薄暗い感じさえした。それでも、人目のないのが、琴子にはせめてもの救いだった。二十八歳になる今日まで、こんなに緊張した時間を持ったことはなかった。
【中略】
 レンガを敷いた地面の一角に、重そうな石の蓋を発見すると、急に琴子の心臓は高鳴り出した。その石の蓋というのは、四箇の平板の石を、コンクリートでつないだもので、女の手では、容易に動きそうもなかった。
 蓋に手をかけた琴子は、自分が旅行ケースを置いたすぐそばのレンガが、赤黒く縞模様をつくっているのに気がついた。

【中略】
 どうしても、この石の蓋を動かしたかった。両手の指先に力を籠めて、精一杯、力(りき)んだ。蓋はジリジリと動いた。
 全身から、汗が吹き出した。早く仕事をしなければならぬ。他人(ひと)に見つかったら一大事なのだ。石の蓋の動きは鈍かった。今にも爪がはがれるかと思うほどの力が要(い)った。

≪双葉文庫『龍王殺人事件』P35〜36≫

お色気撮影の甘い罠(西村京太郎「危険なヌード」より)

 危険な仕事だけを請け負う私立探偵が腕っ節と頭脳を駆使して謎を解く。
 西村京太郎氏が十津川警部や左文字進に先駆けて生み出した私立探偵の秋葉京介は、こうした海外のハードボイルドを思わせる設定で書かれた短編5作に登場し、その活躍は2000年に徳間ノベルスとして刊行された『狙われた男』へまとめられました。
 いずれも推理小説としての完成度が高く、最後の最後で読者をアッと言わせる結末が待っています。
 長らく『狙われた男』は親本も文庫版も品切れ状態でしたが、2016年に祥伝社文庫から復刊されたおかげで再び手軽に読めるようになりました(とは言え、大手出版社の文庫本は品切れにされるサイクルが早いため、祥伝社文庫もアッと言う間に新刊で入手できなくなってしまいそうですが……)。

 シリーズ第3作「危険なヌード」では、妻子の旅行中にスケベ根性を起こした中年男が、食事の支度からセックスの相手まで面倒を見てくれる女性を紹介した業者の罠にハマって大金を強請(ゆす)られているので助けてほしい、という依頼を持ち込むシーンから始まります。
 男が言うには、ヌード写真を撮ってくれと言われたので撮ったところ、「大胆すぎるポーズの一枚だけは恥ずかしいのでネガと写真を譲ってくれ」と頼まれたので言われる通りにしたものの、それらが恐喝材料として使われ、身の破滅が迫っているとの事。
 中年男からの依頼を引き受けた秋葉は同じ方法で紹介業者と接触をはかり、敵の本拠地を付き止める事に成功します。
 問題のネガと写真を発見し、これで一件落着かと思われましたが、一瞬の油断から反撃にあって気を失い、せっかく見つけたネガと写真は再び奪われてしまいました。
 一筋縄ではいかない敵を相手に、秋葉は残された手掛かりや事件における矛盾事項から真犯人へと迫っていきます。

 タイトル通り、本作では女性の「危険なヌード」写真が重要な小道具となっています。
 本文中には、その撮影風景が事こまかに描かれており、秋葉と派遣女性の絡みも簡単ながら描写されていました。
 以下、ヌード写真撮影の様子と男女の絡みを本文から抜き出してみます。


【中略】彼女が、私のカメラを見つけて、自分のヌードを撮ってくれないかと頼んだんです。【後略】
「成程」
「ヌードですから、外で撮るわけにはいきません。全部、マンションの中で撮りました。二十枚撮りのカラーで、三本は撮りました」
「その写真を、彼女は、くれっていったんじゃありませんか?」
【中略】一枚だけ、大胆すぎるポーズのものがあったから、それは恥ずかしいからくれないかというんです。確かに、そういう写真があったので、一枚だけ、ネガごと、彼女に渡しました。ところが、それが罠だったんです。【後略】
【中略】
 相手は、内ポケットから、一枚のカラー写真を取り出して、秋葉に見せた。場所は応接室らしい。マントルピースの前に、全裸の若い女が、椅子に腰を下ろし、足を大きく左右に開き、笑いかけているポーズだった。無修正だから、黒い茂みも、はっきりと写っている。男のいうとおり、若く、美人でいい身体をしていた。【後略】
【中略】
「この写真が、会社に送られれば、一寸(ちょっと)した騒ぎにはなるでしょうが、上司からの叱責ぐらいですむんじゃありませんか。今は、ポルノ全盛だし、大商社の部長ともなれば、浮気するぐらい、普通のことでしょう?」
≪祥伝社文庫『狙われた男』P120~122≫


 依頼を引き受けた秋葉は恐喝相手の居場所を付き止めるため、紹介業者から同じ女性を派遣してもらいます。
 案の定、女性は先に使ったのと同じ手口で秋葉にヌード写真の撮影を迫り、秋葉も罠と知りながら女性の希望通りに撮影をおこないました。
 その際、女性とベッドで全裸のスキンシップをするのですが、その様子も事こまかに描かれています。


「このカメラ、フィルム入ってるんだったら、すぐ、ヌード撮って貰いたいんだけど」
「そいつは願ったりだが、何故、そんなに急ぐんだ」
「だって、ベッドに入ったあとじゃあ、髪を直したり、お化粧をし直したりしなきゃならないでしょう。だから」
「ふーん」
「あたしってね。一寸露出狂みたいなところがあるのかな。男の人に、裸の写真を撮って貰うのが好きなの。カメラの向こうで、じっと見られてると思うだけで、昂奮するといったほうがいいのかしら」

【中略】
 麻美子は、(と、一応は呼ぶべきだろう)一度、浴室に消えたが、バスタオルを身体(からだ)に巻いただけの姿で戻って来た。
「きれいに撮ってね」
 彼女は、カメラの前に立ち、ゆっくりとタオルを下に落とした。きれいな身体がむき出しになった。彼女の顔が、ほんのりと、上気(じょうき)したように赧(あか)らんでいた。
「きれいな身体をしているね」

【中略】
 最初は、置時計を片手で抱えるような、平凡なポーズで何枚か撮っていたが、秋葉が、「フィルムはあと一枚」というと、彼女は、今までの大人(おとな)しいポーズから、急に、両足を大きく広げ、上半身をのけぞらせるような、大胆なポーズをとった。
【中略】
 二、三十分、裸でポーズをとっていたのに、彼女の肌、熱く火照(ほて)っていた。唇を合わせると、彼女が目を閉じて、彼の背中に手を回した。キッスしたまま、秋葉の右手が、乳首に触れると、彼女は、目を閉じたまま、小さくあえぐ。秋葉が、そのまま指先を下に伸ばしていくと、女の恥部は、もう完全に濡れていた。指先で、軽く愛撫(あいぶ)してやると、女は眉を寄せて、太股(ふともも)の力を抜いていったが、
「ベッドへ連れてって――」
 と、ささやいた。

【中略】
 麻美子は、感じやすい体質らしく、指での愛撫のあと、頃合(ころあい)を見はからって挿入すると、すぐ、激しくあえぎ始め、やがて、身体全体をけいれんさせ、終わったあとも、そのふるえは、なかなか止まらなかった。その間、裸の秋葉の背中に、じっと爪(つめ)を立てていた。
 身体のふるえが止まると、彼女は、急に、はずかしそうに顔をそむけ、バスタオルを裸体に巻いて、浴室に駆け込んで行った。

≪祥伝社文庫『狙われた男』P132~135≫

美しき家庭教師の危機(吉村達也「算数・国語・理科・殺人」より)

 1991年に発表された吉村達也氏の長編「算数・国語・理科・殺人」で初登場した軽井沢純子は、実業家の二人の子供に勉強を教えながら、自身が当事者として巻き込まれた殺人事件の謎解きに知恵と勇気で立ち向かう、ナイスバディの美人家庭教師探偵です。
 家庭教師探偵シリーズを意識してか算数問題や物理の法則が作中の事件に応用され、学校教材と推理小説を融合させたようなトリッキーな趣向で読者に様々な謎が提示されます。
 教科書ネタが続かなかったのか、残念ながら軽井沢純子シリーズは僅か五作品で打ち切られ、1993年発表の「アインシュタインの不在証明」が最終作となりました。

 軽井沢純子の初登場シーンは、サイパンにあるリゾートホテルのプールサイドです。エロチックな水着に引き立てられる24歳の若々しい肉体は小学生の男子さえも虜にしてしまいました。
 セクシーな家庭教師に魅入る教え子の渋川洋一は、子供らしい素直な視点で純子の肉体美を褒めて湛えています(残念ながら海へ入る前なのでプリンプリンのお尻に水着が食い込んではいないようですが、プールを満たすコバルトブルーの水中を存分に泳いだ後ならば、もっと過激な姿に描写されていた事でしょう……)。


 家庭教師の軽井沢純子は、洋一の声に応えながら、手でひさしを作って空を見上げた。
【中略】
 なおも呼びかける洋一に、純子は少しだけ足を速めた。
 そして、その隣りを歩いていた洋一の姉、こんど中学二年生になる渋川久美子も半分駆け足になった。
 久美子はスクール水着をちょっとだけ華やかにした程度の黒いワンピースだったが、家庭教師の純子はといえば、強烈に鮮やかな蛍光ピンクのハイレグである。
「せんせい、すっげえ」
 シュノーケル付きの水中メガネを額の上にあげると、洋一は目を丸くして純子の水着姿を見つめた。

【中略】
「脚は長いし、胸はバーンだし、おしりはキュッだし。純子先生って、すごくやせてると思ったら、水着になるとぜんぜんちがうじゃん」
≪ノン・ポケット『算数・国語・理科・殺人』P12~13≫


 サイパン、等々力渓谷、軽井沢と舞台を変えながら続発する殺人事件の真相に気付いた純子は、物語終盤、事件を終わらせるために自ら囮となって犯人の前で謎解きを始めました。
 事件の真相を明らかにした純子ですが、追いつめられた犯人の逆襲を受けます。
 その際、若干ながらヒロピンとも言える受難場面が用意されていたので、犯人の名前部分を伏せ字にしたうえで該当シーンを引用してみます。


「待て」 
 ***が手を伸ばした。
 が、その手をすり抜け、純子は靴もはかずに部屋の外へ飛び出した。
「待つんだ」
 階段を降りかかったところで、***の手が純子のブラウスをつかんだ。ビリビリッと音を立てて肩先が破れた。
 バランスがくずれて壁に頭を打ちつけ、そのはずみで純子は足を滑らせた。
 あっという間に二階との踊り場まであおむけになって転げ落ち、思いきり背中を打った。
 息が苦しくて立ち上がれない。そこへ***がのしかかってきた。
「JJ! たすけてー、JJ!」
 純子は大声で叫んだ。

【中略】
 下から久美子と洋一が駆け上がってくる。
「だめ、あなたたちは来ちゃダメ」
 純子は苦しい息をふり絞って、子供たちを制止した。
 が、止めるまでもなく、***のほうが身の危険を感じて、片腕を押さえながら、反対側にある非常階段のほうから逃げ出していた。

【中略】
「やっぱりJJを連れてきといてよかったね」
 洋一が言った。
「ほんと、JJとみんながいてくれなかったら、先生、どうなっていたかわからないわ」
 純子は破れたブラウスを押さえながら、久美子と洋一に礼を言った。
「とにかく警察に知らせて、純子せんせいは、ぼくんちでケガの手当をしないと」
 そう言うと、洋一も純子に肩を貸した。
 子供たちの支えで、純子はどうにか階段の下まで歩ける状態になった。なんとか骨は折らずにすんだようだ。

≪ノン・ポケット『算数・国語・理科・殺人』P326~328≫

浣腸される意識を失った美女(斎藤栄「謎の女真教団」より)

★★「2016年 歳末バスター技イラスト特集」開催中 【】【】【】★★



 高齢により事実上の作家引退となった斎藤栄氏は、現役時代、膨大な数の作品を発表しながら数多くのシリーズキャラクターを生み出しました。
 タロット名人の二階堂日美子(ひみこ)。作家の柏木太陽。退職刑事の星月源吾。鉄道警察隊員の江戸川匡太郎。警視庁警視正の小早川雅彦。産婦人科医の甲賀太一郎。鍼師の鍼医(はりい)狼斎(ろうさい)。大学助教授の菅原道真。等々……。
 いずれも個性豊かなキャラクター揃いですが、その中でも特にユニークなのは鍼医狼斎でしょう。
 本名を山田太郎といい、十年の修業を経て北京へ留学した鍼医師です。
 三十代の若さで活殺自在の鍼技術から体内での猛毒管理といった人体整理を極め、青山に住まいと診療所を持っています。香港で知り合った甘利圭子が受付嬢と看護婦の兼任として雇われ、何か事件に巻き込まれた際は彼女が狼斎のパートナーを務めます。
 狼斎の事件簿は全四作書かれ、昭和53年に桃園書房から刊行された短編集『地獄の園遊会』へまとめられました。

 詳しい書誌データを調べきれていませんが、鍼医狼斎シリーズの一編「女真宗国の秘密」は平成7年に「謎の女真教団」へ改題されて同題の短編集へ収録された際、内容が加筆されたそうです。
 本作では、新宿の路上で行き倒れていた美女を救った狼斎が南アルプスの二児山付近を占拠する怪教団に狙われ、命の危機にさらされながらも【女真教】の秘密を暴きます。
 全編にエロチックな雰囲気が漂い、女体美の描写(集英社文庫『謎の女真教団』P168,P171~172,P209,P224)や美女への拷問シーン(同書P236~238)、さらにはセクシャルな古代宗教釈義(同書P210)の記述もあり、物語を彩る男性読者へのサービスも満点でした!

 数多いエロチシズムな描写の中でも、物語冒頭、狼斎が意識不明の美女への気付けとして浣腸をするシーンには度肝を抜かれました。
 不潔な環境下に置かれた事による抵抗力の低下が失神の原因と推理した狼斎は、輸液や酸素吸入でも目覚めない女性へ最後の手段として雑菌を除去する薬剤の浣腸を試みるのです。
 事細かくとは言えませんが、そのシーンを斎藤氏は色気ある描写で読者に見せてくれました。


 狼斎は、〈2号さん〉のベッドサイドへ行き、しばらく病人の様子を見ていたが、
「そうだ。ひとつ、この女に浣腸をしてみよう」
「浣腸ですか?」
「そう。どうも、この女の躰は、純粋培養的にできているらしい。そのために、何か東京で食べたものの雑菌が、急に腸内で増殖してしまい、躰にショックを呼んだとしか思えないんです」
「浣腸で、その悪いものを出してしまえば、いいわけですの?」
「きっと、それで効果があると思いますよ。やって下さい」
 狼斎に命じられた圭子は、浣腸器に二百ccの薬剤を吸いあげた。そして、〈2号さん〉の腰の下に枕を入れ、器具が容易に肉体に沈みこむように位置をかえた。
 女は、かすかに「あ」というような叫びをあげた。
 リスリンを、小さな美しい茶色の菊にすりこみ、そこへ、ゆっくりと挿入する。それからピストンを送りこむ……。
「せんせい……。処置はすみましたわ」
 しばらくして、圭子は狼斎に報告した。

≪集英社文庫『謎の女真教団』P176≫

新井リュウジ『怪奇探偵カナちゃん』(小学館ジュニア文庫)

 日本SF作家クラブ会員の新井リュウジ先生による少女探偵物の短編集『怪奇探偵カナちゃん』(小学館ジュニア文庫)は久しぶりの良作ミステリーでした!
 秀才中学生の新田佳奈、運動能力抜群の永井博子、文武両道に秀でた美人教師の風祭魅緒先生。この三人が「怪奇探偵部」(この奇妙なサークルの設立秘話もユニークです!)の部員&顧問という形で不可思議な事件に挑み、その謎を解き明かしていきます。
 超常現象としか思えない怪事件を論理的に解決するという趣向は、円谷プロ全盛期の名作ドラマ「怪奇大作戦」を思い出させますが、非科学的な解決で終わる事件や解かれない謎を残したまま終わる事件も珍しくない同作と違い、佳奈と博子が遭遇した事件は全ての謎が科学的な説明によって決着がつき(厳密に言えば、幽霊が存在する事を前提にしたシーンもありますが……)、その部分に本格ミステリーの精神(スピリッツ)が感じられました。

 本書には、人を溶かすという霧の謎を扱った「人喰い霧」、廃病院で目撃される生首の謎に迫る「笑う生首」、自動車事故を引き起こす無人運転の自転車が登場する「幽霊自転車」、神事を妨害する卑劣漢に罰を与える異色の事件簿「少年チャージ!」の四作品が収録されています。
 練りに練られたトリックや犯行動機は推理小説が好きな大人の鑑賞に堪えうるレベルであり、どの作品も、長寿連載の某ミステリー漫画と比肩しうるクオリティに仕上がっていました。
 探偵役の年齢や事件の内容を配慮したうえで読者対象をジュニア世代に定めたのでしょうが、読者層をローティーンの少年少女だけに限定するには惜しい傑作揃いです……。

 第一話「人喰い霧」は独創な理科系トリックと意表を突いた犯行動機が見事に結びつき、見事な犯罪の構図も形勢しています。このトリックを中学生が見破れるかという疑問点はあるものの、ミステリー専門誌に掲載されても違和感のない完成度でした。
 第二話「笑う生首」は彷徨う生首の謎が現場検証によって暴かれる経緯が本格ミステリーらしく、理路整然とした推理の構築が見所です。本当に呪われていそうな舞台を効果的に用いた犯人への警告によって騒動を終わらせ、あえて事を荒立てない佳奈の思慮深さが印象に残りました。
 第三話「幽霊自転車」は無人の自転車が走るトリック(文章だけの説明では、やや理解し難いです……)も優れていますが、事件の演出者が法律上の犯罪に手を染めなければならなかった背景が丁寧に書かれており、単なる推理クイズではない内容の濃さでした。爽やかな結末ながら、恐怖系TVアニメ「ハイスクールミステリー 学園七不思議」や「怪談レストラン」の原作として通用しそうな内容でした。
 最終話「少年チャージ!」は佳奈と博子がスーパーヒーローに変装して神事を妨害しようとする悪漢に罰を与える異色作です。なぜ「スーパーヒロイン」ではないのか、なぜ変装する必要があったのか、その理由付けが現実的であり、探偵行為の危険性についても言及されてるあたり、中学生探偵の存在にリアリティを持たせようとする努力が感じられました。

 読者年齢層や「小学館ジュニア文庫」というレーベルに先入観を持たず、本格ミステリーが好きな方は手にとってみる事をお薦めします!
 新井先生には失礼な言い方になりますが、本書は久々の『アタリ』作品でした。

 余談ながら、新井先生の原作漫画作品「魔法の用心棒ミオ!2 大ピンチ!地獄病院突破せよ!」(あらいりゅうじ名義/画=針玉ヒロキ)では若き日の風祭魅緒が活躍するそうです。
 Twitterを通じ、原作者の新井リュウジ先生からご教示いただきました! 一読者の拙い読書感想ツイートへ丁寧なレスポンスをいただく事ができ、恐悦至極・平身低頭・欣喜雀躍ですw

苦難や危機に見舞われる女性たち(野村胡堂「地底の都」より)

 数多い捕物帳の中でもダントツの知名度を誇る「銭形平次捕物帳」の作者として有名な野村胡堂氏は、昭和初期から終戦直後にかけて少年少女向け小説(以下、ジュブナイル物と表記)の分野でも大活躍していました。
 熱烈な愛読者ではないので誤認してるかも知れませんが、存在が確認されている野村氏の少年少女向け作品は全て単行本化されていると思われます(未完作品とされている長編「九つの鍵」でさえ、2007年に作品社から刊行された末國善己氏の編書『野村胡堂探偵小説全集』で読む事ができます!)。

 未来をになう少年少女には清く正しく育って欲しいという願いがあったのか、野村氏の書くジュブナイル物は勧善懲悪な物語構成と品行方正なキャラクターの登場が目立ち、お上品な読物という印象が強いです。
 偉そうに語れるほど野村氏のジュブナイル物を読んでいない読者が言うのもおこがましいのですが、起伏に富んだストーリー展開で作品世界に引き込ませはするものの、どの作品も似通った内容になっているように感じられてなりません。
 刺激的な描写が抑えられているせいかヒロイン役の少女が危機に陥る場面も物足りなさを覚え、少なくとも、私にとって野村氏のジュブナイル物は相性が悪いようです……。

 そんな中、昭和7年に『少年倶楽部』へ一年連載された「地底の都」という長編には、野村氏のジュブナイル物にしては珍しい受難シーンが描かれており、リョナラー読者の妄想を掻き立てるシーンが用意されていました。
 従兄弟にあたる春日一家を危難から救おうと勇気を振り絞って悪人に立ち向かう少女、鼓(つづみ)恵美子。
 火山の噴火で埋まった都に眠る財宝を発見した考古学者の妻、春日桃子。
 心ならずも悪者(わるもの)の手先となっていた、日本人の血を引く金髪の美少女、エムマ。
 彼女たちは様々な苦難や危機に見舞われ、ある者は縛られて誘拐されそうになったり、悪漢に羽がい締めにされたり、ある者は縛られたまま焼き殺されそうになったり、ある者は猛犬に襲われてスカートを切り裂かれたり、椅子に縛りつけられたまま放置されたり、なかなか刺激的な受難場面が描かれています。
 以下、順番に彼女たちの受難場面を抜き書きしてみましょう。

 
 飛ぶように行って見ると、猿ぐつわや縄目を解かれて、ようやく意識を取り返したばかりの恵美子が、狐につままれたように、自分を取り囲む警官の人垣を見回しているのでした。
【中略】
「あっ、陽一さん、大変よ、大変よ」
 美しい美恵子の、真珠色の頬は、ようやく紅(くれない)さして、もう涙が、長いまつ毛を伝わります。

【中略】
「ゆうべ――と言っても、もうあけ方だったでしょうね。いきなり、わたしは縛り上げられて、猿ぐつわをかまされて、自動車につまれたことだけ知っているの、自動車の中には、わたしばかりでなく、三、四人の人が、なんでも俵のように積まれてあったようよ、わたしは一番上積みになったので、次の人を積み込むためかなんかで、そばに誰もいない時、そっとからだを動かして見ると、いいあんばいに自動車の外へころげ落ちたのよ」
【中略】
 恵美子はそういって、自分の泥まみれになった寝巻きをきまり悪そうに見回しました。
≪少年小説文庫『地底の都』P30~31≫

「さあ、小僧ども、どうだ、降参だろう」
 穴倉の中では蟹沢が、美恵子のからだを羽がい締めにして、こんなことを言っておりました。
「そのピストルを撃つなら撃って見ろ、この娘ののど笛を締め上げてしまうぞ」

≪少年小説文庫『地底の都』P125≫

「よく言った、博士、わたしもこれ以上は言わないが、あれを見るがいい」
 ハリスの指さした先には、博士夫人の桃子、これも麻縄でひしひし
(引用者註:原文ではおどり記号を使用)としばり上げられて、もう一つのテーブルの脚につながれたまま、あお白い顔をふせて、観念のまなこを閉じております。
「蟹沢、用意しろ」
「おっ」

【中略】
「博士、これは最新式の小爆弾だ。この口火が燃えつきると、夫人一人は完全に殺せるが、ほかには――窓ガラスくらいはこわれるだろうが、まず大した影響はないつもりだ、口火はようど十分で燃えつきる、それまでに言うことがあったら言ってもらいたい。言うことがなければ、だまって夫人の死ぬのを見ておられるがよろしい」
【中略】
「あなた、どうぞ、なんにもおっしゃらないでください、お国のため、学問のためなら、わたしは死んでも本望でございます」
≪少年小説文庫『地底の都』P210~211≫

「あっ」
 蘭堂は思わずピストルを投げ出しました。猛犬の牙に、拳をかまれたのです。
「エムマ来い」
 もうこうなっては、意地も我慢もありません。蘭堂は、側にあった椅子を、五郎目がけてたたきつけると、身を反してエムマを横抱きに、窓わくを超えて、玄関の庇(ひさし)の上に飛び出しました。
 それを追いすがって猛犬五郎、数日間の虐待と飢(うえ)がどんなに骨身にこたえたでしょう。容赦もなくエムマの腰へ腰へ
(引用者註:原文ではおどり記号を使用)
 さいわい牙はわずかにそれましたが、スカートは無残にさかれ、五郎の顎(あぎと)にひらひら(引用者註:原文ではおどり記号を使用)と残ります。
「あっ、助けて――」
 その間に蘭堂は、必死にスレートを渡って、玄関の上を越すと、庇伝いに裏へ、非常梯子を伝わって屋上へ――、金髪娘のエムマを、傷ついた手で抱えては、ほかに逃げ道はなかったのです。
 しかし、五郎はそんなことで、あきらめはしませんでした。スカートの断片を捨てると、追いすがって屋根の上へ。

【中略】
「あ、蘭堂、助けて――」
 娘の声は、恐れに引き千切られた、朧の夜の空気を、紙のごとくふるわせます。が、蘭堂もたった一つの武器を失って、いまは全く手の下しようもありません。

≪少年小説文庫『地底の都』P166~167≫

 春日陽一少年や滝川博士の一行が、愛宕山の麓の『死石』を探りあてて、これから『地底の都』へ入ろうとしている少し前、御殿場の秘密の家では、ハリスと蘭堂が、金髪の美少女エムマをつかまえて、ひどい目にあわせておりました。
【中略】
「あっ」
 エムマが飛びのくひまもありませんでした。蘭堂の右手はさっとのびて、その襟髪
(えりがみ)をつかむと、左手は手提げを引ったくって、その中から、暗号電報の控えを抜き取ってしまいました。
【中略】
「暗号電報だよ、蘭堂、エムマをしばっておいて、こっちへ来るがいい。君のように日本で育ったものでないと、この暗号をとくのはむずかしい」
「承知しました」
 蘭堂はそう言うと、やにわに飛びついて、エムマをひきすえ、有り合わせのひもやらバンドやらを集めて、椅子の上へぐるぐる
(引用者註:原文ではおどり記号を使用)としばってしまいました。
【中略】
 それから何時間の後――。
 いや、何時間どころではありません。日が暮れて、夜があけて、あくる日の太陽が、窓からあかあか
(引用者註:原文ではおどり記号を使用)と射し込んで来るまで、エムマは椅子にしばられたまま、ほおっておかれたのですから、手も足も、からだも、すっかりしびれてしまって、身動きする気力もなくなってしまった頃でした。
【中略】
 エムマは、椅子を背おわされたまま立ち上りました。
「大変っ」
 いうまでもなく蘭堂は、一晩かかってあの暗号電報をといた上、どっかへ出かけて行ったに相違ないのです。
 もし、春日博士の子の陽一少年たちが、一時間でも暗号をとくのがおくれたらどんなことになるでしょう。エムマは椅子を背おったまま、傷ついた虫のように、部屋の外へはい出し、そこから長い廊下を、春日博士の幽閉されている密室の方へ、恐ろしい骨折りでたどりました。幸い、一台の自動車に、ハリスと蘭堂と蟹沢と乗って行った様子で、家の中には誰もいません。

【中略】
 美少女エムマは、小さい窓の下から、密室の中へ声をかけました。
「お、エムマさんか」
 春日万里博士は、古椅子の上に登って、小さい窓から見ると、廊下には椅子にしばられたエムマが、蜘蛛の巣にかかった、美しい揚羽の蝶のように、もがいているのでした。

≪少年小説文庫『地底の都』P256~258≫

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